本編 隣国の姫
二時限目のホームルームでヴィリムは何の係りになることなく決まりはスムーズに決まった。
「なぁ、お前のお父さんどんな人?」
「どんな人と言われても優しいけど他人には厳しい?」
嘘はついていない、真実を少しぼかしただけだ。人伝えに父は家族には優しく、役人に手厳しいとよく聞く。父とはあまり関わりはないためどういう人か自分自信ではあまりよく分からないのだ。
「そうなんだ。じゃあ、お母さんは?」
「僕、お母さんには会ったことが無いんだ」
その言葉に周りで聞き耳立てていたクラスメイトの空気が下がった。
「わ、悪い…」
「気にして無いから。兄弟姉妹いるから、だから寂しいなんて思ったことないし、お母さんの事話してくれるから」
ホッとしたようににこりと笑ったカールは安堵した雰囲気が出ていた。
「お、おい。ほんとなのかよ、母親がいないって事」
「ミハイル君?」
動揺したように話して来た彼の瞳には悲しみが映し出されていた。
「僕を産んですぐ亡くなった聞いてるよ」
「そうか。なんか突っかかたりして。悪気はなかったんだ。お金がなくて病気を治す薬買えなくてさ、でも、国が運営してる薬師局に行けば無償でくれるって知って…それ知ったのは最近で、薬持ってるお前を見たらイライラして、それで」
彼にもいろいろな事情があったのだろう。知らなかった事実を知って虫の居所が悪かったんだろう。
「僕のお父さんは城で働いてるんだ。そのこともたまに聞かされる。あまり一般として知られてないから。薬師方で巡回してみたらどうかって話が出てるみたいなんだ。僕の方から話しておくよ」
「ああ、そうしてくれ。悪かったな」
ミハイルとのわだかまりが溶けてホッとする
リリアも一時は冷や汗をかいた。先程の出来事を父に話そうか迷っているとヴィリムが此方を向き首を振ったのだ。
ホームルームが帰りの支度を済ませ玄関口までやってくるとアルノルトが待っていた。その周りには女生徒が友達同士手を取りながらキャーキャーと黄色い悲鳴をあげていた。ヴィリムは他人のふりをしようとしたのだがリリアがそれを許さないようにアルノルトに声をかけてしまった。
「アルお兄様。ヴィオ君無事に過ごせましたよ」
ヴィリムはじっと二人に下がったところで待っているとアルノルトが荷物を持ってくれた。
「体は?平気か?」
「はい、平気です。それでアルノルトさん」
むぎゅーっと頰を抓られた。
「な、ん、で、他人行儀なんだよ」
「ふぁってー」
わけを言おうとしたらムスッとした顔になったアルノルトはさらに力を強めた。
「ひぃふぁいー」
「アルお兄様、その辺にしてあげてください。ヴィオ君他の人がいるとよそよそしくなるみたい感じですね」
「ったく、いつも通り話せ。で?どうかしたのか?」
「アル、薬の瓶割れちゃった」
「別に気にしなくていい。怪我は?」
「してないよ」
怪我してないと伝えると表情が緩んだのが分かった。アルノルトも過保護である事が分かった。どうも自分の周りはそういう人しか集まらないのだろう。
「アル。僕って同い年の子より小柄?」
「そうだな。小さいな。まぁ、お前はこれからも小柄な部類に入ると思うぞ」
「えー?ひどい」
「ひどくねえよ。あの時点で小さいとグンッと伸びても差が出てくるだろ」
ふて腐れながらも、背もあまり期待していない。前世でも、小柄体型だった真澄。今世では背が高くなれる自信がなかった。背の伸び方は前世と変わっていないので、そう確実していた。
「さて帰るか。屋敷に」
「うん。ちょっ!」
返事を返すとヴィリムらアルノルトに抱き上げられていた。ジタバタしようとしたが動かないようにきっちり押さえられた。
スタスタと抵抗虚しく一つの馬車に乗せられた。その馬車にはディックハウトの家紋が付いていた。
「こうしないとお前は乗らなさそうだからな」
後を追うようにリリアも乗り馬車が走り始めるとムスッとした顔でアルノルトを睨みつけている。
「恥ずかしいんだけどな」
ヴィリムもといヴィオは瞬く間に学園に噂になり、他学年から注目を浴びている。廊下を歩けば同学年からちらちらと見られていた。昇降口付近の他学年がある場所なら尚の事、人目を集めていた彼はあの場所であれは恥ずかしくて仕方がなく自分の中の何かがバラバラと砕け落ちる音がしたような感覚になった。
「きっと大丈夫です。仲がいいとしか思われないでしょうし、ヴィリム殿下から催促したようには思われていませんよ」
「だといいけど」
ポリポリと頰を掻きながらアルノルトの方を見るとにこやかに笑顔を返された、
「ところで、例の隣国の姫にはあったのか?」
「いえ、会っていません。向こうはヴィリム殿下の存在は知っているのですよね?」
「ああ、ディオノス王国に保護された一年前の時にヴィリム殿下と遠目で会っているはずだ」
「あ、言うの忘れてた。遠目からというより度々顔を合わせる事はあるよ」
ヴィリムの言葉に二人は不思議そうにしていた。それもそうだろうヴィリムは自分に与えられた白銀の宮から滅多に出ないのだから。
「隣国のセフヴァーン王国のルリファ姫に与えられた部屋は僕の白銀の宮の一角を与えられているからね」
「はぁ!?」
斜め前に座っていたアルノルトは驚き執事有るまじき声を出した。今の時点では執事では無くても関係ないのだが、普段出さない声だったのでクスリと笑う。
「僕のあの宮は他からの接点を断つように建てられた場所だからセフヴァーン王国王家にとっての敵国であるアシュタイム王国からの手から匿うにはいい場所だからね」
「まぁ、あの場所は新たあらゆる手からお前を守るためにいろんな仕掛けがある。外部からの攻撃は宮廷魔法士によって跳ね除けられるから王城宮内の中で一番安全ではあるな」
納得がいったように頷いた。セフヴァーン王家の姫が、ディオノス王国王家に保護されていると知っているのは、王家、宰相の一族ディックハウト、そして、警備を担当しているごくわずかな衛兵。ルリファ姫の世話は祖国から共にやってきている。
「それにしてもヴィリムのところに身を寄せていたとは。父上は何も言わなかったが」
「一番人が少ないところでもあるから。それに情報はどこから漏れるか分からないし、執事には僕から話すように言われてたの忘れてた」
あははと笑っているヴィリムに対して、執事であるアルノルトはひきつり気味に笑顔を見せていた。
するとある屋敷に馬車が止まる。大きな門には家紋があしらわれていた。どうやらここはディックハウト家の屋敷らしい。
「それではヴィリム殿下、お兄様また明日」
「ああ、また明日な」
「今日は助かった。また明日」
綺麗にお辞儀をリリアが見せると馬車は王城に走り始める。
「アル……」
先ほどとは打って変わって弱々しい声で名を呼ばれたアルノルとは眉をひそめ隣に座ると頭をアルノルトの胸に頭を預けた。
「辛いか?」
「アルは気づいて運んでくれたんだよね?」
「まぁな。呼吸の仕方が荒かったからな」
「だんだん熱上がって…」
アルノルト手が腰に手に回され体を支えられ馬車が揺れてもぐらつくこともない。しかし、揺れるのは確かでその振動で頭に響き痛みとなってヴィリムを襲う。
「うぅ、頭が痛い…」
「環境が突然変わって普段人とは関わらないから負担がかかったんだろ」
「ん…」
アルノルトの腰に回してない左手がひたいに置かれじんわり金色と水色の輝きが手を覆うように淡く煌めく。
氷の魔法を応用した冷却魔法と弱った体の体力を回復する魔法を同時に使う。アルノルトは魔法適性も優れていた。いくつもの魔法を同時に使うことができた。ヴィリムは何故か回復魔法の適性が乏しく皆無に近い。
「なんで回復の魔法……?」
「体に入った菌を倒す抗体力まで下がられると厄介だ。体力だけでも残れば治りは早い」
「そう…」
完全に体を預け眠りにつく。
深い眠りについていたヴィリムは体を触れられる感触を覚え目を開けた。
「ん……?」
辺りを見渡すと如何やらここは自分の部屋のようだ。アルノルトが起こさずに運んでくれたようだ。
「ヴィリム。起こしたか。薬飲めそうか?」
自身の体を見るとパジャマに変わっていた。アルノルトをよく見て見ると手には制服が腕にかけられていた。体を起こしても頭がグラつかなく、だいぶ下がったのだろ
「体はだいぶ平気そうだな」
「うん。ただの疲れだね」
「そうか」
彼は制服を姉妹に衣装部屋になっている扉に向かうと思い出したようにこちらに振り向いた。不思議に思いヴィリムは首を傾げた。
「ヴィリム、今日貴族に自分の姿を晒すこと覚えているか?」
額に手を置き考え込む。
「あ……」
「準備はしておいた。まだ時間はあるからゆっくりと休めよ」
「ありがと、アル」
チラリと壁の時計に目をやるとあと二時間で貴族の前に姿を出さなければならない。
制服を片付けたアルノルトはそばに置いてある椅子に腰掛けた。
「ねぇ大丈夫かな?本番」
「大丈夫だろお前なら口調は気をつけろよ?」
「うん、そばにいる?」
アルノルトはふっと笑うと頷き額に手を乗せ回復の魔法をヴィリムにかける。
「熱下がったよ?」
「当たり前だ。俺はお前の執事だ、このあと人に会う誰から病気を移される可能性がある。お前はすぐ弱るからヒーリングできるように魔法かけておく」
優しい声で話す彼は静かに顔を近づけ、うっとりしそうな妖艶な笑みを見せた。
「俺がお前から離れると思うか?」
「だって…アルは貴族だしディックハウト家の子息だよね」
「馬鹿。俺はお前に仕えてるんだ主人が出る舞踏会に貴族として出るか。それに……」
言葉をそこで区切りさらに顔を寄せ耳元に囁く。
「お前を独りにしておくと襲われそうだ」
「っ!!な、何言って!」
ピクンと反応し、枕から頭を離すと喉奥で笑う。
「だってお前女みたいな仕草するし、その顔だと間違えられそうだ」
「酷いよ…男の格好してるのに、間違えられるわけないよ。アルは女の子の方がいいんだ」
「違う。お前だからだ。時々お前が女の子じゃないかと思う時がある」
ドクンと心臓が重く脈打つ。背中に嫌な汗が流れる。
(中身は女だから間違ってはないけど心臓に悪い)
「じゃあ、私が成長してどんな姿になってもそばに居てくれる?」
「あの時の誓いは遊びじゃない。絶対だ。だから裏切らない。俺の腕が無くなろうとも絶対居続ける」
横になっているヴィリムの頭を優しく撫でる。
「俺には上に一人兄がいるから大丈夫だ。もう少し寝てろ」
ウトウトと眠くなっているヴィリムを見届けながら眠りにつくまでその手を止めずただそばにいて微笑んでいた。