男の話②
周囲は山頂と呼ぶには余りにも平地としての面積が広く、星の光と手元に灯したランタン一つではとても探索し切れそうにない程であった。
視界の遠くには地面が星空を反射するのが見える。
恐らく湖の様なものまで存在するだろう。
さらに意外だったのは、若干山の淵より窪んだ形になっている為であろうか、山頂でありながら想像以上に風は穏やかだった。
きっと正確に言えばこの山の頂は競り上がった淵のどこかなのだろうが、古くからこの窪地が山頂と呼ばれ、山の名前が丘となった理由は、なんとなく分かる様な気がした。
野営に適した場所を探すべく、壁の様にそびえる淵に沿って歩いていると、一部ぽっかりと洞穴のようになっている部分をがあった。それはまるでこの山全体が巨大な化け物で、私の這入ってくるのを大口を開けて待っているかの様な不気味さを醸し出していた。情け無い妄想に強張る脚をどうにか引っ張り、恐る恐る中を照らす。
「広いな…」思わず口に出た。高さも申し分なく、私が勢いをつけて飛んだとしても、天井に触れられぬ程はありそうだった。
これ以上無く最適な場所を見つけた喜びと共に足を踏み入れた途端、突如背後から自分以外の何者かの気配が感じられた。
緊張感を失っていた自分を恨みながら慌てて振り返ると、洞穴の入り口は一面漆黒の毛皮で覆われていた。
(熊だ!)
咄嗟にそう判断し、背嚢に備え付けておいたナイフに手を伸ばす。こちらの存在に気づいた途端に驚いて逃げてくれるのを期待すべきか、あるいは先手を仕掛けるべきか。
私が逡巡している間に、毛皮の主は洞穴の向こう側からこちらに顔を覗かせた。
「や、やぁ。」
確かにそう言った。到底理解が及ばなかったが、それはまるで人間の言葉の様に聞こえた。この丘に住む熊は人語を解すると言うのか!しかしよくよく見てみるとその顔は、私の知っている熊のそれとは全く異なるものだった。あえて説明するのであれば、それは熊と狼と人間を足して割った様な、何とも形容し難い顔つきであった。
「お、お、お、驚かせるつもりはなかったんだよ。こ、ここに行商人以外がやって来るのは珍しいんだ。そ、そ、それにこの洞穴はオレの住処だからさ」
獣はバツの悪そうにそう低く唸った。どうやら状況的には私の方が不審人物であるらしい。
「君の家に勝手に上がり込んでしまって、申し訳なかった。初めて見るので驚いたんだが、君は獣人かい?物語で読んだことはあるけれど、実在しているとは思ってもみなかったから大層驚いたよ」
正直まだ面食らってはいたが、いつまでも驚いてばかりではどうにもならないので一度状況を受け入れてしまう事にした。人語を話す獣が、私の目の前に、いるのだ。
「か、か、構わないよ。じ、自分が獣人なのか何なのか自分でも分からないんだけど、お、おオレを見たら皆腰を抜かして逃げちゃうものだから、こ、こ、こうして山奥に篭っているんだ。お、オマエは星の欠片を採りにきたのかい?き、今日は星降りの夜だもんな」
どうやらこの獣は見た目と話し方に似合わず頭は回る様で、私がこの丘に来た目的は出会ってすぐだと言うのに看破されていた。
「すごいな、よく分かったね」と私は言った。
「こ、ここを訪れる行商人以外の人間は皆そうなんだよ」
「なるほど」と私は言った。