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ゆるふわお姉ちゃん(年下)と行く異世界紀行  作者: kdorax
4章 聖女の聖水と死者の村
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第19話 覚醒

 だから何でこの聖水はいつの間にか補充されるのだろうか。

 朝起きてまず気づいたことは、キッチンに無造作に置いていた聖水の瓶が満タンになっていたことだった。

 昨晩全量外に撒いて使いきったため空になっていたはずにも関わらずだ。


 瓶に触ってみると室温であり生温かい感触はない。

 ということは補充されて時間が経っているということだ。

 夜中かな。


 まあ犯人も分かっているし何時行われたかは問題ではない。

 今の問題はもっと別のところにある。

 が、その問題は一先ず考えず先送りにすることにして俺達は朝食を取ることにした。


 メニューは細長い堅めのバゲットを使ったハムサンドイッチ。

 食後には砂糖入りのブラックコーヒーがつく。

 いずれもお姉ちゃんがポーチから取り出した材料でつくられたため、この世のものではない美味しさだ。

 比較対象となるこの世界のパンが不味すぎるだけなんだけどね。


 一同、テーブルについて礼儀正しく食してたあとは食後のコーヒーに舌鼓を打っていた。

 さわやかな朝のひととき、当然のようにお喋りに花が咲く。


「やはり別の世界のお食事というものは美味しいものでございまし」

「食糧事情の改善ができりゃー誰だって何処の国だって叙勲ものだヨ」

「主食の不味さはセントロ建国以来、何一つ解決出来ていませんしね」

「パンが駄目ならケーキを食べれば良い」

「バターと砂糖で水増ししても粉の不味さを誤魔化せないのでございまし」

「南海連では水に晒し続けて何の風味も無くなったデンプン粉を使った麺が開発されたそうです」

「不味くは無いんだろーが上手くも無かろーヨ」

「味付け大事。麺はスープが命」

「海に面していると海鮮が使えますものね。こちらでも出来るものとして豚の骨を煮詰めた豚骨スープなるものが美味しいとアノニマスが言っていましたね」

「圧力がー、とか、火力の維持がー、とか言って成功したのは見てないのでございまし」

「燃料貴重」

「結局麺が不味いので無理とも言ってた気もするが……記憶が曖昧だナ」

「あの人に腕が無かっただけですよ。貧弱な腕力で麺に腰が出るものですか」

「この世界のー豚骨ラーメンもー食べてみたいですねー」

「インスタントで良いならすぐに出せると思うわよ~」

「今日のお昼になんか良いですねー」

「あの男は食事の不味さに心折れ過ぎ」

「取り寄せた米で作ったチャーハンも匂いで駄目だったっけ?」

「九割方具でも駄目。絶望」

「米の品種が駄目だったのではなかったのでございまし?」

「それはモチというのが作れないかって試した時の話です。同時にミリンという調味料も作れないことが判明してダブルパンチで心がへし折れていましたよ」

「もち米が無かったという訳ねぇ」

「えー、年が越せないですね―。あれー? なんか引っかかるなー」

「アノニマスはさー錬金術じゃなくて料理に心血注ぎすぎなんだよナ」

「そのアノニマスさんってーあたしと同じ日本人なんですかねー?」

「そんなに親密な転移者がいらしたのねぇ」

「転移者ではなく前の世界の記憶を持ってこの世界に生まれた転生者」

「転移だけじゃなくてそんなことも出来るのか。まあ神にお願いしたらそれくらい簡単だろうが」

「元の体に拘る理由は有ったり無かったりかしらぁ」

「そういうこともあるんですねー。それよりですよー。襲ってくるんならー、夜だと思わないですかー?」


 食後のコーヒーを優雅に啜り雑談に花を咲かせていた俺達はイチゴちゃんの言葉で一時正気を取り戻して窓の外を見る。

 そこには大量のゾンビが徘徊する姿が見て取られた。

 どう考えても村の規模から推測される人口よりも量が多い。

 窓から見えている範囲だけでそう感じ取れる。


「考えないと仕方がないが、考えても仕方がないよな」

「そうねぇ。ケイ君が全力でいけばそれで終わりだけど~。それは最後に取っておきましょう」

「どういう訳か襲ってこないのだから一先ず落ち着くのでございまし」

「まあ一体一体はカスだからヨ……ジェシカ、昨日の薬を貰ってもいいか? まだ何か不調なんだ」

「それでは別のハーブも混ぜて効き目を上げましょうか」

「小さめのボウルが食器棚にあったはず。持っててくるのでございまし」


 ジェシカはベアトリクスがキッチンから持ってきたボウルに数種類の粉を入れ、水を加えて混ぜる。

 それを隣に座っているソフィアに手渡す。


「はいソフィア、渡して頂戴」

「うーん。マズ味」

「味見するのは良いけど舐めたスプーンを戻さないでくれヨ。気にしないんだけどサ。苦いというより、何だこれ」

「すぐに効果があるのでございまし?」

「あんまり変わんないな。このままじゃ戦う気にもならないんだがヨ」

「まだ駄目ですか……仕方ありません。魔法療法を試しましょう」

「大丈夫なやつなのか?」

「外部刺激で人体の魔力の廻りを改善するだけですよ」

「気功的なやつねぇ」


 立ち上がったジェシカはアンジェリカの後ろに立ち、彼女のこめかみを揉み始めた。

 時折首を左に持っていったり、右に持っていったり。

 俺の目にはただのマッサージにしか見えない


「あー・効いてきたかも。この覚めた感じ、とても久しぶりだ」

「昨日ぶりくらいで何が久しぶりなんでございまし?」

「いやーこれはあれだ……何でっ!?」


 突如大声を出すアンジェリカに、思わず俺達一同は驚く。

 何か起きたのだろうが、そこまで驚くほどのものなのだろうか。


「何でって。急に大きな声で驚かれても困るのでございまし」

「効きすぎたにしても悪い方向ではないようですが……」

「いやいやいや。ただの頭痛薬でしたよね? どうしてこんなことになるの?」


 むう……アンジェリカの様子がおかしい。

 なんだろう。

 そうだ薬を飲む前の態度が悪い言葉振りが消えている。

 これはどういうことだろうか。


「昔の喋り方に戻ってきたのでございましね……何で?」

「どうしてですかね」

「不可思議」

「喋り方なんて気分でどうにでもなるんじゃ?」


 俺の問いかけにベアトリクスは首を横に振る。

 どうやら何か理由があるようだ。


「アンジェの喋り方はその昔、封印ついでにそれが分かるように人格を上書いて強制したもの。自分から止められるものではないのでございまし」

「魔法院長と神殿の大祭司長が協力して掛けた封印ですよ。解けるものではない……のかしら?」

「大祭司長の聖なる力はカス」

「魔法院長の魔力だってカスですよ……これはやらかしちゃったかな……」

「左に同意」


 互いに自分たちの長をカス扱いしたジェシカとソフィアが顔を見合わせている。

 組織の長が能力的にカスであることとアンジェリカとの封印との間に何かあるのだろうか。


「何か分かったのか?」

「おそらくですがアンジェリカに掛かっていた封印が解けてしまったようでして……」

「こんなことになるとは……」

「あの儀式はあれこれ一週間かかった代物。そう簡単に解けてしまうものなのでございまし?」

「昨晩話していた強すぎるアンジェリカを封印したっていうあれか」


 ベアトリクス、ジェシカ、ソフィアの三人は首を傾げる。

 封印を解除するに至ったことに心当たりはないようだ。


「その封印ってーどうやってされたんですかー? そこに何かあるんじゃないですかー」

「それはですね。王立魔法院の院長が魔力による封印を。神殿の大祭司長が聖なる力による封印を行いました」

「魔法療法ぐらいで簡単に解けるはずはないのでございまし。聖なる力も必要なの……で」

「途方もなく強大な聖なる力を持っている人間に心当たりはあるのだが」


 俺はソフィアを目線を向けて語りかける。

 聖なる力であれば十二分に発揮できることであろう。


「偶然ですね。私めも同じことを考えましたが、ソフィアは何も関与していないのでございまし」

「幾らソフィアでも近くにいるだけで封印に関与は出来ませんよ」

「薬のスプーンを舐めてましたよねぇ?」

「聖水ということですか……ありえますね」

「本当にそれが原因で? お薬でハイになっただけかもしれないのでございまし。封印が解けていなければ剣を持てないはず。イチゴさんの剣を持たせてみるのでございまし」

「はいどぞー」


 イチゴちゃんが風の細剣をアンジェリカに手渡す。

 昨晩の話からすると封印によって剣を持つことは出来なくなっている。

 だがしかし――


「ありがとうございます。魔剣のようですね。軽い剣は合わないのですが良いものですね」

「持てるみたいねぇ」

「完全に解けてしまっています」

「聞いて下さいアンジェリカ。貴方の力は本来無闇に振るうべきものではありませんわ」

「分かっています。しかしこの状況から君を護ることこそがアタシの役目。やらせて下さい」


 誰だよこいつら。

 アンジェリカだけでなくソフィアの喋り方も綺麗になってしまった。

 昨日までの二人は何だったんだ。


「ソフィアは言葉遣いが不自由になった親友のために合わせてやっていただけですから。その理由がなければ普通に喋りますよね」

「仕方なしでございまし」


 お前らキャラを作っていたのか。

 それなら喋り方が変わっても問題ないね。


「でもこれでこの状況を簡単に打破できそうですね」

「ポジティブな考えはとても大事。私の力を使わなくても済むと思うと精神的にも楽ですわ。勝確」

「しかしこうなるとゾンビを倒した後のことを考えないといけなくなりましたね。親玉が痺れを切らして出てきてくれる良いのですが、それはあまりにも楽観的な考えかなと」

「そうでございましね。でも、それは全て倒してから考えればよろしいかと」


 昨晩の話を信じるならば楽観的な雰囲気になるのも仕方がない。

 アンジェリカの力というのは聞いているだけでは信じられない程のものなのだから。

 動きのとろいゾンビなど幾ら数がいても問題になるまい。


「そうしましょう。イチゴさん、この剣をしばらく貸していただきますね」

「はい。あたしのー代わりに戦って欲しーなーって思います」

「では参りましょう」

「わたしも出来る限り助勢しちゃうわねぇ」


 アンジェリカが椅子から立ち上がるとイチゴちゃんから借り受けた風の細剣を手に玄関へと向かう。

 そして俺達残りのメンバーも立ち上がってその後を追う。

 数百とも数千とも分からないゾンビの大群が待ち受ける外へと俺達は足を踏み出した。

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