十部 見つめる目
2553年 9月11日 : 天気:曇り 気温:21.6℃ 湿度:56% 場所:サフォーリル特別警察局地下通用口
それぞれの武器を携えて、ユノたちは出発した。ルエは、術のコントロールを制御できる杖を持ち、ユノは片刃の剣を持っていた。「本当なら、安全な場所で戦える銃を選んであげたいんだけど、誤射が怖いからね。これで我慢して」と言われ、ルエから渡された物だった。
ユノが渡された剣には、他の武器のように、術に干渉する力はない。下手にユノの術を刺激するのは良くない、という小夜の判断だった。
「さあさ、じゃあ行こー。運転は私がするね〜」
ルエの声が、地下に響く。
ルエが、武器を積み込んだ輸送車の運転席に乗り込んだ。
「エリナちゃん、隣に座ってー!」
「じゃあ、俺たちは後ろに座ろうか」
エリナが助けを求めるような目でこちらを見てきたが、面倒くさそうなのでユノは無視した。小さく、舌打ちが聞こえた気がする。同期だというのに、2人の心の距離はだいぶ空いてしまっている気がする。
「シートベルトは付けたかな?!」
「ルエさん、テンション高いですね。
……イバンさん?」
「それじゃあ行くよ! 3! 2! 1! ゴー!」
ルエが叫ぶのと同時に、車が猛スピードで発進した。地上へ続く坂を登り、壁の外へ勢いよく飛び出す。車体が少しの間浮き、浮遊感に襲われた次の瞬間には、尻から頭のてっぺんまで突き抜けるような衝撃が走った。
「ちょっとルエさん!」
「ルエ! 止めて!」
「んー? 大丈夫ー? もっと上げてくよー! ちゃんと掴まっててね!」
ユノとエリナが悲鳴を上げるのもお構いなしに、ルエが運転する車は、凸凹の荒野を、土埃をあげながら猛烈な勢いで駆け抜けていく。運転席の速度計の針は、およそ時速100キロを示している。車は激しく揺れ、ユノは尻や頭をぶつけまくった。
20分ほど走って、車はようやく急ブレーキをかけて止まった。ドアが開き、ユノとエリナがよろよろと出てくる。あのエリナでさえ、不満を言う元気はないようだった。
「ここは……?」
おぼつかない足でなんとか前を向くと、そこにはぼろぼろになった廃病院らしき建物があった。壁には蔦が生い茂り、割れた窓からは真っ暗な闇が見える。
「よぉ〜し、この廃墟の中を探索してみよー!」
「この中を行くんですか?!」
ユノが半開きになっている玄関扉を指して言った。時間はまだ昼で、外は明るいのに、建物を1歩入ったところは先の見えない暗闇になっている。
「そうだよ。小夜にお願いされたんだ。そこの森見える?」
ユノとエリナは、廃病院の後ろにある森を見た。葉が繁り、地面に日が一切差さないため、数メートル先も見えない。正面の廃病院と相まって、恐ろしい雰囲気を醸し出している。
「この病院にはね、あの森で発生した人型の霧たちが住み着いてるんだ。こんなところ誰も来ないから放っといて良いんだけど、どうせなら報酬もらえる方が良いでしょ、って」
「報酬?」
「そう。ここの管理者から、霧の討伐依頼がでてるんだってさ」
森を見ていたエリナがふと、何かに気づいた。
「……見られてる」
「え?」
「ほら、あそこ。あの木の陰から、こっちを見てるのがいる」
エリナが示している先を見るも、ユノには何も見えない。ただ、エリナにそう言われたせいからかもしれないが、たしかに、森に潜む何かに見られているような気がする。
「ちょっと、怖いこと言わないでよ」
「ユノ君には見えない?」
イバンがユノの肩に手を置いた。イバンの指はすらりと細く見えるが、実際に触れてみるとごつごつとしていた。
「……いるんですか?」
「いるよ。君に1つ、良いこと教えてあげるよ。今から入る建物にも、そいつらがうじゃうじゃいる」
ユノはもう、行く気をなくしていた。霧という化け物と戦うだけでも怖いのに、こんな、いかにも出そうな建物に入らなければならないなんて。
「エリナちゃん、これ持って」
「?」
イバンは、持ってきた鞄から何かを取り出した。それは、手のひらサイズの小型の機械だった。
「これは?」
「これは、融結率測定機。名前の通り、空間の融結率を測ってくれる」
「融結率ってなんですか?」
ユノが、エリナの手の中の機械を覗き込んで言った。
「霧は、特定の空間と強く結びつく。その結びつきの強さを表すのが、融結率だ。高ければ高いだけ、その場所は危険ってことになる」
「融結率が高いとどう危険なの?」
エリナが質問すると、イバンがうーんと唸って口を開いた。
「例えば……陸にいる魚は、本来の力の10分の1も発揮できない。でも、水の中ならば、100パーセントに近い実力を発揮できる。
じゃあもし、魚の霧がいたとしたら、どうなると思う?」
「水がないところでは、本来の力を発揮できなくなる」
「そう、その通り。そして、融結率が高くなると、そこはその霧にとって有利な場へと変わっていく」
「つまり、さっきの例で言えば、その空間が水で満たされていくってことですか?」
「そう、その通り」
「……それに、水に満たされた空間では、生身の人間はほとんど手も足も出なくなる」
「そう。戦況が一気に逆転してしまう。だから、霧と戦うときには、常に融結率を確認してないといけない」
そこまで言うと、イバンは何かを思い出したのか、手を叩いた。
「そうだ。昔、テレビでドーランジュの騎士競技を見たことがあるんだ。真紅騎士、ロサの試合だったかな」
ロサ、という名を聞いて、エリナの表情が一瞬、厳しくなった。たしか、ドーランジュはエリナの生まれ故郷だったはずだ。
「ロサはあの試合で、競技場全体を覆うほど大規模な術を使ってた。あれほど強力な術だったんだから、あの時の競技場の融結率は、きっと90パーセント近くにまでなってただろうね」
エリナが、はあ、とため息を吐くのが聞こえた。
「さっき、融結率は霧と空間との結びつきって言ってませんでした? その、ロサさんは人間なのに、空間と結びつけるんですか?」
「あー……。術と霧は似てるんだよ。性質が。だから、〈霧祓い〉のなかには、空間を支配できる人もいる」
「へー」
3人が話していると、先に様子を見に行っていたルエが帰ってきた。
「ぐるっと見て回ってみたんだけど、霧の数がちょっと多いくらいで、特に異常はなさそうだったよ。途中、何体か霧を祓ってきたけど、どれも雑魚だった」
「オッケー。じゃ、入ってみようか。エリナちゃん、その測定機をちゃんと見ててね」
イバンが歩き出し、ユノとエリナがそれに続く。ルエは3人の後ろを守るように歩き出した。
キイィ、と金具が軋む音が響き、重い扉がゆっくりと開かれる。暗闇に足を踏み入れると、あまりの静けさに、耳鳴りが聞こえるような気がしてくる。
「ねえ」
ユノの後ろで測定機を見ていたエリナが、いきなり声を出したので、ユノはびくっと体を縮めた。がらんと広い空間のせいか、声が響いて大きく聞こえる気がする。
「融結率って、普通どれくらいあるのかしら?」
「うーん。普通は、5とか6とかかな。高くて15とかそんくらい」
「ルエによれば、ここは比較的安全なのよね?」
「そうだよー」
「なら、この測定機、修理したほうが良いわよ。画面の融結率の数値は、32パーセントってなってるから」
イバンとルエが、息を呑むのを感じた。
相談というか質問というかなのですが、100メートルや100キロといった単位を、m、kmのようにアルファベットで示すか、あるいは、メートル、キロメートルのようにカタカナで示すか、どちらのほうが世界観を崩さず、かつ読みやすいですか?
Twitterなりなんなりで教えてくださると嬉しいです。




