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Flash:01 「シュガーレス、浮上」(43)

「信じられませんね…。着るだけで、スーパーマンになれる服なんて…」


 新米の鈴木刑事の恐縮気味な声に、ベテランの山田刑事は、ため息をついた。

 昼下がりの覆面パトカーの中。さっき、ファーストフード店で買ってきたハンバーガーで食事を摂る二人の手に、上層部から渡された資料があった。

 本日から、謎の組織『アンチヒューマンズ』の対策本部に配属された2人は、資料に書かれている現実離れした内容に驚きが隠せなかった。


「ファンタジスタスーツって名前だ、そのスーパーマンになれる夢のスーツは…」


 資料に書かれた兵器の名前を読み上げながら、山田刑事は、押収されたファンタジスタスーツと言われる衣類の写真を見つめる。2人とも、こんな布切れが、人間の肉体を強化するなんて…、と目を疑う。

 いきなり知らされたファンタジスタスーツにざわつく鈴木刑事を煙たがりながらも、山田刑事もアンチヒューマンズと言う組織の非現実さに驚愕していた。だが、ベテランとしての建前、どっしりと座席に構え、口にハンバーガーを入れる。


「今じゃあ、誰彼でも持ってる携帯電話ですら、俺がガキの頃は、SF小説に出てくるような道具だったんだ…。今の時代、こんな非現実な服が出るくらい、当たり前なのかもな」

「さすがー、山田さんー」


 その貫禄ある態度を、純粋に受け取る鈴木刑事は感動し、そんな彼を、ふん…、と山田刑事は鼻で笑った。




 20XX年、日本の都心を中心にした関東地区の裏側を巣食う、謎の兵器組織『アンチヒューマンズ』は、着衣するだけで人体を常識の超えた領域に導くスーツ型兵器を開発した。名は、『ファンタジスタスーツ』。世界すら破壊しかねない、人類史上最も凶悪な兵器だ。

 ファンタジスタスーツの登場は、裏側から世界を狂わせた。銃刀に頼らない、肉体そのものを強力、圧倒的、確実な暴力に変化させた故に、裏世界の均衡は崩壊。より強力な暴力達が、裏世界を支配。

 ファンタジスタスーツは、人々の肉体に暴力を宿すだけではなく、悪意を駆り立てた。その悪意が、徐々に社会のルールを食い潰す。

 アンチヒューマンズ、ファンタジスタスーツによる暴走が、静かに始まった現在社会。それ故に、警察が動くのは必然だった。




「しかし、妙ですね?」


 資料と口元をケチャップで汚しながら、鈴木刑事は疑問の表情を浮かべた。


「なんで、こんな恐ろしい兵器が、裏だけに出回り、表に出ないんでしょうか?というか、なんで、このファンタジスタスーツで世界征服とかしないんでしょうかねー」


 ケチャップだらけの口元といい、的を得ているが、その子どもじみた鈴木刑事の発想に山田刑事は呆れていた。


「なんか、理由があるからだろうが…。その理由が解らないから、こうして、対策本部があってな…」


 呆れた顔をしながら、長々と話をする山田刑事を横に、サイドミラーで自分がケチャップだらけなのに気付いた鈴木刑事は、急いで口元を車内にあったティッシュで拭く。


「まぁ、奴らが世界征服しないのは、邪魔する奴らが居るからじゃねぇか…?仮面ライダーや、ゴレンジャーみたいな…、ハハハ!」


 山田刑事は笑いながら、ハンバーガーを食べ終えた。





 深夜、都内某所にある陸橋の下。そこは金髪や茶髪に髪の毛を染めた集団の溜まり場であり、そこでは、派手な飾りや塗装した車、バイクが数台、エンジンを騒がせていた。

 彼らは、この地では有名な暴力集団。犯罪を何度も起こしては繰り返し、麻薬にも手を染め、裏の人間達の息もかかっている。

 しかし、今日の集まりは、いつもとは違っていた。

 リーダー格の谷田部という長身の長髪の男は、集団の中心に立ち、タバコに火を着ける。


「例の『ブツ』が手に入った…」


 一言、谷田部は皆に告げる。

 この言葉に、メンバー達は揺れた。

 1人のメンバーが手を震わせながら、谷田部に声を掛ける…。


「谷田部さん、もしかして…、噂に聞いてた…、あの…」


 これに対し、谷田部はタバコをくわえ、妙な笑みを口元に浮かべる。

 そして、右の親指を立て、後ろに停車させている黒いワゴンを指し、皆の視線を集めた。


「ああ、車に積んである…。あのファンタジスタスーツがな…!」


 この谷田部の声に、皆、爆発したかのように、狂気が入り交じる歓喜の叫びを上げる。

 誰もが、ワゴン車に我先にと突進して行く。ガラスをむしり壊し、ドアを開けずに殴り壊す。

 狂ったかのように、ワゴン車に群がる集団を脇目に谷田部は邪悪な笑みを浮かべる。


「これで…、俺達は…。ヒャハハハ!!」


 谷田部は、月に向けて、タバコを吐き捨て笑った。




「ありゃっ…、ありゃっ…、やばっ…!なんで…」


 深夜のコンビニで、ゼファーナ春日かすが少年は焦る。レジの前に、弁当とお茶を置いたまでは良かったが、ポケットに肝心の財布が入っていなかった。

 店員の冷たい眼差しを受け、後ろに並んでいる若い男から、早くしろよ、と檄を飛ばされた。

 ゼファーナ春日は、ハハハ…、と笑ってごまかしながら、ポケットを探るが財布はなかった。

 弁当をあきらめ、ゼファーナはコンビニから出て、歩いてきた道を戻る。


「おかしいな…、出るときに財布は持ってたんだが…」


 ズレた眼鏡を直しながら、ゼファーナは財布を最後に見た時まで記憶を辿るが、どうにも財布は見つからない。長めのクセっ毛の髪の毛を触りながら、財布を探す。

 まいったな…、と財布の中にあるキャッシュカードや、スーパー、薬局などのポイントカードのことについて頭を悩ませた。





バコンッ!


 それは、嘘みたいな力だった。

 リーダーの谷田部が手に入れた服を試しに着たメンバーの一人が、車のバンパーを素手で殴った瞬間、大きな衝撃が生まれた。まるで、宇宙から隕石が落下したように凹みがバンパーに残る。

 ファンタジスタスーツという名の服が、メンバーの一人の肉体に力を与えた。そんな彼の手は震えた。周囲に居る仲間達も、その力に驚き、声を上げる。

 灰色の全身タイツとマスクを着たことにより、身体中の血液はほとばしり、神経は鋭く研ぎ澄まされ、骨や筋肉、脳にはビキビキと電気のような刺激が走り、驚異的な力を漲らせる。

 これが、ファンタジスタスーツから生まれる暴力。

 そして、アンチヒューマンズは、これを生み出した。


「うぉぉおおおお!!!」


 ファンタジスタスーツを纏いながら、男は叫んだ。

 そんな彼を見つめて、谷田部はタバコを一本、口に与える。


「暴れてこい…。とりあえずは、お前、一人でな…」


 一つの強力な暴力が、その言葉により放たれた。




 ファンタジスタスーツの暴力が奔り出した都内近郊の駅前。さすがに、深夜だけあって、酔っ払いの姿はあるものの、ひっそりと静かだ。

 そんな場所にある深夜も営業しているレストラン。コーヒーや、アロマが香る店内の一室のテーブル。そこでは、妙な空気が流れていた。


「ああ…、情報があった…。バカ方面で有名なバカ共が、バカなやり方で、ファンタジスタスーツのバカな取り引きをしたんだろ…。まったく、馬鹿馬鹿しい…」


 切れ長で澄んだグリーンの瞳を閉じながら、夏海アルゼは椅子に深くミルクティーを飲む。

 同じ席に座る秋羽隼、冬風カタナの二人は、その端麗な容姿に似合うのか、似合わないのか解らない彼女のキツい言い草に耳を傾けた。スキンヘッド頭の秋羽隼は口をピクつかせ、妙な着物姿の冬風カタナは皿にあるステーキに舌鼓を打つ。


「バカとゴキブリの動きは解らないが…、ファンタジスタスーツはすべて排除する…」


 ミルクティーを置いて、アルゼは瞳を大きく開く。

 秋羽隼はケッ!と口を歪ませ、テーブルに脚を置き腕を組む。食事中に脚を置くな、マナー違反だ!と、口にステーキを含みながら、冬風カタナは彼を注意した。




 ファンタジスタスーツを纏った暴力集団の一人は、その力を試すかのように、陸橋から街中へ。街中を駆け巡る。

 車やバイクのような力が、自分の脚から生まれ、ごちゃごちゃした建物の間を駆けていることに、男は感動した。

 駆けながら、たまたま、道にあったゴミ箱を素手で殴り壊す。花火のように、生ゴミが散る。


「最高だぜ!最高!」


 この着るだけで超人になれるファンタジスタスーツに、男は興奮と感動を味わう。

 しかし、男は一つだけ、気になった…。


(何故、谷田部さんは、俺だけ…)


 ファンタジスタスーツを大量に手に入れたなら、何故、みんなで派手にやらずに、俺にだけ…。そんな疑問も生まれたが、ゴミ箱を破壊した爽快感に掻き消された。

 男は拳を握り締め、わなわな…、と体を震わせる。


(この力で、人を殴ったら…)


 ファンタジスタスーツに刺激される肉体が、男の狂気を目覚めさせた。





 光るネオン街の下に、携帯電話を握る鈴木刑事の姿があった。


「ごめん!今日は、仕事でさ…」


 今日は会う約束があったが仕事で無理になり、電話の向こうに居る彼女に謝っていた。尻に敷かれてるらしく、ヘコヘコと謝っていたら電話をブチ切られた。

 はぁー、と鈴木刑事はため息を吐く…。


「こりゃあ…、バッグでも買わんと、許してくれんな…。始末書より、彼女の方が怖いよ…、まったく…」


 携帯電話を懐にしまい、とぼとぼと歩く。

 とりあえずは夜食を買おうと、近くのコンビニに入ろうとしたときに、道端でなにかを探している少年の姿があった。財布をなくし焦るゼファーナ春日だ。

 鈴木刑事は、彼の元に近寄る。


「少年!こんな夜中になにしてる!」


 その声に、ゼファーナは驚いた。


「あっ、いや財布なくしちゃって…」

「なに?どんな財布?」


 真面目そうな容姿だから、彼は不良ではないなと思い、鈴木刑事は一緒になって財布を探すことにした。

 ゼファーナは、軽く頭を下げた。


「すみません…」

「見つからなかったら、交番に行ったか盗まれたかもな…」


 その鈴木刑事の言葉に、ゼファーナは財布にある菓子パンの皿プレゼントのキャンペーンのために貯めたシールが…、と不安になった。

 しばらく、財布を探していると…。


ドサッ…、ドサッ…。


 なにか、二人とは別方向から妙な足音が聞こえた。

 鈴木刑事と、ゼファーナは財布を探す手を止めて、足音の方に首を向ける。


「また見つけた…、いい具合に殴りやすそうなのが…」


 二人の目の前に、手を真っ赤に染めたあの灰色のファンタジスタスーツの男が現れた。


「!?」


 鈴木刑事は、目を疑い立ち上がる。昼間に見た資料にあった、あの肉体を強化する衣類型兵器…。あのアンチヒューマンズが作ったファンタジスタスーツだと。

 鈴木刑事は腰にある拳銃を手に取り構え、ゼファーナ春日は立ち上がった。


(簡易型…!アルゼから聞いた情報通り…。財布落としたのは、予想外だったが…)


 特に驚く様子を見せないゼファーナは、冷静に現れたファンタジスタスーツを見極める。奴の手が赤くなっているのは、途中、被害を出したということだと…。

 ファンタジスタスーツに銃を向けながら、鈴木刑事は叫ぶ。


「少年!早く逃げ…」


 言われる迄もなく、ゼファーナは、すぐ様に走り出し、この場から逃げた。あまりの対応の早さと、取り乱した様子もなく走り出す彼に鈴木刑事は、えっ!?と驚いた。

 しかし、その間に、ファンタジスタスーツの力に酔いしれる男は、鈴木刑事に向かう。

 来るな!と鈴木刑事は叫ぶが、安全弁が外れていない拳銃は弾を放てなかった


「あれ!?なんで!」


 鈴木刑事は安全装置を解除していないのに気付かずに、迫り来るファンタジスタスーツの男に恐怖する。


「間抜けな刑事が!」


 男は拳銃を握る刑事の腕を蹴った。

 バキボキ!と鈴木刑事の腕が複雑に折れ、拳銃が宙に舞う。割れた骨が皮膚を突き破っていた。

 鈴木刑事は絶望と恐怖の叫びを上げた。


「これが、ファンタジスタスーツ…!」

「ひゃはははは!グっチャグッチャにしてやる!」


 男は片腕を振り上げ、鈴木刑事の顔に狙い定めた。

 すると、目をつぶる鈴木刑事の顔に生ぬるい液体が飛び散った。


「えっ?」


 ファンタジスタスーツを手に入れた男は、振り上げた右手から生ぬるいなにが吹き出しているのに気付いた。

 目を向けると、右手に刃渡りの短い刀が突き刺さっていた。吹き出している生ぬるいなにかは、裂けたファンタジスタスーツと皮膚から飛び出す自分の血だった。


「うわああああ!!」


 男は気付いたときには、遅かった。

 自分の背後に、誰か居る。

 急いで、振り向くと、いつの間にか背後には黒い仮面と黒いスーツを身に付けた赤いマフラーの男が立っていた。間違いなく、男に奇襲をしたのは彼だ。

 これには、男だけでなく、鈴木刑事も驚く。


「誰だ!?」


 黒い仮面の男は、無言だった。

 だが、構いもせずに、男は鈴木刑事が落とした銃を左の手で拾い上げ、安全弁を外して、黒い仮面に向けた。

 しかし、動じることなく、黒い仮面は、引き金を引こうとする手を蹴り上げる。


「ぐぉっ!」


 また拳銃が宙に舞い、地面に転がる。

 明らかに、この男のファンタジスタスーツより速く強烈な蹴りだった。

 このことから、男や鈴木刑事は、黒い仮面の姿に気づいた。


「まさか!てめえも、ファンタジスタスーツ…」


 黒い仮面は蹴り上げた足を元に戻した。


「そんなことより、急所を外してやったんだから…、感謝してもらいたい…」


 神経を逆撫でる黒い仮面の言葉に、男はキレた。

 同時に、鈴木刑事は仮面の男の声にハッ!と反応した。仮面の声は若い男の声だが、聞き覚えがあった。


「ふざけやがって!!」


 右肩に突き刺さる刀を抜いて、男は黒い仮面に刃先を向ける。

 しかし、あくまで、冷静に無機質に仮面は動く。

 まずは、男が縦に突っ込んでくるのを横に避けた。

 そして、次はすれ違い様に、男の顔を手を走らせ、簡単にマスクを剥ぎ取った。


「えっ!?」


 マスクが剥がれると、男の身体から急にさっきまで溢れていた力がなくなり、刀の突き刺さった右手に強烈な痛みが走り始めた。

 ただの人間に戻ってしまったのだ。


「ぐわああああああ!!!」


 右手の痛みに、男が怯んだ瞬間、黒い仮面は男の首の付け根を軽く殴った。

 バタン!と男は気を失い、握っていた刃物と共に地面に落ちた。


「なんだ…、こいつは…」


 痛みの麻痺した腕を抱えながら、鈴木刑事は黒い仮面に怯えた。あの一連の手慣れた動作と冷静さ、明らかに人間技ではない力と速さ。

 黒い仮面は血に染まった刀を拾い上げ、鈴木刑事に目を向ける。

 そして…。


「今、見たのは忘れろ…」


 黒い仮面は倒れた男を肩に乗せて、この場から、去ろうとしたときに、鈴木刑事はギリギリと歯を食い縛り叫ぶ。


「待て!!貴様は!!なんなんだ、ファンタジスタスーツてのは!!なにが狙いだ!!」


 しかし、黒い仮面は足を止めずに、こう告げる。


「シュガーレス…。シュガーレスだ…、俺の名は…」


 この言葉を残して、黒い仮面は男を抱え、大きくジャンプして建物の屋根に飛び移って行き、姿を消した。

 鈴木刑事は黒い仮面を目で追ったが、麻痺していた腕に痛みが宿り、意識を失った。



 男を抱えながら、シュガーレスと名乗った黒い仮面は、途中、道端でなにかを発見し目を向けた。


「あっ、俺の財布…」


 西陣織りの布の財布が、電柱の影にポツンと落ちていた。

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