十一部 初めての戦い
融結率30パーセント。
霧は、水を得た魚となる。
「イバン、壊れたの持ってきちゃった?」
「いいや? 予備も含めて、戦闘に使う道具は毎日2回点検される。故障したものが倉庫にあるわけないだろ」
「……マジ?」
「もしかして……結構ヤバい感じですか?」
ユノも、ルエとイバンと同じく、測定機を覗き込んだ。
「よし、今すぐここから出よう」
イバンの掛け声に踵を返し、玄関扉へと一歩を踏み出した途端、バタンッと大きな音を立てて、扉がしまった。
「うわあああ!」
「落ち着け! 落ち着くんだユノ君! 幽霊は殺せないが、霧なら殺せる。俺たちの方が強い!」
「俺は霧と戦えません!」
喚く男たちを制するように、エリナが鋭い声を発した。
「立って! 来るわよ!」
エリナの声に、はっとして顔をあげた瞬間、暗闇よりも更に黒い何かが、ユノに襲いかかった。
ぎょろりと大きな瞳がユノに迫り、手を伸ばす。鋭い爪がユノに届く直前、目の前の化け物の体が浮き、勢いよくふっ飛ばされた。
「ユノ、しっかりして!」
エリナの喝に、どうにか立ち上がると、闇のあちこちからこちらを覗く無数の目が見えた。きっとあれが、森の中にいた霧たちなのだろう。
「ユノ君、武器を持って、自分の身を守って」
「そんな事言われても……!」
「ユノくん」
ふと、すぐ耳元で、ルエの声が聞こえた。ひんやりと冷たい手が頬に触れ、ルエが顔を近づける。
「私を見て。大丈夫、ちゃんと守るから」
ルエの声を聞いていると、不思議と恐怖が薄れていった。体の震えも収まり、力が漲ってるのを感じる。
「……はい。頑張ります」
ユノは、鞘から剣を抜いた。崩れた天井の隙間からわずかに差し込む光だけを頼りに、剣を振るう。恐怖のせいで分からなかったが、この目玉たちは動きが鈍く、容易に攻撃を躱すことができた。
剣を振るうと、刃が当たる感触がしたあとは霧は散り散りになってしまう。生き物を斬るような不快さも、あまり感じなかった。
思ったよりも動ける。
だが、ユノは集中力をどんどんと削られていた。この目玉たちは、必ず視界外から攻撃してくる。そのため、常に周りを見続けなければならない。
(しまった……!)
剣を振るった一瞬、霧に左右から挟み撃ちにされた。微かに視界の右端に映った霧は迎え撃つ事ができたが、反対からきた霧に反応できなかった。
黒い手が、ユノの後頭部に伸びる。だが、その手はユノの手前で止まった。
「?」
「気をつけなさい、ユノ」
霧の背後から、エリナの声が聞こえた。霧の足に巻き付いた茨が、その体を猛烈な力で引っ張り上げた。ユノよりも大きな体が軽々と持ち上げられ、天井に激突し、霧散した。
「ありがとう、エリナ」
「隙だらけね」
「……はい」
エリナと向き合っていたほんの少しの間、霧の攻撃が止んだような気がした。イバンとルエの方を見ると、ふたりとも、ほとんどその場から動かずに霧を倒している。
「ユノ。この霧は、誰かの視界に入ってる間は動かないみたい。背中合わせで戦いましょう」
「分かった」
後ろにエリナがいるだけで、かなり戦いやすくなった。左右からくる敵のほとんどが、エリナの術によって足止め、もしくは倒され、身動きが取れなくなったところをユノが追撃する。
エリナの術は、おそらく棘だろう。地中から、地面を切り裂いて巨大な棘が出現する。初めて、目の前で術を見たが、それに感心できる余裕はあまりなかった。
やがて、霧の攻撃が止んだ。
「ふう。ようやく終わったぁ」
「50体くらいいたかな? ユノ君とエリナちゃんもお疲れ。いい動きだったよ、ユノ君」
「あ、ありがとうございます」
戦闘が終わり、気が緩んだせいか、ユノはへにゃりとその場に座り込んだ。こんなに動いたのはいつぶりだろうか。糊がこびりついたように、全身が重く感じる。
「ほらユノ君、立って。まだ終わりじゃないよ」
「へ……?」
振り向くと、さっき入ってきた扉はまだ閉ざされていた。ここから出るには、きっともっと戦わなくてはならないのだろう。
イバンは、すっかり意気消沈してしまったユノを引っ張り上げると、励ますように肩を叩いた。
「初めてにしては、動けてたじゃんか。すごく良かったよ、本当に」
「……はい……そうですね」
「元気出しなって。ほんとに、お世辞抜きで良かったよ。きっと良い〈霧祓い〉になるね」
ユノは、はあ、とため息を吐くと、気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。
ここでくよくよしていても、何も変わらない。ここから出るために戦う必要があるなら、戦わなければならない。頑張ろう、と気持ちを切り替えたところで、ルエの声が聞こえてきた。
「ここいら辺の霧はあらかた片付けたけど、融結率が下がってない。それに、さっき戦ったやつらは、この融結率にしては弱すぎる」
「つまり……この廃墟の主となる霧がいる」
「だってさ、ユノ君。頑張ろっか」
さっき戦ったのよりも、もっと強い霧と戦わなければならない……。ユノからまた、ため息が漏れた。




