生と死の狭間で
「おい君、しっかりしなさい!」
誰かの声が聞こえる。誰だろう、わかんない。
「救急車!早く!」
救急車?そういえば、私の体全然動かない。視界は真っ赤だし。確か、車に撥ねられたんだっけ。
私、死ぬのかな。
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「あれ?」
気が付くと不思議な場所に立っていた。辺り一面真っ白、かと思ったが、後ろには病院で寝ている自分の姿が朧気に写し出されていた。
手を握ったり開いたりと動かしてみる。さっきまでとは違って意識もはっきりしているし、体は自由に動く。
「ひょっとして・・・あの世?」
「違う」
ふと前の方から声がした。若い男性だということは声音からわかるのだが姿は見えない。
「ここはこの世とあの世の狭間だ」
そう言ってスゥーっと姿を現したのは同年代と思われる男性だった。
「・・・・竜斗?」
「え・・・・お前、夏希か?」
見覚えのある顔だ。背丈は随分と変わっているが紛れもなく近所に住む幼馴染である。
「うわー恥っず。知ってる奴にあんな口調で話しちまった」
頭を抱える彼を見てあーこの感じは間違いなく竜斗だわと確信する。
「で、ここどこなの?」
「ん?いや、言っただろ。狭間だって。お前今死にそうなの。わかる?」
「えぇ!?じゃああんたは何でここにいるの?」
「そりゃお前、俺も死にかけだからだよ」
「あー、そっか・・・・」
思わず目を背けた。彼が死にかけているのには少なからず自分も関係しているからだ。
と言っても、短く終わる話だ。
今から三年前、私たちが13才の頃、私は彼を昔よく遊んだ公園に呼び出していた。理由は・・・・まぁあれだ。
私は早めに公園についてそわそわしながら待っていた。そして彼は道中、居眠り運転の車に撥ねられてしまった。
それっきり彼は目を覚まさず寝たきりでずっと病院にいる。今でもたまにお見舞いに行ったりもする。ずっと会わなかったら、彼を好きな気持ちが途切れてしまうような気がするから。
「そういや、悪かったな。行けなくて」
「それは・・・・仕方ないでしょ。あんたは何も悪くないよ」
悪いのは私だ。と当時よくうなされたものだ。しばらくしてようやく治まったこのモヤモヤとした感情を久しぶりに思い出した。
「で、何の用だったんだ?」
「え?」
「いや、だから。俺のこと呼び出したじゃん。何の用だったんだ?」
「えっと・・・それは・・・」
まずい。唐突にそんな展開になられても困る。心の準備ができてない。というかそんな気分じゃない。結構ブラックな状態だから今。待って。お願い。
「どうした?」
「・・・・ここじゃなくて、向こうでちゃんと言うよ。だから、」
これが精一杯。
「お互い、生きて会いましょ!」
「いや、多分生きてる範疇だよ俺ら。別に死んだわけじゃないし」
そうなの!?よくわからないのよここのこと!
「こ、細かいことはいいの!っていうか空気読みなさいよ」
「へいへいすんません」
「・・・あんた変わんないね」
この飄々として力が抜けていく感じは相変わらずだ。
「ん、そうか?」
「そうよ。背なんかは大分伸びてるけど中身は昔のまんま」
「背?あぁ、確かにこんなにお前と差無かったかもな。・・・・俺が事故ってからどれくらいたった?」
「えっと・・・3年かな」
「3年か。じゃあ俺もう16才なんだな」
「今がいつなのか、自分じゃわからないの?」
「わからん。いつも気がついたらここにいて死にかけの人がいるんだ。そんで俺の役割はその死にかけの人を救うこと。今の場合、対象はお前だな」
「救うって・・・どうやって」
「んー、まぁ救うっても結局は自力で戻ってもらうしかないんだけど」
「えぇ?」
「後ろに現実でのお前が映ってるだろ?」
「うん」
そう言って彼は私の後ろを指差した。そこにはさっきと変わらず病室のベッドに横たわる私がいる。やっぱりあれは私自身なんだ。
「そこに向かって進め」
「は?」
「歩こうが走ろうが自由。なんなら歩伏前進でも構わん。俺はただ促すだけ」
「そ、そうなんだ・・・あ、時間制限とかってあるの?」
結構無駄話してるけどそれはいいのだろうか。応急処置なんかも早い方が良いと言うし。
「基本的にはない。とにかく戻れれば生きれる。まぁでも早い方が良いかな」
どっちなんだ・・・。
「竜斗は来ないの?」
「俺はちょっと特殊なんだ。445人救わないと戻れないらしい」
「え、何それ。なんであんただけ・・・」
「それは俺にもわからん。なんかこう神的な奴にそう言われた。ちなみに445ってのは444、死を越えたって意味らしい」
神的な奴?まぁでも、いつかは戻ってくるってことだよね。おばさんとおじさんにも伝えとこうかな。
「っと無駄話が過ぎたな。正直もっと話してたいけど、もう帰ったほうがいい」
「う、うん」
さらっとうれしいこと言ってくれるじゃない・・・。私ももっと話してたかったな。
私は竜斗に背を向けて映像の私に向かって歩き出した。
数歩歩いたところで突如、右腕と肋骨の辺りに痛みが疾走った。
「っつう・・!」
「大丈夫か!?」
すぐに竜斗が寄り添ってきた。
「すまん、言い忘れてた。進むほど現実の状態に伴って痛みがあったり苦しくなったりするんだわ」
「それ、結構大事な話だよね!?」
「悪い悪い。早い方が良いってのはそれと関係しててな。状態が悪化していくと伴う痛みも大きくなるんだ。お前はまだ軽い方だから多分戻れる」
こ、これで軽い方!?結構痛かったんだけどなぁ・・・。
「痛みで立ってられなくなった人もいたな」
あ、じゃあこれ軽い方だわ。立ってられないなんてちょっと想像できない。
「そんな人でも這いつくばって生き延びたんだ。でも逆にちょっとした痛みしかなくても『もう死んでもいい』って思ったら死んじまう」
そう言った竜斗は、いつもの飄々とした雰囲気はなく、ただただ悲しげだった。人を救うのが自分の役割だと言っていたが、救えなかった命もたくさんあるんだろう。
「死ねば楽になる。逆に言えば生きるのはつらい。ここはそれを再現してるんだ」
その言葉を聞きながら一歩前へ踏み出す。再度体に痛みが疾走った。はぁ・・・はぁ・・・と息が切れる。正直もう進みたくないと匙を投げてしまいそうになる。
「生きるんだって強く思え。生きれるかどうかはその思いの強さ次第だ」
そんなこと言ったって、どうしたらいいの?
「生きる目的がお前には無いのか?」
「生きる・・・目的?」
「俺に伝えたいことがあるんだろ?」
・・・・!そうだった。私には未練がある。だが、それは今にでも達成できてしまうものだ。ここに彼がいるのだから。
「それと前から決めてたんだが、生きて戻ったら俺もお前に伝えたいことがあるんだ。だから死なれると困る」
え・・・・伝えたいことって、何?
「今、言えないこと?」
「ん・・・・まぁそんなことはないんだけど。生きたい理由の一番はお前にそれを伝えることだからな。もしかしたら救うのが嫌になって死ぬかもしれん。だから、言わない」
・・・・すんごい気になる。いや、待てよ。本当はそんなものないのかもしれない。
テスト前とか頭の悪い私と勉強会しようぜとか言って一方的に教わるばっかだった。教えるのも勉強になるとか理由つけて。あと私が風邪ひいたときに「おばさんに頼まれた」とか言って看病してくれたけどお母さんは何も知らなかった。
これはあれだ。遠回りしたデレだ。
「ありがとね」
「何が?」
「元気出たからさ。頑張って進むよ」
また一歩進む。痛みに襲われるがさっきほど苦しくない。だんだん生へと近づいている、そんな感覚すらあった。
「もう大丈夫そうだな」
気づけば竜斗との距離が離れていた。自らのの姿を見れば白く薄くなっていく。
「お前は自分に勝った。無事に生きて戻れる」
意識が霞んで竜斗の姿が歪んできた。自分はもうここにいられないということだろうか。
「竜斗!あの、その、待ってるから!絶対あんたも戻ってきなさいよね!」
「ああ!いつか絶対戻るよ!父さんや母さん、おじさんとおばさんにもそう伝えてくれ!」
「うん!」
「それと、言い忘れてたけど・・・」
なんだろう・・・けどもう、意識がギリギリだ。
「綺麗に、なったな」
それを聞いて、私の意識は途切れた。
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「夏希?・・・夏希!」
「・・・お母さん?」
目を開くと母がいた。最初は驚いていたが、すぐに涙を流しながら喜びの笑顔を浮かべた。
「二週間も目が覚めなくて、もう二度と意識が戻らないんじゃないかって・・・」
涙を拭きながらそう告げる。二週間・・・?寝たきりだったからだろうか。実感がない。
その後、先生がかけつけ診察を受けた。もう命の心配はないらしい。だが、退院には1ヶ月かかるとのこと。腕と肋骨が折れており、さらに折れた肋骨が内臓を傷つけたとかでかなり出血したそうだ。
あのとき痛くなった部位だ。
ということはあれは夢ではない?
『綺麗に、なったな』
「・・・・・!」
「どうされました?」
「い、いえなんでも」
夢じゃなかったらいいなあ・・・・
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「はあぁ~~~~」
なーにが『綺麗に、なったな』だよ。気持ち悪いわ。
「はぁ。こんな調子じゃ次会うとき告白なんかできねぇよな」
そう呟くと体が薄くなり始めた。またしばらくの間消えてしまう。そして目が覚めると死にかけの誰かがいる。何度も繰り返した現象だ。最初は戸惑ったのをよく覚えている。
次はどんな人に出会うのだろう