第3話 芋と豆と麦と生首
飯が不味い。
お姉ちゃんがくれる調味料がなければ食べる気にもならない。
不味い原因はハッキリとしていて単純明快だ。
芋――蒸されたか茹でられたやつ。
豆――煮られたやつ。
麦――パンまたは粥。
注文して出てきた昼食の顔ぶれがこれである。
炭水化物しかねぇ……いや、豆と麦にはタンパク質も含まれている。
そうじゃなくて昨日の夕食といい、今日の朝食といい、全部一緒だこれ。
「――だからなベアトリクス。牛を倒してもここまで持ってくることは出来なそうなんだ」
「どうやって倒すかも問題なんだけどねぇ~」
赤レンガの建物に入るとすぐチェルシーに昼食を注文し、同時にベアトリクスを呼んでテーブルに着かせて見てきたことを話した。
そしてチェルシーが持ってきた糞不味い蒸かし芋にマヨネーズをぶち撒けてひと噛りする。
マヨネーズでも隠しきれない不味さだ。
「いや……持ってくる以前に、先に話されていたことが全く理解出来なかったのでございまし」
「先の話っていうと、この首のこと? それとも牛の毛のこと?」
「牛の体をよじ登ったという話のことでございまし! どうすればあの暴れ牛の体に取り付いて登ることが出来るのかとお伺いしたいのでございまし!」
ベアトリクスは興奮した様子で俺とお姉ちゃんを早口で捲し立ててくる。
どうやら報奨金の件で話ができるのはもっと後になりそうだ。
「近づいたときからずっと静かなもんだったよ。まあ尻尾は厄介だったけど、それも登るときには動いてなかったような気がするしな」
「そういえばそうねぇ~。登りやすかったのは尾っぽがブンブンして無かったからかも。なんでだろー、不思議ねぇ~?」
「違うのでございまし。あの牛は近くに人の気配を感じるだけで暴れ始める乱暴者で、接近することなど許されないのでございまし」
「本当に動かなかったんだからそれ以上の説明が難しいな。これからまた行くから付いてきて確かめるといい」
俺とお姉ちゃんが見てきた牛と、ベアトリクスが話す牛が実は別物なのではなかろうか。
そんな気がするほどに俺たち二人とベアトリクスとの間の温度差は大きい。
「ええ、そうさせて頂くのでございまし。首を持ってこられることは到底不可能ですから、自分の目で倒されたことを確認するつもりでございまし」
「そうしてくれると助かる。それでもう一つ、この首の方なんだけれど手配されている魔物ではない?」
テーブルの上に置いた生首の血色悪い顔をベアトリクスに向ける。
彼女は指で顔の表面を突っついたり、頬を引っ張いたりして生首の様子を観察する。
しかしその表情を見ていても、何かしらの琴線に掛かるものではないらしい。
「私めの記憶ではこの街で手配されている魔物の中にに人形のものは無い……いえ、人狼と呼ばれる魔物がおりますがあれは顔がオオカミでございまし」
「それじゃあ金にはならないってことか。少し残念だな……」
改めて生首を抱え上げて良く観察してみる。
閉ざされた目、閉ざされた口、にゅるっと生えてる角。
何の代わり映えもしないな、そう思いテーブルに置こうとしたとき生首の目が見開かれる。
それは突然の出来事で、目が合ってしまって少し気まずい。
「キサマハソトカラキセシモノカ?」
口が開いて声まで出てくる。
かろうじて喉はあるものの、肺がないのにどうやって呼吸して声を出すことが出来るのか不思議だ。
「ヒッ!」
「あらまあ、こんなのになっても動くのねぇ~」
さっきまで触っていたベアトリクスは声と顔を引き攣らせるが、お姉ちゃんは動じない。
まあ首だけが喋るというのは不自然で恐ろしい。
ベアトリクスの反応が自然な姿といってよいだろう。
肝っ玉の座っているお姉ちゃんは頼りがいを超えて恐ろしさすらある。
「うるせぇな」
「どうする? 黒ひげしちゃう?」
首だけでも喋るとなると面倒くさくて仕方がないので、何かしらの対処を行いたい。
顔を半分に割っても動きそうな気がするし、お姉ちゃんの助言に従ってナイフを刺していっても角が飛び出すだけで終わりそうな気がする。
ここは確実に生体活動を停止させたい。
薬品――何が効くのか分からない。
冷凍――氷漬けにしても溶けたら動き出しそう。
加熱――脳を温めてやれば生体活動が止まるのでは?
ガス火で一気に、炭火でじわりと、レンジでチンと色々あるが、手頃なところで電磁波で加熱してやるといいか。
マイクロウェーブは水分子の振動を強くして温める仕組みなのだが……渇いた感触は無いから大丈夫だろう。
まあちょっとチンしてやれば大抵の生物はなんとかなるだろう。
「モウイチドトウ。キサマ……ハソ……ト……」
暖めていくと温度の上昇に反比例して口がどんどん静かになっていく。
いい感じに温まったらしく、最終的には喋らなくなった。
「お姉ちゃん、糸と縫い針をもらっていい。出来ればどちらも太めのやつで」
「はい、これくらいで良い?」
「ああ助かる」
外科医張りのテクニックで目蓋と唇を縫い合わせ、最後は勿論歯で糸を食いちぎって完了だ。
呪いの人形的な風貌になってしまい禍々しさが増した気もするが気にしないでおこう。
これで急に目や口が開くことがあっても抑えることが出来るはずだ。
「わー可愛くなったー。ケイくんお上手ね」
「中々の腕前だろ?」
「喋らなくなりましたが、それで大丈夫なんでございまし?」
「知らん」
首を切り離して生きている生物がこの程度で動きを止めてくれるだろうか。
それは再度始動した時になって初めて分かる……いや、分かりたくはないな。
「それで、ああ。こんな化物だけどお金にはならないって話をしていたんだったな」
「ええ。少なくともこの街では、でございまし。他の街で懸賞が掛かっている事がありますが、今は他の街の情報がまともに入ってこないのでございまし」
「それだとこれは捨てずに持っていたほうが良いかもしれないな」
幾らになるかは分からないが、将来的に金に替えられる可能性があるのだ。
そのまま捨てるのは惜しい気がする。
「じゃあココに飾っておきましょうよ!」
「えっ?」
「この熊の剥製の隣でいいよな。よしっ、完成!」
建物の中には冒険者の戦利品であろうか、動物の剥製がいくつか置かれている。
熊の剥製が壁にめり込むように配置されており、壁から顔と腕がニョキッと生えている具合だ。
その周りには斧、剣、弓や槍といった武具が一緒に飾られており、ちょっとした展示になっている。
一際目につく熊の隣に生首を固定する。
作業は必要な道具をお姉ちゃんから借りて手早く済ませた。
ベアトリクスが涙目になって俺の脚にすがって来たのが邪魔くさかった。
「うんうん。野生の迫力に禍々しさが加わって良い味出してるわね」
「ここではなくてせめてあちらに。いえ、自分たちの宿に飾っておいて下さいまし」
「ああ、それは今日の夜もう一度よく考えてみるよ。今は牛の退治が先だろ? それまでの置き場所ってことで一つ」
「まあ……確かに……今日の夜までですよ。また突然動き出したりしないんでございまし?」
「さっきも言ったが分からん。でも例え動き出したところで弱いから大丈夫だよ。それに目を離すのは数時間って所だ。さっさと牛を片付けて戻ってくれば良いんだよ」
「そうでございましね……」
自分が一部を管理している建物の中に勝手に飾りを増やしたことが不満なのか。
それとも隣の熊に思い入れがあるのだろうか。
不満を垂らすベアトリクスをたしなめるため、話を本筋に戻すことにする――確かベアトリクスが牛のところに付いてくると言っていたっけな。
「じゃあそろそろ牛のところに行こうと思うが、ベアトリクスも付いてくるんだよな?」
「ええ、同行するでございまし。私めだけでなく……」
「アタイも行くよ。アイツには貸しがあるんだ」
近くのテーブルでお茶を飲みながらこちらをずっと伺っていたアンジェリカが立ち上がり近づいてくる。
そして壁に掛かる武器の中から槍を選び手に取る。
アンジェリカ、お前万年処女のくせに槍マ……いや、槍使いだったのか。
「二人とも戦えるのか?」
「出会った時にお話しましたが、私めは協会の分会長でございまし。この街の協会員の中でも格が違うのでございまし」
手に取った弓の弦の張り具合を確かめながら、ベアトリクスは胸を張る。
そういえば最初に自己紹介された時にそんなことを言っていたな。
彼女が矢筒を背にかけると、胸に回したベルトが胸を二つに割って――これは!
痛っ……お姉ちゃんに尻を抓られてしまった。
「アタイも伊達に共同体の支部長をやっちゃいなよ。それでも雌豚と二人がかりで手も足も出なかったのがあの暴れ牛だ」
「それが最後の手段のつもりだったのでございまし……」
二人はそれなりの冒険者だということらしいが、牛の話になると一様に顔を曇らせた。
牛の退治は冒険者たちが匙を投げたといっていたが、その冒険者の中に彼女たち二人も含まれるらしい。
あの牛が暴れていたらそりゃあ危ないだろう。
暴れていたらの話だが――
[登場人物紹介]
ケイ君 この作品の主人公。危険な魔族もレンチン一発よ。それとお裁縫が得意。
マスコットお姉ちゃん 性的な目で女性を見るケイ君にはお仕置きする。
魔族 首を切った位では死なない脅威の生命力を持つが電磁波には勝てなかったよ……カタコトなのはケイ君の雰囲気。
ベアトリクス 別名:淫乱雌豚。パイスラができるお胸を持つ。
アンジェリカ 別名:万年処女。槍使いだからヤリマ……槍ウーマン!もとい槍パーソン。




