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男らしさが足りない


 夏休み前日。僕、小鳥遊 陸は胸の鼓動をうるさくしながら一人の女性と相対していた。


 目の前に立つは白いブラウスに黒のスカートを穿いた、おとなしいのが特徴の平井 沙羅さんだ。

「えっと、話って何でしょうか?」

 平井さんは試験が終わり次第、突然僕に呼び出されたのが謎なのか首を小さくかしげて僕にそう尋ねた。

 その言葉に、僕の鼓動がさらに早くなる。

 だが、僕の心は決まっていた。


 僕は小さく深呼吸して決意を新たにし、詰まりそうになる息を必死に整えてその言葉を言い放った。

「平井さん、僕と付き合ってください!!」

 一世一代の告白、というわけではない。こう見えて僕は女の子に告白をするのが初めてというわけでもない。初恋もすでに砕け散っている。平井さんのことも好きではあるが、自分の全てを掛けて愛していると言えるほどの覚悟はない。

 ならばなぜ、僕がこうして彼女に告白しているのか。


 それは今日、前期試験がすべて終わり明日から大学に来ることがなくなる、つまりは夏休みが始まるのでそれを充実したものにしたいという想いがあったからに他ならなかった。


 平井さんとのこれまでのやり取りを鑑みるに、僕への好感度はそれほど低くはない。そのうえ、向こうに彼氏がいないというのも分かっている。はっきり言おう。この告白はかなりの確率で成功すると!


「あ、えっと……私、小鳥遊君のことは嫌いじゃないし、いい人だなって思ってはいるんだけど……ごめんなさい……」


 なっ!? 

「どうして!?」

 成功を確信していた僕はその予想外の答えに反射的にそう返してしまった。

 すると、平井さんの口からこんな言葉が紡がれる。


「えっと……強いて言うなら、男として見れないっていうか、男らしさというか……」


 僕はその言葉を聞き、そして地面に突っ伏してうなだれた。

 男らしさ、それは今の僕が持ちえないものであった。


 べつに、女みたいな見た目をしているとかではない。一応、背が低く華奢なもやし男である自覚はあるが、男として見られないと言われるほどだとは思っていなかった。


 くっ、僕にもっとワイルドで漢と思われるようないかつさがあればこの告白が成功していたはずなのに……

 僕がそうやってうなだれていると、平井さんは優しく声をかけてくれる。


「ごめんね? でも本当に小鳥遊君のことは嫌いじゃないから、振った私が言うのもなんだけどこれからも友達でいてくれると嬉しいなって」

 僕が顔を上げると、平井さんは微妙な表情で僕のことを見下ろしながらそう言ってくれた。きっと、急に告白なんてして迷惑だっただろう。何なら気持ち悪いとか思われたかもしれない。でも、優しい女性である平井さんは僕のことを突き放すことはしないのだ。

「平井さん……、はい、こちらからもお願いします」


 僕は目に涙を浮かべながらかろうじてそう返した。

 そして彼女に断りを入れてから帰宅することにした。


 平井さんは僕のことが心配なのか、僕を消沈している僕を家まで送り届けてくれた。迷惑をかけたのは僕なのに、ガチで惚れてしまってダメージがでかくなりそうだからここであんまり優しくしないでほしいとは言えなかった。


 こうして、僕のひと夏の恋が終わった。いや、始まってたすらも怪しかったけどとにかく終わったのだ。


「じゃあ、今日はごめんね平井さん」


「うん、こっちこそ本当にごめんなさいね。それと、今日からお休みだし気が向いたらたまには遊びに誘ってね?」

 僕の住んでいるアパートの玄関の前、僕たちはそう言い合って別れる。

 僕のやったことは気にしていないような平井さんに、少なくとも好感度が致命的な下落をしたような感じはせず、少なくとも今まで通り友達としては見てくれるような気がした。


 僕は手を振る彼女を見ながら、ゆっくりと玄関の扉を閉じてお別れをした。


「正直、自分より女子力の高い男子は無理です……自信を無くしちゃいます……」


 最後に呟かれた平井さんの言葉は僕には聞こえなった。


 それから2時間くらい僕は部屋で振られた悲しみを払しょくするように部屋の掃除をしながら過ごして、夕食を作って食べたりしてだらだらしていた。

 それらのことが終わったら思い出すのは昼のこと。失恋を引きずっているというよりかは、彼女を作れなかったから夏休み何をしようかなという予定を立てようと思ったのだ。


 大学生であるぼくの夏休みは長い。それ故、何もしないというのはもったいない気がした。

 趣味の料理の研究でもしようか? 羊毛フェルトで大作でも作ろうか? アクセサリーでも作って時間をつぶすか?

 いろいろ考えるが答えは出ない。2か月も時間をつぶせるとは思わない。


「よし、あいつの知恵を借りよう」

 そこで僕は携帯を取り出し、連絡先に登録しているそいつに電話を掛けた。


 Prrrr……prrrrr


 2回のコール音が鳴り終わるくらいに、電話がつながった。

『もしもし? 何? そっちから掛けてくるなんて珍しいじゃない』

 電話の先から聞こえてくるのは微妙に機嫌が悪そうな女性の声。

「もしもし愛理沙? 夏休み暇になる未来が見えるんだけど何か新しい趣味頂戴?」


『はぁ!? あんた1週間前にあげたモールス信号はどうしたのよ!!』


「―・・―・、・・―、・―・・・、―・・、・・、・――・・、―・ (もうおぼえた)」


『なんて? いや、わかるわ。覚えたのね。それで新しい趣味が欲しいと』

 うんうん、やっぱり愛理沙は話が分かる。さすがは僕の幼馴染だ。

 電話の先の相手の名前は不知火 愛理沙。僕とは正反対の女性らしさが欠けている女性だ。容姿が整っているだけ中身男なんじゃないかって思えるほどの男らしさが際立っている。ただ、そのせいか割とというかかなり女子にモテる。くそう、僕たち絶対中身入れ替わって生まれて来たよね?

 ちなみに学科は違うが同じ大学に通っている。

 僕は時折こうやって愛理沙に何か趣味になりそうなものを教えてもらっていた。そのおかげで割とどうでもいい特技をいくつか持っていたりする。宴会芸には困らないね。

 愛理沙も一応女なのか女性的なものを提示されることが割と多いからその度に男らしさから遠ざかっているような気がするが、それは置いておこう。


『はいはいはい、やっぱり簡単に極められるものじゃ駄目ね。ならわかったわ、ゲームとかどう?』

「ゲーム? 何? 残念だけどゲームは8年くらい前に愛理沙に言われて大分やったはずだよ?」


『パズルゲームだけでしょうが! あんたは知らないかもしれないけどゲームってああいうのだけじゃないの。もっといろんなことができるの!』


「それは……知ってるよ?」


『はい嘘。あんたの携帯のアプリで一番使われてるのが栄養計算アプリって私知ってるんだからね? 何がいいんだかあのアプリ……』


「何故それを!? 後、僕のぬーと君をあまり馬鹿にしないで」

 ぬーと君=健康管理アプリのことだ。料理の時に材料を入力すればどの栄養がどの割合で入っているかを大まかに算出してくれる。入力が面倒になったら写真でもオッケーの優良アプリだ。

 これのおかげで僕はだらしないボディにならなくて済んでいるっていうのに。


『まぁいいわ。兎に角ゲームをしなさい、そしてやるゲームも指定してあげる』


「あ、ありg———」

プー、プー

 僕がお礼を言い終わる前に愛理沙は通話を切った。

 それから30秒ほどしたら、メッセージアプリの方から何かのURLが贈られてくる。


愛理沙:https://www.ash-garden-tifm/…………

愛理沙:そのURLに跳びなさい


陸:了解であります(‘◇’)ゞ


 僕は指示に従い贈られてきたURLの先にあるサイトに跳んだ。

 するととあるゲームの公式サイトと思われるところにたどり着いた。

 そのゲームのタイトルは『Ash Garden』というらしく、サイトには大きく『自分の手で紡ぐ理想の世界を』と描かれていた。

 僕はそのサイトをさらっと一通り見ていく。

 ゲームの形態は当然のようにフルダイブのVRゲームという、専用の装置を使い寝た状態で行うという形式をとったゲームであり、その中でプレイヤーは自分が作ったキャラクターを操作してその世界を冒険していくというものらしい。


 僕はほとんどゲームをやったことがないから、これはハードから買わなきゃいけないなと思いながら通販サイトを開いてVR装置の値段を調べた。

 げっ、装置だけで安くて7万て……高くない?

 一瞬止めようかと迷ったが、愛理沙に教えてもらった手前やってませんというのも体裁が悪いと考え僕は購入を決心した。

 僕はメッセージアプリを開いて愛理沙にお礼のメッセージを送る。


陸:ありがとう。やってみる

愛理沙:新しいお恵みに対する感謝、受け取ったわ

愛理沙:それはともかく、今日早速やってみるの?

陸:いや、VR装置が届くのが2日後とかだったからそれからだね

愛理沙:え? あ、そういえば持ってなかったわね。ごめん、高い買い物させた

陸:大丈夫。普段は節約しているからこのくらいはね(。-`ω-)b

愛理沙:今度何か驕るわ

陸:おー、楽しみにしてるね(^_-)-☆


 僕はメッセージアプリを閉じてその日は眠りについた。



 そして2日後、僕の部屋にVR装置が届いた。

 ヘルメットのような形をした一番安いタイプは前述のとおり7万程で購入ができるのだが、僕が買ったのはマッサージチェアのような座って背もたれを倒すタイプでお値段15万円、大体2倍の代物だ。この上には50万のとかがあったけどさすがに高いのでパス。

 アパートの一室に置くには大きいそれは、いずれソファーでも買おうと思って開けていたスペースに設置されることとなった。


 業者の人に手伝ってもらいながらも設置したそれ、そして同時に購入しておいたソフトもセットして準備は万端だ。


 僕は初めてのフルダイブVRゲームに少し胸を躍らせながら、水分補給やトイレを済ませた後にゲーム『Ash Garden』を起動した。

 それと同時に、僕の意識が暗転する。




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