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愛理沙ヌーヴォー「ここ数日で最高」

 猫……猫かぁ……


 森の中には鏡は存在しないため全容の確認は、今は無理ではある。しかし肉球のついたちいさな手で顔の形を確認した限り僕は猫になってしまっていた。


「にゃー、にゃー」

 しかも声を出そうとしたら自動的にネコの鳴声になるというおまけ付きだ。

 仕方ない。戻ろう。

 いろんな特技を持っている僕ではあったが、流石に四足歩行の特技は持っていないのだ。僕は『獣化』を解いて街に戻ろうとした。

 しかし


『MPが不足しています』


『獣化』とかいうスキル、発動した瞬間に『人化』になっていて発動の際に再び20ポイントのMP消費が存在することが判明した。

 僕が街で買ってきた回復アイテムの中に、MPを回復させるアイテムはなかった。


 なぜなら使う予定がなかったから。

 人に戻るためにもう少しINTにポイントを振る? レベルがいっぱい上がってポイントはあるし……いや、無駄遣いは善くないよな。

 自動回復を待つとか……ダメだ。街の外だと5分で1%しか自動回復しない。



 僕は早々に『人化』を使うのを諦めた。

 そして仕方なく四足歩行のまま街に向かって歩き始める。


 ううむ、四足歩行って四つん這いで歩くって感じとは少し違うんだな。なんていうか、骨格の違い?っていうのをまざまざと感じる。


 速く走ることはできないけど、人間の足で歩くくらいの速度で移動することはできた。

 僕はどのようにすればこの身体でうまく動けるようになるのかを考えながら、のんびり歩いていた。

 そして、そいつの存在を忘れていた。


 ドスン


 頭上から目の前に何やら重いものが降ってくる。

 僕は反射的に一歩後ろに下がり、それが何かを確認する。


 アンスロウスLv33


 ……そういえば、猫になって視界が低くなった分樹上への警戒がおろそかになっていたような気がする。

 これはまずいぞ。さすがにこんな状態では戦えない。


「にゃああああ(さすがに逃げさせてください)!!」


 僕はできる限りの速度を出して逃げ出した。

 本当なら男らしく戦うところなのかもしれないが、流石に猫になってしまっては戦いなんて無理。

 僕は足の遅いナマケモノモードのアンスロウスを置き去りにして森の中を走り抜けた。


 走って、走って、そして次にであったのは安心感を覚える兎だった。


 僕はいつの間にか街の近くの森まで戻ってきていたのだった。


「にゃあ、にゃあ(はぁ、はぁやっと着いたか)」

 ここからなら安全だ。兎や鹿はもう僕には寄ってこないし、何なら戦っても多分勝てる。


 だが長い時間ログインしていたせいでもう昼時を少し過ぎていた。そのため僕は急いで街に戻って、昨日も利用した宿屋に入る。

 宿屋に泊まるにはお金を払う必要がある。

 僕は猫の姿のままで申し訳なく思いながらも、この世界の通貨であるコインを取り出してカウンターに置く。


「にゃぁ(一泊お願いします)」

「え?」

「にゃぁ(一泊お願いします)」


 この世界の住人なら当たり前のように猫の言葉も分かるかと思ったが、そんなことはなかった。

 宿屋の受付に座る犬耳の女将さんは突然現れた僕に困惑していた。


「猫さんどうしたのかな?」

「にゃぁ(一泊お願いします)」


 人に戻れない僕にできることはないので、一泊分の宿代をカウンターに置いて前足で叩いてのごり押しだ。

「えっと、泊まりたいの?」

「にゃん(はい)」


「そう? じゃああそこの部屋を使ってね?」

 そんなやり取りもあったけど、僕は猫のまま宿を借りてログアウトすることに成功した。


 そして戻ってきた現実世界。

 時計を見るともう13時28分と昼を過ぎていた。


 こんなに長時間ゲームをすることになるとは思っていなかった僕は、昼食の準備をしていなかった。

 仕方ないので冷蔵庫の中にある作り置きの料理から少しずつ取り出してそれを昼食にした。

 昼食の間、僕の頭の中には猫になってしまったLionをどうするかを考えていた。

 せっかく手に入れた『獣化』のスキルを使わないのはもったいない気がする。形はどうであれ男らしさの象徴である獣そのものになることができるのだ。

 見た目が小さめの猫という想定外のことが起こったが、あれを使いこなすことができれば僕の男らしさのレベルはもう一段階上に上がるはずだ。


 そう考えた僕は、昼食を食べ終わり次第携帯を取り出しメッセージアプリを起動して幼馴染に連絡を取る。


陸:登場人物が動物になって戦う漫画とか持ってない? 持ってたら貸してもらえると嬉しい( 一一)


 動物であることの良さはそれをよく表してるものをよく観察することが大切だ。僕は、現実の動物とフィクションの動物の良さを考えるために、愛理沙にそういう描写がある漫画を貸してほしいと連絡を入れる。

 既読がつかないため愛理沙は今、携帯を持っておらず他のことをやっているのだろう。

 僕は返信が来るまでの間、動画投稿サイトに投稿されている猫の動画を見てその良さを分析する。


 ふむ、やはり猫はかわいい寄りの生き物とされていてカッコいいと思ってる人の方が少なそう。猫かわいい。

 でも、たまに宙返りとか高い塀を一足で飛び越えてたりするのを見るとカッコいいって思うな。

 となると、猫の身体能力を遺憾なく発揮できたときにカッコよさが現れるのではないか?


 ぴろん

 僕が猫動画を漁っていると、愛理沙から返信が来た。


愛理沙:いくつかあるけど持っていけばいいわけ?

陸:貸してもらうんだから僕の方からとりに行くよ(/・ω・)/

愛理沙:そうやって女の子の部屋に上がり込もうって魂胆ね! 変態!

陸:(´;ω;`) じゃあ持ってきてください。後せっかくだから夕飯とか食べていきます?

愛理沙:あらありがとう。じゃあ遠慮なく貰っていくから大目に作っておきなさい


 ちょっと漫画貸してもらおうと思ってただけなのに変態扱いされた。

 でも変態扱いされるのは男の証みたいなものだから、多分セーフ。


 猫の動画を漁っていたら気づけば午後三時を回っており今から準備をすればそれなりに手間のかけた料理でも作れる時間帯だった。

 ただ、今日料理をふるまう相手はあの愛理沙だ。


 きっと、手間をかけて作った健康に配慮して栄養を計算しつくしたパイ料理とかよりも、雑に作った肉料理の方が喜びそう。

 愛理沙、一番好きな食べ物ハンバーグとか言ってたからね。

 最近あんまり僕の家に食べに来ることなかったし久しぶりにハンバーグでいいや。どうせ3日くらい連続で出しても気にせず喜ぶし。

 パフェとか添えとけば嬉々として食べるだろう。

 カロリー高いから僕は遠慮しておくけど。


ぴんぽ~ん


 そう考えてハンバーグを作りながら過ごしていると、インターホンが鳴った。

「陸、持って来たわよ。感謝なさい」


 愛理沙の声だ。

 僕は玄関の方へ歩いて行って、扉の鍵を開ける。するとまだ許可も出していないのに勝手に扉を開いて中に入ってきた。

 愛理沙は男勝りな性格ではあるが、ファッションには割と厳しく今日もどうせ特にどこに行くわけでもないのに綺麗な服を着ていた。

 見慣れている僕はそれに特に何か言うでもなく


「ありがとう。どうする? ハンバーグを焼く準備はできてるけど今から焼く? それとももう少し待ってから焼く?」


「なら、まだ早いし少しゆっくりしていこうかs……」

 きゅぅぅ~

 愛理沙が何かを言おうとしたところで、かわいらしい腹の虫が鳴く声がする。見栄を張っていたらしいが、体は正直だった。

 僕は小さく笑ってハンバーグを焼き始める。

 如何に愛理沙であっても、おなかの音を聞かれるのは恥ずかしかったのか静かになる。


 本当にあとは焼くだけだったので、夕食の準備はすぐに終わった。

 出来上がったそれを愛理沙の前に並べ、僕も対面に座り一緒に食べる。


 愛理沙はすぐにハンバーグに手を付けた。彼女は本当においしそうにご飯を食べてくれるから見ていて気持ちがいい。

 食べる愛理沙を見ながら、僕もおかずの人参をほおばる。うん、甘くておいしい。


 黙々と食べ勧める愛理沙に、ゆっくり食べる僕。食べ終わるのは愛理沙の方が早かった。


「まだ食べられるなら冷蔵庫にデザートを用意してあるよ」


 その時を見計らって僕がそう言うと、愛理沙は一直線に冷蔵庫に向かい僕お手製のパフェを持ってきて食べる。

 うん、とっても機嫌がよさそうだ。


 夕食を食べ終わった僕たちは部屋でくつろいでいた。


 愛理沙は食後にすぐに動くのは嫌だと言い僕の部屋に居座り、僕は借りた漫画本を履修して猫のカッコいい部分についての検証をしていた。


 愛理沙は大きめの紙袋いっぱいに40冊ほどの漫画本を詰めて持ってきてくれており、より多角的な視点から動物を見ることができた。

 そして、10冊目を読み終わったころだった。


 そろそろ外も暗くなり、愛理沙は家に帰った方がいいんじゃないかなと思い始めたとき、ふと愛理沙の視線がこっちに向いていることに気が付いた。

「?」


 その視線は何か言葉を求めているようなもの。昔からそういう時はちらちらとこちらに視線をやってくるのが愛理沙の癖だった。

 僕は何を求められているのかを考え、感想が欲しいのかなとあたりを付けた。


「かわいいよね」


「!?」


「でもカッコいいところも確かにある」


「そ、そうね。よくわかってるじゃない」


 ほら、正解だ。みるみるうちに愛理沙の機嫌がよくなっていく。

 幼馴染たる僕にはわかる。この感じは年に1度の上機嫌だ。やはり貸した漫画の感想を求められていた。

 僕は主人公が猫になって戦う漫画の感想を率直に述べた。


「ところで愛理沙、そろそろ暗くなるけど帰った方がいいんじゃないかな?」


「う~ん……、そ――れもそうね」

 愛理沙の機嫌が微妙に悪くなった。でも先ほどのを合わせると収支はプラスだ。

 愛理沙は僕の言葉に従い素直に部屋から出ていこうとする。


 そこでふと、思い出したかのようにこんな質問を投げかけてきた。


「そういえば、どうして動物物の漫画を貸してほしかったの?」

 特に隠す必要もないと思った僕は正直に答えた。


「獣のカッコよさをこの身に体現するためさ」


「ぷっ、何それアハハハハ!」

 あ、機嫌が直った。機嫌は先ほどより良い。


 何かが愛理沙の笑いのツボに入ったみたいで、彼女はそのまま笑い声を上げながら帰ってしまった。

 それから僕は借りた漫画をゆっくりと読み、どんな獣がカッコいいのかを考察していった。



 午後10時、7割ほどの漫画を読んだ僕はこの日は眠りについた。


 翌日、午前5時に起床した僕は朝の家のことを済ませ、残りの3割の本を一気に読み切った。

 そして昨日見た猫動画と猫漫画から猫という生き物を格好良く見せる手法として、一つの結論を見出した。


 答えを得た僕は、早速Ash Gardenの世界にログインする。




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