おしとやかなら女らしい?
そんな完全勝利で終わることが出来たならば、どれほど楽だったか。
確かに僕とアンスロウスの戦いは大激戦と言えるものだったが、そもそもこのエリアにおいてあれは特別な魔物というわけではなく、生態系を形成する一生物でしかないのだ。
僕があおむけで倒れて勝利の余韻に浸っていると、ずしずしと思い足跡が聞こえてきた。
聞こえてくる足音の重さに対して音自体はあまり大きくない籠ったような音。多分肉球のような足音を軽減する機能を持った足を持つ生き物。
僕は体を起こしてアイテムボックスから回復薬を取り出し、減ったHPを回復させながら近づいてくるそれに備える。
待つこと30秒、姿を現したのは巨大なクマ。
そういえば、愛理沙が出るって言ってたね。
化け物のような猿を相手にした後だと普通のクマくらいなら、と思ったがこの世界はゲームの世界であり、目の前のあれが普通のクマであるわけがなかった。
クマが咆える。
僕も対抗して『咆哮』を使い咆える。
お互いの威嚇行動が終わり次第、戦いが始まる。
戦闘終って疲れた僕だけどやってやる。ここで僕はクマ殺しという男らしさの象徴のような称号を手に入れてやる。
僕はクマに向かって駆けだした。
2分後、死んで宿屋に戻った。
デスペナルティでせっかく手に入れたアンスロウスの爪とナマケモノの皮を失った。
(´・ω・`)ショボーン
死に戻った先、宿屋のベッドの上で僕は決心した。
「男なら、どれだけ負けても挑み続けて最後は勝っているはずなんだよ!」
僕は東の森を制覇するまで他のエリアにはいかないと。
そしてまずはアンスロウス戦で上がったレベルで得たポイントでステータスを強化するところからだ。
まず足りないのはSTR、つまりはパワー。敵を倒すのに時間をかけすぎるのは善くない。VITももう少し欲しいかも、軽いクマパンチで半分削られたからせめて2発耐えたい。速度がもう少しあれば猿モードにも対応ができるかもしれない。
そう考えた結果ステータスはこうなった。
Name Lion
Lv-16
Job -
Sub -
HP
880/880
MP
10/10
STR-50
VIT-40
INT-1
RES-1
DEX-5
AGI-50
LUK-5
SP-0
Skill
『爪撃+』
『咆哮』
『捕食+』
『砕牙+』
『挑戦者』
『獣性+』
足りないものを補なった形だ。
後、スキルが2つ増えていた上に一部強くなっていた。僕はスキルの効果を今一度確認してみる。
『爪撃+』
爪による攻撃を強化する。
爪攻撃によるダメージ+20%
『咆哮』
自分のATKを少し上昇させる。
ATK+5% 180秒
自分より弱い相手の動きを一瞬止める。
『捕食+』
捕食行動を強化する。
捕食時ダメージ+20%
捕食時HP回復5%
捕食時全ステータス強化5%
『砕牙+』
牙による攻撃を強化する。
牙攻撃によるダメージ+20%
噛みつき攻撃時対象部位に異常【破砕Ⅰ】を与える。
【破砕Ⅰ】状態の部位はダメージ+15%
『挑戦者』
自分よりレベルが高い相手との戦闘時レベル差分×1/2ポイント全ステータス上昇
『獣性+』
獣の本能が強くなる。
僕の持っているスキルはこんな感じだ。
増えたスキルの中で『挑戦者』は今から格上相手に突撃をし続ける僕にとっては有用なスキルであるし、『獣性+』は一見何もなさそうに見えるがきっと男らしさがスキルとして現れているのでオッケーだ。
もともと持っていたスキルもほとんど使わない『咆哮』を除いて成長していて、ダメージ倍率が少し上がっていた。
これはスキルが成長するほどの激戦をあそこで繰り広げたということになるね。
「よし、目指せ東の森完全制覇!!」
僕は宿を飛び出した。
そして何度かの死に戻りと勝利を得てこの日はゲームを終了した。
Result
Kill:11
内訳
スロウス×3
アンスロウス×2
バーサクゴリラ×1
鎌鼬×3
ジャミングバード×1
プレイグベア×1
Death:8
内訳
アンスロウスによる地面への激突
プレイグベアによる爪撃
バーサクゴリラによる殴打
鎌鼬による奇襲
鎌鼬による奇襲
バーサクゴリラによる奇襲
鎌鼬による奇襲
プレイグベアによる殴打
レベル11⇒27
さすがに一日では制覇はできなかった。
ログアウトした後僕はすぐに眠りについた。
■
これは2日ほど前のこと。
時間は陸が前期の最後の試験を終わらせたあたりまで巻き戻る。
小鳥遊 陸の幼馴染である不知火 愛理沙は一足先に始まっていた長期休暇を満喫するようにベッドの上で寝転がっていた。
部屋は1人暮らしの大学生らしくそして男らしく散らかっており、脱ぎ捨てた服なんかが床の上に転がっていた。
その部屋の主である愛理沙は女性であり、男性から見れば幻滅させられる現場なのだが彼女からすれば「女性であるというだけで部屋が綺麗であると義務付けられるのは迷惑」というものだった。また、「なら男はみんな部屋が汚いのかしら?」とも思っていた。
そして、一人暮らしの男子大学生がみんな散らかった部屋に住んでいるわけではないということは、彼女の幼馴染である陸の部屋を見れば明らかだった。
世の女子たちはそんな強気な愛理沙を、そしてダメな男のようにどこか隙のある愛理沙に魅力を覚えるためよく慕われていた。
男からしても、気遣う必要がない女性としていい友達になれそうだと考えた。
そんな男勝りのむしろ男なんじゃないかと思われることもしばしばある女子である愛理沙ではあるが、それは誰も彼女の心の内を正しく理解できていないからに他ならなかった。
ぴろん
唐突に愛理沙の携帯がそんな音を鳴らす。
加奈:速報小鳥遊氏同学科の女性に告る
「はあああああああああ?!」
愛理沙はそれを見た瞬間に大声を上げて携帯の画面を凝視した。
何も見間違いではないことを確認するために。だが、いくら見つめてもその表示が変わることはない。
愛理沙は次なる情報を手に入れるためにこの情報を知らせてくれた友人に返信をする。
愛理沙:それで結果は?
加奈:今こんな感じ
加奈:【画像】
送られてきた画像に移っていたのは愛理沙の幼馴染である陸が女性と一緒に歩いている様子。
ばれないようにか後方からとられた写真のため、表情はうかがえないが愛理沙の目にはそれが仲睦まじい姿に見えなくもなかった。だが、何かの間違いなのだ。愛理沙は2人以外、つまりは背景を見る。
……愛理沙の目には、並んで歩く2人の方向には陸の住まいがあったということに気が付いた。
「え? え?! もしかして告白しておっけーして、それですぐに家に連れ込もうとしてるの陸!?」
愛理沙は混乱した。
あの陸に彼女ができてしまったと、自分を差し置いてその場所にいる人間ができてしまったと。
昔から陸は彼女が欲しそうな雰囲気を醸し出していたが、告白が成功したことはなかったため彼女がいたことがなかった。だから愛理沙も油断していたのだ。
ガラガラと何かが崩れ去る音が愛理沙の中で響いたような気がした。
愛理沙は何かの間違いが起こったのだと、必死に自分に言い聞かせる。だが、視界の端に移りこむ並んで歩く2人に間違いではない可能性を捨てきれない。
「なんで、なんでりくぅ……」
愛理沙は陸のことを異性として意識している。だが、陸は愛理沙のことを幼馴染として好きであっても異性としては意識していない。
その昔、愛理沙が「彼女がないなら私がお情けを掛けてあげましょうか?」と張り裂けそうな胸を押さえながら必死に絞り出した言葉を、「もっと女らしくなってから言え」と突っぱねたことがあるのだ。
それは皮肉にも、その日陸が振られた原因と同じものだったが愛理沙はそれを知らない。彼女の目には成功した2人にしか映らなかった。
ぴろん
愛理沙の目に涙が浮かび始めたその時、友人から新しいメッセージが届く。
もうこれ以上何をみせられるのか、愛理沙は恐怖に震えた。
だが、一縷の望みにかけてメッセージに目を通した。
加奈:速報小鳥遊氏、フラれていたw
愛理沙:あ、やっぱり?
「よかったああああ!!」
愛理沙の涙は一瞬で引っ込んだ。
爆速で友人からの速報に返信した愛理沙は、少し気が軽くなっていた。
それはそれとして、幼馴染の心が自分とは全く別方向に向いているのには変わりがないと気づいた愛理沙はちょっとだけむくれた。
陸に何か連絡を入れようかな?
告白してフラれて、傷ついているよね?
私だったらあなたのことをフるなんてこと絶対しないのにね。
そう思い、メッセージアプリを開いて幼馴染である陸にどんなメッセージを送るかを悩み始める。
愛理沙:フラれたんだって?
「さすがに嫌な奴じゃない私」
愛理沙:落ち込んでるみたいだけど何かあったの?
「これはなかなか……いや、家にいる私が向こうの状況知ってるのって怪しまれるかも」
愛理沙:今日家に行っていい?
「うっ、傷心中に近づいてくる悪い女に見られないかな?」
愛理沙はああでもないこうでもないと悩みながら、メッセージ欄にいろんな言葉を入れては消し入れては消しを繰り返していた。
そんなことをしていたら、気づけば2時間が経過していた。
愛理沙:りくすき
「……うぅ」
何を送ればいいのかわからないが、何か声はかけて元気づけてあげたいという想いが暴走し、心の中が漏れ出したメッセージが入力されていたそれ。
愛理沙にはそれを送る勇気はなく、葛藤の末そのメッセージも消されてしまう。
その4文字が、完全に入力欄から消えたその時だった。
ぴろろろろっろろろん
「わっ、え?! 違います!!」
急に手元の携帯電話が鳴り始めて焦った愛理沙は変な声を上げながらも誰からの電話だろうかとみる。
そこには、今しがたメッセージを送ろうとしていた相手の名前。
「もしもし? 何? そっちから掛けてくるなんて珍しいじゃない」
コールに出て嬉しさで緩む口元を必死に引き絞りながら、浮かれている気持ちが出ないようにと声を出す愛理沙。
固く、強くなってしまったその声が電話先の男には機嫌が悪いと取られているとも知らず。
『もしもし愛理沙? 夏休み暇になる未来が見えるんだけど何か新しい趣味頂戴?』
愛理沙の電話先の相手は、少し疲れたようではあったがちゃんと元気な声を聞かせてくれた。少なくとも、ショックで気落ちしているというほどでもなさそうで彼女は安心した。
「はぁ!? あんた1週間前にあげたモールス信号はどうしたのよ!!」
愛理沙はそのこともうれしく思いながら、数日前に趣味になりそうなものを上げたのにも関わらずまた趣味が欲しいなんて言っている幼馴染にそう言った。
『―・・―・、・・―、・―・・・、―・・、・・、・――・・、―・』
それに対して電話口から帰ってきたのは小さくたたく音と伸ばすように叩く音の2つだけだった。意味は分からないが、愛理沙は何が言いたいのかはわかった。
「なんて? いや、わかるわ。覚えたのね。それで新しい趣味が欲しいと」
愛理沙の幼馴染は昔から器用だった。普通の人間が100やって10覚えるところを、陸は100やれば50は覚えている。それ以上の時すらあった。
昔、愛理沙はおいしい卵焼きが食べたいから作ってと言った時があった。包丁も握ったことがなかった陸は、愛理沙のために料理を始めた。
昔、愛理沙のお気に入りの服が破けてちょっと泣きそうになった時があった。次の日から陸は指に絆創膏をつけて学校に来る日があるようになった。
昔、愛理沙が将来は2人で音楽をやろう、自分はピアノでお前がバイオリンだと言ったことがあった。自分は早々に飽きてやめてしまったが、その頃には陸はバイオリンで曲が弾けるようになっていた。
すべて、愛理沙がきっかけで始めたこと。どれひとつとってもやる必要はなかったもの。だが、陸は全部高水準で修めて見せた。
そんなハイスペック幼馴染である陸に、“覚えるだけ”でいいモールス信号なんて趣味は大したことでもなかったのだ。
愛理沙は考えた。これ以上どんな趣味を与えればいいのだろうと。
ここまで愛理沙が育ててきた幼馴染は、もはや大概のことはできるようになっているから選択が難しいと。
かといって、極めるのにものすごく長い時間を要するものを与えるのも、こうして自分を頼ってくることが減ってしまって少しいやだと考えた。
そのことから、愛理沙は普段自分がやっているゲームを勧めてみることにした。
愛理沙がいろんなことをやらせていたのが原因かは定かではないが、陸は一般的にゲームというものをほとんどやったことがなかった。
『Ash Garden』というゲームは自分の手で世界を塗り替えるゲーム。なりたい自分になれるゲーム。
愛理沙はその世界で、女性らしい自分というのを追求していた。
女性らしい女性は暴力を振るわない。誰かを癒す存在である。そんな感じの、愛理沙の中にある理想の女性像というものを目指してロールプレイをしてきたゲームの世界、あの世界でなら、陸に自分の女性らしさをみせられるかもしれないと考えたのだ。
そしてあわよくば、急接近なんて考えたりして……
「きゃぁ」
ぴろん
真っ赤になった愛理沙は奇声を上げながらメッセージアプリで陸とやり取りをする。
陸:ありがとう。やってみる
愛理沙:新しいお恵みに対する感謝、受け取ったわ
愛理沙:それはともかく、今日早速やってみるの?
陸:いや、VR装置が届くのが2日後とかだったからそれからだね
愛理沙:え? あ、そういえば持ってなかったわね。ごめん、高い買い物させた
陸:大丈夫。普段は節約しているからこのくらいはね(。-`ω-)b
愛理沙:今度何か驕るわ
陸:おー、楽しみにしてるね(^_-)-☆
「うぅ……なんでこんな強い言葉になっちゃうのかな?」
愛理沙としては恥ずかしさを誤魔化すために入力した文章。傍から見たら高飛車な女という印象を受けてしまうその文章は単なる照れ隠しのつもりで、こんな言葉遣いは適切ではないというのは愛理沙本人が一番よくわかっていた。
愛理沙は自分の頬を2回、両側から叩く。
「よし、陸が来たら一緒に遊べるように準備しないと!!」
愛理沙は『Ash Garden』の世界にログインして、陸が来た時のための準備を進めるのだった。