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泡沫のアクリュース【1800PV達成!】  作者: 稲荷ずー
一章 闇に潜む眼

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八部 双狼

 訓練室を出ると、濃藍(こいあい)色の髪をした男の人がこちらに手を振りながら近づいてきた。


「やあ。君たちが新入りかな?」


 若々しく、いかにもチャラそうな声の持ち主だった。訓練室を出る前、案内してくれる先輩の〈霧祓い〉を用意する、と小夜は言っていていたので、きっとこの人がそうなのだろう、と思い、ユノは自己紹介をした。


「はい。ユノっていいます」

「……エリナです」

「ユノ君にエリナちゃんね。俺はイバン。よろしくね」


 イバンが手を差し出した。ユノはそれを握り返したが、エリナは手を組んでそれを拒否した。初対面の、しかも先輩にそれは失礼だろ、と思い、イバンをちらりと見たが、イバンはニコニコとしているだけで特に怒っている様子はなかった。


「じゃ、挨拶も済んだことだし、移動しようか」


 イバンが、ユノとエリナの背を押して歩かせようとすると、エリナはイバンと距離を取るようにして後ろにさがった。


「? エリナちゃんは行かないの?」

「案内なんだから、私より前を歩きなさいよ」

「確かに。それもそうだね」


 イバンは微笑みながらそう言うと、ユノの背中を押した。女物の香水の甘い香りがふわっと鼻を撫で、それと同時に、タバコのざらざらとした匂いが喉の奥に引っかかった。


「じゃ、行こっか、ユノ君」


 イバンがユノの隣を通り過ぎる瞬間、ユノは首筋に硬いものが当てられるのを感じた。びっくりして飛び退くと、ナイフをもったイバンの姿が目に入った。

 完っ全に忘れていた。小夜から伝えられた、ナイフを使った訓練のことを。

 イバンはニヤニヤとムカつく笑みを浮かべている。その後ろで、エリナは呆れ顔で腕を組んでいた。


「ユノく〜ん、油断したねぇ?」


 イバンがユノの顔を指で突つきながら肩を組み、ユノを体ごと進行方向に向けた。イバンに押されて、エリナが視界から外れた。それと同時に、後ろから、やあ! という大きな声が聞こえてきた。振り向くと、白いニット帽を被った栗毛の髪の女性が、エリナの真後ろに立っているのが見えた。


「わーい、私も刺せたー」


 女性がナイフをくるくると回して、エリナにしがみつくようにのしかかった。エリナはあからさまに嫌そうな顔をしている。エリナに組みついてる女性が、イバンの口調を真似て言った。


「エリナちゃんも、油断しちゃったね〜?」


 エリナが、今までに見たことがないほどの不機嫌な顔をしている。


「ちょっとエリナちゃん、そんなに怒らないでよぉ。おでこにシワができちゃうよ?」

「ルエ、それくらいにしてあげな」


 イバンがそう言うと、ルエと呼ばれた女性が、はーい、と返事をしてエリナから離れた。ルエの視線がユノに向く。


「やっほーユノ君、初めまして。ルエだよ。エリナちゃんも、やっほー」


 エリナの顔が怖かったので、ユノは軽く会釈だけすることにした。

 イバンがユノの背中を押して歩き出した。ポケットに入っているナイフでやり返してやろうかとも思ったが、利き腕に手を添えられているため、下手に動くことができなかった。エリナとルエさんの方はバチバチのようで、何をしているのかは分からないが、背中側からドタバタと音が聞こえてくる。30分ほどすると、荒い息遣いと、ルエの、やるじゃねえかガキんちょ、という言葉が聞こえてきた。

 イバンは二人のやり取りを全く気にしていないようで、ユノにしきりに話しかけていた。


「ユノくんはさ、どうして〈霧祓い〉になったの?」

「俺は……」


 どうして、と聞かれると返事に困る。

 目が覚めたら、揺れる車の中にいて、ここに連れた来られたのだ。小夜さんがなぜ、自分を〈霧祓い〉にしたのかも、よく分かっていない。

 おそらく、記憶がないことが何か関係しているのだろう。小夜さんからは、記憶喪失について、他人に言うのは避けるよう言われていた。

ユノの〈(アクリュース)〉が、記憶に関するものだった場合、〈術〉の内容を知られるとマズイ可能性があるためらしい。

 エリナもそのことは知っているので、上手く話を合わせてくれるだろう。


「小夜さんに拾われたんです。この前のアクルースの攻撃で住んでた街が全壊してしまって。全部無くなって途方に暮れてたところ、小夜さんと出会ったんです」


 小夜さんに、今から会う君たちの先輩は勘が良い人たちだから、嘘がバレないよう頑張ってね。と言われていたが、そこまで心配する必要はなかったらしい。イバンさんは、ふーん、とだけ言うと後は何も言わなかった。

 イバンたちに連れてこられたのは、食堂だった。

 人が100人は余裕で入れそうなほど広い場所で、長机が沢山置かれていた。広い空間ではあるが、窓が1つもないため、やや窮屈に感じる。〈霧祓い〉たちの宿舎は地下にあるので、仕方がないのだろう。


「ここが食堂だよ。〈霧祓い〉であれば、基本的に誰でも使って良いんだ。2人とも、朝ごはんはもう食べた?」

「まだ食べてないです。起きてすぐ訓練だったので」

「そ。じゃあ一緒に食べようか」

「やったー! 私もうお腹ペコペコだよぉ。エリナちゃんついてきて! 私のイチオシのメニュー教えてあげる!」


 ルエがエリナの手を引っ張って厨房のカウンターへと向かっていった。ユノとイバンも、それに続いて歩いた。

 現在の時刻は午前9時。朝食には少し遅い時間で、食堂には人がほとんどいなかった。


「おーいユノくぅーん、こっちこっちー」


 ルエがユノに向けて手を振る。ユノは小走りに近づいていった。


「ここではねぇ、食券を買わないと料理を受け取れないんだよ。だからここで食券を買うのを忘れないようにね。ちなみに! 私のイチオシはねぇ……」

「?」


 ルエの話を聞いていると、ふとユノは袖を引っ張られた気がして振り返った。


(誰もいない?)

「お兄さん、下」


 下を向くと、へそくらいの高さの女の子が立っていた。地面につきそうな程長いクリーム色の髪に、暗い赤色の瞳をしている。右目は前髪に隠れて見えなかったが、眼帯を付けているようだった。

 小夜さんは、こんな小さな子どもまで〈霧祓い〉として戦わせているのだろうか……。


「お兄さん、私、あれ食べたい。手が届かないから、ボタン押して」

「いいよ。どれ食べたいの?」


 ユノはかがんで、少女と目線を合わせた。少女が、あれ、と指をさす。ユノが食券機を向くのと同時に、少女の手がわずかに動いた。

 首に硬いものが当たる感触がした。


「え?」

「おー、エルメナちゃん、上手いねぇ」

「イバンお兄ちゃん、私できたよ!」

「ユノくんは危険意識が足りなさすぎだねぇ」

「……こんな小さい子が攻撃してくるとは思わないじゃないですか」

(アクルース)には、子どもに擬態するものもいる。そんなんじゃ、君は長くは生きられないよ」

「でも、ここにはアクルースはいないじゃないですか」

「何言ってんだ。〈霧祓い〉の中には、その身にアクルースを飼ってる者もいる」

◯アクリュース

・〈霧祓い〉がもつ特別な力。(アクルース)に対抗できる唯一の方法。

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