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シャングリラJAPAN ~異世界日本見聞録~  作者: ケアレ・スミス
序章
4/4

人間性システム 下

 ここで俺は今まで経験した、アニメ、ゲーム、ラノベ等から人間の価値を数値化する世界観でのテンプレートを考察してみることにした。


(一番よくあるパターンは価値の高い人と低い人が二極化することだ。数値が権力の基準となり、権力の低い者が高い者に(しいた)げられる。そして、革命が起こり弱者が協力して権力者に立ち向かい、『人間の価値は数値じゃねぇ』というメッセージを受取手に与える。大概はこういったところだろうか。)


「多分、今までの常識は通用しませんよ。」


 芦部さんのすべてを見透かしているような言葉に、俺は少し不機嫌になり、八つ当たりに近い質問を12歳の少女に投げかけた。


「私が今考えていることを当ててみてくださいよ」


「そうですね、『自分のいた世界以上に、権力者が蔓延(はびこ)り、庶民の不満が溜まっている世界ではないか』と今まで自分が経験したフィクションを基にあれこれ考えを巡らせているのではないですか?」


 面白くない女だと素直に思った。


「ということは、私が考えているような世界ではないということですかね。」


「そうですね。多分あなたのような人にとってはこの世界は楽園だと思いますよ。まぁ、百聞は一見に如かずですので、この世界についての説明よりも、『まず何をすべきか?』についてお話ししようと思います。」


 芦部は『このままでは一生仕事が終わらない』と感じ取ったのか、この世界の過ごし方チュートリアルを俺にしてくれた。


「我妻さんの目的が『この世界のことを知る』ということなら、まずは成人認定試験に合格することを強くオススメします。成人にならなければ知ることができる情報が限られてしまいますから。」


「それは未成人では見られない情報があるということですか?」


「その通りです。スマホなどでインターネット上にアクセスし、成人用のサイトを閲覧しようとした場合、未成人の場合はページ遷移ができなくなります。」


「どうやって、成人か未成人かを判断するんですか?」


「多分、右手の親指と人差し指の間にマイクロチップが埋め込まれていると思いますが、それで判断しています。インターネットへアクセスしようとした場合、チップ内の情報を端末が読み取ることによって、アクセス制御をしています。」


 芦部さんに言われるまで忘れていたが、右手のを確認してみると、確かに米粒二つ程度のマイクロチップが埋め込まれていた。


「ということは最初にすべきことは勉強ですか。まさか受験が終わったのに異世界に来てまで勉強する羽目になるとは...」


「これを聞くと大抵のアナザー人はガッカリしますね。冒険者になって魔物と戦ったりするのを期待している人が多いのですが、私の感覚からすれば異世界に来たのに勉強する描写がないアナザーのラノベの方が不自然なんですがね。」


 芦部さんの言うことはもっともだが、違うんだよ、そういうことじゃないんだ。ほとんどの人が異世界に来てまで現実世界と同じことがしたいわけじゃないんだよ。と思ってはいたが口には出さなかった。


「あと、そのマイクロチップはかなり便利で、それをかざすだけでほとんどの決済が可能です。」


「それは確かに便利ですね。ただ、お金の方はどうしたらいいですかね。住むところとかも決まってないですし...」


「ご心配なく。ベーシックインカムとアナザー特別手当があります。また、住むところに関してはこちらである程度決めてしまいますが、家賃は国が全額負担してくれます。」


「ベーシックインカム!! オリジンでは実現してるのですか?!」


 俺の異常な食いつきに芦部さんは少し後悔したような表情を見せた。


「詳細はそのスマホに入っているアナザー人用のマニュアルで確認してください。」


 これ以上時間をかけたくないのだろうか、芦部さんはスマホを確認して、少し慌てたようなそぶりを見せた。


「失礼、急な連絡が入りました。30分ほど離れます。その間に、少し病院の中で時間を潰してもらえると助かります。また、マニュアルにアナザー人用のQ&Aがありますので、一度目を通してもらえるとありがたいです。」


 そう言い残して、芦部さんは慌てて部屋から出て行ってしまった。俺はとりあえず言われたとおりにアナザー人用のマニュアルに書かれている『はじめにすべきこと』という項目を確認してみた。



 はじめに


 オリジンへようこそ。まずはプロフィールの『全体公開設定』を確認してください。デフォルトでは『性別』『年齢』『出身地』『滞在期間』『人間性』が設定されていると思いますが、変更の必要があるかの確認をお願いします。


 俺は素直に自分の『全体公開設』を確認してみることにした。

 

 性別:男

 年齢:15

 出身地:アナザー(東京)

 滞在期間:1日

 人間性:5000


 どうやらこの他にも『名前』『身長』『体重』『趣味』『好きな食べ物』『配偶者』など、多種多様な項目が存在するようだが、全体公開する項目はデフォルトで問題ないと思ったので、特に設定変更をする気はなかったが、試しに『性別』をタップして挙動を確かめてみることにした。すると『性別』の『男』『女』『非表示』項目の下に『更に細かく設定』という気になる項目があった。


 『性別』の詳細設定


 心:男

 体:男

 服装:男

 恋愛対象:女


「はぇ~すごい...」


 俺はオリジンの時代を考慮した設定項目の多様性に小学生並み感想の独り言を呟いていた。もう少し設定項目と(たわむ)れたかったが、これだけで一日が終わってしまいそうだったので、マニュアルの続きを読み進めることにした。


 次に、マイクロチップで決済ができるかを確認してください。病院の1階ロビーに自動販売機があるので、適当に好きな飲み物を買ってみてください。初回だけ無料になっています。


「とりあえずロビーに行ってみるか。」


 俺は部屋を出てから、部屋番号の「521」という数字を確認して、初めてここが5階だということに気づいた。

廊下に貼ってあったMAPで現在地を確認し、エレベーターで1階へ向かった。エレベーターの中で少し冷静になって考えてみると、異世界なのに「自動販売機」や「エレベーター」が普通に存在していることに疑問を持っていないことがおかしくなった。いろいろと思考を巡らせているうちに、エレベーターの扉が開いていた。寄り道もせずに廊下を進みロビーに出ると、中途半端に異世界に来たことを自覚させられた。


「なんかみんな髪の毛がカラフルじゃね? あと、アイドル養成学校レベルで美男美女なんだけど。」


 ラノベやゲームでは当たり前の状況ではあるが、現実世界ではほぼあり得ない光景のため違和感を覚えたが、かと言ってエルフやドワーフなどのファンタジーな生き物がいるわけでもないので、心の中がすごくモヤモヤした。


「いや、これだけで状況を判断するのは早計か...」


そう思い周りを見渡してみると、自動販売機の前で人型のロボットらしきものが、飲み物の補充を行っていた。


「うーん、ハイテクではあるけど、普通にこっちの世界でもできそう。」


 俺はここが異世界ではないのかもしれないと疑い始めていた。というよりも、異世界転移なんていう非現実的な話よりも、俺が知らない少し技術が進んだ場所に連れてこられたという方がしっくりくるからだ。ひとまず、受付にいるピンク髪の女性にほかに使用できる自動販売機があるかを尋ねた。


「少しお尋ねしたいのですが、この近くに使用でいる自動販売機はありますか?」


「はい、そちらを左に曲がってまっすぐ行ったところに、精神病棟の入り口がありますので、入ってすぐ右手にございますよ。」


「ありがとうございます。」


 言われた通り精神病棟に入り、入り口付近の自動販売機で何を買うか少し考えていると、


「イラッシャイマセー、オススメハミックスジュースヤデー」


「ふぇ?!」


 急に自動販売機に話しかけられて混乱した。


「ノミモノヲエランデ、マークノトコロヲタッチシテヤ」


「お、おう。」


 言われた通り「大阪名物ミックスジュース」と記載されている飲み物を選んで、マイクロチップが埋め込まれている右手でマークの場所をタッチした。ここでふと思ったのが、ここが大阪である可能性が高いことと、人間は自分が予期しないことが起こった場合は言われたことを言われた通りに行動してしまうということである。


「マイドアリー」


「ど、どうも。」


 思わず自動販売機に返答してしまった。


(マイクロチップの便利さよりも、話す自動販売機の方が驚いたんだが...)


 そんなことを考えていると、少し顔色の悪い初老の女性に声をかけられた。


「太郎? 太郎なの?! 生きていたのね!!」


「えっ、ちょ、人違いです!!」


 俺は自動販売機に話しかけられた時よりも混乱していた。


「私が太郎を見間違えるはずがないわ! 間違いなく太郎だわ!」


 そう言いながら抱き着こうとしてきたので、俺はとっさに回避した。今どき「太郎」という名前のはかなり珍しいと思ったが、そんなことはどうでもいい。この頭のおかしな女性から逃げるようにして、精神病棟から出て行った。


「全く、酷い目にあった。」


 俺はミックスジュースを片手に、元居た「521」号室に戻ることにした。部屋に戻ると、黒髪ロングでスーツ姿の12歳位の女の子がベッドに座っていた。芦部さんだ。普通に考えれば違和感のある見た目のはずなのだが、強すぎるオーラのせいで初対面の時は大して不自然に感じていなかったようだ。


「飲み物は買えましたか?」


「はい、いろいろありましたが。」


 芦部さんは立ち上がり、真剣な顔つきで俺に語り掛けた。


「それでは、最後に重要な連絡事項があります。アナザーにはいつでも帰ることができますが、特定の条件を満たさずに帰った場合は、二度とオリジンに来ることはできず、オリジンで経験した記憶も削除させていただきます。」


「どうやって記憶を消すのかは気になるところですが、とりあえず、条件を満たせば記憶を持ったままアナザーとオリジンを行き来することができるという認識で合ってますか?」


「おっしゃる通りです。」


「で、その条件とは何でしょう?」


「成人認定試験に合格し、人間性ポイントが20000以上であることです。因みにこの条件を達成できたアナザー人はほとんどいないそうですよ。少なくとも私は会ったことがありません。」


 俺はいろいろと可能性を考えた。


(つまり、この世界へ行くように指示した白洲先生は、俺が条件を満たして帰ってくることを期待しているのか? この課題をクリアできないようでは見込みがないということなのだろう。芦部さんの言葉から推測するに、絶対に不可能な条件ではないがかなりの高難易度だと考えられる。そして、人間性ポイントがどういった方法で入手できるのかがわからないので、単刀直入に質問してみるか。)


「その人間性ポイントというのはどうやったら入手できるのですか?」


「いろいろと方法があるのですが、ポイントを稼ぐ一番簡単な方法は『納税』です。」


「『納税』ですか...」


「我妻さんはよく勉強されていますから、アナザー中国の五角形のアレを思い浮かべていかもしれませんが、それとは違い、人間性は一つの要素しかありません。基本的には国にお金を納めるほどポイントが溜まります。まぁ、国が認可したボランティア活動などでもある程度ポイントを稼ぐことはできますが、20000ポイント以上を目指すのであれば、お金を稼いで納税するのが一番手っ取り早いと思いますよ。」

 

 俺は芦部さんの今までの話から、オリジンのシステムには重大な欠点があると感じていた。


「人間性ポイントの高い人は罪を犯しても刑務所に行かず、そのポイントを稼ぐ一番効率的な方法が『納税』というのは、お金持ちにとって露骨に有利な制度ではないですか?」


「それの何が問題なのですか?」


 芦部さんの返答が自然すぎて違和感を覚えた。そのことから、恐らくこの人は金持ちを優遇することに疑問を持っていない。むしろ、こちらの質問に驚いているようだった。


(俺は何かおかしなことをことを言っただろうか? いや、もう一つの可能性で話を進めてみるか。)


「失礼、高額納税者を優遇するのは当然のことでしたね。」


 芦部さんからクスッと笑みがこぼれていた。


「いや、我妻さんは頭が良すぎます。ワザと返答に困るようにしたのに、一瞬でその可能性を導き出すなんて恐れ入ります。ご察しの通り、オリジンの日本ではお金持ちは他国と比較しても非常に優遇されています。そして、そのことに疑問を抱く国民は皆無です。」

 

 どう考えても目の前の12歳の少女のほうが頭が良すぎるのだが、素直に感謝の意を表明することにした。


「ありがとうございます。差し支えなければオリジンとアナザーの一般的通念の違いについて詳しくご教示いただけませんか。」


 俺の質問に対して、芦部さんがチラッとスマホを確認してから答えた。


「あと15分ほどで定時になりますので、プライベートの時間でしたら問題ございません。我妻さんが滞在予定の寮まで車で送りますので、車内でお話ししましょうか。」


 スマホを確認してい見ると、17:00を少し過ぎていた。プライベートの時間を俺に使ってくれる芦部さんに素直にありがたいと思った。


「もちろん大丈夫です。よろしくお願いします。」


「では、そろそろ病院を出ましょうか。」


 俺と芦部さんは一緒に部屋を出てエレベーターに乗ったが、何も会話をしなかった。というよりも、この世界のことについていろいろと考えすぎて、気づいたら病院入り口の自動ドアの前にいたという感じだろうか。すると急に俺の横から関西弁が聞こえた。


「今日も一日終わったーーーー やっぱこの仕事なかなか大変やわ。」


 俺は耳を疑った。横を見るとさっきまで(まと)っていた鋭い雰囲気も、ほとんど感じられなかった。


「驚きました。芦部さんは仕事とプライベートでメリハリをしっかりとつけるタイプなんですね。」


「そないに(かしこ)まらなくてもええですよ。この年齢のガキに敬語使い続けるのはアナザー人にとっては違和感あるでしょ。あと、私のことはテラスと呼んでもらえたらと思います。」


 そういうことならと、俺も相手の流儀に合わせることにした。


「じゃあ俺にも敬語はいらないよ。あと、俺のことはテンと呼んでもらえたらと。」


「おっ、話が早くて助かるわ。異世界転移してきたのに思ってたんと違うやろ?」


「全然違うね。もっと言うと、未だに異世界だということを完全には信じてないけどね。」


「後ろの病院の看板見てみ? まぁ、細かいことは車の中で話そか。」


 俺は振り返って病院の看板を見て異世界だということを再認識させれれた。


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