第21話 最後はあっさりと
「これがゾンビの身体ですか。全く違和感がありませんね」
「邪悪な気配こそ通り抜けましたが、私達は何一つ邪悪な気配を纏ってはいませんわ」
「えっ? ゾンビの肉体を手に入れられたのでは無いのでございまし?」
「そうみたいですね。相手からの攻撃を受けつけないとは良いことが分かりました。しかしどうやってアレを倒しましょうか」
「流石のアンジェも霞は切れないのでございましね」
どうも俺達はゾンビになる攻撃を受けたようだが、肉体的にも精神的にも変化は全く無い。
これはアンジェリカの言う通り相手からの攻撃に対して俺達はノーダメージということだ。
しかし相手があのモヤっとした霞であるのならば俺達に攻撃の手段は無いということでもある。
「我の力が通じないとはお主ら何者だ」
「何か焦ってらっしゃいますが……」
「何者と言われても困るのでございまし」
「どちらも決め手を欠いているみたいですわ。ここらで姿を見せてくれないでしょうか」
ソフィアが霞に向かって問いかける。
しかしイチゴちゃんの口を通しての言葉なのでイマイチ緊迫感というものがない。
他が感じ取っている焦りというものが聞いて取れない。
「よかろう」
「あちらですわ」
ソフィアが指差す森の方から空中に浮いたボロ布がフワフワと向かってくる。
ボロ布はソフィアが着ているものと同じローブのようであり、フードの下には顔のようなものが見える。
見えるがこれは……
「骸骨のようです」
「しかし骨が有るということは切れるということだ」
「ですね」
俺への同意を言い切る前に飛び出すという、あまりにも速すぎるアンジェリカの行動。
せめて相手の次のアクションを待ってやれよと思うが。
いや、思えばそんな義理は何処にもない。
アンジェリカの剣が実体を持った相手を切り裂く。
しかし骨とボロ布が断ち切れただけで特にダメージは無さそうだ。
「いきなり襲ってくるとは乱暴者が」
「いきなり襲ってくるとは乱暴者が」
「たわけ。貴様が先に攻撃してきたというに」
イチゴちゃんの言葉の前に骨骨しい乾いた声が俺にも伝わってくる。
実体があると声を出すことが出来るようだ。
今まで蚊帳の外だった俺も会話に参加出来るチャンスが巡ってきた。
「イチゴちゃん。俺にも今の言葉が聞こえるから通訳は必要ないよ。ありがとう」
「そーですかー。そういえば頭の中に響くってよりー耳から聞こえてくる感じがしてましたー」
「剣が駄目となると、魔法で燃やしてみるでございまし?」
「やってみましょう」
ジェシカが手をかざすと炎の渦が骸骨ローブに向かって噴射される。
魔法ってそんな派手なこと出来たんですね。
しかし炎に包まれた骸骨ローブは全く燃えずにピンピンとしている。
「ふっ、我がその程度でやられるものか」
「駄目です。狙い所も分かりませんし、実体が在って無いみたいです」
「見た目と違って骸骨ローブ野郎が本体じゃないってこと?」
「そうなりますね。あのモヤを含めた全てが本体のようです」
「当たらなくて駄目というなら聖なる力も期待できまんせんが、試しにやってみますわ」
代わってソフィアが両手を伸ばして骸骨ローブへとかざす。
すると手のひらの先が発光して当たり一面を包み込む。
目に悪そうなとても強い光ではあったが……
「聖なる力を扱えるのか小娘。しかし我を倒すには及ばぬ」
「効果は有るみたいだが駄目ってことか」
骸骨ローブの回りを取り巻くモヤの規模は数パーセントほど減少している。
つまり効果はあるようだ。
しかし本体へのダメージがあったようには見えない。
骸骨もローブも無事だしね。
「これぇどうしよっかねぇ」
「詰んだって奴っすねー困りますよねー」
「倒さないで放置するとゾンビ問題が解決しないのでございまし」
「モンタニアのことはセントロと関係ないと無視するとしても、山道にゾンビが現れるのは困ります」
「倒し続けるのは労多くして功少なし。せめて何処か遠くに行って貰いたいところですわ」
「ゾンビの無限ポップは嫌よねぇ」
「できれば今後も関わりあいたくないものです」
皆揃って口では困ったと言っている。
しかし焦りもなければ恐怖も無い。
例えるならおやつがちょっと好みではなかった程度の困惑。
「オイオイ。何故我が下手にでなければならないのかね」
「貴方の攻撃はこちらに効かないし、私達の攻撃も貴方には効かないのが事実でしょう。馬鹿げた平行線を続けるのならこちらも付き合いますが、互いにメリットは無いと思いますよ」
アンジェリカが代表して交渉に持ち込もうとする。
提案に乗ってくれると解決の道もありそうだ。
「生憎様、我は諦めと疲れというものを知らなくてね」
が、話し合いにはなりそうにない。
アンジェリカでも駄目、ジェシカでも駄目、ソフィアでも駄目。
物理攻撃が駄目ならお姉ちゃんでも無理だろう――
「面倒臭いやつにぶち当たったものだが、どうしよう。お姉ちゃんは何とかできそう?」
「わたしでもどうしようもないわねぇ、ケイ君に任せてもいいかしらぁ?」
両手を軽くバンザイして降参のサインをするお姉ちゃん。
つまり俺が出来る限りを尽くすしか無い。
「お姉ちゃんの頼みっていうなら何でも聞くよ。やっちゃって良いんだよな」
「皆さん良いわよねぇ?」
お姉ちゃんが五人に意見の可否を問う。
「さんせーでーす」
「それ以外ないでしょう」
「賛成でございまし」
「打てる手があるのならばそれで」
「良いですわ」
満場一致で骸骨ローブの対応は俺に任されることになった。
であれば俺も早速行動に移す。
骸骨ローブの実体はモヤに有ると見た。
ならば――
「領域固定」
口に出す必要はないのだが少なからず観衆もいるので多少はサービスする。
骸骨ローブを包むモヤは有る種のガス状の気体だ。
俺はその気体の全てをまず固定する。
当然骸骨とローブも含めて。
これは逃げられないようにするためだ。
「あれ? これってーケイさんには聞こえましたー? むっ、貴様一体我に何をした! ってやつ」
「いーや聞こえない。動きを固定したから声を出せなくなったんだろう」
「そんなことやったんだぁケイ君。流石ねぇ」
「確かに微動だにしなくなったのでございまし」
骸骨ローブの都合はどうでも良いので次の作業に進める。
その場で動けないよう固定したのは次の作業の前フリでしかない。
「空間圧縮」
モヤを骸骨とローブごとサイコロ大の大きさに圧縮する。
出来上がったサイコロは俺の手のひらに収まっている。
体積をゼロに近づけるまで圧縮することも出来るが、それをやるとマイクロブラックホールが発生して環境に影響が出る。
「我が最高の肉体を返したまえ……って今ーこれどうなっているんです?」
「骸骨ローブ野郎をこのサイコロに固めてみた。骨と布は二度と元に戻せない」
「わたしとケイ君は良いけど~、みんなは骸骨野郎の声が聞こえて迷惑なんじゃないかしらぁ」
「頭の中でやかましくて困りますわ」
「そうでございましね」
骸骨ローブはこの姿になっても能力を喪失していないらしい。
ここまでやって死なないとは敵ながら天晴。
だからといってそのままにしておくことは出来ない。
「じゃあ何とかしないとな」
ここに捨てていくという案もあるが、それではいずれ復活ということもあり得るか。
それではどうするか――
確か聖なる力は全く効果が無かった訳ではなかったはず。
であれば、これが使えるか?
俺は腰の袋から瓶を取り出すと、蓋を開けてサッとサイコロを入れる。
手早く蓋をすると振ってみると中でコロコロしている。
ソフィアの話では聖水の効果は三ヶ月あるのだからしばらく大丈夫だろう。
「中継しなくてもー良いですよねー。なんか文句言いながらー喋らなくなっちゃいましたー」
「マジで? 効き目すごいな」
「ケイ君、ナイス判断ねぇ」
「邪悪な気配も消え失せましたし、私の聖なる力による完全勝利ですわ」
「静かなものです。やはり聖水が全てを解決しますか」
「幾ら何でも暴力的すぎる効き目なのでございまし」
「こんなものを口にして全く無害というのが信じられませんね」
倒せないまでも静かになってくれればと思ったが……
どうしようこのサイコロ。
人体一人分の骨の塊だから結構重たいし後始末に困ってしまうな。
水で洗って本当にサイコロに加工してしまおうか。
処理と言えばサイコロの処理で思い出したが――
「終わったとは言え、この惨状だ。どうしよかねぇ」
「幸いですが辺り一帯から邪悪な気配は感じられないですわ」
「ゾンビのおかわりはなしでございましね」
改めて辺りを見回すとゾンビやゾンビだった肉片が一面に飛び散っている。
俺達だけで片付けるとなると俺が相当頑張る羽目になるやつだよ。




