第一話 「こんにちは死ね!」
「こんにちは死ね!」
セーキは挨拶と共に【ひのきのぼう】を山賊に振り下ろした。
ぶぐしっボギッ
【ひのきのぼう】は折れながらも、山賊だったものはおおよそ人が鳴らせてはいけない音を立て地にふせる。
「て、てめぇ! 何者だ!」
「こんにちは冒険者です死ね!」
ぼごるぅボギッ
返す刀、否、【ひのきのぼう】が折れるのも構わず山賊の胴体をなぎ払い、
「て、てめぇ、人質がどうなっても」
「こんにちはよろしくお願いします死ね!」
折れたまま手に残った【壊:ひのきのぼう】を残り二人となった山賊の一人の胸に投げつけ穴を空けた。
「あ……あぁあ……え? ……え?」
最後の一人となった頭目は、人質の少女を盾にすることも現状把握も出来ず、呆然と声を漏らす。
「こんにちはその子に傷を付けたらただじゃおきません死ね!」
そして、頭目に【ひのきのぼう】を投げやりのように投げ当てると頭部は爆散。
「ひ、ひぃいいっ」
その遺体の横で小動物のように震えるているのはまだ15、6歳の金髪碧眼の美少女。
冒険者ギルドの成果報酬依頼【誘拐された商人の娘の奪還】で探していた少女その人だと確信する。
無事でないと報酬が減るので無事でなくては困る。【ひのきのぼう】もタダではない。
幸いにして、少女が弄ばれる前に発見出来たため報酬の増額も見込めるのでセーキはウハウハだ。
「お嬢さん、無事ですね!? 無事じゃなかったら」
報酬が減る。なので念のため確認しようとセーキは笑顔で駆け寄ると
「ここここころさないでっお父様ぁああああああああああ!」
失禁。
「ごめん、そういう趣味はないんだ!」
セーキは聖水に興味はなかった。
これが、後に聖帝、ではなく性帝と呼ばれるセーキと、第一ヒロイン、ソフィアの出会いであった。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
浚われ、主に下着の部分が無事ではないがおおむね無事に奪還された少女ソフィアの父はセーキの手を取りぶんぶんと振る。
ソフィアは隣町に父の代わりに取引に行った帰り道に山賊に襲われたのである。
その時に護衛と部下を次々に殺されつつも、なんとか伝書鳩を飛ばすことに成功。
『さんぞく ぼすけて も だめぽ』
慌てて書いた手紙だが幸いにして町で娘の帰りを仕事をしながら待っていた父は即座に事態を把握した。
半ば諦めつつもソフィアの父、グルガンは一縷の望みを託し、冒険者ギルドに依頼を出したのである。
その時のギルドの受付嬢の『あー、無理だと思いますが一応出しておきますねー。こんな報酬じゃ誰も受けないとは思いますけどー』と掲示板に張り付けた、その直後。
受付嬢の態度に怒りが爆発しそうになったその瞬間。
『こんにちは! 娘さんを救えばいいんですね!? おじさんは商人ですよね!? 武器扱ってますか!? 扱ってる! それは良かった! お姉さん、これ僕やります! 山賊は殺して良いですか!? 殺して良いですか!? 良い!? 良し! 連れてくるの面倒ですしね! あ、手足それぞれ斬ってくれば良いんですか!? それなら簡単ですね! 簡単なお仕事ですね! 頑張っちゃいますよ!』
と怒濤の勢いで依頼を受託しこれまた怒濤の勢いで去っていったのである。
『あの……あの少年は、いったい』
『あー。昨日、冒険者登録した子ですね。クラスは無し、スキルは無しだったのでFランクです』
商人は絶望した。大人であれば、普通はなにがしかのクラスやスキルを持っているものである。『クラス』は神が与えた『才能』、『スキル』は神の力を行使することの出来る『特殊能力』である。
たまにその少年のようにクラスなし、スキルなしは居るが大抵は出来損ないとしてスラムで地べたを這いずって生きるしかない。
もう、冒険者ギルドなどあてに出来ない! 領兵達は外壁の外のことには手を出さない。誰もあてにならないならば自分が行くしかない!
そう思った商人は、己のクラス『商人』とスキル『鑑定(中)』という戦闘向きではない己を呪いながら装備を調えいざ向かわん! と家を出ようとした瞬間、
「お嬢さん、無事持ってきましたよ!」
と文字通り、商人の娘ソフィアの両脇の下を持ってきた少年が立っていたのである。
普通、ここはお姫様だっこか……せめておんぶでしょ……
あまりの惨状を目にし、道中錯乱し、失禁し、泣き疲れた少女はハイライトの無くなった瞳で虚空を眺める。セーキはおしっこに興奮を覚える性癖は無かったので濡れないよう運ぶ手段が他になかったのである。
股間をぬらしたままの格好で町中を運搬される少女。悲劇であった。
「なんとお礼を言えばよいのか……」
「笑えば良いと思いますよ!」
セーキの言葉にソフィアの父、グルガンは感激した。
恩を着せようとするでもなく、自慢するでもない、娘を山賊から救ってくれた少年。
そして、素直に娘の無事を笑顔で喜べと言う。
グルガンは目の前の小さな英雄にひれ伏したくて仕方なかった、が、彼の言うとおり、今は娘の無事を喜ぶだけで良いのだ。
「ソフィア! ソフィア! 無事で良かった! あぁああ神様! 有り難うございます!」
クラスもスキルもないらしいが、戦闘向きではないクラス持ちの人間でも絶対に勝てない訳ではない。
ただ、それは、まだ体が出来上がっていない少年少女が訓練された大人に立ち向かうほどのハンディである。
「君は……いえ、あなたのお名前は」
「セーキです、こんにちは!」
「殺さないでぇえええええええ! お父様を殺さないでぇええええええええ!」
ソフィアはすっかり錯乱していた。
が、翌日、宿屋の食堂で朝食を取っていたセーキのもとを訪れた。
「あ、君は昨日の、確かソフィアちゃんだね! こんにちは!」
「ひっ あ、いえ、その、あの、昨日は有り難うございました結婚してください!」
聡明な筈の商人の娘ソフィアは、トラウマを若干残しつつも、自分を颯爽と助けてくれた少年セーキに恋に落ちたチョロインとなっていたのであった。