友は色々と気になるらしい
春、新しい学年になってまだ1ヶ月にも満たない頃。同じクラスで親しくなった友人は些細なことが気になる質らしかった。
「隣の客がよく柿食う状況って、どんなだと思う?」
「……何?」
「隣の客がよく柿を食う状況はどんなだ?っていう話」
「放課後になったら少し残って話を聞いてほしい」と言われたのが昼休みのこと。「今じゃなくて放課後?」と訊けば、「昼休みの間で話が終わらないかもしれないから」との返しだった。
進学校であることと、教員の働き方改革もあって、今年度から毎週水曜日と土日のどちらか、週に2日は部活動が休みになった。普段なら友も私も放課後は別々でそれぞれの部活動に行くし、水曜日もわざわざ残って会話などせずさっさと帰宅している。
「だからさ、隣の客がよく柿を食う状況はどんなだ?っていう……」
で、この問い掛け。
「少し話を聞いてほしい」の結果がこれ?
どんなお悩み相談かと思えば、あまりにもくだらない。
笑いにもならない馬鹿げた質問だが、それでも友の表情はいつになく真剣だ。
隣の席。友はこちらに椅子の正面を向け座っている。声のする方向、友に体を向けた私の両肩にトンッと手が乗った。……掴まれている。少し爪が刺さって痛いが、骨と骨の間への指圧は凝った肩には程よく気持ちいい。やや気になることがあるとすれば、ブラの肩紐が布越しに指に当たっているだろうなということ。友の真面目な顔を見ていれば、無用の心配だと分かるので私も平然を装う。間接キスと同じで、きっと意識した方の負け。
それにしても、早口言葉に意味なんて求めても時間の無駄だろうに。だが友の様子から察するに、友は気になって気になって仕方が無いのだろう。この質問にしてこの緊張感。人がまばらな教室内の空気はピンッと張りつめ、何だか肌がピリピリする。
答えなど、正直、私はどうでもいい。
「柿を注文したとか?」
「店で注文して柿を食べること、お前はあるか?」
一回深呼吸しよう。
すぅ……はぁ……。
この話をいつまで続けるつもりなのか。忍耐力が試される。
「無い。じゃあ、果物の柿じゃなくって、海の貝の牡蠣なんじゃない?」
「お? ……おう。おぉー! 成る程なぁ。隣の客はよく牡蠣食う客だ。そっかー、カキフライに酢牡蠣にザ・B級グルメのカキオコに、きっと牡蠣のフルコースだな!」
良かった。友の中で一つの謎が解けたらしい。
「蛙ピョコピョコ……合わせてピョコピョコムピョコピョコって、お前、どういう状況だと思う?」
ん? この流れ、まだ続くんだ……。
「どうって?」
「だからさ、蛙……、お前どう思う?」
「んー。算数の問題として考えたら?」
「ん?」
「蛙ピョコピョコミピョコピョコ、蛙がピョンピョン跳びながら3匹やってきましたよ。合わせてピョコピョコムピョコピョコ、で、合わさったら蛙が6匹になるんでしょ? 3+X=6……はい、Xは?」
「3! おぉー。やるなぁー」
何が?と思うが、無限ループの恐れがあるこの質疑応答を早く終わらせたくて、言葉をグッと飲み込む。
「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いたって、どんな状況だと思う?」
私の相槌は不要だったらしい。間髪置かずに次の疑問が投げ掛けられる。
「坊さんはよく掛け軸とか襖に仏画とか描いていそうなイメージあるじゃん。そういうのは?」
「それって自画像? それとも別の坊主かなぁ」
例えそれがどちらであったとしても、私にも友にもどうだってよいことだろうに。だが疑問形で来られると、人として答える義務感、責任感が私の中に芽生えてしまう。
「うーん、もっと高徳で知られる有名なお坊さんの絵を描いたとか」
「ラブレターが破れたあって、お前、どんな状況だと思う?」
坊主は?とツッコミたいのをグッと堪えた。早口言葉は?とツッコミたいのもググっと耐えた。Google先生に聞けば?と他人まか……ネット任せにしたいのもグググっと我慢し、次の問いに集中する。本当は我慢などしなければパラマうんと楽なのだろうけれど。
「きっとラブレターが破れたんだろうね。振られたんじゃない? てめぇなんざ興味ねぇぜ、てビリビリビリビリ……ひどい奴じゃん、そいつ。そんな男に惚れる女もきっと見る目が無かったんだろうね」
「でもさ、ハサミ持ってなくてさ、テープ貼ってあって、糊付けまでしっかりされてたらさ、開封するのに破くだろ? で、中身まで破れたんじゃん。仕方無くね? 不可抗力だと思うだろ?」
「ん? 告られたって話?」
「うん、そういう話」
「それは……おめでとう、それは良かった」
今までの遣り取りにかかった無駄な時間を返してほしい。始めっからそう言えばいいのに。
「……おめでとう……か。なぁ……何で? ラブレターが破れたあから? 俺がひどい奴だから? でもわざとじゃないんじゃん。俺、実際そんなにひどい奴じゃないし、多分。……なぁ、本当におめでたい?」
「なんで、喜びなよ。いいじゃん、付き合ってみれば。好きになるかもだし」
チクチクとはする。でも決定的な言葉を寄越さない向こうが悪い。
「……そっか、うん、分かった。有り難う」
話が終わった。出会ってまだ1ヵ月足らず、恋になりそうでなりきらないくらいの小さな恋がもう終わる。
翌日の昼休み、いつもなら隣の席で食べているはずの友の姿は無かった。
休み時間に入ってすぐ席を立って教室から出ていったから、早速に出来立てほやほや熱々彼女と肩を並べてラブラブしながら彼女の手作り弁当でも食べているのかもしれない。食後のスイーツを彼女と仲良く半分こして食べているのかもしれない。
一人でとる味気ない昼食。話せる女子がクラスにいない訳ではけれど、新しいクラスになってからは毎日自分の席でお弁当を食べていた。
だって、それが楽しかったから。
隣の席の友との何気無い会話が、自分に丁度良くて、心地よかったから。
自分の頭の中に渦巻くものが汚くて、反吐が出る。自己嫌悪。何に? 嫉妬する自分に。親しくなってまだ1ヶ月とか、期間なんか本当は関係無くて、なんなら初日から、最初に声を掛けてくれた時から、隣の席同士で昼食を食べて、たわいもない会話をした時から、想いはきっとあっただろうに。
伝える努力もしなくて、同じクラスであることに甘えて、隣の席であることに甘えて、昼食を友が自席で食べていることの毎日に甘えていた。
たまたま同じクラスで、たまたま隣の席で、たまたま昼食を友が自席で食べていて、自分もただ自席で食べていただけ。
もし席替えがあれば、たったそれだけ昨日までの当たり前だった昼食時の日常はさらっと終わっていたのかもしれないと、今になって気付く。
隣の席だったから。友の横で、2人で会話をしながら、昼食をとりながら、一緒に昼休みの時間を過ごしていたから。
自分は特別になれた気がしていた。自惚れていた。
ただ席の配置の都合。
私が特別でも何でもなく、友が席を移動することなく昼ご飯を食べる主義の人だっただけ。
親しいと思ったのは、特別だと思ったのは、友にとっては普通の遣り取りで、人当たりの柔らかさは友の自然体で、そもそも隣の席にいるのが私でなかったなら、きっと隣になった他の女の子と親しげに会話をしていたのだろう。
友……友人……、それも私の勘違い?
お母さんごめんなさい。せっかく作ってくれたお弁当、味がしません。美味しくない……。調味料を入れ忘れていませんか? 砂糖も塩も醤油も酒も味醂も、入れ忘れていませんか?
「うわっ、お通夜? 葬式? 雰囲気、暗」
友が戻って来ていた。いつもは朝の登校時にコンビニで買って来ているのに、買う時間が無かったのだろうか。売店のパンと白いビニール袋を持っている。
「彼女は?」
「? 彼女?」
「……彼女、出来立てほやほや熱々彼女。お手製弁当を作ってくれて、食後のデザートを仲良く半分こする彼女」
「……誰?」
誰って……付き合っていない? いや、まだ返事をしていないだけなのか。
「デザート、半分要るのか? はぁー、仕方が無いなぁ……じゃじゃーん! ほれ、雪見だいふく」
私の席に2個入りのアイスを置いて、友は自席の椅子を引いてドカッと座った。パンの袋を開け、大きく開いた口で勢いよく食べ始めた。
時計を見ると、思った以上に時間が経っていた。弁当はあまり食べ進んでいなかったから、自分も急がねばならない。口に入れ、もぐもぐと咀嚼する……。
お母さんごめんなさい。お弁当、ちゃんと味がしています。自分のメンタルのせいでした。疑ってすみませんでした。
「よし、食べ終わったな? 雪見だいふく、開封の儀」
ペリリ、と剥がすと白い大福が2つ。
中に入っていた桃色のピックでブスッと突き刺し、「はい、あーん」と私の口元に近付ける。
「へ?」
「早く早く、落ちるから。ちょい溶けてきてるから」
ピックに刺さる姿はぼよーんと下に重みを感じるフォルムに。急であることと溶ける焦りもあり、思わず口を開ける。
「ギリセーフ」
私は何も喋れない。空になった弁当箱を受け皿に、口に無理やり押し込まれた雪見だいふくを噛み切った。流石に一口では無理、窒息するから。
「ふぅん、……ふぅまい、ふぅまい」
友が指に持つ桃色。同じピック。溶けかかっているとはいえ、食べるのが早い。ピックの先は友の口の中。
意識したら負け、意識したら……ダメ、顔が熱い気がする。
「仲良く半分こ、旨いな」
仲良く半分こ? 仲良く……意識したらダメ、意識したらダメ、だって顔がめっちゃ熱い。アイス冷たいのに、顔が火照る。
「お礼は手作り弁当かぁ、楽しみだなぁ」
「何で……ラブレターは? 相手の子は?」
「ん? さっき丁重にお断りしてきた。まだ入学したばっかりの知らない子だったし。同じ学年の同じクラスには食後スイーツを仲良く半分こする関係の大事に想ってる子がいるし」
頬に友の手が触れる。
「熱」
からかうように笑う、友の余裕そうな顔が憎たらしい。
でも、頬に添えられた手はアイスほどはヒヤリとしない。
だって友の顔も赤いのだから。
「ちゃんと、男を見る目があったと思わせてやるからさ」
「見る目? あぁ、ラブレターが破れたあ?」
「よろしくな、出来立てほやほや熱々彼女」
顔も頭も煮えてしまう。私も、彼も。
「……好きだよ」
ざわついた教室。それは耳元で内緒話をするような小さな声で、でもしっかりと、私に届いた。
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