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単発小説、アレコレ

『狼王ハニバル』 彼のペテン 私のペテン

作者: 託望
掲載日:2019/09/09

 中心となるトリックは、80年代90年代の香港映画にハマッていた時期に、思いついたものです。


 伏線とか上手い監督がいたんです。


 物語にするために、セリフや理屈が多くなってしまいました。


 もう一度 読み返してもらえる作品に なっていると、うれしいのですが…………

 

 人狼(じんろう)を知っているだろうか?


 弾(たま)よりも速く動き、鋼(はがね)さえ曲げ、岩をも貫(つらぬ)く。


 不死身と呼ばれる再生能力を持つ その存在に、“死”をもたらす術(すべ)は ただ一つ。



 銀の弾丸を 頭部か心臓に撃ち込むこと。



 存在の“始まり”が いつなのか。


 その伝承は すでに失われてしまっている。


 しかし、“最後”なら この国に暮らす者で知らぬ者はない。


 ハニバル・ロドリゲス。


 大地の上 月光の下、人狼 最後の一人。


 人狼 唯一(ゆいいつ)の弱点、銀の弾丸さえ超越した彼を、人々は畏(おそ)れと敬意を込めて こう呼ぶ。


 狼王(おおかみおう) ハニバル。





「だいたい、こんなイメージで記事を まとめていきたいと思ってます」


 私が手渡した企画書に目を通し、若者は 面白(おもしろ)そうに小さく笑った。


 この若者、実際(じっさい)の齢(よわい)は、百を少し越(こ)えるハズである。


 しかし、見(み)た目(め)の印象は十代の後半。


 私は、どこかの医学者が、人間の筋力のピークがその頃だと発表した記事を思い出した。


 この若者こそが 狼王ハニバル。


 銀の弾丸でも命を奪えぬと伝えられる人狼だ。




 私の名はロバート・ホロウィッツ。

 記者をしている。


 一応(いちおう) 新聞社に勤務しているが、わりと自由にやらせてもらっていた。




 この数日、彼の家を訪ね、数時間のインタビューをさせてもらっている。


 私の父とは旧(ふる)い知り合いらしく、彼に手紙を出した際に父のことを書き添(そ)えたところ、「会いたい」という積極的な返事を もらうことができたのだ。


 そのおかげで実現した取材である。


 今日は、インタビューの他に、掲載(けいさい)内容の確認など打ち合わせも兼ねている。




「なんか、大袈裟(おおげさ)だなぁ」


 狼王は 照れていた。




「で、今日は、核心的な部分について訊(き)かせてほしいんですが」

 私は切り出した。




「狼王、あなたが人狼として、究極(きゅうきょく)とも言える 真(しん)の不死身の体を、どうやって手に入れたか、ということなんですが…………」




 狼王は、とても意外そうな顔で私を見た。




「もしかして…………今回の取材は、グリファムに何も言っていないの?」

 グリファムとは、私の父の名前だ。




 狼王は残念そうに首を振った。

「そうなんだ?

 そうだなぁ、僕のことを“狼王”と呼ぶなんて、おかしいと思ってたんだ」


 私は、彼のプライドをくすぐることで、彼を饒舌(じょうぜつ)にできると思っていた。

 だからこそ、この数日間、あえて“狼王”と呼びかけてきていた。


「私の父とは、そんなに親(した)しかったんですか?」


「そうだよ? グリファムは僕の親友で 命の恩人だ」

 唇(くちびる)を尖(とが)らせる。


 私は、事実が どうあれ、私より十も年下そうな見かけの若者が、父を呼び捨てにすることに 居心地の悪いものを感じていた。




 狼王は、仕方がないと呆(あき)れたように、優しい顔になって

「“狼王”の呼び名は、グリファムが付けたんだ」


「ええ、存じてます」

 私の父も記者だった。


 狼王の不死身伝説は、三十年前の、父の記事から始まっている。




「君が調べたことを、聴かせてくれる?」

 狼王はニッコリと笑った。


 私は資料をめくり、確認の為に目を通す。


 狼王は、音楽に酔いしれる人のように、目を閉じた。




「私の調べた限りでは、あなたが人間を食料として扱(あつか)った記録は、ありませんね。

 と、いうか、人狼は、身を守る為に戦(たたか)ったケースを除(のぞ)いて、誰かに危害(きがい)を加(くわ)えた記録はありません」


 狼王は深く、何度も頷(うなず)いた。


 そうなのだ。

 人狼は、“狼”であると同時に“人”なのだ




「人狼を恐(おそ)れていたのは、庶民よりも権力者たちです。」


 狼王は、少しだけ目を開けた。


「権力を用(もち)いて領民たちから様(さまざま)々な搾取(さくしゅ)をすることを企(たくら)んでいた彼らは、人の力を越えた者が、領民たちを率(ひき)いて己(おのれ)の横暴を正(ただ)しに来ることを恐れた。」


 狼王は、その視線の先に、どんな思い出を見ているのだろう。


「彼らは、人狼に濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せ、“人狼狩り”を始めます。」


 狼王は再(ふたた)び目を閉じた。


 嫌悪感(けんおかん)が少し漂(ただよ)っている。


「この国でも、他の国に遅(おく)れてですが、三十年ほど前、大(おお)がかりな“人狼狩り”が行われています」


 静寂(せいじゃく)


「それを、あなたは生き延びた。

 その日から、あなたは狼王と呼ばれるようになります」




 狼王は、目を開けて僕を見た。


「グリファムの記事は読んだかい?」

「はい」

「聴かせてよ」

「はい、概要(がいよう)ですが…………」


 私は、父の記事の部分を探し、頭の中で整理しながら読み上げた。




「代官と司祭が数十人の部下を連れて、あなたの家を取り囲みました。

 父は、権力側の広報(こうほう)的な役割で同行しています」


 狼王は、僕を見ている。

 何かを読み取ろうとしているようだ。




「囲まれて出てきた あなたは、高らかに“銀の弾丸”という弱点は、すでに過去のことだと宣言します。

 代官は自(みずか)ら銀の弾丸を装填(そうてん)し、しっかりと狙いを定めて、あなたの頭部へ発砲(はっぽう)しました」


 狼王の口元が ほころんだ。


「あなたは地に倒れ、すぐに立ち上がりました」


 いたずらっ子のような顔で笑い、目を閉じた。


「その場にいた者たちは、あなたの額(ひたい)に、確かに弾痕(だんこん)があったことを目撃しています」

 どこか おかしい。


「あなたの傷が消え、銀の弾丸が地面に転がり落ちた…………」

 記事の文章の要約(ようやく)と、感じている違和感(いわかん)の考察に、私の頭脳はフル回転する。


「どよめく人々に、あなたは言いました。

「人間(おまえたち)には、もう策はない。

 ただ、私の残りの人生を平穏に過ごさせてくれるなら、私の仲間たちに行(おこな)った殺戮(さつりく)への報復(ほうふく)はしない」と」


 彼の視線は、私から少し違う方向へ向いたが、少し殺気を帯(お)びているようだった。

 彼にとっても、苦渋の決断だったのだろう。


「父は、この出来事を報道するとともに、あなたに“狼王”の呼び名をつけた。

 そして、権力側のウソを暴(あば)いて、“人狼狩り”の終結を人々に呼びかけます」

 だから“命の恩人”なのか?


 いや、やはり何か おかしい。


 何だろう、この違和感は。




「で、君は どう思う?」


 狼王は、私を見た。


 私は、ためらったが、やはりキッパリと答えた。




「そうですねえ…………

 とっても胡散臭(うさんくさ)い」




 狼王は弾けるように大声で笑った。


 笑って 笑って 笑って 笑って、笑い続けて、おかしくて たまらないといった風(ふう)に「もうダメだぁ」と細く高い小さな声で言って、また笑った。


 乱れた息を整(ととの)えながら訊く。


「アハっ、アハっ、はあ、はあ、え?アハハ、どこが おかしかった?はあ、はあ」


「そーですねぇ………

 この資料に載っている内容に限って言うと…………」

 私は資料を見下ろした。




「不死身のクセに まわりくどい」




 この言葉は予想外(よそうがい)だったようで、ポカンと口を開けて私を見た。


「だって、ホントに不死身なら、黙(だま)って出てきて、撃たせるだけ撃たせてやって、それから「ムダだ」と言ってやればいい。

 でも、あなたは、まず、宣言をした。

 挑発に乗った代官が銃を手にとった。

 そのことで、状況に“縛(しば)り”ができた」


「縛(しば)り?」


「あの場で“一番 偉い人”が、「俺がやる」ってカッコつけて、前に出てきてるんですよ?

 普通、しゃしゃり出ようなんてバカな部下はいません。」

 私は深く息を吸った。




「つまり、あなたは、たった1人からの、たった1発の銃弾に集中すればよかった」




 一応、訂正も入れる。

「もちろん、絶対にそうなるという流れではありません。

 挑発への乗り方は、部下たち全員に「一斉に撃て!!」と命じるパターンだってありますから」


 狼王は、目をキラキラとさせて続きを促(うなが)す。

「それで?」


「それだけです。

 そこから先は、想像もできません」


 狼王は、拍子抜けも落胆(らくたん)もしなかった。




「あの時は、家の中から代官に語りかけた。

 家が震えるほどの大声でね。

 もし、部下の中に血気(けっき)に逸(はや)る者がいても、一番 偉い人間に 何かしらのメッセージを発している間は、迂闊(うかつ)には撃てないと踏んだんだ」

「な、なるほど…………」


 狼王は右手の指を1本 立てた。


「語りかけ続けながら表に出て、他(ほか)には目もくれず代官の目だけを見ながら言葉を続け、言ってやった」

 自分の額を指差した。




「ここだ。

試しに撃ってみろ」




 狼王はウインクした。

「これで、“流れ”は支配できる。

 いや、少なくとも、支配できる確率は上がる」


 代官たちは急襲したんじゃない、入念(にゅうねん)に策を練っていた狼王に、待ち構(かま)えられていたのか。




「いや、それでも最大の謎が解(と)けていません。

 あなたが、どうやって銀の弾丸を克服したのか」


「それは…………

 そもそも、『なぜ、銀の弾丸が人狼の弱点なのか?』という話だよ」


「なぜ…………?」


「『銀で できた凶器による傷だけには、人狼の再生能力は発揮できない』からだ。

 普通の人間と変わらなくなる。

 逆に言えば、【それ以外は普通の弾丸と変わらない】。

 速度とかはね」


 私には、狼王の言葉の意味がわからない。


 狼王は、「さっきの企画書…………ああ、これだ」と、数秒 目を通(とお)した。




「例(たと)えば!」

 狼王は、役者のように大きな声を出した。


「【弾(たま)よりも速く】、今、まさに額に着弾しようとする弾丸を捕まえて、【鋼(はがね)さえ曲げる】怪力で握(にぎ)って止めたとしたら」

 額の前に、右手で握(にぎ)り拳(こぶし)を作った。


「え…………?」


 拳を見せつけるように前に突き出し、親指だけを、ヒョコっと伸ばした。

「【岩をも貫(つらぬ)く】頑強(がんきょう)な五指の1本で、自(みずか)らの肉体を傷つけたとしたら」

 親指の先でトンと額を突いた。


「そして…………それらの動作のすべてが、やはり【弾(たま)よりも速く】為(な)されていたとしたら」

 狼王は、歯を剥(む)き出すように笑った。


「あ…………」


「それは、どんな風(ふう)に見えるのかな?

 幸(さいわ)いなことに、右手は額の すぐ近くにあった」

 そう言って、もう一度、額を指差すポーズをとった。




 そ、そんなトリック、考えたこともなかった。


 言葉も出ない私に、狼王は続ける。

「【人狼の再生能力が発揮できないのは、銀で できた凶器による傷だけ】だから、額の傷は、たちまち塞(ふさ)がっていく。

 さすがに痛みは感じているように、弾丸を隠(かく)し持っている方の手で傷口を押さえ、もうすぐ塞(ふさ)がるというタイミングで、指の間(あいだ)から弾丸を落とす。

 そして…………」


 額を突き出すようなポーズをとった。


「手を除(の)けて、傷口が完全に治(なお)るところを見せてやる」


 ふぅ、と狼王は息を吐いた。


「これで、【銀の弾丸の効(き)かない人狼】の出来上(できあ)がりだ」


 狼王は「見てよ」と右手を開いて掌(てのひら)を見せる。

 真ん中に火傷(やけど)なのか 擦(す)り傷なのか 古い傷痕(きずあと)があった。

 驚異(きょうい)的な再生能力を誇(ほこ)る人狼に、傷痕は珍しい。


「握りしめた時に【銀の弾丸でできた】火傷だ。

 治るまでに数週間 かかった。

 たぶん、人間が火傷した時も、同じぐらい かかるんじゃないかな」



 狼王は楽しそうだった。

「でもね、このペテンには、もう一押しの仕掛けが必要だった」


「仕掛け?」


「ヤツらは、予想外の展開に固まってしまっていた。

 膠着(こうちゃく)状態が長引(ながび)けば、部下の中に一人ぐらいは、「それでも!」ってヤケを起こして撃ってくるヤツがいるかも知れない」


「は、はい」


「でも、みんなが固まってしまってから、すぐに、叫び声を挙(あ)げて走り出した人間が一人いたんだ」


 狼王は“お手上(てあ)げ”といった感じで両手を挙げ叫んだ。

「うわあぁぁぁーッ! もうダメだーッ!!!!」

 ちょっと甲高(かんだか)いハスキーな声で。


 モノマネ?


「もしかして…………父ですか?」

 狼王は頷(うなず)いた。


 グルだったのか…………。


 この時、父は、すでに狼王と知り合っていたのだ。


 確(たし)かに、この出来事からの、父が世論(よろん)に訴えるまでの行動は早い。


 早すぎる。


 すでに、権力者たちのウソについては、調べあげていたのだ


「部下たちは、優位に戦えるつもりで来ていた。

 それなのに、「自分が持っている武器は無力なのではないか?」という気分になっていたんだ。

 そりゃあ、もう、総崩(そうくず)れだよ。

 グリファムが逃げ出すフリをしたのを きっかけに、みんな、我先(われさき)にと逃げ出したんだ」


 狼王は笑った。

 顔の筋肉だけで作る笑顔。


 目は、さびしそうに私を見ていた。


「こんな大事なこと、話して よかったんですか?」


「君が訊いたんじゃないか」

 狼王は、あたりまえ過ぎる答えを打ち返してきた。




「人狼には、厄介(やっかい)な特性があってね」

 狼王は天井を見上げた。


「一度 “友”と認めた人間には、最大限の忠誠を誓う。

 そのルールに背(そむ)くことで生(しょう)じるストレスには耐えられないんだ。

 “友”の息子の問いかけに、僕は隠すことも偽(いつわ)ることもできない。

 たとえ、君に対して 僕が どういう評価をしていたとしても」




 そうだ。

 だからこそ、私は この仕事に選ばれた。




 だが、狼王は、私に どのような評価をしたというのだろう?




 空気を変えたいのか、狼王は、私に夕食を食べていくように と誘った。

 私は、今日ぐらいは ここに残るべきという考えも頭をよぎったが、「今日 聞いた話を頭の中で整理したいから」と、早(はやばや)々と立ち去ることにした。





 狼王の家を出た後(あと)、私は駅へと向かう。

 汽車の座席に腰掛け、私は今 見聞(みき)きしたことを、丁寧(ていねい)になぞって整理する。

 すべてを うまく収(おさ)めるような考え方はないか。

 そのために使えそうな材料はないか。

 バカバカしくてもいい。

 記憶の箱をひっくり返して、幼い頃から今日までの思い出のすべてを辿(たど)る。


 何かないか。

 何かないか。

 何かないか。


 少し考えが まとまりだした時、目的の駅に着いた。


 出たとこ勝負で いくしかないか。




 私が汽車を降りたのは、この国で いちばん大きな街。

 この街には、この国で最大の教会がある。

 司祭は、ここの二階に寝泊まりをしていて、少し遅い時刻だったが、いつも通り部屋へ通された。




「ありがとう、どうだったかね? 今日は」


 どデカイ赤ん坊が前掛けしたみたいな、とても豊かな白いアゴ髭(ひげ)を貯(たくわ)えた 小太りのジジイが、いつものように テーブル越(ご)しに私を労(ねぎら)った。

 司祭だ。




 わりと自由にやらせてもらっている私の、ちょっとした小遣(こづか)い稼(かせ)ぎ。

 もちろん、動機は それだけでなく、記者としての純粋な好奇心もあったが。


 今回のインタビューは、会社に言われた取材ではない。

 彼らに依頼された調査だ。


 ハニバルが狼王と呼ばれてから三十年。

 人間が代替わりしても、いや、代替わりしたからこそか、欲の炎が燃え出したらしい。




「今日は、大きな収穫(しゅうかく)がありました」

 私は深呼吸した。




「結論から言えば、彼は不死身ではありません」




「おおおお…………」

 司祭は感極(かんきわ)まったように、祈りのポーズをとった。

 うっとうしい。




「彼は、撃ち殺すことができます」


 司祭は、「ありがとう、ありがとう、これで、闇の恐怖から人々が救われる」と呟(つぶや)き、「神よ」と白(しらじら)々しく涙まで流しだした。


 ウソだ。

 ハニバルは、この三十年間も その前も、一度だって問題を起こしたことはない。

 むしろ、この国は、今、隣国に比べても、明らかに健全に政治が行われている。

 他の国々の、まるで ごろつきが言いがかりをつけたみたいなバカげた税金も、この国にはない。




 私は覚悟を決める。

 出たとこ勝負だ。




「ただし、銀の弾丸じゃありません。

 金です」


「あ?」


「海の向こうに、我々の信仰とは違う、ブードゥーという信仰があります。

 司祭は、死者を奴隷として使役(しえき)することもできるそうです」


 あれは少年時代に読んだ本だったか。

 『世界の謎』とか何とかいうタイトルの、子供向けの本。

 記憶の箱から掘り出したもの。


「あ? ああ…………だから…………それで?」


「その司祭に、十日ほど金の弾丸に祈りを捧げてもらい、彼らの信仰によって聖別してもらう必要があります」


「ああ……そう……なの……」


 司祭は力なく、マヌケな返事をした。

 混乱したのだろう。

 司祭が他の信仰の司祭の力を借りるなんて、自(みずか)らの存在を否定するようなものだ。


「死者を使役するということは、不死を与えることと同じです。

 私たちの世界の中で生き続けてきた不死の力は、私たちの世界の外の信仰による 不死の力で打ち消されるそうです」


 我(われ)ながら、ずいぶんなハッタリだと思ったが、司祭は打ちのめされていた。


「そんな…」「待ってくれ…」と うわ言のように繰り返す司祭に、いい加減に飽きたので「司祭……」と距離を詰めると、「あ、ああ……すまない。ご苦労だった」と封筒に入れた札束を出した。


「もっと良い報せなら、礼を弾(はず)んだんだが……」と、力なく恨(うら)み言(ごと)を言う司祭にイライラして、私は部屋を出た。


 街の人混みへ向かう。


 賑(にぎ)やかな人混みを抜け、今度は人気(ひとけ)の無い路地に入る。




「ちょっと大きなお金が入りました。

 一緒に夕食でも食べませんか?」

 



 試(ため)しに言ってみただけだったが、後ろから「気づいてたの?」と狼王の声がした。


 振り向くと黒縁(くろぶち)のメガネを掛けて、シャレた帽子をかぶった狼王が立っていた。


 【人狼】という言葉に野性的なイメージを持ってたせいか、こういう変装は予想していなかったし、まるで別人のようだ。


「いえ、もしかしたらって思った程度ですよ」

「へえ~」

 狼王は楽しそうだった。




「始めから、私を疑ってたんですか?」

「ううん。今日の会話かな」

 狼王は あたりまえのように言った。


「グリファムに何も言ってないって 言ったから」

 僕の周(まわ)りを廻(まわ)りながら答えた。

 まるで、散歩が嬉(うれ)しくて たまらない仔犬みたいだ。


「プロのインタビュアーならさ、相手の過去を知るらしい人間が身近にいたら、エピソードとか聞き出そうとするもんだろ?」

 狼王は、人々に事件の真相を語る名探偵のように、指を1本 立てた。


「つまり、対象の知り合いらしい父親には、知られたくないインタビューって ことです」


「ほう…………」という声が無意識に出た。




「でもさ……」

 狼王は笑いだした。

「あのブードゥーとかって、何?」


 私も苦笑する。


「聞いてたんですか?」

「うん、窓の外に貼りついてた」

 私たちは声を出して笑った。




「もし真実を話してたら、私たちは どうなってたんですか?」

「別に、どうとも。

 少なくとも、ロバートはね」

 初めて名前を呼ばれた。


「僕に 友だちの息子は傷つけられない。

 そのまま、どこかの山奥に逃げて、静かに暮らしたよ」




 気になっていたことを確認するために、汽車の中で考えたことを明かすことにした。


「弾丸を捕まえられるほどの あなたなら、三十年前、反撃することも 逃げることもできたんじゃないですか?」

 狼王は「ん?」という顔で私を見てから、考えるような素振(そぶ)りを見せた。

 成功率は、五分五分(ごぶごぶ)というところだったのかも知れない。


「あなたが、あんなペテンを仕掛けたのは、あの場は切り抜けられたとしても、いつかは、何らかの方法で撃たれると考えたからだ」

 狼王はニヤついた。





「人間は【たとえ困難でも、それが唯一の手段なら、必ず実現させようとする】からです」

 狼王は頷(うなず)いた。




「だから、あんな話を作りました。

 ヤツらは、しばらくは【どうやったらブードゥーに聖別された金の弾丸を用意できるか】しか考えられない」

 狼王は笑う。




「万(まん)が一(いち)、ヤツらが弾丸を用意できてあなたを撃ったとしても、『ブードゥーの聖別を受けた金の弾丸』なんかじゃ、あなたには何の効果も与えない。

 あなたは、生命の危険もなく、ヤツらの【本気】を察知することができます。

 それから逃げるなり、反撃するなりしても、遅くはない」


 狼王は、目を丸くした。

「スゲーな、グリファムみたいだ…………」




 そして ニヤつきながら言った。

「あのペテンはね、グリファムが全部 考えたんだ。

 その時に彼もね、「人間は たとえ困難でも……」って ロバートが言ったのと同じことを言ったよ」


 なるほど……だから、“命の……。




 狼王の笑いは少し大きくなる。

「グリファムは言ったんだ。

「完璧な計画だ!誰も疑いさえ持たない!」って。

 もう、自信満々!!!!」

 それから、声を出して笑い出した。


「それなのに、それなのにッ、ロバートは いきなり「胡散臭(うさんくさ)い」って!!」

 アハハハハハハハと体を折り曲げて笑う。


 そうか、だから、私の言葉にあんなに…………。




「それよりさ、ロバート。

 まだ汽車は動いてる時間だ。

 僕の家で食べないかい?」


 せっかくだから従うことにしよう。




 この夜から、私はハニバルの“友だち”の一人に加えてもらえたのか、友だちの息子として大切に付き合ってもらえたのか。


 正直に言うと、判断は難しい。


 ただ、いろいろな冒険を二人で乗り越えることになるのだけど、それはまた、別のお話。


 いつか、語れる機会があれば………


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「書いた短編いろいろ」を見て、こちらにも来ました。看板企画作品だったのですね! 最初は「文章量が多そう。人狼には特に興味ないなぁ…」と思いつつ読んだのですが、面白くてあっという間に読めち…
[一言] ペテン。 なるほどです。 ペンは剣より強しという言葉を思い出しました。 縁があっただけでなく、友となれたのでしょうか? 二人の冒険とか、この話の後の話もありそうですが、そちらが気になりま…
[良い点] 家紋武範様の「看板短編企画」からお伺いしました。 権力者の横暴に対し、したたかに立ち向かう種を超えた友情。 堪能させてもらいました。
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