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シャングリラJAPAN ~異世界日本見聞録~  作者: ケアレ・スミス
序章
3/4

人間性システム 上

 俺は病室のベッドで目覚めた。体を起こして右側を向くとベージュ色のカーテンが閉め切られた窓があり、その付近の小さなテーブルには、スマホと着替えの服が用意されていた。窓側と反対方向には小さな洗面台があり、その上には鏡が設置されていた。睡眠時間が長かったせいか、体のだるさを感じつつも、口の中が気持ち悪く、口を(ゆす)ぎたいと思い、洗面台へ向かい蛇口をひねったとき、鏡に映った自分の姿を確認した途端、様々なことを思い出した。


「夢ではなかったんだな...」


 そこで自分の姿が、3年程度若返っていることに気付いたのと同時に、面接室のような場所での山崎とのやり取りをフラッシュバックのように鮮明に思い出した。とりあえず、口を濯ぎ、服を着替えてから、一旦考えを整理しようとした。改めて周りを観察してみると、小さなテーブルの上には白のTシャツ、ベージュのダッフルコート、デニムのパンツがあり、その服装と合わせるようにベッドの下には紺のスニーカーが準備されていた。


「悪くないファッションセンスだ。」


 そう独り言をつぶやくと、用意された服に着替えながら、山崎の言っていたことを思い出し、服と一緒に置かれていたスマホを確認した。幸い、以前使用していた機種とほとんど操作方法に差異は無く、スムーズに扱うことができた。


(確か、目が覚めた後、【Noroshi】というアプリで【芦部】という人に連絡してくれと言ってたな...)


 俺は、芦部という人に、今目覚めた旨のメッセージを送信した。すると、ほんの数十秒ほどで、「今から向かいます」とい返信が届いた。正直ものすごく緊張しているのが自分でも分かった。異世界に来たというのもまだ半信半疑で、そもそも初めに合うのが人かどうかすら定かではなかった。


「失礼します。」


 扉をノックするのとほぼ同時に、女性の声が聞こえた。


「初めまして、我妻さん。私が゜に転移者サポート部、部長の芦部です。」


 俺の第一印象は驚きだった。見た目が小学校高学年程度の女の子だったからだ。ただし、雰囲気が明らかに子供のそれではなかった。具体的に表現しづらいが、なんというか【オーラ】を感じる。


(異世界もの特有の「見た目は子供、中身は数百歳」とかいうパターンだろうか。明らかに小学生の雰囲気ではないが...)


 少し圧倒されたが、俺は当り障りのない返事をした。


「お世話になります。我妻です。今後ともよろしくお願いいします。」


 芦部はニッコリと年相応の笑みを浮かべ、満足そうに微笑んでいた。


(やっぱ聞いてた通り、賢そうなやつやん。私見て敬語で挨拶してくる転移者、珍しいんやけどな。まぁ、年齢聞いたらタメ口になるやろうけど。)


 俺の表情を汲み取ったのか、先に疑問に思っていることを教えてくれた。


「因みに、私の年齢は12歳で、我妻さんの実年齢よりも6歳ほど年下なので、そこまでかしこまらなくても大丈夫ですよ?」


 俺は『本当に12歳の女の子だった』という安堵と同じぐらい違和感を感じた。


(やはりどう考えても12歳の雰囲気ではない。「根拠は?」と聞かれると答えられないが、なぜだか、本能で社会通念上相当の12歳として扱ってはいけないとわかる...)


「いえ、私はこちらの世界のことは右も左もわかりません。ご教授いただく立場としては当然の態度であると考えています。」


「そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ。」


「・・・」


(「実は何回も転生してます」とかいうパターンか? 俺も何回か優秀過ぎて「人生2週目ですか?」って言われたことはあったが、少なくとも目の前の少女は何十歳も年上の大物政治家と同じような匂いがするんだが...)


「誰がロリババアやねん」


「っ!! そこまでは思ってないです。」


(こっちの世界の人は心が読めるのか?!)


「たまに言われるんですよね。オリジン人は比較的アナザー人よりも精神年齢が高いといわれていますが、その中でも私は特に大人びた雰囲気を感じると。」


(少し前に面と向かって「ロリババア」って言われて、ちょっとムカついたことがあったからやけど)


「正直に話しますと、私の世界の12歳とは明らかに「違う」と感じました。何か特別なことをされているのですか?」


「別に特別なことはしていませんが、我妻さんとの違いを強いて言うならば、成人して働いていることでしょうか。」


「御冗談を。12歳でも働くことはできるかもしれませんが、『成人』ではないでしょう。確かに大人びた雰囲気は感じますがね。」


「普通はそう思われますよね。丁度良い機会ですので、オリジンとアナザーの違いについて少し触れておこう思います。まず、『成人』になる条件についてですが、オリジンの日本では『満12歳以上』かつ『成人認定試験』に合格することが一般的な方法になります。」


「にわかには信じられませんが、その『成人認定試験』とはどのような試験なんですか?」


「詳しい試験問題の内容はスマホで検索していただければと思いますが、『数的処理』『文章理解』『法律基礎』『一般教養』『検索力』の5教科から全教科で基準点以上の点数を取得できれば合格できます。『基準点』については人によって違うのですが。」


「要するに『お勉強』さえできれば12歳の子供でも『成人』になれてしまうのですか?ただ『お勉強』ができるだけの子どもが選挙に行って投票するのですか?」


 芦部という12歳の少女は俺の少し見下したような発言にこう切り返した。


「たしかアナザーの日本ではどれだけ頭が悪くても『18歳』になれば選挙権を得られるんでしたよね。それが例え自国の首相がだれか知らなかったり、義務教育を受けていながら『九九』すらまともに言えなくても。私の感覚ではそのレベルの人が選挙権を持っているほうが国として危険だと思うのですが、どうでしょう?」


 俺は心底寒気がした。この12歳の少女の方が正しいと思ってしまったからだ。


「た、確かに芦部さんの言っていることはもっともだ。だが本当にそれで国が成り立つのか?」


 うろたえすぎて敬語ではなくなっている俺を横目に、芦部さんはさらに俺に追い打ちをかけた。


「因みに、こちらの日本での前回の衆議院総選挙の投票率は、罰則規定を設けずに『99.9997%』です。」


「う、嘘ですよね...」


 絶句した。これが本当ならオリジンとアナザーで民度が段違いだということだ。そして頭によぎった芦部さんが返答に困るであろう質問をせざるを得なかった。


「アナザー人に対して酷い差別がありますよね...」


芦部は満足そうに微笑んで少し考えていた。


(めっちゃええやんこいつ。『投票率』だけで差別があることまで読み取るとは!! これはアナザー人の『救世主』になってくれるかもしれんな。)


「やはり我妻さんは聡明でいらっしゃいますね。正直に申しますと、アナザー人を下に見ている傾向が強いです。しかし、安心してください。オリジン人がそれを態度に出すことはほとんどないと思ってもらって大丈夫です。もちろん、地域によって差はありますがね」


「芦部さん自身はアナザー人のことをどう思っていますか?」


「基本的にはオリジン人よりも劣っている人の割合が多いと考えています。が、我妻さんには期待していますよ。」


 俺には『期待していますよ』が本心かお世辞かを判断できなかった。


(まさか異世界転移したにもかかわらず、『差別される側』の立場になるとは...)


 少し残念そうにしている表情を感じ取って、俺に投げかけた言葉が心の奥底を強くえぐるようだった。


「周りの人間が自分よりもレベルが低い環境より、周りの人間が自分よりもレベルが高い環境の方が遥かに幸せです。我妻さんにはそれを理解できる『知性』と『情熱』を持ち合わせていると私は思っていますよ。」


 芦部さんが俺よりも人間的に遥かに上のレベルにいるということを自覚せずにはいられなかった。


(人間の理想が『俺TUEEE系主人公』だと思っているラノベ作者に聞かせてあげたい言葉だよ)


 俺はオリジンとアナザーの違いについて素直に芦部さんに尋ねることにした。


「私は考えを改めないといけないようですね。もう少し詳しくこちらの世界のことを教えていただけますか?」


「失礼、話が本筋から逸れてしまいましたね。まず、スマホの『プロフィール』を確認していただけますでしょうか。」


 俺はスマホのホーム画面に表示されている『プロフィール』アイコンをタップして中身を確認した。『名前』『性別』『年齢』『職業』『言語』『所持金』などの中に見慣れない『人間性』という項目に『5000』と表示されていた。


「単刀直入に質問なのですが、この『人間性』とは何ですか?」

 

「はい、この『人間性』というシステムがオリジンとアナザーの一番大きな違いと言っても過言ではないでしょう。ここに表示されている数値は、人間の『価値』を示す一つの指標となっています。」


「人間の『価値』?」

 

「その数値が高ければ、『就職活動で有利』になったり『銀行から融資が受けやすく』なったりします。逆に数値が一定数いかになってしまうと、公共の交通機関さえ利用できなくなってしまいますが。」


「あぁ、確かこちらの中国でも一部で似たようなシステムがありますね。」


(このシステム自体は画期的だが、システム管理側次第でディストピアと化すんだよなぁ)


「流石は博識でいらっしゃいますね。因みに数値がマイナスになると刑務所行になり、「-20000」で人権が剥奪、「-30000」に達すると死刑になります。」


「マジですか」


「マジです。まぁ、余程の罪を犯さない限り、数値がマイナスになることはないですけどね。ただ...」


 芦部さんは少し溜めてこのシステムの本質を話した。


「このシステムは人間の価値を数値で表すことができる。つまり、『人間の価値が平等ではないことを可視化できる』ということを認識してほしいのです。」


 俺は理論的かつ残酷なシステムだと感じたのと同時に、もっと恐ろしい可能性が頭によぎった。


「これはただの好奇心なのですが、『殺人』を犯した場合、数値はいくらマイナスされますか?」


 芦部さんは意図を読み取ったのか、少しうれしそうに質問に答えてくれた。


「状況や動機にもよりますが、基本的には『10000』ポイントと『殺した相手の人間性』分の数値がマイナスされます。」


「これは例え話ですが、もし、『20000』ポイント所持している人が『5000』ポイントしか所持していない人を殺した場合、20000-(10000+5000)で5000ポイントになりますよね。つまり...」


「御明察通り、人を殺しても刑務所行にならないケースがあります。」


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