男らしくなかった
まだ間に合う。
放たれた風の魔法を見て、僕の脳は反射的にそう判断してロッピーが投げたロッポ君を放置して僕は魔法の射線上に飛び込もうとしていた。
だが、僕が脚に力を込めた刹那、ロッピーと目が合った。
残された時間はもうほとんどなく、ためらえば間に合わないという切羽詰まった状況で、ロッピーは視線だけで僕に何かを訴えかけていた。
――――ロッポ君をお願い
僕は彼女の視線から、そんな意思を感じ取った。
だから、放り投げられてこちらに飛んでくるロッポ君を受け止めてしまった。
そして、魔法使いが放った空気を圧縮してできた弾丸が、ロッピーの身体に突き刺さった。
魔法使いのレベルは少なくとも35以上はあることを『咆哮』にて確認していた。
そんな魔法使いが放った魔法が、このゲームを始めて一度も魔物を倒していないレベル1のプレイヤーが耐えられるはずがなかった。
ロッピーの身体が、その場に崩れ落ち光となって消えていく。
僕は、彼女を守り切ることができなかった。
ロッピーが消えた場所から、デスペナルティとして彼女の持っていたアイテムの一部が飛び散った。
そのアイテムは、ほとんどが食料品だった。
ロッポ君に与えていたキャベツや人参はもちろん、他の動物との遭遇も考えていたのだろう。スイカやリンゴと言った果物や、生肉まで用意されていた。また、変わったものでは猫じゃらしのようなアイテムもあった。
大量に飛び散った食材アイテム。それは彼女の持つアイテムのほんの一部でしかない。
魔物を一度も倒していないロッピーはほとんどお金を持っていないはずだ。
初期の所持金のことを考えると、彼女はほとんどすべてのお金を動物たちと触れ合うためのものに使っていたのだ。
そんな純粋に動物と仲良くしたいだけだったロッピー。
彼女は今、僕が原因で殺されてしまった。
僕がロッポ君を逃がさなければ、僕が他のプレイヤーに見つからなければ、僕が他のプレイヤーとの軋轢を恐れてだらだらと戦闘をしなければ、僕が彼女を守り切れていれば、少なくとも彼女は小さな兎との触れ合いを楽しむことができていたのだ。
自分のあほさ加減に呆れてくる。
大切なものを見誤る。それは全くもっていい男じゃない。
僕は自分の過ちを悔やみながらも、せめて彼女に託されたロッポ君を今度は守り切ると誓う。
「にゃっにゃう、にゃにゃなーにゃにゃーにゃにゃ(ロッポ君、少しの間でいいからここでじっとしているんだよ)」
僕は徹底抗戦の覚悟を決めて今しがたロッピーを打ち抜いた魔法使いの男を睨みつけた。
「っ、なんで赤く―――!?」
魔法使いの男は何かおかしなことでもあったのか、何やら慌てている様子であった。
それならば好都合だ。
僕はロッポ君を木の後ろに隠して、疾走。魔法使いとの距離を一気に詰める。
「くっ、離れろ『爆風』
僕の接近に反応した魔法使いは、突風を起こす魔法で僕を吹き飛ばして距離を稼ごうとした。攻撃魔法を放っても耐えられて張り付かれると考えてのことだろう。
とっさの判断にしては素晴らしい対応だった。
しかし風、風の魔法だ。
ロッピーを打ち抜いたのも、僕に放ったのも風の魔法。
たった2度ではあるが、連続して使ってきたところから僕はもしかしたらこの魔法使いは風魔法を得意としているのかもしれないと考える。
そしてもしそうなら、僕の苦手とする魔法を使う相手であっても何とか戦えると考えた。
「『風刃』や!」
距離を離され、再び接近を始めた僕に空気を圧縮してできた不可視の刃が襲い掛かる。
通常なら、風が吹いたと思えば身体が切られているという恐ろしい魔法だ。しかし、僕はその魔法は何度も見たことがあった。
それは、東の森の敵と戦っていた時のこと。三匹一組で襲い掛かってくる鎌鼬という魔物がこれと同じような風の魔法を使い、僕の身体を切り裂いていったからだ。
鎌鼬は東の森では珍しく、正々堂々と戦わないタイプの魔物で、茂みの中から飛び出してきてはいきなり魔法で攻撃してくるといった奇襲を得意とする魔物だった。
その鎌鼬に対抗するために、僕は風の魔法に対しては人一倍敏感になっている。
僕は『風刃』に向かって真っすぐ突進し、風の刃が僕の身体を切り裂く直前に小さく横に跳んで回避した。
ギリギリでの回避に成功した僕は、ほとんど無駄なく魔法使いとの距離を縮めることができた。
「何度近づいてきても無駄やでもう一度『爆風』や!」
だが、近づいても突風で飛ばされてしまう。ただ、僕に何度も同じ技が通用すると思わないでもらいたいね。
「ぐあっ」
僕が飛ばされると同時、魔法使いは悲鳴を上げて後ろ向きに倒れた。
「にゃにゃんにゃん、にゃにゃん(ゴライアス仕込みの尻尾癖の悪さ、どうですかな?)」
僕は飛ばされる直前、魔法使いの足に尻尾を巻き付けた。
これにより、僕が飛ばされると同時に魔法使いの足が引っ張られて転んだというわけだ。
そして、この動作は相手を転ばせるのと同じくらいのメリットがある。それは僕の身体が一瞬ではあるが魔法使いにつかまっているので『爆風』の風によるノックバックを軽減してくれるのだ。
僕は飛ばされた後、空中で宙返りを決めて着地。
そして転倒して無防備を晒している魔法使いに今度こそ仕留めるという意志を持って近づいた。
「くっ、来るなやクソ猫!」
魔法使いは杖をこちらに向けて牽制をするが、その杖の先からは魔法が出る様子はない。おそらくだけど、戦闘中に魔法を連射しないところを鑑みるに魔法というものは発動するために何か準備か条件が必要なのかもしくは制限があるのだろう。
僕は『剛爪』と『鋭牙』を発動する。
僕の手には猫のものとは思えないくらい大きな爪が、そして口には牙が生える。
「よしっ、『風z———』
魔法使いは何か魔法を発動しようとしたのだろう。だが、流石にこの距離では猫の方が速い。
僕は倒れたまま上体を起こしたまま杖をこちらに向けていた魔法使いに飛び乗り、両手の爪で顔を引っ掻いた後に喉笛に嚙みついた。
「あがっ―――」
それが必要なのかはわからないが、こいつは魔法を使うときにわざわざ魔法名を口にしていた。
もし、あれが魔法発動に必要なプロセスであった場合は喉に噛みつかれてうまく声が出せないなら魔法が使えないかもしれない。また別に、口を開かなくても魔法が使えたとしても僕の牙が人体の急所に深々と突き刺さっていることには変わりないから、それはそれで問題はなかった。
「——ぉ、お、ががっが」
必死に声を絞り出そうとする魔法使い。だが、絞り出せたのは呻くような声だけだ。
このまま喰い殺す。
他のプレイヤーを殺害するのは、本当は心苦しい。
きっと彼らだって楽しくゲームをしていただけなのだ。運悪く僕を見つけてしまい、何かの行き違いで勘違いして過ちを犯してしまっただけなのだ。
だが、それはそれだ。
ロッポ君を守るために、僕はここでこいつを確実に仕留めるつもりだった。
「おい、クソ猫! こいつがどうなってもいいのか!?」
だが、僕たちの勝負を邪魔するのは剣士の声。ロッポ君を兎質にして僕の行動を縛ろうとする。
剣士の男はロッポ君の首に手をかけていた。
「にゃぁ(はぁ)」
「こいつを殺されたくなかったならスサを放しやがれ」
スサというのはきっとこの魔法使いの名前なのだろう。剣士がこの魔法使いを読んだこともあって、2人は友達か何かだと推測される。
そして、友達が目の前で殺されそうになっているからこうして兎質を使って助けようとしているのだ。
「にゃあにゃあ、にゃんにゃにゃにゃ?(はいはい、これでいいですかな?)」
僕は魔法使いから牙を抜く。
「そんなにこいつが大切なのかよ」
剣士は魔法使いが解放されたのを見てほっとしていた。
その時にはもう、僕は魔法使いの上にはいない。
猫の身体が持てる最高速を活かして剣士の足元まで迫っている。
そして、剣士のレベルは推定1~10程度。僕の牙なら一撃で削り切れる。まさに、一瞬の油断が命取りということだ。
剣士は僕の噛みつきでアイテムをぶちまけながら光の粒子となり姿を消す。
そもそも、この森で11レベルになるまで兎狩りをやっていた僕は知っている。この森の兎は割と生命力が強い。ゲーム的に言えばVITがそれなりにある。
剣を使って戦うプレイヤーの素手の攻撃で即死することはそうそうない。
そして、剣士は魔法使いを助けようとしていたが魔法使いはもう死に体だ。
強化した爪と牙の攻撃で大きなダメージを受け、得意の魔法も僕にはもう当たらない。
ロッポ君も逃げずにちゃんと待機してくれているし、もう僕に憂いはない。
僕は再び魔法使いに急接近し、何かの薬を飲もうとしている魔法使いを噛み殺した。
「にゃぁ(ごめんな)」
結果的に、僕のせいで死んでしまうことになって。
魔法使いも、手持ちのアイテムをばらまきながら光の粒子となって景色に溶けていった。
それから、5分後のことだった。
「猫さーん、ロッポくーん、無事ですかー? 無事なら返事をしてくださーい」
ロッピーの声が遠くから聞こえてきた。
「にゃあああああん(ここにいますぞー)」
僕は無事を知らせるように声が聞こえた方向に向かって鳴き声を上げた。
そして外敵がいなくなったロッポ君はロッピーがぶちまけた食材の中からリンゴを選んでほおばり始めた。
それから、更に1分後に僕たちは合流した。
ロッピーはロッポ君が勝手に食材を消費したことに対しては怒っていなかった。当然だろう。元々動物に上げるために買ってきたはずなのだから。
「猫さん、あの人たちは!?」
合流して、地面に落ちたアイテムを回収したロッピーは洋ナシを頬張るロッポ君を抱きかかえながら周りを確認していた。
「にゃぁん(お帰りいただきました)」
「……えっと、もう大丈夫って意味ですか?」
伺うようなロッピーの言葉に、そういえば自分はまだ猫のままだったと思いだした。
魔法使いが戦闘に参加したあたりから猫の身体に違和感がなくて半分忘れていたわ。
僕はアイテムボックスから魔力回復薬を使ってMPを全回復させてから『人化』を使って人型に戻る。
「もうあの二人はいないから好きなだけロッポ君と触れ合うといいよ」
「はい! そうします!!」
ロッピーは今日見た中での一番の笑顔になり、腕の中でくつろいでいるロッポ君を優しくなでる。
何故か、ロッポ君はもう抵抗をみせず頭を撫でられても気持ちよさそうに目を細めるだけだった。
「あ、かわいい……」
ロッピーはおとなしくなったロッポ君にご満悦だ。
僕は2人の時間を壊さないように、静かにその光景を見ていた。
「え? これって!?」
すると突然、ロッピーが目を丸くしてこっちを見てくる。
「何かあったの?」
「ロッポ君がついてきたいようだってメッセージが出てきてます!! これって、そういうことですよね?!」
最初はあれだけ暴れていたロッポ君も、ロッピーの餌付けと献身によって心を開いてあげたみたいだ。
その腕に抱かれながらロッピーのことを上目遣いで見つめる兎ロッポ君。
僕は首を縦に振った。
「ですよね!! よーしロッポ君、今日から君はうちの子ですよ!」
ロッピーはロッポ君のことを強く抱きしめた。