落語 猿とおばあさん
猿の浅知恵なんて申しますが、猿は猿で一生懸命
考えて、それでよかれと思って結果的にいけない
事に手を出してしまいました。
※ 三方1両損→昔、江戸の火事現場で3両を拾った火消し
が、持ち主に返そうとしたところ、これはおまえさんが
拾った金だから受け取れないと断った為に裁判沙汰に
なり、南町奉行の大岡越前守が自ら1両を出して双方に
2両を取らせて、三人ともに1両損だから納得せよとの
判決を出した。
演目 猿とおばあさん
毎度ばかばかしいお笑いを一席お付き合い願います
干支の動物に申という動物がおりますが、普通に申せば猿です
他の干支動物達と比べてこの猿というやつはあまり人に良いイメージを持たれていないようなんですね 狡賢いとか、浅知恵とか 他にも猿真似や猿芝居なんて言葉もございます では猿にも何か良いイメージはないかと探してみますと 猿樂 猿梨 猿島などと、猿の人格とは関係ない言葉しか浮かんできません 群馬県の猿ヶ京温泉の近くに生涯独身を通してきたタキという名の老婆がおりました この老婆の仕事はりんごや柿とか、他にも栗や桃などを主力にした農園を経営していたのであります 近くの里山には野生の猿がたくさんいて、婆さんの果樹園も例外なく被害を受けていましたが、ある日ぱったりと猿達の食害がなくなったのでした 「あんれまあ~ 今日も猿に喰われてねえだ! 来なけりゃ来ないでなんか気になるけど、まぁ被害がないにこしたことねーな」 「なんだばあさん、オイラがあの悪サル共を追っ払ってやったというのにずいぶんじゃないの?」 老婆が声のしたほうを見ると一匹の猿が柿の木の枝に座っております この若い猿は他所の山から流れてきた一匹狼・・・いや、猿だけに一匹猿でございました 名前を“力也”と申しまして、滅法力も強く乱暴者だったので故郷を追い出されてしまったのでした 「あれ? やだ、驚いたべな~ おまえは猿ではねーか?」 「そうだよ おいらはサルと呼ばれているようだが、そんじょそこらの猿とは訳がちがうぞ」 「どこがそこらへんの猿とはちがうのだかね?」 「ほら、こうして人の言葉も話せるし、人の畑を荒らす猪だって追っ払う事もできるのさ どうしてってか? オイラは子供の頃は人に飼われていてお猿の学校にも通っていたんだ でもある日突然飼い主と喧嘩して山に飛び出したんだよ」 「へ~ なんか昔聞いたことがある歌のストーリーみたいだな? おめえの名はなんというだ? 力也? そうか、今日から鯛にしたらよくねーか?」 「ばあさん、何言ってるかわかんないぜ 兎に角今日からしばらく厄介になるから宜しくたのむぜ」 「まぁ お前一匹くらいなら面倒見てやってもいいけど・・・ あん? ここに落ちてる柿はお前がやったのか?」 「ああそうだよ ばあさんが大事に育てている大根を猪親子が食おうとしていたから、おいらがその渋柿を投げて追っ払ってやったのさ」 「だめだよ~ 渋柿だって焼酎に漬ければ甘くなるんだから~ そんなときは石か棒でも使いなさい! 食い物を粗末にしちゃなんねぇぞ!」 こうして猿の力也とばあさんの奇妙な同居生活が始まりました 若くて力の強い力也は老婆に代わって重い荷物を運んだり、薪を割って風呂を沸かしたりと、それはそれは仲良く暮らしてておりました そんなある日の事でした ばあさんの家の近くに住んでいる一之助というじさまがやってきて、ばあさんの生活環境をあれこれと心配しておりました しかし一之助じいさんは老婆の家の薪も畑もなにもかも整っていたので不思議に思い 「タキさんや、最近畑も家の回りも随分きれいだのう あんまり無理せんとワシを頼ってくれていいんじゃよ」 と優しく諭すと 「一之助さん、いつもすまないねェ でもこの前からうちに住み込みでお手伝いの猿がきたんですよ おかげで助かっています」 それを聞いた一之助じいさんは少し寂しそうな表情で帰っていきました その様子を柿の木の枝に座って見ていた力也はすぐにピーンときたのであった 「そうか! あの一之助さんはばあさんの事を好きなんだな? よし、ここは賢いオレ様がなんとかしてやるべ」 こうして力也は一之助じいさんの家に向かいました 「え~ごめんくださいやし 一之助さんはご在宅でしょうか?」 一之助は外から声が聞こえるので何かと思って出てみたところ、そこには猿が立っていたので驚いた 「なんだ、お猿さんかね? ひょっとしてお前さんはあのタキさんのところに住み込みで働いているという猿かね?」 「はい、あのばあさんにはいつもよくしてもらって感謝しています」 「それで今日は何の用かの?」 力也は台所から失敬してきたばあさんが作った煮物を出して 「これ、うちのばあさんが是非一之輔さんに食べてほしいからと頼まれてまいりやした」 「お~お~ それはそれはわざわざ有り難う御座います タキさんの煮物はとてもおいしいからワシは大好きなんじゃよ」 喜ぶ一之助じいさんの顔をにやにや見つめてなかなか帰ろうとしない力也に 「まだ他になにかあるのかね?」 力也はモジモジしながら 「一之助さんからうちの婆さんに何か言付けはございませんでしょうか?」 「言付け? いまさっき会ったばかりじゃからのう・・・ あっ! そうだ 今朝竹林から採ってきたばかりの筍があったな すまんがこれをタキさんに届けておくれ」 「筍ですかい? これじゃばあさんに一之助さんの気持ちが伝わらないんじゃないですかね?」 「ワシの気持ちを伝えるとはどういう意味かね?」 「だからさぁ えぇいじれったいなあもう もっと素直になって一之助さんの思いを手紙に書いて、ストレートにアタックしちゃいなよ」 「手紙になんと書くんだね?」 「たとえばさぁ あなたの煮物を毎日食べたいとか 君は私の大切な人ですとかなんとかあるでしょ!」 「そんなことは今更言わなくてもお互いがよく知っていることじゃよ ワシとタキさんはいとこ同士だからね」 そんなこんなで力也の早とちりから月日が流れて・・・ タキばあさんは秋の日差しを眺めながらなにやらため息をついております 「ばあさん そんなしけた面して何か悩み事でもあるのかい? よかったらオイラが話を聞こうってぇ~もんじゃないか」 「あら力也かい? しけた面でわるかったね! ・・・なんで秋の景色って人の心に寂しく映るのかねぇ わたしは子供もいなけりゃ孫もいないだろう? だから人様のお孫さんをみていると寂しさが込み上げてくるんだよ」 「なぁんだ、そんなことを気にしていたのかい だったら今からでも遅くないから適当に相手を見つけて子供も孫もわんさか作っちゃえばいいじゃないか」 「ばかいってるよ! 猿や猪じゃぁあるまいし、人間は年をとってから出来ることと出来ない事があるんだよ!」 「そうなのかい? 人間ってやつは出来そうで出来ない事がありすぎだよなぁ・・・ よし! オイラに任せとき」 そうして力也は最初に孤児になっていた瓜坊を連れてきた ばあさんはとても可愛く思って毎日々瓜坊と遊んでいたので、もっとたくさんの子供を拾ってきてやればさらに喜ぶだろうと、迷子の子猫に子犬 親からはぐれたからすと雀の子なんかを片っ端から拾ってきたのでした ばあさんは可愛いやら忙しいやらのてんてこ舞いの日々でしたが、ある問題が起こってしまいました それは大勢の子供達が食べるご飯の種類が全部違うので、おばあさんの財布が空っぽになってしまったのです そこで一計を案じた力也は当家の屋根裏に居候しているタヌ吉のとこに行き 「なあタヌ吉よ ちょいと頼みがあるんだが聞いちゃくれまいか?」 「なんだ 力也か? 金ならないよ!」 「居候の身分のお前が金を持っていない事くらい百も承知してるよ」 「じゃあ俺に何の用なんだ?」 「おまえさん、この前、婆さんの誕生日会の宴会ネタで木の葉っぱを使っていろんな物を出したよなぁ? それでなんだが・・・ あの葉っぱ芸で小判なんかを出してみちゃくれないかい?」
タヌ吉は居候の身分ですから力也の頼みを無下に断るわけにもいかず、結局引き受ける事となりました 翌日、力也は早速タヌ吉が葉っぱを使って変身した小判をもって市街地にある高級食品店の紀伊国屋商店にまいりますてぇと、高級食材ばかりを持ちきれないほど買い込んで、支払いは例のタヌ吉小判で払って帰り、一方でタヌ吉はというと、店が閉まって誰もいなくなったところを見計らって葉っぱを残してドロンいたしました 当然の事ながら翌日売り上げを計算したところ一両足りません 番頭さんは気の毒にも大旦那にこっぴどく叱られて給金から弁償されられる羽目となりました また何日かたったある日の朝、また一両が足りません 前回と共通していることは、あの猿が買い物に来た翌日に一両不足していた事と、そのときに木の葉っぱが帳場に落ちていた事でした 番頭さんもそんなに何回も猿に騙されて給金から弁償させられたらたまりませんから、或る方法を使って不正の証拠をみつけようといたします これは猿と人間の知恵比べのようなものですな また何日か過ぎて、例によって力也は意気揚々と紀伊国屋に買い物にやってまいりました 番頭さんはその猿の買い物の様子を注意してみておりましたが特に変った様子もないまま、猿は支払いを済ませて帰ってしまいました 納得がいかない番頭は今猿が支払った小判を持って帳場の横にある火鉢で炙ってみると、なにやらぶるぶる悶えております そこで今度はキセルの火をポンと小判の上に落としてみたら 「アッチッチ~ アチ~!!」 と狸が現れました 番頭さんは驚いて一瞬腰を抜かしてしまいましたが、気を取り直し小判に化けていた狸を捕まえて猿と共に奉行所に突き出したのです
「大岡越前ノ守様の御出座~」 御白州には被告側にタヌ吉に力也とばあさんが並び 原告側には紀伊国屋の大旦那と番頭が並んでおります 「これより吟味にはいる 一同のもの面をあげよ! 調書によるとこれなるタキの家で住み込み奉公をしている力也という名の猿が、狸のタヌ吉をそそのかして木の葉っぱを小判と見せかけ、紀伊国屋商店から高級食材を騙し取ったとあるが、相違ないか?」 「はい 相違ございません」 「反省しているか?」 「反省しております」 「本当にか? 反省だけなら猿でもできると申すぞ」 「いいいいえ! 誓って反省しております 御奉行様、どうかお許し下さい」 「うんそうか? 話は変るが力也とやら、随分長い間 これなるタキという老婆の面倒を見てきたようじゃな 今時実の親子でもお前ほどの孝行者はいないぞ」 「はは~ 勿体ないお言葉です」 「そこでじゃ そのほうを親孝行の鑑として今回の一件は不起訴処分といたす うん? そうかそうか うれしいか? いやそれだけではないぞ そこの紀伊国屋! そのほうの損害金は幾らだ?」 「はい 三両にございます」 「三両か・・・? 実物を見なければ判らないからこれへ出せ 何? なんで出さなきゃならないかって? そのほうが市街地の一等地に店を出せているのは誰のおかげじゃ? ん? そうであろう 奉行が許可しなければその方たちは商売出来なくなるであろう つべこべ抜かさず早うこれに出せ」 紀伊国屋の大旦那はしぶしぶ三両を奉行の前に差し出しました 「紀伊国屋 何か不満でもあるのか?」 「いいえ不満なんて滅相もございません」 「だよなぁ・・・ 紀伊国屋 昨夜はどこで飲んでいた? ほうほう銀座の一流クラブで飲んでいたのか? 流石は紀伊国屋だのう 奉行なんてせいぜいガード下の焼き鳥屋でしか飲めないのにいい御身分だよなあ~ あっ! いや他意はない 他意はないぞ・・・ ところで紀伊国屋 お前にとってこの三両とはどの程度の値かのう? なに? 銀座のオネーチャンに渡すチップ程度だと? では仮にだ この奉行にチップを渡すとしたら幾らくらいかな? ん? いやいやそんなにはいらない ここにある三両で結構じゃ おう? そうか、それでいいか? よしそれで結構 では力也とやら、待たせたのう これなる三両だが、長年に渡るそのほうの孝行に対する褒美として取らせよう」 「イエェ~! 御奉行様、そんな金は受け取れないです」 「ではタキとやら おまえさんが力也の代わりに受け取ってくれるか?」 「御奉行様 ワシもそげな大金を受け取ることはできねえっす 孝行猿の力也にやってくだせえ」 「困ったの~ では二人で折半するというのはどうだ? いや、それもダメか 一両足りないし、今日は持ち合わせもないしな・・・」 紀伊国屋はもう一両出せと言われないかびくびくしておりますと 「よし、そうじゃ 三方二両損といたそう」 「三方二両損ですって?」 一同の者は期待が外れて素っ頓狂な声をあげた 「この三両は奉行が紀伊国屋から受け取ったチップで、力也とタキは最初に受け取っていればそれも三両 三人で分ければ一人一両となって三方二両損である」
お後がよろしいようで・・・