第4話 異世界に繰り出したら驚きの連続だった
午前の検診が終わる。
「うむ、健康状態に問題はなさそうだね」
「良かった、ありがとうございます、ところで先生一つお願いが・・・」
「ん?」
「こ、これから出かけてもいいですか・・・」
ほまれの異世界へのワクワクは限界を迎えていたようだ。
その懇願に先生は
「一人で出かけるなんてダメだよ、危ない。仕事が片付いたら午後2人で行こう」
当然のように却下する。
(13年も昏睡状態で昨日目覚めたばかりだからなぁー当たり前か・・・)
返答は分かっていたようで仕方なくほまれは諦めるしかなかった。
「そ、そうですよねー、分かりました」
トントン!
しょんぼりするほまれの後ろで誰かが窓を叩いている。
「ん?」
振り向くと昨日の晩ほまれの病室に現れた幼天使アルルがそこにはいた。金髪をなびかせ神聖な雰囲気こそ纏っているものの昨日とは違い羽は生えていないようだった。
「あっアルルちゃん!」
「んむ?メルの知り合いかね?」
先生が四角窓をあける。
「あっ、どうも私アルルと言います。昨日街中でその子と会って・・・ちょっといいですか?」
歪曲した作り話に少々戸惑うほまれだったが好都合だと感じたようで
「あっ、そ、そうなんです。昨日脱走した時にちょっと助けて貰って・・・」
ほまれもアルルの作り話に合わせていく。
「これならちょうどいいだろう」
検診室の奥の引き出しから持って来たのはピンクが基調の少々ほつれたワンピースだった。
「いいかい?すぐに帰ってくるんだよ」
そう言って先生はほまれに外行きの服を手渡す。あれから上手く外出の許可を取り付けたようだ。
「はい、ありがとうございます」
診察室の奥で渡されたワンピースに袖を通す。
「んー股がスースーするなー、せめてストッキングでもあれば・・・それにこういうの着るの初めてかも」
前世ではスーツばかりで私服も地味なものばかりだったほまれにとってはヒラヒラがついたピンク系の洋服は恥ずかしいようだ。しかし
(まぁでも今の姿なら結構サマになってるかな?)
内心では少し気に入っているようだった。
「お待たせーアルルちゃん」
オレンジ色の髪をなびかせピンク調のワンピースを纏った元41歳のほまれは転生先のこの世界では紛う事ない少女の姿だ。
「へぇーけっこう似合ってるじゃない。前世の姿とは大違いね」
ほまれの前世を知っているアルルは、からかい気味に褒める。
「さぁクレープ食べにいきましょ、昨日の約束はちゃんと果たして貰うんだから!」
「分かってるよー」
(あっ、そういえばこの世界にクレープってあるのかな・・・)
緑豊かな街外れ、ほまれとアルルは街に続く歩道を進む。
「さっきはありがと」
「ん、何が?」
「私を外に連れ出してくれたことだよ、どうして状況が分かったの?タイミングもバッチリだったし」
「ふふ、全知全能の神様の遣いである天使だからね、他人を監視するなんて当然のことよ」
恐ろしい能力を涼しい顔で話すアルルにほまれは
「ちょっ、勝手に覗き見とかしてないよね?」
「しないわよそんなこと、今日は約束を果たして貰うために、たまたま様子を覗き見して声掛けるタイミングを伺っただけ」
(んーホントかなぁ〜)
不安になるほまれだったが神様の遣いなら仕方ないと、これ以上の詮索はしなかった。
「そう言えば羽はどうしたの?」
「ああ、私たち天使は地上の人間に存在を知られてはいけない事になってるからねー、地上に降りたら羽は消して普通の人間の姿でいなきゃいけないのよ」
「そ、そうだよねー、街中に羽の生えた人が居たらビックリするもんねー」
納得するほまれの前に荷物を抱えた市民がすれ違う、その背中には緑色の"羽"が生えていた。
「え、えーーー!・・・アルルちゃん、今の人う、後ろに羽が・・・」
「ああ、この世界にはそういうのもいるのよ、大半があなたの知る人間タイプだけど中にはモンスターとの混血とかも存在しているみたいね」
「そ、そうなんだー」
昨日から不思議を幾度も目の当たりにしているほまれは事実をすぐに受け入れた。
しばらくして歩道の前に尖塔が浮かび上がる、街の中心に近づいて来たようだ。
「わぁ〜」
前世でヨーロッパへの移住を夢見ていたほまれにとって眼前に映り込む洋風建築の数々と大きな城はまさに理想の世界そのものだった。
「私こういう所に住んで見たかったのー、夢みたーい」
ほまれは打って変わって手を広げながら大はしゃぎで駆け足になっていく。
「ちょーどこまで行く気ー」
「すごーいまるでパリみたーい、行ったことはないんだけどね」
「はぁ、はぁ・・・随分とはしゃぐじゃない・・インキャな方だと思ってたわ」
今まで大人しかったほまれの変わりぶりに少々アルルも意外と感じている。
「まっ、あんたの生前こういう世界に行きたいって願いが反映されたのね」
「ん?なんか言った?」
「ううん何でも・・・それより早くクレープ食べに行きましょ、私お腹空いちゃった」
「あっそうだね、それにしても天使でもお腹減るんだね」
「減るわよ、まぁ食べなくても死にはしないけど・・・なんせ天使だし・・・」
2人は既に姉妹のように自然に接している。ほまれが少しずつこの世界を受け入れている証なのだろう。
昼過ぎ陽の光が建物の隙間から直に降り注ぐ。辺りでは市民の喧騒があちらこちらから聞こえてくる、レストランらしき店からはお酒らしき飲み物も見て取れる。
「へぇー前の世界と然程変わってないのねー、テレビで見た通りフランスに似てるかなー?」
「まぁ結構それに近いわね、でも見てごらんなさい」
アルルが指差した方向には巨大な生き物が兵士らしき人達に荷車に乗せられて運ばれている。
「な、何あれ?」
棘があちらこちらに生え爬虫類の鱗を纏ったその姿はまさにRPGなんかに出てくるモンスターそのものだ。針が打たれ全身から血が流れている辺り狩られたのだろうと推測出来る。
「この世界には恐ろしい生き物もあちこちにいるからね、気を付けなさいよ」
「うん・・・」
改めてここは断じてフランスとは違う別の世界だとほまれは認識した。
「んー」
生クリームを頰に付け無邪気な子供の様にアルルは笑顔でクレープを頬張る。
「いやーまさかこの世界にもあるなんてねー」
ほまれはちょっぴり驚きながらも果物がふんだんに乗ったクレープを口に運ぶ。
手についたクリームもペロペロと舐め取るアルルは
「まぁどこの世界も考え付くのは一緒って事ね」
さすがは神様の遣いだけあって様々な世界を知っているようだった。
「この世界の他にも前私がいた世界やもっと違う世界も存在するの?」
ほまれは興味本位にアルルに尋ねた。
「そうよ無数にね、基本転生者は同じ世界に転生するけど稀に他の世界に転生することもあるみたい、貴方のようにね」
「そっか」
ほまれはこれ以上詮索はしなかったが前居た世界に未練があるせいか少し寂しい気持ちになる。もう戻れないとなると尚更だろう。しかし
(でも前世はもう終わったんだし、考えても意味ないよね、そう私の人生はこれからこの世界で紡いでいくんだ!だから前向きにならなきゃ)
ほまれは前世を切り離し前向きに考えるのだった。
「そう言えばさぁあんたのこの世界での名前って何だっけ?」
アルルはふとほまれに尋ねた。
「ああ、そっかもう前の世界の名前じゃダメなんだよね」
その事実に少々戸惑うほまれだったが気を落ち着かせる。
「メル、先生からそう言われた、私のお母さんが生前そう付ける予定だったんだって」
「へぇ〜かわいい名前ね、じゃあ早く慣れなさいよ」
ほまれは少々照れ頰を赤らめる。
「急に名前変わるのはちょっと戸惑うけど、頑張って慣れるよ・・・」
「さっ行きましょメル、もうそろそろ門限じゃないの?」
「メル・・・うん、そうだった早く戻らなきゃ」
(メルか・・・この世界での私の名前・・・」
ほまれは自身の新たな名前を改めて心に刻み込みながら笑顔でアルルの元に駆け寄った。
※以降作中の3人称の表現に於いて主人公ほまれの呼び名はメルに変わります☆
2人は元来た道を歩いて行く、メルは少々名残惜しそうに街を振り向いた。
「あの、アルルちゃん・・・」
メルはしたり顔でアルルを呼び止めた、額からは汗も出ている。
「ん?どうしたの?顔色変えて」
「一つ頼まれごとを引き受けてくれないかな?」
メルは小さな声でそう言った。
「あいにくだけどそれは断るわ、天使は人間にそうそう手出しちゃいけないことになってるの、それに私もこう見えて結構忙しいんだから」
アルルはメルの相談を聞きもせず突っぱねる、どうやら天使にも厳しい掟があるようだ。
しかしメルも引き下がらず
「お願い、これだけはどうしても叶えたいの」
両手を額で合わせ再度強く懇願した。
「もう、何よ・・・私にも出来る事と出来ない事があるけど、まぁいいわ、話だけなら聞いてあげる」
アルルは渋々メルの相談を引き受けた。
「ありがと・・・実は・・・」
「えー独り立ち?」
「お願い!アルルちゃん記憶を消す事が出来るんだよね?なら思考をちょっとだけ改ざんする事もできるはず」
メルは兼ねてからの願いだった自由気ままな生活をどうしても叶えたいと心の底から思っていたのだ。
「出来ない事はないけど・・・でもそれはダメ、そんなことしたら主人から雷落とされる、勝手な能力の行使は禁じられているのよ」
アルルは断固としてメルの提案を跳ね除けた。
「よし、じゃあクレープ3つでどう、他にもアルルちゃんの叶えたいこと何でも叶えてあげるよ。額の制限はあるけど」
その言葉にアルルはガクッと心が揺れる。
(な、何でも・・・)
アルルの頭の中にお菓子や洋服その他欲しい物の現像がポワポワと浮かびあがるのだった。しかし
「そ、それでも掟を破る事は出来ないわ、これは絶対なの」
アルルも今度ばかりは中々折れない。
「そっか、そうだよね・・・こういうのってやっぱり良くないよね・・・」
メルは反省しながら諦めかける。
「分かった、無理言ってゴメンね、しばらくは我慢するよ、この世界に転生出来ただけでも御の字だしワガママ言ったら神様からバチ当たるかもだしね」
笑顔でアルルにそう言った。するとアルルは
「しょ、しょうがないわね・・・どうしてもそれがメルの願いって言うなら・・・と、友達として協力しなくもないけど・・・」
アルルが頰を赤らめながらうつむき加減でそう言う。
「ほ、ホント!それに今友達って」
「う、うるさいわね、そんなこと・・・さっ早く行きましょ、言っとくけど能力の行使はこれが最初で最後なんだなら」
アルルは目を瞑ってぷくりと頰を膨らませ足早に歩いて行った。
「あっ待ってアルルちゃん」
2人は不器用ながらすっかり意気投合しあい、メルはアルルの姿を追いかけた。