商人の話
窓の外に鳥達がけたたましく飛び交っている。まだ日も出ておらず、一日のうちで最も厳しい寒さにうんざりとしながら、痛む腰を庇いつつベッドから体を起こす。
頂上はどうせ雪だろう。一日の始まりに考える事がこれだというのは吐き気がするほど不快な事だったが、年に一度の大仕事なのだから仕方がない。
他の商人よりも早くに丘を登り、より質の良い星の欠片を手に入れるのがこの家の大黒柱としての役目だ。
顔を洗って食卓に向かうと、妻が朝食を並べてくれていた。
淹れたてのコーヒー、ハニー・ベーグル、スクランブル・エッグ、ベーコン、加えてヨーグルトまで付いている。朝食としては申し分ない、むしろ完璧な朝食と呼んでも差し支えないだろう。
この様子からも、いかに妻が今朝の私の心持ちを慮ってくれているかが分かる。
全くもって私には出来過ぎた妻だな、とつくづく思う。それらの完璧な朝食を全て平らげ、私は荷物を背負い込んで妻に出掛けの挨拶をする。
「いってらっしゃい、お気を付けて」
そう言う妻の顔からは本当に心配が滲み出ており、ややもすると病人として運ばれてもおかしくない程の顔色であった。
「行ってきます。愛しているよ。心配しなくとも、片付いたらすぐに帰ってくる」
私は妻にそんな顔をさせているのが申し訳なく、可能な限り気丈に振る舞いながら、それから、と一つ付け加えた。
「それから、君の作る朝食はいつも完璧だよ」
星の欠片を仕入れる行商人の中で、日の昇る前に丘を登り始める者はいない。
これは街全体で特産物を守る取り組みとして、星降りの前日は行商人に宿を貸していないことに由来する。
必然的に彼らは隣街からの出発を強いられる為、数少ない地元の商人がより質の良い星の欠片を仕入れられる仕組みになっているのだ。
ありがたい待遇ではあるが、あの丘に一番乗りで長時間滞在させられるのは、あまり気分の良いものではなかった。
できることなら行商人達と同様に、集団で登って流れ作業的に商談がしたいと考えたことも、一度や二度ではない。