男の話⑤
我々がちょうどスープを食べ終えた頃、洞穴の外からまばゆい光が入り込んできた。星降りが始まったのだな、と私は思った。
「す、す、少し外を見に行こう」と獣が言うので我々は椅子を洞穴の入り口付近に持って行き並んで腰をかけた。
墨汁を垂らしたような冬の闇の中に、無数の星が弾かれたように尾を引きながら流れて行く。
そのうちのいくつかが手持ち花火の様な音を響かせながら地表に流れ着き、その度に一瞬ばかり辺りを昼間の様に明るく染めるのだった。
湖のある方角では氷の張った水面がそのまま光を反射するので、一層の輝きが世界を包み込んだ。
その目の眩む様な美しさと眩さに、私はしばらくの間ただただ外を眺めていることしかできなかった。
気温は恐らく零度を下回っていたが、降り落ちる星の明るさに加えて、獣が行商人から貰ったという見るからに上質な毛布を膝にかけてもらっていたので、寒さは殆ど感じなかった。
外気に露出して肌の張り詰めている顔の周りと、柔らかな毛布に包まれてじんわりと暖まっていく脚の感覚の対比が奇妙で、それでいて不思議と心地良かった。
「あ、あ、あと一時間くらいで星降りは終わるだろうから、そ、そしたらオレが拾ってくるよ。お、オマエは危ないから休んでいていいよ。も、も、戻ったら行商人達より先に、す、好きなやつを一つあげるよ。す、す、す、スープ、美味かったしね」
そう言ってくれる獣に甘えてばかりではいけないと思う気持ちはあったが、実際問題私は疲れすぎていた。
一日山を登った後に、こんな訳の分からない生物に遭遇して、体も脳も疲れ切っていたのだ。
星の落ちてくる頻度が少なくなってきたこともあり、私の瞼はいよいよ夜の帳と同調しようとしている。
「それじゃあ悪いけど、先に休ませてもらうよ」
私は睡魔に飲まれる前に、洞穴の奥へと引っ込む事にした。
「う、うん。お、お、奥のソファを使うといいよ」と獣が言ってくれたので、ありがたくお言葉に甘えさせてもらう。
ソファに体が沈み込むほぼ同時に、自分の意識も深い沼へと落ちて行くのを感じた。
上からかかる柔らかく暖かな毛布は、まるで母親の胸に抱かれているかの様な安心感で満ちていた。