世界の頂に立つもの
「いい? 敵から視線を外さずに聞きなさい」
後ろからアリアの声が聞こえる。
「まず、あれは頂の魔物といってAsh Gardenにおける最強の一角みたいなものだと思ってくれていいわ。そして、以前秤の頂戦に運よく参加させてもらったことのある私からすれば、目の前にいる色の頂は弱すぎるわ。つまり、まだ手の内を隠している。だから私が来るまでの間、一人でそれなりに戦えていたんだろうけど、油断だけは絶対しちゃだめよ」
「にゃん(はい)」
「よろしい。次に、私は攻撃手段を持たない完全支援型のプレイスタイルだから、私から攻撃することはないわ。ただ、その分支援能力は他のプレイヤーより優れているから、あんたの力を大幅に強化してあげることができるわ。時にレオン、あなた、攻撃力2倍と防御力2倍、片方しか受けられないとなったらどっちが欲しい?」
「にゃにゃん、にゃっふにゃにゃふ(攻撃力、防御力は多分大して意味がない)」
「わかったわ。最後に、さっきのやり取りで分かっているだろうけど私はあいつの攻撃に反応ができない」
「にゃん?(つまり?)」
「死ぬ気で私のことを護りながら戦いなさい。ただし、絶対に死なないこと」
「にゃん(了解)」
アリアからの指令に力強く返事をする。すると、身体が光に包まれ、力が漲ってくる。これが、アリアが言っていた支援というやつなんだろう。
確認している暇はないが、彼女の言葉が本当なら今の僕は攻撃力が倍になっているはずだ。
『作戦会議は終了ですか? ならもういいですよね?』
待ってくれていたのか、ソルシエールは僕の強化が終わってから攻撃に移る。今の彼は白色の髪、つまりは高速斬撃。
僕はそこに来るであろう斬撃にあわせるように、爪を振りぬいた。
キィン、と甲高い音が洞窟内に響き、僕の爪とソルシエールの剣がお互い弾かれる。
なるほど、攻撃力がそれなりにあれば押し返すこともできる、と。
ただ、僕の身体の脆さ自体は変わっておらず、爪が割れている。
弾かれたソルシエールは次の攻撃に入っており、僕は逆の爪でそれを弾き返す。
これで、両前足の爪が壊れた。
次の攻撃はまともに受けることができない。だが、僕はアリアを信じて爪を振るった。
キィン
先ほどと変らない音を響かせ、僕の爪は剣を弾き返す。
僕の割れた爪がソルシエールの剣にあたる瞬間、身体が光に包まれて爪が治ったのが見えた。
アリアの仕業だ。
見れば、逆の爪ももう戻っている。
『なるほど、2人になるだけでこうも厄介になるとは、驚きですね』
アリアが治療してくれるとわかれば、もう恐れることはない。
依然として獣特攻の剣を持たれているため、直撃すれば即死だが、それも問題ではないと感じている。
「よくあの攻撃を捌き続けられるわね。私じゃ反応すらできないわ」
「にゃにゃん(ゲームは昔よくやったからね)」
「パズルゲームでしょ、まったく」
呆れたようなアリアの声が、後ろから聞こえてくる。
僕はああ返したが、それは冗談のつもりでもなんでもなかった。
僕が今、こうして戦闘を継続できているのは、アリアの支援のおかげもあるが今までの経験が活きているからだった。
味方を守りながら戦うのは少し前、ロッピーとロッポ君を捕まえに行ったときに経験した。あれのおかげで、僕はアリアを狙う行動がフェイクかどうかを判断できるようになっている。
昔やったパズルゲームは、所謂落ちモノパズルというタイプのゲームだった。そのゲームでは、レベルが上がればパズルのピースが落ち始めた瞬間には設置しているといった速度で落ちてくる。。ならどうするか。落ちてくる前に入力を済ませておくのだ。何が来るのかを先に把握しておき、そこに来ていると仮定して動く。これは今の、見てから反応していたら間に合わない戦闘に通ずるものがあった。
「に“ゃあああ!」
声を高らかに上げ、僕の爪がソルシエールを切り裂く。
『流石です。ですがこれはどうですか?』
ソルシエールの髪が赤くなる。
僕だけなら攻撃範囲外に出るのは簡単だが、後ろにはアリアがいる。
「にゃ」
僕は小さく舌打ちしながら、全速力でアリアの方に走り、『人化』を発動して身体を大きくし、彼女を抱え上げて跳躍した。
何とかアリアを抱えて炎の剣による広範囲攻撃から逃げた僕は、その際に受けた多少の火傷をアリアに治療してもらう。
「うむ、くるしゅうない。この調子で頼むわ」
この幼馴染様は、こんな時でもマイペースだな。
僕がアリアを抱えたまま、ソルシエールに目をやると彼の髪色が青竹色になっているのがわかった。
風が来る。
僕はアリアを抱えたまま全力疾走をした。
風は僕を追いかけて広場の床を削る。僕はそれに当たらないように、必死で逃げ惑った。
「成程、空に飛ぶのが厄介というわけね。レオン、私があなたを抱えてあそこまで飛んで行ってあげるって言ったら、どうする?」
「飛べるのか!?」
「貴方を抱えてなら5秒がいいところね」
5秒もあれば空でふんぞり返っているあいつに一発叩きこむのには十分だ。
「なら、頼んだ。俺が次に大きく跳躍したら、それに合わせてまっすぐ飛んでくれ」
「頼まれたわ。あなたをあそこまで運びきってあげるから、私を信じなさい」
それは何とも頼もしい。
僕は風を読み、風がなるべく弱い瞬間を見計らって強く地面を蹴った。
僕たちの身体が、1mほど飛び上がる。だが、このままでは重力に従って落ちてしまうだけだ。
だが、僕たちはそうはならなかった。
アリアの修道服の中から、純白の翼が飛び出してきて、僕たちを空へと運ぶ。
ソルシエールはまっすぐ突っ込んでくる僕たちを迎撃しようと、風の砲弾をぶつけようとしてくるが、それは僕たちに直撃する少し手前で爆ぜて消えた。
「約束通り運んだわ。あとは好きにしなさい」
アリアは僕をソルシエールに向かって放り投げる。
まっすぐ突っ込んでくる僕はいい的だっただろうが、風の攻撃は届くことがなく僕の前で霧散する。
アリアが何か魔法をかけてくれたのだろう。
知っていたわけではないが、きっと大丈夫だと信じていた僕は既に攻撃の準備は終えている。
僕は、まっすぐとソルシエールに空中でぶつかり、その体にしがみつき牙を喉元に突き立てた。
『ぐっ、あの女性は天使族でしたか。見事です』
僕はこのまま喰い殺すつもりで、全力で顎に力を入れていたのだが、ソルシエールはそれを強引に引きはがし、僕ともども地面に向かって落下を始めた。
「リオン!!」
ソルシエールはそのまま地面に激突したが、僕はアリアが空中で受け止めた。
ただ、僕が重いのか徐々に高度を下げて着地する。
「ソルシエールの髪色は!?」
落ちたということは飛行能力を失ったということ、つまり形態変化が起こっているということだ。
僕は次の行動を予測するためにソルシエールの髪色を確認する。
「金髪だ。アリア、今からあいつは全方位無差別攻撃の放電をするけど、防げるか?」
「ふっ、愚問よ。私を誰だと思っているのかしら?」
放電は僕では防げない。だから素直にアリアに頼った。
アリアが何かの魔法を唱えると、僕たちの身体で光が弾けた。
直後、ソルシエールの放電が始まる。
先ほどのように運良くはいかず、電撃が僕たちを襲う。
だが、僕たちに何の影響も及ぼさなかった。
「痛くもかゆくもない。さすが俺のアリアだぜ!」
「ば、馬鹿!」
『それは――秤の力? なるほど、彼はもう逝きましたか。そしてあなたが引き継ぎましたか』
秤の力? なんだそれ?
そういえばアリアが最初、秤がどうとかって話をしていたような気がする。
「先に行っておくわレオン、今のあなたは雷に対する完全耐性を得た代わりに、そのほかの属性に対して脆弱になっているわ。さっきの炎、もう掠ることすら許されないわよ」
アリアの雷無効化の支援能力は、他の属性耐性とのトレードオフだったらしく、僕はさらに妥協が許されない体になってしまう。
だが、不思議とそんなことはどうとでもなるような気がしている。
なにせ僕には、男らしさの象徴が味方に付いているからな。
放電が効かなければ何ということはない。僕は雷を無視し、まっすぐ突撃して攻撃を加えた。
よし、このまま次の形態になる前に押し切る。
僕はそのつもりで、防御を一切考えずに攻撃を加える。
『ふふ、ふふ、あぁ素晴らしいですね。獣人と天使のたった2人で私にここまで使わせるなんて、そして2人ともまだまだ成長の余地があるなんて想像を超えた素晴らしさです』
放電を無力化され、無防備な状態で僕の爪牙を受けるソルシエールは、どこか嬉しそうだった。
そこでふと、僕の脳裏にアリアが合流直後に言った言葉がよぎる。
――――色の頂はよわすぎるわ
どうして今になって、その言葉が浮かんだのかは僕にはわからない。きっと、生物の持つ直感的な何かが最大限に働いたのだろう。
雷無効の支援をもらい、一方的に攻撃されているはずなのに放電を止めないソルシエール。効かない技を繰り出し続けられているなら、ここは普通なら押すところだ。
だが、攻撃を加えているはずの僕には言い知れぬほどの悪寒が走っていた。
ほとんど直感だが、このまま攻撃を続けるのはまずい。
僕は、どちらかというと経験に基づいて動くタイプの人間だったが、この瞬間だけはその直感を信じて後退した。
『あなたなら、ここは攻めると思っていたのですが、正解です』
僕が距離を取った後、ソルシエールの髪色が変化する。
なんだ? 今度は何色を使う? 今まで僕に見せたことのないやつか?
僕はその変化を見逃さないようにと、目を凝らした。
なっ―――!?
「2色だと?」
ソルシエールの髪が根本から白く、毛先からは赤く染まっていき、やがてそれらは交わり桃色になった。
「成程、色の頂ってそういうことね」
アリアが小さくつぶやく。僕は何が起こっているのかが理解できずに、いや、理解したくなくて聞く。
「髪色が変わって属性変化、それだけなら今がなに属性かわかりやすく対応もしやすい。さっきも言った通り頂の魔物としては弱すぎる能力だし、髪色は変わらないにしても全属性を持っているプレイヤーはいるわ。それに、それならどうして“色”の頂なのかってことに引っ掛かるわ。属性に対してイメージできる色っていうのはあるだろうけど、属性と色は本来無関係のはずよ」
『そうですね。赤い雷や黄色い風、青い炎なんかもあります。属性と色の関係というものは本来曖昧なものです』
「なら、どうしてわざわざ“属性”や“元素”の頂みたいなものではなく、“色”の頂なのか、それはきっと、あれにとって“色”が力の象徴であり、更にそれを交わらせることによって新たな力を生む。つまり本来は2色以上を同時に使うことを想定された存在なのよ」
アリアはそう締めくくった。
ならば、今まで僕たちが戦っていたソルシエールは、全然本気ではなかったどころかそもそも戦っているという認識ですらなかったかもしれないということか?
『いい洞察力をしていますね。大体当たっています』
「あら、褒めてくれるのね。ありがとう。これでも、秤のギミックを読み解いた実績があるのよ私」
『成程、私の色と違って彼の秤は気づくのが難しいものでしたが、それすら見破るのは天晴の一言。あなたたちへの警戒心を、もう一つだけ引き上げるとします』
ソルシエールがそう言うと、先ほどまでは赤と白が混ざりピンクがかった色をしていた髪に、更に一色青が追加され薄紫色になる。
赤は鈍足効果力範囲攻撃、白は高速斬撃、そして青は場を水浸し。
三つとも僕の知っている能力だったが、それらが合わさったソルシエール――色の頂は圧倒的だった。
白の速度で、赤の攻撃力が、青の妨害効果の環境で襲い掛かってくる。
今の僕とアリアは、雷への耐性を得る代わりにその他の耐性を捨てていた。
あの剣から出る炎は、今の僕たちには即死レベルの威力がある。
僕たちは先ほどまでの奮闘は何だったのかというくらいに、あっけなく剣の二振りだけで全滅した。
『たった2人で3色ですか。今回も私の勝ちですが、あなたたちの負けというわけでもないでしょう』
宿屋で蘇る前、そんな声が聞こえてきた。