第17話 喋るゾンビ
「君たちはここで何をしているんだい? 隠れんぼかな?」
誰も隠れんぼをしているなんて思っちゃあいない。
見つけさせるために隠れているとしか思っていない。
気を緩めたところを後ろから攻撃するためにだ。
俺はしゃがみこんで二人と目線を合わせる。
立っていることで高圧的に見られることを防ぐ狙いだ。
もっとも二人にそんなことを考える頭があればの話ではあるが。
「僕たち兄妹はこの村に住んでいて……アイツから隠れていました」
「アイツ、アイツが来るの!」
意外に結構喋るんだな。
もっと片言で喋ってくれても騙されてあげるのに中々の演技派じゃないか。
今のところ攻撃してくる意志が見られないので話を続けることにする。
「まあ落ち着こうか。大丈夫。助けるために俺達が来たんだから。それでアイツっていうのが他の人達をあんな姿にしたってことでいいのかい?」
「はい……。お父さんもお母さんも、友達も皆アイツに攫われちゃったんだ」
「それであたし達は村長さんが匿ってくれて。でも、村長さんも攫われちゃった」
お前たちも攫われて何かされたんだろう、ということは言わない。
彼らが話す内容の正しさも問わない。
こちらとしては話を聞いているふりをするだけだ。
「そうか。それじゃあアイツっていうのが村に誰も居ない原因なんだね。もっと話を聞きたいからダイニングに移動しようか。大丈夫。今はアイツもその仲間もいないんだから」
俺一人であればこのままの形で会話しても良いだろう。
しかし他の皆がいるのにこれを継続するのは話を聴く姿勢として不自然といえる。
二人の手を引いて立ち上がらせると、そのままダイニングまで連れていきテーブルの椅子に座らせる。
その手は人肌とは思えない冷たさがあったが、その驚きを顔に出すような真似はしない。
俺の目なら体温なんて見れば分かるしね。
「喉が乾いているだろう。何か飲み物を用意しよう。お姉ちゃん、イチゴちゃん手伝ってくれ。アンジェリカとベアトリクスは様子を見ておいてくれ」
「分かったヨ」
「承知でございまし」
二人の子供のお世話、もとい監視をアンジェリカとベアトリクスに任せる。
長方形のテーブルの真ん中に二人を座らせ、その対面にベアトリクスが座る。
アンジェリカはテーブルの端に座り、キッチンから持ってきたカトラリーを目の前に並べて布で拭き始めた。
ソフィアは子供の隣に座り、ジェシカはベアトリクスの隣に座る。
座る位置は四人にまかせたので、彼女たちの判断ではこれで問題はないということだ。
「それで何を飲ませるの?」
「ジュースで良いと思うけど、まあ味付けはするよ?」
イチゴちゃんが何も言わず、戸棚に置かれていた木製のカップを調理台に並べていく。
そこに俺が手元の袋から取り出した瓶の中身を全てのカップに少量ずつ注いでいく。
最後にお姉ちゃんがポーチから取り出したフルーツジュースをカップに注ぐ。
これで全ては準備完了だ。
「「「……」」」
言葉に出すと聞かれていた場合に怪しまれる可能性があるので三人とも目で語る。
二人とも目に緊張が走っているのが見て取れるが、その緊張はキッチンに置いていこう。
ここから先は自分も含め、皆の胆力を信じるしか無い。
少なくとも俺達にとって毒ではないことをイチゴちゃんが身を持って証明してくれている。
味の方も飲めないことは無いとも。
「おまたせしましたー」
「お口に合うといいんだけれど~」
トレイにカップを載せてお姉ちゃんとイチゴちゃんが笑顔で皆に給仕する。
このとき大事なのは相手にどのカップを取るかを選ばせることである。
給仕者が手に取って渡そうものなら何か毒が入れられていないか警戒されるというものだ。
実際には全てに同じものを入れているのだから何を取らせても結果は同じだしね。
イチゴちゃんはアンジェリカ、ベアトリクス、ジェシカの順にカップを取らせる。
そして残った一つを手に自分もジェシカの隣に座る。
アンジェリカとは逆の端っこである。
お姉ちゃんは子供二人にまずカップを取らせると、ソフィアに渡す。
子供の隣の誰も座ってない椅子の前に一つ置いてその横に自分が座る。
つまり誰も座っていない席が俺の座る場所というわけだ。
最後にキッチンから戻った俺は自然な形で子供の隣に座る。
「甘くて美味しいのでございまし」
子どもたちに飲ませるためには自分たちも飲まなければならない。
絶対に何か得体が知れないものが入れられていることを察しながらもベアトリクスはカップに口をつける。
その姿はもの凄く自然で演技が入っているようには見えない。
俺もごく普通に一口飲んでみる。
うん、自分で入れたからこそ引っかかりを覚えるが甘くて飲みやすい。
何も知らなければ普通にイケる味だ。
「疲れた身体に効きますねー」
「甘味」
「悪くない味です」
「美味いじゃんヨ」
「どうしたの~? 飲まないのかしらぁ。美味しいわよ~」
俺達七人がカップに口をつけた後も子供二人は飲もうとしない。
カップの中身に疑いを持っている証拠であり、頭が腐ったゾンビのくせに知恵が回るということでもある。
「じゃ、じゃあいただきますっ……」
隠れていて食うや食わずで腹が減っているという設定のはず。
水や食事を取らない理由は存在しない。
飲まざるを得ないことを察したのか、男の子と女の子は目を合わせると一思いにゴクリとカップの中身を飲み込んだ。
その結果は直ぐに出る。
「本当にゾンビさんでしたねー」
「一発昇天」
カップに口を付けた瞬間、二人はその活動を停止した。
今まで使用してきた中で最高に聖水の濃度は薄いのに効果は覿面だ。
むしろ体外に掛けるより体内から吸収する方が作用が強いのだろうか。
「てこたーやっぱり中身は聖水かヨ」
「ちなみに何滴ほど入っているのです?」
「そんなことよりお口直しでございまし」
「仕方がないとは言え聖水を飲むのは……ジェシカ、口直しの薬草はないかヨ? ちーと頭も痛えんでそっちにも効くやつを頼む」
「一先ずこれでも飲んでみて下さい」
ジェシカがいつも持ち歩いているバッグから小さな紙包みを取り出す。
小分けされた粉の薬剤のようで、アンジェリカは受け取るとジュースで飲む。
口直しのために飲むにも関わらずジュースに聖水が入っていることを気にしないらしい。
「直ぐに効くやつなのか?」
「しばらく様子をみましょう。明日も頭痛が続くようであれば別の薬を出しますよ」
「寝れば治ることを期待しているヨ」
「私めは普通の水にするのでございまし」
「そうだな。俺も水で濯ごうと思う。それとこいつらも片付けないとな」
子供二人が微動だにしないことを確認し各々椅子から立ち上がる。
これから夕食を取りたいし、いつまでもぼーっとしている訳にもいかない。
それに動かなくなった子供はただの死体だ。
ずっとここに置いておく訳にもいかない。
「突然動き出さないよな?」
「邪気は祓われた。これ以上動くのは無理」
「埋葬は明日するとして今日のところは外に安置しておくか」
「それがいいかしらねぇ。片付けが終わったらお夕食にしましょ」
「残ったジュースは余りの聖水と一緒に外に撒いとこう。ゾンビ避けになるかもしれない」
「それじゃーあたしはお片付けを手伝いまーす」
俺はベアトリクスと協力して二人の遺体を外に放り出す。
その後ジュースと聖水を撒くという大事なイチゴちゃんの作業に立ち会い、満遍なく撒かれたことを確認する。
これで夜の内だけでもゾンビが近づいてこなければ儲けものだ。




