第5話 後始末
「俺の足がこの街で一番速いんだ」
「助けに来たぜ!」
「儂の手にかかれば普通の魔物なら三撃ぐらいじゃよ」
「手助けしもす」
三人で小一時間ほど戦っただろうか。
街から協会と共同体の冒険者たちがぞろぞろと駆けつけてくる。
それぞれの見分け方は簡単で、足が速いために真っ先にたどり着いたのが共同体の冒険者達、いわゆるカモシカ。
そこから遅れてやってきた利き腕が異様に発達した冒険者達、いわゆるシオマネキ。
彼等はそれぞれと向かってくる魔物と相対する。
戦い慣れていないのが見て分かるカモシカ達も、複数人で一匹の魔物を相手に善戦してくれる。
驚いたのはシオマネキ達の方だ。
その剣の勢たるや凄まじく、肝心の剣がなまくらでさえ無ければ一撃、いや二撃で確実に魔物を仕留められるだろう。
一方――
「目がまわりゅうぅぅぅっ!」
「オエーっ……」
「み、水をくれぇ」
昼から飲んだくれている奴らなので、足がもつれていたり吐き出す奴らも一定数いる。
勢いだけでここまで来たような連中だろう、ご苦労なこった。
「これだけ人数がいれば魔物も諦めてくれるかな。ディック、後はよろしく頼んだ」
「任されたぞ!」
助けに来た冒険者連中が優勢であることを見届けると、数あるシオマネキの一人であるディックにこの場を任せる。
俺がお姉ちゃんの元へと向かうことにしたからである。
結論から言うと、最初から最後まで俺に魔物は一匹たりとも近づくことはなかった。
睨みを効かせるだけで済んだのが俺の力量ということだろうか、立っているだけでいいのは楽で良かった。
それでも俺から距離を取って魔物たちは存在していたので、それをディック達が相手にしている格好だ。
ベアトリクスの悲鳴に似た絶叫は良く聞こえていたのだが、お姉ちゃんは牛の巨体が邪魔をしていて全く様子が分からない。
牛の背中を登り、反対側にスルっと滑り落ちてスタッと着地する。
そこには静かに佇む美人、もといお姉ちゃんが居た。
するりと魔物が近づいてくるのは危ない気がするが――
「大丈夫かいお姉ちゃん」
「あっケイ君。こんなに一杯倒したんだからね。褒めて褒めて!」
お姉ちゃんの周りには、かつて魔物だった肉片が山ほど散らばっている。
襲い掛かって来ようとしていた魔物は、俺を警戒してだろうか今は離れていくばかりだ。
二人で安全を確認しているところに、丁度ベアトリクスが合流してくる。
ベアトリクスがいた場所にも冒険者の手助けが入ったから離脱出来たのだろう。
「ハァハァっ……お二人様は余裕の様子でございましね……」
「俺は何ともないな。でもお姉ちゃんはこの有様だよ。まあベアトリクスも似たようなものか」
白鞘の匕首は刃渡りがそれほど長くない。
それを武器とするお姉ちゃんは敵との距離が近いので、自然と返り血を浴びやすい。
戦っていたときの状況は知る由もないが、乱戦ともなればなおさらだ。
ベアトリクスは弓という武器の性質上、敵との距離が遠いので返り血を浴びることは少ない。
現に血の色は見られないものの、白かったエプロンドレスは泥に塗れている。
「疲れで三回ほど転けたのでございまし。久しぶりに戦うと体力的に厳しいのでございまし」
「それでそんなに汚れているのか。まあ大体目処も立ったし帰れそうじゃないかな」
「そうね。お姉ちゃんお風呂に入りたいわ。髪も服もボロボロよ」
「私めもそうしたいところですが、これからが大変なのでございまし……」
「おーいオメーら無事だったか」
ベアトリクスは何が大変なのだろうかと思ったが、それを聞こうとしたらばアンジェリカの声に遮られた。
冒険者連中より大分遅れて今頃かとも思ったが、単身ではなく色々と大勢な所に遅れてきた理由が垣間見られる。
統一された武装をした数十人の集団と、四台の馬車を引き連れていたのだ。
「軍を引き連れて来られたのでございましね。貴方にしては頭が回るのでございまし」
「あたりめーだろ。金にならねー面倒事は奴らに任せるのが一番だ」
「正解でございまし。さて、私めは自分の仕事に戻らせて頂くのでございまし」
武装集団はプリメロの街に駐屯する軍人らしく、彼等は牛の左後ろ足に取り付いていく。
アンジェリカの言う所の金にならない面倒事というのは、牛から肉を切り出す作業のことらしい。
引き連れて来た四台の馬車はその肉を街に持って帰るために使うのだろう。
「それよりベアトリクスの仕事って何だ?」
「魔物の中に手配魔物がいないかの確認でございまし。矢が刺さっているものが私めの分でございまし。ケイ様とマスコット様の分は首を集めておいてくださいまし。それ以外の首は他の諸兄で山分けでございまし」
「それじゃあお姉ちゃんの分を集めるか」
「ありがとうケイ君。助かるわ」
この中に手配魔物が含まれていれば、牛の金貨八十枚にさらに上乗せということだ。
自分の分、ということはベアトリクスも自分で魔物を狩ればその報奨金を貰える……つまり全取りってになるってことかな。
美味い話じゃないか。
自分で倒した分は無いので、お姉ちゃんが倒した魔物から首を切り取ってを一箇所に集めていく。
魔物とは言うが、全てが巨大化した動物といったところだ。
オオカミ、カンガルー、ワニ、カエルにまたヘビがいるな。
昨日のヘビと違って派手な色使いをした皮の色で、小ぶりであるがそれでも八メートル近くはある。
「これで終わりか」
「そうね。十六匹といったところだわ」
「片付けが終わったけれどどうすればいい?」
「今から数えるのでございまし。ひぃ、ふぅ、みぃ……ハズレが多いのでございまし」
自分の分の確認が終わったためか、ベアトリクスがスッと近寄ってきたので話を聞く。
記録するためのものか、ベアトリクスは紙とペンを手にしていた。
そんなものどこに持っていたのだろうか、とは思うが人のことを言えた立場ではない。
「カンガルーは大物なので金貨五枚、オオカミが一頭につき銀貨五枚の計二十枚で水生生物は対象外でございまし。取り分を除いて……金貨五枚ぴったしでございまし」
「本当にハズレが多いんだな。ワニとか強そうなのに」
「普段なら川におります故、ここにいることが珍しいのでございまし。川は魔物が多いので元々誰も近づかず、懸賞金も掛けられておらぬのでございまし」
「そうか残念だな。報奨金の受取はここでは無理そうだから協会でかな?」
「牛の分はそうなりますが、今計算したものについてはここでお支払いするのでございまし」
ベアトリクスがエプロンの裏側を弄り、財布を引っ張り出す。
ペンと紙もそこに入れておいたのだろうか。
その財布から金貨を五枚、確かに取り出して俺に受け渡す。
「ありがたいけれど、後で纏めてで良かったんじゃないかな?」
「それでも構いませんが、これから無一文で宿にお戻りになるのでございまし?」
「それもそうだな」
俺はともかく、お姉ちゃんは魔物の返り血で酷く汚れている。
晩飯を食べる前に体を洗って綺麗にた方が良いに決まっている。
宿に風呂があるかは定かではないが、まずはそこに戻ることにしよう。
宿に無くてもどこかにはあるだろう。
「じゃあお姉ちゃん、一度宿に戻ろうか。いつまでもその姿じゃあな」
「そうねケイ君、お姉ちゃんお風呂に入りたいわ。一緒に入りましょう!」
「広いお風呂だったら良いな。それじゃあベアトリクス、後で食堂に顔を出すよ」
「残りの魔物を確認したら戻りますので、一時間もすれば私めも協会に戻っているはずでございまし」
俺とお姉ちゃんは街へと戻ることにする。
目指すのは昨晩宿泊した、プリメロの街で一番という宿屋だ。
途中の道では何人か倒れている冒険者を見かけが、やはり飲み過ぎで辿り着けない奴らがいたということか。
周りに魔物がいないことを確認して大丈夫そうなのでそのまま放置しておいた。
宿屋に着くと主人に風呂付きの部屋に泊まれるか確認する。
昨晩泊まった一人部屋に比べて宿泊料金が上がるのだが、金貨一枚で一週間分前払いした。
大事なのは料金ではなく、風呂がついているかの方だったがそれは大丈夫らしい。
案内された部屋は二人で過ごすにしても広めで余裕があり、家具はダブルサイズのベッド、テーブル、鏡台、クローゼット、暖炉といったところ。
部屋の奥に一つドアがあるので開けると、もう一つ部屋があった。
その部屋の床はタイル張りで大きめのバスタブが置かれており、これが風呂ということらしい。
蛇口の姿はは見られないがお湯はどうやって準備するのだろうか……そもそもこの世界の上下水道はどうなっているのだろう?
しばらくすると部屋のドアがノックされる。
宿の従業員が風呂にお湯を張るためにやってきたのだ。
従業員の手により沸かされた湯が運ばれ、バスタブに張られていき風呂の準備が完了。
お湯の温度もいい感じだ。
「ケイ君も一緒に入るのよねぇ?」
「当然!」
入浴の準備を済ませたお姉ちゃんの言葉に俺は即答した。
[登場人物紹介]
ケイ君 この作品の主人公。魔物が近づくことを許さない眼力を持つ。
マスコットお姉ちゃん ちょー強い。
ディック シオマネキ=冒険者協会に所属する冒険者。アレが大きい。
ごっきぃ カモシカ=冒険者共同体に所属する冒険者。特別足が速い。
ベアトリクス 別名:淫乱雌豚。そこそこの現金を持ち歩く主義。