俺より強いやつに会いに行く=男らしい
戻ってきた僕はVRマシンからゆっくり体を起こす。
昼過ぎに始めて3時間ほどたったので、そろそろ夕方だ。僕は冷蔵庫の中身を確認しながら、戸棚に常備している紅茶と昨日作っておいたクッキーを用意してそれらを嗜みながら今後あのゲームでどうするかの予定を立てていた。
僕の今のレベルは11。最初の森ではもうほとんど上がらなくなってきていた。だからもっと強いやつがいる森に行くべきだとは思う。
動物としては弱い生き物を狩るのは間違っていない気はするが、男としてはやっぱり自分より強い相手に会いに行った方がいいと思うんだ。
だから狩場を変えたいんだけど、いかんせんどこに行ったらいいのかがわからない。
愛理沙の奴は僕にあのゲームを勧めてきただけあって、自分もやっているみたいだったしそこらへんは僕に詳しそうだ。
そう思い僕は愛理沙にメッセージを飛ばすことにした。
陸:AGやってみた。レベル上がってきたから狩場を変えたいんだけど、どこら辺がいいかな(?_?)
そのメッセージを飛ばしてからティータイムを楽しんでいると返信が来た。
愛理沙:種族は? スタート地点はどこ?
陸:獣人で森からだね(‘ω’)ノ
愛理沙:以外。妖精とか森人とか選んでると思ってたわ。なるほど獣人ねぇ……、確かスタート地点の草食動物が出る森を抜けたら強い敵がいるよ
陸:ふむふむ方角は?(。-`ω-)
愛理沙:北と東にはさらに大きな樹海が広がっていて危険。特に東は敵が強くて初めてすぐは無理ね。西に抜けると草原があってそこらへんは割と弱いわ。あと草原を進めば人間の街がある。南は湿地帯とかにつながってたはず。そっちも割と危険かも? 獣人は詳しくないからよくわからないわ。
陸:なるほどね。どの方向にどんな敵がいるとかわかる?
愛理沙:獣人の森からだと北側が蜂とか狼とか凶暴な生き物がいたはず。東側には熊とか出るよ。西は牛とか強い兎とかで南の湿地帯にはカエルとかスライムがいたかな?
陸:情報提供感謝します。今度何かお礼します(-_-メ)
愛理沙:そうね。大いに感謝してなにかおいしいものを作りなさい。
愛理沙の情報をまとめると、普通は西側に行って人間の街を目指すのがいいのかな?ただ、僕の目的は俺より強いやつに会いに行くというのだから、愛理沙には悪いけど北か東に行った方がよさそうかな?
僕はそう決めて、メッセージのやり取りの間に空になったカップと皿を片付けて夕食を作って食べた。
今日の夕飯はゲームという新しいものに取り組み始めたということで手抜きのパスタだった。
そして夜、僕は今日のうちに進めるだけ進めておこうと思って再び『Ash Garden』にログインした。
ログインするとログアウトする前の宿屋の一室からスタートした。
お店で最低限の回復薬を持って森を出て、東側に向かうことにする。
道中、この森の定番の生き物である兎と鹿がいたが奴らは僕を見ると逃げて行ってしまった。
レベルが6になったあたりからちょいちょい逃げられるようになって、レベルが8を超えるとここら辺の動物は僕に近づいてこなくなったため、あいつらは草食動物らしく勝てない相手とは戦わないようにしているのだろう。
そんなことを思いながらも、僕はまっすぐ東に歩き続けた。
道中戦闘はなかったため、結構な速さで進み続けるととある境界線を越えたという感覚があった。
何というか、前も後ろも同じ森なのだが前方の森の方が深いと感じてしまうそんな感覚だ。
「きっとここからだね……」
僕は警戒心を一段階引き上げて身をかがめながらゆっくりと進む。
ある程度進むと、第一村人もとい第一魔物を発見することができた。
愛理沙の情報ではこの森には熊が出るという話であったが、僕が見たのはクマではなかった。
それは木の上で寝て過ごす生き物であるナマケモノに似た魔物だった。
木の枝の上から、だらりと長く鋭い爪を持つ腕をぶらぶらと垂らしている。
全方位警戒しながら歩いていたからこそ発見できた木の上に潜む魔物。そいつは僕のことにとっくに気が付いているみたいで、その目はまっすぐこちらを見据えていた。
ナマケモノは、今はまだ動くつもりはないらしい。僕が気づかずにあれの下を横切っていたらどうなっていたのだろうか?そう思いながら観察していると、ふとナマケモノの頭上に何か文字が見えた。
それはアンスロウスLv35と書いてあった。名前はナマケモノからとられている? それにしてもレベル35って、僕の2倍以上あるぞ。
どうする?ここは撤退するべきか?
愛理沙の言った通り東の森は初心者には早かったみたいで、入った直後に出会った一般モブみたいな魔物ですら僕より圧倒的に高いレベルを持っていた。
「……いや、敵が強いからと逃げるのは男らしくない。そう、男らしくないんだ……」
普段の僕なら迷わず逃げていたかもしれない。だけど、ここはゲームで僕は男を磨くためにここに来たのだ。
そもそも強い敵を求めてここまで来た僕に、逃げるという選択肢はなかった。
僕はあれと戦う決意をし、一足に駆けた。そしてまっすぐアンスロウスがいる木の下までたどり着き、そのまま木を全力で蹴って揺らした。
イメージとしてはクワガタを蹴り落とす感じだ。
あれで落ちるとは思えないけど、僕の交戦の意志を感じ取ってくれたのかアンスロウスは木から飛び降りてきてくれた。
ドスン、という音とともに奴は腹から地面に叩きつけられてそしてそれが何でもないように立ち上がって体を起こした。
ア“―――
そしてそんな鳴声とともに、僕に向けて腕を伸ばしてくる。
レベルが負けている以上、攻撃を食らうのはおそらくまずい。それは普段ゲームをやらない僕でもわかる。
相手のベースがナマケモノなのが原因か、幸い動きは早くない。というかむしろ遅い。
前のフィールドにいた兎の方が俊敏だったくらいだ。
僕はアンスロウスの攻撃を余裕をもって避けて、返しに爪で引っ掻いてやった。
その一撃は大した痛痒を与えられていないのだろう。アンスロウスは僕の攻撃なんてなかったかのように次の一撃を繰り出してきた。だけどやっぱりのろい。
僕はそれならばと、次は大きな一撃をお見舞いしてやると考えその長い腕を潜り抜け急接近、喉笛めがけて噛みついた。
昼の狩りで分かったことがある。それは爪で切るより牙で突き刺した方が大きなダメージを与えられるということ。
また、いつの間にか生えていた『砕牙』というスキルのおかげで、一度噛みついた場所は少し脆くなる。こうすることで次また噛みついたときや爪で攻撃した時、より多くのダメージを与えられるようになるらしいのだ。
僕の現状での一番強い攻撃手段である噛みつき攻撃、それは多少なりともダメージは与えたのだろう。
一瞬だけアンスロウスはひるんだ。だが、それだけで戦闘は続行。
奴は懐に入ってきた僕をこれ幸いと抱き着いて拘束しようとしていた。
喉元にかみついていて視界が狭くなっていた僕だったが、何とかギリギリで気づいて離脱を試みる。
しかしながら、流石に気づくのと牙を抜くのが遅かった。
アンスロウスは僕に抱き着くことさえできなかったが、その爪で僕を引っ掻くことはできていた。
「ぐぅ……今のでHPどれだけ減った?」
素早く確認すると今の一撃だけで僕のHPが4割になっていた。つまり同じへまをやってしまえばそのまま死んでしまう。
「ふぅぅぅ……功を焦ったね。なるほど、敵が強いときは攻めすぎると負けると……」
今のやり取りで僕は敵の方が全体的に能力が高いんだから僕の最大火力程度でどうこうなるわけがなく、逆にその隙を突かれて反撃されてしまうことを理解した。
となると、格上を倒すために必要なのは挑戦心ではなくて敗因をなるべく作らないことではないか?そう考えると、今の僕の敗因となるのはあの爪につかまること。
幸い僕の方が速いから、回避に専念すれば向こうの攻撃が当たることはないだろう。
僕はそう分析して、今度はある程度距離を取ったまま相手の攻撃を待つことにした。
アンスロウスは僕に向けてゆらゆら近づいてきて、その腕を横に振りぬいたり縦に振り下ろしたりといった行動しかしてこない。
また、横に振りぬいたときは地面のようなストッパーがないからか、体の向きを戻すのに数瞬の隙がある。
僕はそれの隙を狙い、先ほど傷つけた首元の傷を狙うように爪を伸ばして少しずつアンスロウスを削っていった。
向こうも苛立ちはあるだろう。
だけど、対抗手段を持っていないのか僕の攻撃は当たるし、向こうの攻撃は当たらないという状況が続いていた。
そしてそんな時間が続いた後、変化が訪れた。
ア“ア”―――!!
アンスロウスの鳴声、それは初めの威嚇するようなものとは違い悲鳴のようだった。
もう少しで勝てるかもしれない。
僕はそう思いながらも油断せず、相手の攻撃を待った。
僕ができるのは攻撃後の隙を狙うことだけだったから。
だからその行動に対応ができなかった。
アンスロウスは叫んだあと、その鋭利な爪で自分の身体をズタズタに切り裂いた。
「え?」
突然のことで唖然としてしまう僕。
そんな僕を放置してアンスロウスは次の段階に移った。
何と、切り裂かれた体の中から腕が飛び出してきたのだ。そして這い出てくるようにアンスロウスの体の中から何者かが現れる。
ア“ア“ア”ア“!!
そんな叫び声をあげ、体の中から出てきたのは真っ赤な体毛を持つ猿だった。猿にしては爪がえらく鋭利で腕が長いような気もするがとにかく顔は猿だった。
理解が追い付かなかった僕がその猿のことを見ると、その頭の上にはアンスロウスLv35と表示されている。
「もしかして、着ぐるみだった?」
ア“アア”
僕のつぶやきに応えるように、アンスロウス(猿)は僕にとびかかってきた。
その速度は、先ほどまでの鈍重なものではなく、それなりに距離が開いていたにもかかわらず一瞬で目の前まで来るほど素早かった。
僕はとっさに頭を下げて攻撃を回避する。
すると先ほどまで僕の頭があった場所に、アンスロウス特有の長い腕が通り抜けた。
危ない。あんなの喰らってしまったら一撃で死んでしまってもおかしくない。
アンスロウスはナマケモノの皮を脱いで身軽になり素早く動けるようになったとはいえ、それを動かしていた筋力が衰えたわけでも長い腕と爪がなくなってしまったわけでもなく、ただ素早くなっていた。
それは、先ほどまで動きが遅かった奴相手に何とか戦っていた僕にとっては最悪な変化だった。
おそらく先ほどとの戦いで怒り狂っているのだろう。その動きに殺意をビンビンに感じた。
僕が頭を下げたことで僕の頭上を通り抜けたアンスロウスは、近くにあった木を足場にして縦横無尽に飛び回り再び飛び掛かってくる。
僕は相手がどの方向から来るのかを予測し、相手に攻撃にあわせてカウンターを狙った。
意識を集中させ、その一撃のためのタイミングを計る。
アンスロウスは僕の隙を伺うように跳び回った後、僕の後方の木から一直線に飛び込んできた。
「ここだ!!」
僕は振り向きざまに拳を突き出した。
完璧なタイミング、相手は空中、僕は勝負に勝った。
「え?」
そう思っていた。
だが、僕の拳がアンスロウスに直撃する瞬間、奴は突き出された僕の腕を取りそれを軸に回転、そのまま地面に着地したと思ったら僕の視界が回転した。
ア“ア”ア“ア”!!
僕の頭上には愉悦の笑みを浮かべる猿顔。いや、違う。僕の上じゃなくて、僕が上なんだ。
アンスロウスの足は地面を踏みしめており、僕はそうではない。
つまり、投げられている。
あの力で叩きつけられたら残り4割のHPなんて簡単に吹き飛ぶ。
その確信があった僕は、何とかしてこの状況を打開できないかと考え――――
「あ、ダメだこれ……」
そのまま地面に叩きつけられた。
僕のHPは全損し、このゲームを始めて初の死亡を経験した。
気づけば僕は宿屋のベッドで横になっていた。
負けた。完敗だった。
あの猿は僕がカウンターを狙っていることも、それを成功させてくることも分かっていたのだろう。完全に逆手に取られて逆に投げ飛ばされるという結果になっていた。
先の戦闘を振り返りながら僕がベッドの上で脱力していると、死亡したためアイテムの一部を失いましたというメッセージを表示された。
確認してみると、出発前に買っておいた薬が半分なくなっていた。後、鹿の毛皮とかもいくつか減っていた。
そういえば、買ってたな回復アイテム。戦闘中完全に忘れてたわ。
それを確認した僕は立ち上がり気を引き締めなおす。
「負けっぱなしは男じゃない!!」
僕はリベンジマッチだと意気込んで再び東の森に突っ込んだ。
僕はまだこのゲームを始めたばかり。死んだらアイテムを失うと言ってもそもそも大したものは持ってないから痛くないのさ。
僕は東の森への道を一直線に突っ切る。どうせ道中の魔物は僕に戦いを挑んでこないから警戒もせずにまっすぐだ。
先ほど僕がやられた戦場にはすぐにたどり着くことができた。
だが、そこには僕が落としたとみられるアイテムが散らばっているくらいで奴―――アンスロウスの姿は見当たらない。
だが、慌てることはない。奴は木の上にいるのはわかってる。
僕は注意深く全ての木の上を確認する。
すると、いた。
やる気がなさそうに枝の上で腕をぶらぶらさせているあのナマケモノの姿。間違いない、奴だ。
僕は奴がいる木に近づき、そして大声を上げながらその木を蹴る。
「再戦よろしくおねがいしまーーーす!!」
僕が木を蹴り飛ばすと煩わしさか木の上から落ちてきて僕の排除をしようとするアンスロウス。
これは第一形態、ここでダメージを受けるわけにはいかない。
僕は動きが遅いナマケモノ状態の攻撃を、余裕をもって避けながら小さく打撃を与えていく。
そういえば、こいつ着ぐるみのようなものを着ているんだよね?ということは内側にまで衝撃が通る浸透拳みたいな攻撃をすれば中の奴に大ダメージを与えられたりしないかな? まぁ、僕にはできないから意味のない想定なんだけどね。
そんなどうでもいいことを考えられるくらいには、ナマケモノ状態は強くはない。
力は強いがそれだけだ。当たらなければダメージを受けることはない。
だが、問題は――――
ア“ア”ア“ア”ア“ア”
絶叫、そして自傷から脱皮。その後に来る猿モードが問題だ。
あの力を今度は高速で振るってくる。
ある程度攻撃を繰り返していると、少し前にもあったように叫び声を上げたアンスロウスは自分の皮を脱ぐために自分の皮を破く。
多分だけど、この脱皮中に攻撃するのが正解だ。
だけどさ、ヒーローの変身中は攻撃しないのがお約束っていうのは僕だって知ってるんだよ。
ここで無防備な脱皮中に攻撃を加えるのは漢じゃない。
「よし、全力でかかってこい。今度は負けない」
僕は挑発するようにそう言った。
僕は別に武術の心得があるわけではない。自分より敵の方がレベルは上だ。つまりはめちゃくちゃ不利だ。
だけど、この逆境を乗り越えてこその漢。これに打ち勝ってこその漢なのだ。
僕はアンスロウスの変身中に深呼吸し、深く集中する。
反芻しろ
僕は自分にそう言い聞かせる。そして先ほどの敗北を思い出す。
アンスロウスがどんな動き方をして、どんなことを狙っていたのか、どんな攻撃をしてきたのか、どんな隙があったのかを全部思い出す。
記憶力の良さは僕の数少ない武器だ。変化を捉える感覚器官は僕の誇れる長所だ。
僕は今まで生きてきていろんなことを経験してきた。
そのほとんどは愛理沙の提案によるものだったが、僕はそのすべてを人に見せられるレベルまで仕上げてきたのだ。
そして数々の特技を習得して気づいた。
何かをする際、その習熟速度は理解度に比例すると。
僕が今、理解するべきは目の前の敵アンスロウスの生態。習得すべきはアンスロウスの倒し方。
僕は一度目の敗北を詳細に思い出す。
その間、アンスロウスは毛皮を全て脱ぎ去ってその内側をさらけ出す。
そして、少しだけ距離がある僕に向けて飛び込んできた。
これは同じだ。
「狙われているのはクラッチ」
思い出した。あの時、アンスロウスの指は開いていた。
爪で切り裂くというよりは、掴んで何かにつなげるつもりの手の形をしていた。
僕のことを掴みたいのか? なら掴めばいい。
僕は右腕だけを差し出し、体は飛び込みの射線上から避けた。
伸ばされた腕を、アンスロウスは掴む。
これも同じ。
カウンターを狙った僕の腕をつかみ、僕を投げ飛ばそうとしたときと同じ形。ならば、あちらがやる行動はあの時と同じ着地からの投げ。
僕はアンスロウスが着地すると同時に跳んだ。
抵抗は無駄だ。なぜなら出力で圧倒的に負けているから。それならばある程度自分で流れを制御できるように跳ぶ。
互いの頭上に、互いが映る状態。
アンスロウスはもうすでに叩きつけの体勢。
それも知ってる。
そしてあの時とは違う。あの時の僕は何が起こったかわからずに体勢も崩れていて何もできなかったけど、この行動を誘発した側の今の僕はある程度動く余裕がある。
あぁ、僕はあの時とは違うのに、お前はあの時と同じように嗤ってるな。顔を上に向けて。
僕はフリーの左手を使い笑顔で歪むアンスロウスに眼球めがけて爪の一撃を叩きこんだ。
眼球というむき出しの臓器に、鋭利な一撃を受けてしまったアンスロウスは一瞬だけひるむ。そして投げるために込めていた力が緩む。
僕はその少しの余裕を使って空中で体を回転させて両足で地面に着地する。
目を傷つけられたアンスロウスは怒り心頭のようで、着地した後も僕の右腕を離してはくれない。
距離は取れない。ならば、僕の方から近づいてやる。
「お前、さっき僕と戦っていた奴と同じ個体だな?」
どうやったのかはわからないが、毛皮は新しくしたのだろう。
僕がここに来るまでに休憩して、体力は回復したのだろう。
しかし、全ては癒しきれていなかった。
僕が一番初めに食い込ませた、獲物を喰い殺すための牙はナマケモノの着ぐるみの上から確かに中にいる猿にまで届き、その喉元に傷跡を残していた。
僕は再び、傷ついたその喉元に喰らい付く。
「Grrrrrr」
獣のような音を喉から響かせ、僕は力いっぱいアンスロウスの喉笛に牙を突き刺した。
ア“ア”ア“ア”ア“ア”ア“!!!
ナマケモノの皮がない分、その一撃はより深く突き刺さる。
アンスロウスの絶叫。
奴は掴んだままの僕の右腕を引っ張り、僕を遠ざけようとするが、深く食い込んだ牙は簡単には抜けない。
それはむしろ傷口を広げるだけの行為だ、と思ったのだがアンスロウスは僕の右腕をものすごい力で引っ張り、自分の首の肉を差し出すことを代償に僕を引きはがすことに成功した。
首の肉を食いちぎられて尚倒れない。
さすがの化け物っぷりに僕も苦笑いだったが、これで仕切り直しだ。
僕は右腕を強くつかまれ続けたせいで体力が2割ほど減っているが、相手はそれ以上の傷を負っているのは見ればわかる。
怒りの表情でこちらを見ていて、今にも飛び掛かってきそうだった。
というか、飛び掛かってきた。
しかしその動きは今までと違って、跳躍によるものではなく地に足をつけたままの突撃だ。
同じ轍は踏まないということか。
だけど僕にもまだ手はある。
普段木の上で生活し、攻撃も全部腕や爪任せ。そんな生き物の脚力がすぐれているわけがないよな?
僕はアンスロウスの動きに合わせて身体を深く沈めてタックルし、脚を取った。
同時に、アンスロウスの爪が僕の背中を切り裂く。だが、絶命には至らない。
アンスロウスの爪は僕の体力を6割程度しか減らさないのは知っている。
僕は取った脚を引きアンスロウスを転倒させる。そして背後を取り、両手を使って腕を抑える。
膂力の差はあるだろうが、背中に乗られて体重もかけた拘束はそう簡単に振りほどけない。
いずれ力づくで拘束を外されてしまうだろうが、その前に僕は勝負を決める。そんな時間を与えない。
僕はその無防備な首元に自分の頭を近づけ、再び牙を突き立てた。
ゴキゴキと何かを砕く音が聞こえる。ぐちゃぐちゃと肉をえぐる音が聞こえる。ごくごくと喉に液体が通る音が聞こえる。
そんな勝者と敗者を明確に分ける音が、森の中に木霊した。
アンスロウスは暴れていたが、結局最後まで抑え込まれたままでその命を散らし、鋭利な爪とナマケモノの毛皮を残してその場から姿を消した。
「ふううううう、よし、リベンジ成功!」
僕は疲れた体をその場に放り出して勝利の余韻に浸っていた。
目の端にはレベルが上がりましたの通知が5つほど並んでいたが、今は気にすることができなかった。
アンスロウスは強敵だったが、敗因は僕の前で技を見せすぎたことだった。