Flash:02 「地獄の4人」(44)
登場人物:・夏海アルゼ…地獄同盟会のリーダー的な冷徹少女 ・秋羽隼…地獄同盟会メンバーの元ヤンキー ・冬風カタナ…地獄同盟会メンバーの謎の多い古風な男 ・ゼファーナ春日…地獄同盟会メンバーの本編の主人公 ・鈴木正…アンチヒューマンズを追う新米刑事。
「本当なんですよ!本当に、黒い仮面のファンタジスタスーツに助けられたんですよ!」
「わかった…、わかった…。安静にしろ…」
早朝、病院のベッドに横たわりながら、右腕にギブスを巻いた鈴木刑事が叫ぶ。相変わらず、煙たそうに鈴木刑事の相手をする山田刑事。
先日の事件は、この鈴木刑事の怪我と、コンビニ近くの現場に残る男の血痕から、現場検証を行っていた。
そして、鈴木刑事の証言から、あの二人のファンタジスタスーツが戦ったことから敵対する関係あることと、ファンタジスタスーツはマスクを脱がされると常人に戻ることがわかった。
だが、鈴木刑事は、あの黒い仮面が『シュガーレス』と名乗ったことについては話さなかった。たぶん、誰も信じないと思うし、自分でも信じられないことだったから。
ふと、鈴木刑事の頭に、財布を落とした眼鏡の少年が思い出された。
(あの少年、やけに冷静に逃げたな…)
財布は見つかったのだろうかと、鈴木刑事は思いながら、病院の枕に頭を落として目をつぶる。
山田刑事が、なにかを思い出したようにして口を開いた。
「そういや、預かったお前の携帯にメールが一件あったぞ。さようなら、と書かれていたが…」
「勝手に見ないでくださ…、って、ウソ!!!」
ベッドから起き上がって、鈴木刑事は彼女と別れた現実にショックを受けた。
「谷田部さんの言うとおりでしたね…。あれから、奴からの連絡はありません…」
ファンタジスタスーツを手に入れた谷田部率いる暴力集団、『アンサーズ』のアジトの廃ビル。そこに、高級ソファーにもたれ、酒を食らう谷田部の元に、部下が一人居た。
谷田部はタバコを吸いながら、話し始めた。
「ファンタジスタスーツの取り引き相手から、聞いてたからな…、『地獄同盟会』の存在を…。だから、まずは一人だけ捨てゴマにして正解だった…」
「『地獄同盟会』?」
聞いたことのない名前に、部下は目をパチクリさせた。
谷田部は、テーブルにあるウィスキーを手に取る。
「ファンタジスタスーツを悪用する輩を排除する…、正義の集団とこか…。アンチヒューマンズ最大の敵で…、今までだって、黒い噂のあった『一文字クラブ』、ファンタジスタスーツを取り扱う闇商業の『スリーピング』の精鋭刺客を滅ぼした…」
そう言いながら、ぐびぐびと谷田部はウィスキーを飲む。
「しかし、俺たち、アンサーズはどうかな…?」
笑いながら、谷田部は空になったビンを投げ捨てた。
彼を予測していたのだ…。地獄同盟会と言う名の集団が動くことを。
だから、彼はすでに手を打っていた。
「奴らは知らないだろうな…。俺たちが、組織から頼まれ事をされたこと…。その頼まれ事を、すでに果たしたことに…」
谷田部は不敵に笑う。
彼の不気味な笑顔は、砕け散ったガラスの破片に映った。
とある自動車修理工の朝礼。事故や怪我を起こさないようにと工事長が話し終わると…。
「すみません、工事長…。あの秋羽のアホんだらが、まだ来てません…」
オールバックで長身の整備士、轟が手を挙げて、社員の一人が遅刻しているのを告げた。それを聞くと、周囲がまたか…、と泡立ち、工事長が頭を抱える。
「あのワルガキ…」
元ボクサーの工事長が拳をゴキゴキと鳴らしながら、歯を食い縛る。
噂をすると、平然とスキンヘッドの秋羽隼が職場に現れた。
「ちょりっーす」
まだ作業着に着替えてもいないで、ダルそうに挨拶する彼に、工事長が挨拶代わりにパンチを放つ。
しかし、隼は普通に避ける。元ボクサーのパンチを。
「なにすんですか?工事長!今、二日酔いで…」
「うるせぇ!!何回、遅刻した!?てめぇ!?」
「365日を三年間だから…」
「てめえ、遅刻しなかった日がねぇのか!?」
元ボクサーのパンチを、ことごとく、身体全体で避けながら屁理屈をこねる隼を見て、皆が呆れていた。
最初のうちは、その工事長のパンチを受けまくった隼だが、今では、目をつぶっても避けられるくらいになり、しばらくすると、工事長が息切れをして殴るのを諦めるのが定番。
轟は、やれやれ…とため息をついた。
昼下がり。あのゼファーナ春日は自宅のアパートで、チャーハンを作っていた。フライパンを動かし、ご飯を炒めていた。
そして、時折、はぁ…、とため息を吐いた。
財布は見つかったが、中身が綺麗さっぱりなくなっていた。金はもちろん、せっかく貯めたポイントカードや、パン祭りの皿のシールも。
「この世に、仏も神もないのか…」
チャーハンを皿の上にのせると、タイミング良く、テーブルに置いた自分の携帯電話が鳴った。夏海アルゼからの着信だ。
皿をテーブルに置き、携帯を開くと、彼女のメールが一件。先日、自分が捕まえた『アンサーズ』のメンバーの口を、彼女が割ることが出来たらしく、様々な状態がメールに表記されていた。
血に温度があるのか解らないような彼女がどうやって、男の口を割らせたんだろうな…、と思いながら、チャーハンを口に入れると卵の殻がガリッと鳴った。
夕方、とある剣道団体が練習している市内体育館に夏海アルゼの姿があった。館内に入ると、中で剣道の練習をしていた女子高生の多摩雪乃が胴着姿で現れた。
「どっ…、どちら様で…?」
汗を拭きつつ、雪乃は初対面のアルゼの顔をジロジロと凝視した。
アルゼは雪乃のことを知っていたが、なんで、こんなに顔を凝視されるのかが解らなかった。更に、雪乃の背後の戸の隙間から覗き見してる高校生男子達の姿も気になった。隙間から、またカタナの女かよ…、とか、凄い美人だなーとかの声が漏れる。
こんな騒がしいところに奴は住んでるのかと、アルゼは眉をひそめた。
周囲から妙な視線を受けながら、雪乃から館内の業務員室に案内されると、そこを城に暮らしている冬風カタナの姿が現れた。
「よぉ…、どうした…」
業務員室の畳の上で、横になり週刊誌をめくりつつ、甚平姿で腹を掻きながら、カタナはアルゼに挨拶した。
「ちょっと!あんた、きちんと挨拶なさいよ!お客さんなんだから!」
と雪乃に叫ばれ、カタナはめんどくさそうに起き上がった。
すると、アルゼは雪乃の方に首を向け…、
「すまないが、外してくれ…。彼に話がある…」
と冷たく彼女をはらう。
そう言われ、雪乃は、でっ!?と大きく声を漏らした。半泣きになり、アルゼの冷たい威圧感を前に言われるがまま、雪乃は身を離した。
雪乃や周囲が居なくなったのを確認して、アルゼは部屋を閉めきり、あぐら姿のカタナの前で椅子に座った。
話を切り出したのは、アルゼからだ。
「お前、携帯ぐらい買え…。こうしなきゃあ、貴様と連絡が取れない…」
「住所不定だから無理…」
「随分、汗臭い、うるさい場所に住んでるんだな…。あの小娘、いつもあんな感じか?」
「嫌味言いに来たのか…、それとも、俺と寝に…」
なにか余計なことを言いそうな彼に、アルゼはコートのポケットから紙切れ一枚を出して投げ渡す。紙切れには、どこかの場所を示す地図が書かれていた。
「ゼファーナ春日が捕まえた奴の口を割らせた…。例のファンタジスタスーツの取引をした奴らのアジトだ…。頭の名は、『谷田部』って名だ…。調べたら、ろくな経歴がない…」
彼女の言葉を聞きながら、カタナは真剣に地図に見入ったあと、クシャクシャにして自分の口に放り込んだ。
「叩くのは、本日の零時だ…。ゼファーナ春日や、秋羽隼にはすでに連絡した…」
ベッ!と紙を吐くと、カタナは口を開く。
「こいつら、大量にファンタジスタスーツを購入したのに一匹しか出てない…。しかも、簡単に口を割った…。それに、俺達も一応、有名人だぜ…、『この世界』じゃあ…」
カタナがそう言うと、アルゼはクスッと笑った。カタナは、なにかバカにされたみたいで、ムッと顔をしかめた。
「貴様や、ゼファーナ春日は説明が楽でいいが、秋羽のバカに説明するだけで小一時間は掛かる…。奴の場合は、話を聞いただけで動こうとする…」
彼女のこの言葉に、カタナは表情を直した。
「谷田部の経歴を見れば、こいつは知能的な面がある…。仲間の一人を生け贄にして、こっちの出方を詮索してるだろうし、たぶん、自分達のアジトが読まれるのも計算しただろう…」
「だから、アジトは罠だらけ…」
「ああ…」
ダメじゃん…、とカタナはため息を吐いて、背中から畳に倒れた。
「しかし…」
アルゼは不敵に笑みを浮かべる。
「奴らは、こちらの戦力が圧倒的なのを知らない…」
「要するに、ただの力押しで行くのかよ…」
呆れながらもカタナは、また横になって週刊誌を読み始めた。
一方、その頃、業務員室外の道場では、彼女はカタナのなんなのかと、雪乃は不安になって練習に身が入らなかった。周囲のみんなが、また始まったよ…、と嘆く。
そして、夜。午後の九時。
市内駅前の居酒屋に、鈴木刑事の姿があった。カウンター席に座り、並々と注がれた酒のグラスを片手に酔う。腕の怪我のため安静にしろと言われていたが、病院から抜け出し、一人、酒に溺れる。
ギブスが巻かれた右腕は痛むが、彼はそれ以上に、失恋に心を痛めていた。
「ちくしょう!女なんか!!女なんか!」
身のフリをわきまえずに暴れ散らす、鈴木刑事の横に、秋羽隼と轟の姿があった。
「うるせぇな、あの野郎…、しばくか?」
隼は青筋を浮かせて、鈴木刑事を睨み付け、烏龍茶を飲みながら焼き魚をつつく。轟はグラスを揺らし、酒を口に含んだ。
烏龍茶を自分のグラスに注ぐ隼を見て、轟は気付いた。
「お前、今日は呑まないのか?」
「ああ、このあと仕事だ」
そう言いながら、隼は烏龍茶を飲み干す。轟は、この仕事がなんなのかは解っていた。
「だからって、明日は遅刻すんなよ…」
「大丈夫だ。おやっさんとは、親子以上の仲だ」
隼はそう言うと立ち上がって、さっきから暴れる鈴木刑事の元に歩み寄った。鈴木刑事は騒ぎのをやめると、急にカウンターに頭を置いて泣き喚く。
「てめぇ!さっきから、うるせぇんだよ!!周りが迷惑してんだよ!(特に俺が!!)」
見兼ねたらしく、隼が周囲を代表して彼に向かって注意した。すると、効果があったのか鈴木刑事は黙り始めた。
解りゃいいんだよ…、と隼が自分の席に戻ろうと振り返ると…。
「う゛っ!」
急に、鈴木刑事は真っ青な顔をして口を抑え、立ち上がった。
「えっ?」
隼が鈴木刑事の方を振り返った瞬間、悲劇は起きた。
深夜11時45分、零時の15分前。アンサーズのアジト近くのコンビニの裏。そこに隠れるように、夏海アルゼは黒いタキシードのスーツを着て携帯電話を握っていた。彼女は携帯電話を握る手をワナワナ…、と震えさせている。
この時間は、攻撃開始前の集合時間。とっくに、ゼファーナ春日、冬風カタナはスタンバイが出来て、アジト前に潜んでいるというのに、秋羽隼の姿は見えないどころか、なんの連絡もなかった。
「なにをやっているんだ…。あのバカが…」
アンサーズは暴走行為で有名でもあるため、車やバイクでの離脱もあるかもしれない。だから、今回は特に秋羽隼の力が必要だというのに、よりによって、遅刻で連絡なしとは…。
攻撃開始5分前、ゼファーナ春日の携帯から連絡が来た。作戦の最終確認と、秋羽隼が来たか?との電話だ。
「来てない…!貴様らで、零時ちょうどに開始しろ…。いいな…」
ブチッ!と電話を乱暴に切った。
そして、彼女は白い仮面を手にして、この場から去る。
アンサーズ、アジト前の廃ビルに潜むゼファーナ春日、冬風カタナ。二人は攻撃開始まで秒読みなので、仮面を被り、ファンタジスタスーツを始動させる。
ゼファーナ春日は、あの黒いボディスーツに黒い仮面。そして、赤いマフラー。冬風カタナは着物姿に、赤い般若を被っただけであった。
「なんか、メチャクチャ、アルゼ機嫌悪かったんですが…」
携帯を懐にしまいながら、ゼファーナはカタナに話し掛けた。
そう言われ、カタナは廃ビルの窓から覗く満月を見つめた。
「今日は、機嫌の悪い日なんだろ…」
カタナの言葉が理解出来ないゼファーナは、?を頭に浮かべ、腰にかけてある刀を抜いた。
開始まで、10秒前。
二人は廃ビルから身を乗り出し、アジトを駆け足で向かう。
「ゼファーナ春日、シュガーレスは先攻して叩きます!」
「冬風カタナは、サムライロジックで後方で、ハイカラに構える」
二人がアジトに足を踏み入れた瞬間、時計は、ちょうど0を告げた。