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幻想世界紀行 ~砂漠・白鯨ラピュタ~

作者: ふるふる


「先生、何か見えた?」

「いえ、何も」


 煌々と照りつける太陽。灼熱の炎天下、未来のハイテク技術により生み出された超高感度ハイスペック双眼鏡のレンズから目を離した私は見渡す限り、砂の海の中心にいた。

 ラ・ミラベス砂漠。帝国ブリュミラスの東に広がり、現地語で「海」を表す言葉を冠するその砂漠は、まさしく陸の海であった。

 ちなみに、ここには本当に砂の中にどんな風に進化の道を踏み外したのか、ピラニアとかサメとかイソギンチャクなんかがいたりするので、(あなが)ちその名前は的はずれでもなかったりする。しかし、ホントにどんな進化したら、陸地に、しかもこんな砂漠に、生息しようなんて思いつくんだこの鰓呼吸共は。


 ざざっ、と目測100メートルほど先で大きく砂が盛り上がる。その音に私は淡い期待を胸にして、レンズに眼を戻した。

 砂の中から顔を出したのは、全長20メートルはあろうかと思われる巨大な白色の蟲。砂蟲(サンド・ワーム)である。

 砂漠という過酷な環境下に置いて、その食物連鎖の頂点に立つ存在であり、同時に死後、その最下層に位置するサクラサボテンなどの植物体の重要な栄養源となる存在である。

 生命が誕生してから比較的早い時期に進化の主軸から分岐し、独自の進化を遂げた生命体であり、分類学的には昆虫よりも下等な動物であるにもかかわらず、その体の構造は少なくともこの環境の中では、生態系の頂点に立つには十分すぎるほどのものである。


 砂蟲は頭部を動かし、キョロキョロと辺りを見渡すような動作を取ると、ゆっくりと砂の中に潜っていった。

 どうやら、こちらには気づかなかったようだ。当然と言えば当然か。砂蟲は獲物を探すのに微弱なある種の信号を使っているが、私の周りに張られている防御用のフォース・フィールドがその信号を受け流しているためだ。透明度100%に設定しているため、生物の生態調査の際に視界を遮る事もない。ちなみにこのフィールドの中は非常に過ごしやすく、先生の話では過剰な太陽光や、紫外線、さらには熱などもカットしてくれるらしい。


 つっこみどころが満載だが、つっこむんじゃない。私もつっこみたいわ!

 そう思いながら、私こと、この世界に広く分布する森林生息型エルフ、イラクサ族の女性であるフェン・リタリア・フラキネスは、隣で『三脚式量子測定観測装置』という訳の分からない名前の訳の分からない超未来文明の装置をのぞき込んでいる、銀色の甲冑(スーツ)に身を包んだ(リザードマン)を見上げた。


 彼は私の雇い主で(私が勝手についているとか言われるけど、そんな事は絶対にないからね!)、様々な次元を旅してそこに棲む生物とか、その環境とかを調査するイーザ人の研究員である。

 彼曰くイーザという種族は別世界の種族らしく、この世界においては最も近い種族として、自身の事をリザードマンという種族に分類している。実際、本人は「トカゲから進化した」って言ってたから間違いじゃないけど。


 元々彼らイーザ人は非常に高度な文明を持つ種族であるらしく、このフォース・フィールドや量子測定装置、次元干渉装置その他、物理運動反転シールドや重力遮断ドライブ、ワープエンジンなど様々な機械を開発、使用し、とある思想的な理由で様々な平行宇宙(パラレル・ワールド)に渡っているようだ。その理由について、私は以前先生に聞いた事があったが、先生が話した事は種の壁というのだろうか、

エルフたる私には到底理解できないような話であった。


 話を戻そう。さて、今私達が砂漠にいるのも、ある街の闇商人からこの付近で、とある超巨大生物が目撃されたという情報を得たためだ。しかし、調査を始めて早二週間。目的の巨大生物の姿形はおろか、その痕跡すら捉える事が出来ずにいる。


「ガセ掴まされたんじゃないの?」

「そんな事はないと思いますが……否定は出来ません」


 先生はモニターにフィールド付近の生体反応を映し出している観測装置から視線を外し、そう答えた。


「そんな巨大生物がかれこれ二週間も見つからないなんて有り得ないと思うけどね。それにあれよ。この付近にあんな大型生物がいるんだったら、生息している生物にも何らかの行動(アクション)があると思うけど? でもどう? サメやピラニア、その他色々な生物の個体数に変化はないし、特に変わった行動も見られないわよ」


 私の言葉に頭を抱える先生。基本的に先生は情報を疑う事はしないが、そのせいで以前大変な目にあった事があったのだ。少しは警戒するという事を覚えて欲しい。


「……確かに」


 そんな先生の様子に、私は深くため息をついた。


「まったく、だらしないなー先生。そんなんで、ちゃんと調査なんて出来るの?」

「まあ、何とかなるでしょう。今までも何とかなっていましたし」

「よくないって! 研究者なんでしょ? 結果を楽観的に見るんじゃなくてそこはちゃんとしないと」

「……ごもっともです」

「ホント、先生って私がいないとどうしようもないんだから」


 ぷぅ、と頬を膨らませた私を見て、先生はヘルメットの下で、はははっ、と困ったように笑った。

 なんか、ちょっとムカツクけど、まあいいか。


「あんまり無理しないでよね。先生がこんなとこで野垂れ死んだら、助手の私はこれからどう生活していけばいいわけ?」

「野垂れ死にとか、縁起でもない事言わないで下さいよ。唯でさえ私の種族で最も多い死亡原因は旅先での不慮の事故なのですから……ん?」


 不意に、先生はキョロキョロと辺りを見回しはじめた。


「どしたの?」

「何か足音みたいなもの、聞こえてきません?」


 たったったっ、と軽快なステップが聞こえてくる。おそらくは砂漠の移動でよく使われている砂漠ダチョウの足音だ。

 砂漠ダチョウはこの辺よりも少し南の、砂漠というより、草地に住んでいる生き物だ。今のこの春の頃には、おそらくサクラサボテンを食べているだろう。

 地平線の向こうから、物凄い勢いで走ってくる砂漠ダチョウ。そしてその背には、頭からフードを被った私よりも背の高い、褐色肌の女エルフが乗っている。

 そのエルフは鮮やかな手さばきで、先生の前にダチョウを止めると、とうっ、と地面に飛び降りた。


「よう、センセー。首尾はどうだい?」


 やっぱ、この女だったか。このラ・ミラベス砂漠でキャラバンを行っている草原生息型エルフの亜種、ミラス族のカ・イルマ・ライライ。私を腹立たせる原因である。


「おいおい、リタちゃん。そんな風に頬を膨らませると可愛いお顔が台無しだぜ」

「なによこの砂エルフ! 年下のくせに生意気よ! 後ちゃん付けるなぁ!」

「ああ、悪い悪い。森エルフは体の発達が遅かったんだな。ついつい、子供と間違えちゃったよ。リタちゃん」

「てめえ、コロス!」


 握り拳を作って、殴りかかろうとした私の襟首を冷たい金属質の手がつまみ上げて止める。ギャーギャーと手足をバタバタして暴れるが、先生の手が私の襟首から離れる事はなかった。


「はいはいはいはい。二人ともそこまでそこまで。リタリア、落ち着いて下さい。ライライさんもあまりからかわないであげて下さい。成育環境的に森林生息型エルフが草原生息型エルフよりも身長が低く、体重が軽い事は当然なのですから」

「ちっちゃいゆーな!」

「重いって言うな!」


 先生の言葉に私とイルマは同時に反応してしまった。

 二人して、はっ、と気づいたときには、時すでに遅し。先生は銀の重装甲(スーツ)の上からでも分かるほど、体を小刻みに震わせながら、隙間から僅かに緑色の光が見えるヘルメットの下で押し殺したように笑っていた。

 咳払いをする私達。しかし、そのタイミングすらまったく同じで、それがトドメとなったのか、声すら何とか押し殺しているが、あろうことか先生はその場にしゃがみ込んでしまった。


「センセー。オレのことはイルマって呼んでくれ、って言ってるじゃねえか。リタだけってのはずるいぞ。で、やっぱり調査の方は進んでないみたいだな」

「ええ、全くと言っていいほど。……貴女方は何か目撃しませんでしたか?」

「ぜーんぜん。オレらも見てねえよ。見てれば真っ先にセンセーに報せに来るさ。なんせ、センセーはオレ達、ミラス族全員の命の恩人なんだからよ」


 そう言いながら、イルマは私より大きな胸をどん、と叩いた。

 そうかつて、先生は砂漠の驚異からミラス族を二度救った。

 一度目は帝国ブリュミラスの魔導機密兵器(レールキャノン)輸送の際に襲撃を仕掛けてきた砂蟲の大群から。

 二度目は彼女たちの集落を砂漠の『最強(ドラゴン)』、自立魔導殲滅兵器巨神兵(オベリスク)から。

 先生は、一人の犠牲者も出さずにそれらの驚異から、彼女達を救ったのだ。

 そのおかげで今や彼らの部族では、先生は完全に異世界からやってきた伝説の英雄扱い。

 助手としては鼻高々だったりするのだが、それでも自分以外に先生が頼られているっていうのは、何というか、少しもやもやする。うん、きっと気のせいだ。


「まあその情報がガセである以外考えられねえよ。なんせ、ヤッコさん巨体で空飛んでるんだろ。こんな見晴らしの良い砂漠で二週間も姿が見えないって事はいくらなんでもないと思うけどな」

「そうですけどね……いや、もう少し調査しようとおもいます。どうも引っかかる事があるんですよ」


 そう言いながら、先生は視線をフィールド内にある観測装置に戻す。しかし、相変わらず観測装置のモニターにはたまに10メートルほどの砂蟲と思われる生体反応や全長5メートルほどサメらしき反応が映るが、本来の目標である超巨大生物の姿が映し出される事はない。


「まあ、良いけどさ。あんまりリタとかオレに心配かけるなよ。いくら研究のためと言っても、あの砂蟲の時みたいにくたばっちまったら意味がねえだろ」

「それは無理というものです。私がこの世界に来た第一の目的がこの世界を調査する事である以上、何よりも優先して、より多くの事を調査、記録しなければならないのです。それが私の使命ですから」

「使命ねえ……それは研究者の生き様って奴かい?」


 先生の答えにイルマは呆れたように返した。どうやら彼女には先生の言葉が理解できないらしい。それはそうだろう、先生の行動は私にすら理解できないのだ。種の壁、というべきか。先生の言葉を借りるなら、私達と先生では、そもそもの脳の構造が異なるからか。


「当たらずとも遠からずというところですね。尤もこれは私の種族全てに言える事ですが、我々イーザ人が種としてもうこのような文化を何千万年、いや何億年と続けているのです。生き様と言うよりはもはや本能に近いです。今更変えろと言われても、結構どうしようもなかったりしますよ。他の次元に渡り、その次元の全てを調査する。本当、狂気の沙汰ですよ。一体どれだけの平行宇宙が存在するのでしょうか? 億? 京? それとも飛んで不可思議? 無量大数? それとも無限? ええ、そうです。無限です。限りなく無限に近い宇宙を、その全てを調査しようというのですよ。不可能ですよ。しかし、我々はそれを調査しようというのです。その全てを記録しようというのです。意味なんて初めからありませんよ。全てを知り尽くす、それが我々が存在するただ一つの意味です」


 相変わらず、淡々とした口調で先生は話し続ける。その先生の言葉に合わせるかのように、観測装置のモニターは沈黙したままだった。


「あーもう。暗い話はナシだ! ナシ!」


空気が読めないのか、バカなのか、イルマは陽気に先生に話しかける。


「そう言えば、センセー。あの話、考えてくれた?」

「あの……話とは?」


 首をかしげる先生。うおーい、何か分からないけど大事な話なら忘れるなぁ。そんな先生の反応に、イルマも怒ったように話を続ける。


「忘れんなよ。もうすぐ、オレが成人の儀を迎えるって話だよ。ようやく独り立ちできるんだぜ」

「ああ、あのことですか」

 ようやく先生も何の事か思い出せたようだ。え、でも独り立ちが出来るって、つまりは、

「そうそう、オレもセンセーの調査とやらに付き合わせて貰うって話だよ」

「ちょっと、先生! 私そんな話、始めて聞いたわよ! どうゆうこと!?」


 声を荒げ、私は先生に詰め寄る。


「いや、どういうことと言われましても……そのままですが?」

「ちーがーう! なんで私がいるのに、この女がついてくるわけよ! 私じゃダメなの!?」

「そんな事はありませんけど、助手は多い方がよいので……」

「ギャーギャーうるせえぞ、森エルフ! いいじゃねえか! センセーも助手が欲しいって言ってんだしよ」

「ぶぅー」

「ふて腐れないで下さい。ふて腐れないで下さい」


 えーい、この鈍感がぁ。いや、先生の事だから何で私が怒っているか分かってるだろうけど。

 というか、その後ろ笑うな! こんの砂エルフがぁ!


「がおー!」


 笑いながら、私の突進をひらりとかわすイルマ。ついでに私の脚を引っかける。思いっきり転けそうになるけど、私はなんとかバランスを取り直す。


「アブねえなぁ。いきなり飛びかかってくるんじゃねえよ、リタちゃん」

「ちゃん、付けて呼ぶなぁ!」


 ぎゃあぎゃあ言いながら、私達は辺りを走り回る。

 先生は、と言えば、イルマの乗ってきた砂漠ダチョウの毛並みとか筋肉の付き方とか、色々調べているみたいだ。ダチョウの方もされたい放題で特に先生を気にすることなく、たまに足下の砂から這い出てくるトカゲとか蠍を鋭いくちばしで突いていた。


 そんなこんなで数時間。どこまでアホなのか、こんな炎天下の砂漠では十分も暴れ回る事が出来なかった私達は、フィールド内で寝ころんでいた。

 いつの間にか、近くに先生の姿は見あたらない。おそらくこの近辺を探索しているのだろう。


「ところでよ、リタ」


 何の脈絡もナシに、私の横で寝っ転がっているイルマが口を開いた。


「何よ、イルマ」

「……お前、いつからセンセーのこと、好きになった?」


 突然、何を言い出すかと思えば、それを聞くの!?


「……覚えて、ない」


 私の言葉にイルマは少し、眉を細める。

「ホントかよ」

「本当よ」


 本当に、知らないうちから。きっかけは数多くあったけど、この気持ちに気づいたのはいつか分からない。

 まあ、そうは言うけど、


「心当たりがないワケじゃないけどね」

「何だよ、そのワケって」


 彼女の言葉に、私はため息をつく。


「アンタにも検討ぐらいついてるんじゃないの?」

「ついてねえわけ、でもねえ」


 私達は顔を見合わせて、くすり、と笑った。


「じゃあ、言いあってみる?」

「はっ、面白いじゃねえか」

「じゃあ、いくわよ。せーの!」


 その後、先生が戻ってきたのだが、過酷な環境の中、数時間の調査を強行しても目的の巨大生物について何の収穫も得られなかったという。

 気が付けば、砂の海に伸びている影が、心なしか長くなっていた。


「おっと、少し長居しすぎたみたいだぜ。わりいな、センセー。俺はこれで帰らせて貰うぜ」

「ええ、お気を付けて」


 そう言って、腹の立つ砂エルフは立ち上がり、砂漠ダチョウに跨る。すでに日は傾いていて、白銀の砂の海は燃え上がる大地へと姿を変えていた。

 この様子ではすぐに日が沈むことになる。砂漠は非常に気温が下がりやすい為、厚手の服を用意していない彼女は早く集落に戻らなければならないのだろう。


「じゃあな! 旅人にイアルの神の導きあれ!」

「旅人にイアルの神の導きあれ」


 砂漠の民、お馴染みの言葉。大いなる太陽の神、ン=イアルの名において、客人を見送る際の別れの言葉。

 そしてイルマは私達に手を振ると、彼女が来た方に砂漠ダチョウを進めた。


「ねえ、先生」


 小さくなっていく彼女の背を見送りながら、私は先生に声を掛ける。


「なんですか?」


 私も先生も彼女が去っていった方向に視線を向けたまま淡々と話し続ける。


「あの、さあ。もし私が死にそうになっていたとしても、それが重要な研究の為だとしたらどうする?」

「助けますよ」


 先生は即答した。


「本当に?」

「本当です。そもそも自らの研究で他人を巻き込むのは我々イーザ人として失格です」

「じゃあ、その死にそうなのが先生だったら」

「死にますよ」

「研究の為に?」

「そう、研究の為に」

「私が止めても?」

「貴女が止めても」

「私が悲しんでも?」

「貴女が悲しんでも」

「……それは先生がイーザ人だから?」

「いえ、私が私だからです」


 それが意味する事は……つまり、私は先生にとって、


「……」

「……」

「……ねえ」

「ん? 今日はもう切り上げます?」


 おそらく、これは先生の精一杯の気遣いなのだろう。先生から調査を切り上げる事を言い出すなんて、滅多にないのに。私はその気遣いが嬉しくて、悲しかった。


「……うん。切り上げ、よっか」

「分かりました。では、私は装置を片づけますので」


 すっかり日が落ちて、辺りを闇色が染め上げる。夜の砂漠は昼の砂漠とはまた別の一面を見せる。昼間、見えていたサメやサソリ、砂蟲の姿はなくなり、代わりにスナコオロギやサバクウサギなどの小動物達が姿を見せ始めた。そして、それを狙うかのように、黒翼を広げ、空を旋回するのは夜行性の巨大怪鳥、ヨルヒバリである。

 また地中からは全長1メートルを越える凶暴な砂漠螢(キラーファイア)の幼虫が現れては地上の小動物達を引きずり込んでいった。

 観測装置を片づけ、先生は流動食で、私はクロドリのモモ肉で夕食を取り、ここ一週間と同じように私は就寝具(エアベッド)をフィールド内に展開した。いつもならここで寝るわけだが、


「先生?」

「ん、どうしました?」


 私がエアベッドを膨らましている間に、先生は砂漠の夜の寒い中にもかかわらず、わざわざフィールドの外に出ていた。その夜の闇のせいか、昼間はあまりはっきりとは分からなかった緑色の光が先生の着ている銀色の装甲の内側から、洩れだしていた。


「寝ないの?」

「ええ、もう少しだけ眺めていようと思いまして」

「まだ、調べてるの?」

「いえ、星空を、です」


 先生の言葉に私も上を見上げる。

 見えたのは、漆黒の天幕に極彩色が散りばめられた宇宙(そら)

 赤や、金や、白や、青に瞬く鮮やかな宇宙であった。

 吐く息が白く染まる。春先の砂漠の寒さはまだ夏の夜ほど緩やかではなかった。


「ねえ、先生」

「どうしました?」


 私は宝石を散りばめた天蓋から目を離すことなく、口を開く。おそらく先生も同じように極彩色を見上げたままなのだろう。


「先生が住んでた星って、どんなトコ?」

「前にも聞いたじゃないですか……もうこれで32回目ですよ」

「いいじゃないケチ。どうせ、減るもんじゃあるまいし」


 まあいいですけど、と先生は大きくため息をついた。

 そして、再び口を開いた。


「海と、砂と、灼熱の星ですよ」

「……それって、ここみたいなトコ?」

「もっとひどいですよ。私の星は地質学上、大陸があまり動かない星でしてね。しかも地軸は垂直。1日は26時間。当然地表の大部分は砂漠に覆われていたという過酷な環境です。日中の平均気温は50度以上が普通。水なんて有りはしない。正直、そのような環境でここまで文明を発達させる事ができたなんて私自身が信じられません。それ程、ひどい環境でした」


「……なんか色々と無茶苦茶ね」

「まあだからこそ我々、爬虫類が進化できたと言えるのですがね。限りなく合理的な循環器官、高温に耐えうる肉体、獲物を捕らえる俊敏性、その全てが生き残るためには必要だったのです」


 共食い(カニバリゼーション)も、腐肉喰い(スカヴェンジング)もね、と先生は繋げた。


「もっとも私が生まれた頃にはすでに文明は発達しきっていましたから、ご先祖様ほど苦労はしませんでしたが。それでももう2000年ほど前の話ですよ。ここ300年は母星にすら戻ってませんからね」

「その星って、ここから見える?」

「見えるわけ無いでしょう。そもそも私の住んでいた宇宙と、貴女がいるこの宇宙はまったく別の宇宙ですよ。この広い宇宙空間を隅から隅まで探したところで、私が住んでいた星が見つかるわけ無いですよ」

「でもさ、もしかしたら、もしかしたら、本当にもしかしたら、見つかるかもしれないよ」


 私の言葉に先生はへルメットの下でふふふっ、と笑う。

 そんな先生の様子に私は不思議に居心地の良い腹立たしさを覚えていた。


「もう寝ますか」

「うん、寝ようか」

 そう言って先生は立ち上がり、フィールドの中に戻っていこうとして、私も置いて行かれないように急いで立ち上がろうとして、


 そして、大地が大きく揺れた。


「きゃっ!」

「おっと」


 バランスを崩した私の体は、ぽすん、と先生に抱き止められる。


「大丈夫ですか?」


 そう言って私の顔をのぞき込む先生。ヘルメットの下ではきっと、心配そうな顔をしているのだろう。しかし、突然の揺れにも驚くことなく冷静に対応している。


「だ、大丈夫よ」


 対して、私は突然の事態に慌てふためいたついでに、先生に抱き止められたため、意味も分からず脈拍が上がっていた。

 辺りの状況は大きく変わっていた。突然起こる地響き。舞い上がる砂塵。今までどこに潜んでいたというのか、砂蟲やサメ、ホタルの幼虫など砂上に大量の動物達が打ち上げられる。

 ざざっ、と遙か彼方、地平線で砂が盛り上がる。そして、そこから現れたものは……。


「ねえ、先生! あれ!」

「白鯨ラピュタ、ですね」


 星明かりに照らし出されるあまりにも巨大すぎる影。

 全長500メートル? それとも1キロ? いや、もっと、もっと大きい。例えるならそれは島、否大陸。それは浮遊大陸。現存する生物種の中で最も大きく、最も古き神……白鯨、ラピュタ。

 少なくともそれはかつて出会った五万年の時を生きた女王(クイーン)ですら、いつからいるのか解らないというほど昔から生きている生物なのだ。まさにそれは最古の神である。

 その巨大な影は全身が浮上すると、進路を南に取り、

遙か太古より響き渡るような優しくそれでいて透き通った声で一度だけ鳴き、ゆっくりと空を泳ぎ始めた。

 その姿は見る者を圧倒し、この世のありとあらゆる雑念から解き放つ神秘的な光景で。


 気づくと、先生はヘルメットを外していた。

 この世界のどんな種類のヒトとも異なる顔つき。トカゲのように口は長く真っ直ぐと突き出しており、紅い眼はくるり、と大きい。

 その全身を包む白銀の鱗はキラキラと星の光を反射し、私は思わず見とれてしまう。

 後頭部から、首にかけて覆っている白銀の毛を風に靡かせ、先生は去りゆく巨大鯨を見上げる。


 それは伝説に出てくる太古なる(エンシェント・ドラゴン)のようで。

 決して、私が理解する事が出来ないような存在で。

 間違いなく、この世界の人々にとって、異次元人たる彼は神なのである。


そして、白鯨が地平線の遙か彼方に消えたとき、ようやく先生は口を開いた。


「大きかったですね」

「ええ、大きかったね」

「どれ程の長い間生きていたんでしょうか」

「私に聞かないでよそんな事。それより収穫はあった?」


 私の質問に先生はとても嬉しそうに微笑んだ。まあ、一週間も張り込んでいたから、嬉しいのは当たり前か。


「ええ、ありました。まさかあんな巨体で、しかも空を飛ぶ生き物が地中に潜る習性があるなんて、普通考えないでしょう? 少なくとも我々はこの生物にこのような習性があるとは確認していません」

「確かにね。普通、潜るとは思わないでしょ」


 そう言って、私はもう一度あの白鯨が消えた方に視線を向ける。すでに空にはあの巨大な生物の影も形もなく、一刻前と同じように瞬く輝きが、漆黒を美しく照らし出していた。

 先生と会って早二年。その間に色々な事があった。

 熱帯林の巨獣(ガルガンチュアン)、砂漠の大砂蟲(ワーム)、硫酸湖の水竜(ハイドラ)、時計都市の魔獣(ティンダロス)(コロニー)女王(クイーン)、紅き「煉獄(カヴァリス)」の「獄蟲(ドラゴン)」。 彼が幾度となくその命を落としかけたか数えると、おそらくきりがないだろう。私も結構かなり危ない目にあった。正直、何度も先生の助手を止めたいと思ったことか。

 ああ、でもこうして今も先生の横に立っているのは、


「ねえ、先生」

「どうしました?」


 ヘルメットを被り直した先生を、私は真っ直ぐと見つめる。


「好きだよ」


 その言葉に先生は僅かに、間を空けて答えた。


「私もですよ」




おまけ

「ところでさ、先生」

「ん? どうしたんですか?」

「ずーと、見てたけど、ちゃんと記録は取ったの?」

「いえ、ヘルメットに搭載されている自動録画機能をONにしていましたが」

「でも、先生。あの時、ヘルメット脱いでいたわよね」

「あっ……」

「バカ」



幻想動物図鑑

砂蟲サンド・ワーム

大型肉食生物。生まれた頃は30センチほどの大きさだが、何十回も脱皮し、数年で10メートルを優に超える巨大生物となる。性格は非常に凶暴で、口に入るものであれば、手当たり次第に捕食する。全身から微弱な信号を発しており、それを使って、砂の中から自在に獲物を捕らえる事が出来る。

稀に30を超える群れで出現する事があり、その際には全長30メートルを超える『大砂蟲』と呼ばれる突然変異個体が群れを指揮している。


・サクラサボテン

砂漠や荒れ地など、水が非常に少ない土地に生息するバラ科サクラ属の植物。

その表皮は硬く、内部の水を逃す事はない。また、葉も一枚一枚が分厚く大きいが、その総枚数は少ない。全高は平均2メートル。生育条件によっては4メートルに達するものもある。

毎年、春頃に少数の淡いピンクの花を咲かせる。稀に砂蟲など、大型の動物の死骸に根付く事がある。


・サバクウサギ

砂漠に住むウサギの仲間で、後脚が異常に発達している。

その跳脚力は、一度のジャンプで1メートル以上の距離を飛ぶ事が出来るほど。夜行性で雑食。


・スナコオロギ

砂漠に住むコオロギで、全長10センチほど。夜行性で雑食性。砂蟲の死骸などによく集まっている。


・ヨルヒバリ

大型肉食生物。翼開長は3メートルほど。見晴らしのいい草原などを狩り場とする夜行性の鳥類。

実は猛禽類ではなく、スズメの仲間。夜目が非常に効き、また知能が高い。別名「黒翼」。


砂漠螢キラーファイア

中型肉食昆虫。幼虫の最大全長は1メートルほどで、成虫になると多少小さくなるようだ。

ホタルの仲間で神経毒が含まれている消化液を分泌する鋭い顎を持ち、非常に凶暴な性格である。

その性格と狡猾さから、砂蟲以上に注意が必要な生物である。


・イーザ人

EG-178.ヒューマノイド。知的生命体。宇宙連邦政府七大種族の一つ。

過剰なまでに知識を追い求め、技術開発全般を得意とする。

トカゲから進化した種族で、彼らの誕生した星の大陸は様々な環境的要因から大部分が砂漠であった。

宇宙間ワープ装置、素粒子エンジン、物理運動反転シールド、絶対零度発生装置、量子測定観測器など、様々な機械を開発している。

こういうののジャンルはなんていうんだろう……こういった幻想世界の生物たちを調査する作品とか好きなのでまた書いてみたいです

新恐竜とかマンアフターマンとかフューチャーイズワイルドとか夢が止まらないですね

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