FLASH:03 「潜行・閃光・先攻」(45)
かなりの不定期ですみません…。
「人を殴ったことは?」
「ありません」
電話越しに聞こえるその声に、僕は心を見透かされているようだった。
あれは、アルゼという名の少女と出会ってから、1日と経たない間のことだ。ライフコーポレーションとかいう会社の医務室のベッドで目を覚ましてから間もなく、彼女と、その彼女の叔父から電話を渡された。
電話の向こうに居るのは、彼女の兄、夏海エヌアル…。直接的に会ったことはない。これが最初で、今現在で最後の彼との接触だ。
彼は質問ばかりを投げ掛けた。
「人を殺したいと思ったことは?」
「…、あります…」
「何故…?」
言葉が詰まった。
そう言われると、数々の苦しい過去がフラッシュバックした。
苦痛しか思い出せない過去ばかりが脳裏に浮ぶ。
「…合格…。君には…、世の中を破壊する資格がある…」
こうして、彼に認められた。
続けて、アンチヒューマンズの存在、夏海エヌアル、アルゼの父親がアンチヒューマンズに利用され殺害されたこと、ファンタジスタスーツについてを知らされた。
僕はゼファーナ春日の偽名と…、ファンタジスタスーツのシュガーレスを与えられ、アンチヒューマンズと敵対する人生を生きることに決めた。
このあと、同志の秋羽隼、冬風カタナと出会い…、徐々にファンタジスタスーツのシュガーレスが身体に馴染んで行く。
しばらくして、初めて、ファンタジスタスーツを悪用する人間と戦うことになった。
このとき、生まれて初めて、人を拳で殴った。血も体温もある人間を。
気持ち悪かった。
気分が悪かった。
嫌な気持ちだった。
自分をイジメ続けた者達は、こんな気持ちにならなかったのか…。
こう思うと、憎しみが沸く。暴力を働く人間達に。
だから、僕も奴らに痛みを与えると誓った。
戦うことを選んだ。
いつの間にか、人を殴ることに抵抗なくなった。
………………
ゼファーナ春日は矛盾している。彼本人も気づいてはいる。
だが、今は関係ない。
ファンタジスタスーツを悪用するアンサーズを目の前にしているのだから。
午前0時に開始されたアンサーズの隠れ家に侵入した、地獄同盟会のゼファーナ春日、冬風カタナは構える。敵のアジト。なにが出るかはわからない。
瓦礫ばかりの室内を見渡すシュガーレス・ゼファーナ、サムライロジックのカタナ。
0の刻とはいえ、あまりにも静かだ。遠くからの犬の鳴き声すら聞き取れる。
ここには敵が居ないのか…?
「すっ…」
ゼファーナは仮面の下で、一呼吸。
(待ち伏せ…)
ゼファーナは気付いていた。瓦礫の影や、壁の向こう、隅っこや角、ポッカリと開いた天井の穴などに、簡易型ファンタジスタスーツのアンサーズの人間が数名潜んでいる。肌に刺さる敵の視線がシュガーレスのスーツからの皮膚に感じるのと、マスクが拾う相手のかすかな呼吸音がゼファーナにそれを伝える。
当然、冬風カタナも気付いている。彼の場合は、ファンタジスタスーツではなく、歴戦の勘からだが。
影に隠れた敵に睨まれているのだから、下手に動けば囲まれる。いくら、相手のファンタジスタスーツの性能が低くとも、大勢を相手にするのは賢くない。
だから…。
「カタナさん…」
ゼファーナは、スーツの腰に下げている水筒ぐらいのサイズのポシェットに手掛けた。
「なんだ?」
カタナは木刀で肩を叩いた。
「ちょっと、眩しいですよ…」
ゼファーナはポシェットから、筒のような物を取り出し床に投げ付けた。
カッ!!
「ぐわっ!」
「なっ!」
「ひっ!」
床に激突した瞬間、筒が破裂。激しい閃光が飛んだ。
科学的な化合の反応からなる光は、真っ暗闇の廃墟を照らし、瓦礫に隠れた敵を炙り出す。さらには、こちらを睨んでいた相手の肉眼から一時的な視力を奪った。
「名付けて、シュガーレス・ストーン・フラッシュ…」
ゼファーナのシュガーレスの仮面の眼光部は、強烈な光が肉眼に届くのを遮断した。そして、さっきの閃光で見えた敵の姿に向けて走り出す。
「うぉっ!まぶしっ!!」
カタナはこの武器について、なにも聞いていなかったので、敵と一緒にフラッシュを食らって怯んだ。
ゼファーナは瓦礫で怯んでいる簡易型を纏うアンサーズのメンバー2人、見つけた。
「オラァ!!」
迷わずに、ゼファーナはシュガーレスの力で拳を振り、彼らの意識を奪った。
(容赦なんかするものか…、容赦したら…、こいつらは…)
自分にそう言い聞かせ、三人沈め、次に瓦礫に潜むメンバーの方に向かう。閃光が効いている間に、敵の数を減らさねばならない。
シュガーレスのマスクの底の眼光を黒く染め、ゼファーナは拳を握る。
この廃墟から少し離れた場所に、一台のワゴン車がエンジンを掛けたまま、待機している。ワゴン車のフロントや、リアガラスには『アンサーズ』のロゴマーク。そして、大きなアンテナが。
車内には酒を片手に握る谷田部と、数人の取り巻きと姿があった。
「アジトに残った使い走りは、どうでもいい…」
口からこぼれる酒を拭いながら、谷田部は隣に座る女性の膝を撫でた。
彼は取り巻き達と車内にある大きなスクリーンを見つめている。分割したスクリーンには簡易型ファンタジスタスーツ数名と戦うシュガーレス・ゼファーナの姿が映し出される。明らかに今現在の廃墟のアジト内での映像だ。
あの廃墟には、数ヶ所、隠しカメラが張り巡らされている。そして、その隠しカメラからの映像を、ワゴン車のアンテナから受信し、谷田部らはこのワゴン車で観戦している。
谷田部は要らない部下達だけを戦わせ、自分は高見の見物をしていた。
「ふはは…、今戦ってんのは、噂の黒いスーツか…。なかなか激しいじゃないの…?」
各暗視カメラからの分割でスクリーンに映るシュガーレスの動きを、映画でも見ているかのような感覚で楽しむ谷田部…。
だが…、取り巻きの一人が違和感を感じた。
「あの…、谷田部さん…」
「あん?」
スクリーンでは、さっきの閃光から視力を取り戻し、シュガーレスと戦っている部下達の姿が映る。簡易型ファンタジスタスーツの部下達が、シュガーレスに向かっては殴られ、蹴り飛ばされる。
「あの木刀を持った般若の仮面の姿が見えないんですが…?」
谷田部が、酒ビンを口に持って行くのを止めた。取り巻きに言われた通りに、谷田部は眼光を鋭くして、分割したスクリーンの映像を細かく見つめた。
さらには、取り巻きが言う。
「あの黒い仮面が潰した分を差し引いても…、明らかに人数減ってますよ…」
分割スクリーンに映るのは、廃墟に居る部下達が閃光から視力を取り戻し、シュガーレスと戦う映像ばかりだ。
だが、分割して室内を映し出しているスクリーンのどれか一つにも、カタナの姿が映っていない。潜入したところまでは、スクリーンに映っていたのに…。
すると…。
分割スクリーンの一つに、鬼の顔がアップで映った。
谷田部、取り巻き達の背中に悪寒が走った。
ブッ!
それを最後にスクリーンすべての映像が砂嵐に変わった。
「バカな!」
谷田部は驚いた。握っていた酒のビンを握り潰すほど。
なんと、廃墟に隠されたカメラすべてが破壊された。映像が受信されなくなったのだ。
しかも、あらゆる場所に張り巡らされたはずの隠しカメラすべてが、数秒足らずの時間差もなく同時に破壊された。隠し場所すべてが敵にバレたならまだしも、各場所に隠されたカメラすべてを同時に潰すのは、あり得ない。
中継先であった廃墟で、カタナがアンサーズメンバーの一人の首根っこを掴んでいた。カタナの身体中の皮膚は裂けていた。
そして、まるで空き缶をポイ捨てするかの要領で、メンバーの一人を廃墟の瓦礫に投げ付けた。
「盗撮なんて趣味が悪い…。覗きとセクハラは堂々とやるもんだぜ…」
カタナは知っていた。隠しカメラの存在を。
だから、すべて破壊した。人間の眼では捉えることの出来ないくらいの超高速で動く謎の能力『神速愛』で。
超高速で動く力『神速愛』の能力で、カタナはカメラとアンサーズのメンバーを沈黙させた。敵は気付かない間に、気を失った。
だが、『神速愛』は超高速に動くゆえの空気抵抗などによる負担で、カタナの肉体にすざましい負担を残すため、彼の身体にはダメージが残る。
しかし、彼が被っているファンタジスタスーツの般若の仮面、サムライロジックは肉体を再生させる能力があり、それが裂けた皮膚を修復させる。
超高速と、超回復。
この2つが冬風カタナの能力。
カタナは周囲を見渡すと、かなりの人数が倒れていた。シュガーレス・ゼファーナと、自分が倒した敵の姿だ。
「役割が終わったし…、あとは任せた…、ゼファーナ春日…」
カタナは、残ったメンバーをゼファーナに任せ、そのまま座り込んだ。
「バカな!バカな!」
ワゴン車のシートが壊れるほどに何度も何度も殴り、谷田部が取り乱す。取り巻き達は、そんな彼に怯み距離を話す。
不可解だった。隠しカメラを潜ませていたのがバレ、破壊されたのが。
何故、カタナは隠しカメラの存在に気付き、すべてを破壊出来たのか。普通なら隠しカメラがあること自体に、気付かない。
「バカな!バカな!何故、奴らに隠しカメラがあるのを解った!!何故、一瞬で破壊…」
すると、スクリーン用のスピーカーから、ガガッ!と粗いノイズが走った。
『バカ、バカ、うるさいぞ…、バカが…』
谷田部は取り乱すどころか、戦慄に身体が支配された。
スピーカーから聞こえるのは、夏海アルゼの声…。
地獄同盟会…。
その名の通りに、アンサーズに地獄を見せた…。
一人以外…。
秋羽隼は、午後1時まで営業している健康ランドの温泉に居た…。本来の役割を忘れ、気持ちよさそうに温泉に浸かり、すやすやと眠る。
脱衣場近くのコインランドリーには、吐寫物を洗い流したファンタジスタスーツ、ポニーポニックが乾燥機の中で転がる…。
そして、あの居酒屋では轟が、これは間に合わねぇな…、と思いながら、酔いつぶれ吐き散らす鈴木刑事の介抱をしていた。