それは突然に
春先の澄みきった朝日を浴びながら、きらやかな廊下をアルノルトを伴いながら歩く。ちらりと彼を見るとトクトクと心臓の動きが早くなっていくのがわかる。
(ちょっと待って!自分!男だから!)
数日前から起きるこの気持ちに待ったをかける様に首を振る。前方からこちらを視線を向け待つものに笑顔を見せたヴィリム。
「おはよう。二人とも」
「ご機嫌麗しゅうございます。ヴィリム殿下」
「おはようございます。我が君」
朝から気分が良かった気持ちも二人の言葉でどん底に下がる。重く面倒臭そうな溜息を吐くが、若い侍女や侍従が居れば目にも奪われる綺麗さと可愛さで溜息をついていただろうが、生憎、そんな目は全くもってなく。普通に流される。
「朝から気を許した素がばれている人たちに、堅苦しい言葉で挨拶されると気分が…」
げんなりしたように額に手をやり顔を覆う。
「まぁ、朝くらいは許してやれ」
「分かってるよ。カールもリリアも参加?」
カールの腰に昨日の夜あの後渡した、正式に、国民に忠誠を誓わず、個人に誓った騎士のためのーーーヴィリムの騎士として認められたものに与えられる鞘にアネモネが装飾された、剣を腰に差しているの目視で確認し、そしてリリアも動きやすい服装でいる。初めてアルノルトと会った時のような、それでいて女の子らしさを出した服装だった。その兄アルノルトもだ。
「さあ、行こうか」
普段から魔法の訓練に使っている対魔法防壁で作られた広間に入った時、頭上にクリスタルの様な氷の雨が降って来た。
「アル!」
素早く名を呼ばれたアルノルトが主人であるヴィリムの腰に手を回し後ろへ回避する。それと同時に龍の姿をした炎がある一点に大きな音を立てながら向かって行く。
「お見事ですね」
回避するために一人の宮廷魔法士が姿を現し跳ねる様に龍避けるのを確認し、頭上に手を挙げ複数の雷の球体を作り上げて行く。シュッとボールを投げる様に腕を振ると作り出された魔法が飛んでいく。ヴィリムに回された腕が解かれ体を屈めながら走っていくとどこからか出したナイフでヴィリムが繰り出した魔法の衝撃で姿を隠していた体が眼下にさらされた緑の魔法士はあっけなくアルノルトの手によって倒されその場に倒れこむ。
お腹に手を当てながら寂しそうな顔をするヴィリムに振り返ったアルノルトが首をかしげた。
「ううん、なんでもない」
そう言いながら片手を出しある一点向かって床を凍らせながら氷の棘を作りながら向かっていく。
「うおぁー!」
悲鳴にもまた驚愕の声と共に隠れていた場所から出て来た赤の魔道士は迫り来る氷をかわすが足元を取られ凍りついていった。
「ふうー」
息を吐きながら振り向くとカールとリリアが他の二人も倒していた。
ものの数分で片付けられた宮廷魔道士は悔しそうだったが、楽しそうに笑っていた。
「いやー新しく殿下にお付きになられた二人もお強い」
「戦い方に改善の余地ですな」
はははっと笑いながらその場を後にした宮廷魔道士は各自朝食を取りに行った。四人の後姿を見届けると膝から崩れる。
「ウィリム!」
横にいたアルノルトが慌てた声を出した。
二人も青ざめた顔でヴィリムに目線を合わせる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
顔が赤くなるのを感じながらそう答えたが眉間にしわを寄せ額に手を置く。
「顔が赤い……」
「き、気のせいだよ」
そういうと立ち上がろうとした時、鈴が鳴るようなシャランと何処と無く鳴り響く。
ヴィリム付きの三人は素早くヴィリムを守るように立つ。
「そんなに警戒しなくてもが岩加えないわよー」
何もない空間から白い方が出た長袖のロングワンピースを着た金色の髪をした美女。 容姿は金髪に蒼い瞳。それはディアーナ女神のよう。ディアーナ女神はこの国いや、世界の神とも言える、指折りの神の中で最も有名な神のお姿をしている美女。
(あれ?この声どこかで聞いたことあるような………)
他の者たちが警戒心を強めている中一人そんな事を考えていると、いくつかの靴音が響く。異常事態の中現れたのはヴィリムの血縁者である腹違いの兄弟姉妹と国王である父だった。
「其方たちそこまで警戒することはない目の前におられる方は本当にディアーナ女神だ」
パチクリと瞬きをしながらも国王陛下の言葉は嘘偽りの無いものと判断したのか警戒心を緩めた。
「………陛下はディアーナ女神が本人だとお分かりになるのですか」
恐る恐る問いかけたアルノルトは警戒心を緩めたものの完全には信用していないようだった。
「そうだな。国王戴冠式にて、診断より行われる神のお告げで、必ず一目見るのだ。その後も、何度か目の前に現れる。そして今朝も私と息子たちの前にも現れたわけだ」
「そして、ここに来るようにと」
父の言葉に頷きながら言葉を紡ぐフランクはどこか落ち着きのないように思えた。
「そういうわけ。ヴィリム……大きくなったわねー」
「えっと……もしかして、物凄く小さい時に頭の中で話しかけて来た人?ですか」
「そうよー」
二人の間で交わされている内容にびっくりだ。周りが驚いでいることに気づいていないのか話は進められる。
「といっても、離乳食が始まってすぐだと思うんですよ」
「そうねー」
「でも、死んでから何年経った後何ですか?」
その言葉に全員の目が開かれる。それに気づいたディアーナ女神は息を吐きながら答える。
「半年よ、小野真澄さん」
「どうして、私のことを……」
青ざめた後退りする真澄を可笑しそうに笑うと何処かで悲しそうに微笑んだ。
「知っているわ……私たち神、同胞の不手際で死ななくていい小野真澄という女性の貴女を死なせてしまったのだから……」
ただ聞いているだけになってしまった他の者は口を挟める会話ではない。聞いていることしかできない。ヴィリムを手助けすることもできない。
「不手際って、本の物語じゃないんですから、そんなふざけた事!」
「ごめんさない、これが真実なの。そうよね。天照」
真澄はよく知っている神の名前に目を見開き光が強くなったディアーナ女神の横を見る。
「すまないのじゃ、其方を二十四という若さでしまったことは妾の不手際じゃ、許して欲しいとは思わぬ」
大声をあげたヴィリムの体力は一気に削られ青ざめた顔が一層青くなる。近くに置いてある休暇い用の椅子を持ってきたアルノルトはゆっくり座らせる。彼の今の顔は眉間にシワがより真実を聞かされているヴィリムが心配で仕方がないのだろう。
「ここに居るものは私たちの会話が信じきれぬものだろうが、ヴィリムとして生まれる前の別の世界で生きていた女性の魂と記憶があるというより、延長線なのじゃ、体と生きる世界が変わっただけなのだ」
そういうとパチンと指を鳴らすとヴィリムの体が眩い光に包まれた。
「ヴィリム殿下!」
アルノルトの悲鳴にも似た声と息を呑む音が聞こえた。ギュッと瞑った目を開けると眼に映るのは銀色の横髪と白い肌ではなく、黄色色の肌の中では白いと言われる肌。顔を上げると目を見開き驚愕の色を見せた人たち。
天照大神は両手を掌を上にした状態で組むと光が集まりだし鏡が現れた。そして、そこに映るのはヴィリムになる前の小野真澄の姿だった。
「ヴィリム……その姿……」
ヴィリムの父が唖然としたように呟いた。
「懐かしいです。この姿は……死ぬ直前のアルノルトより2歳年下の姿」
ゆっくりそう呟いて目を閉じて深い息を吐き一筋の透明なものが頬を濡らした。