16話 生存者?
朝に関所の砦を出発して村に辿り着くまでに一日掛かってしまった。
不慣れな山を道の整備をしながら、更にゾンビを倒しながらとはいえ一日がかりとはゆっくりだ。
ようやく辿り着いた村ではあるが住んでいるはずの住人の姿は全く無い。
生きている人間の姿も死んでいる人間の姿もだ。
ゾンビの姿がないことは行幸ではある。
すっかりと日も落ちているのだが、村の家々からは明かりの一つも漏れてはいない。
そこで勝手に家々にお邪魔をしては誰かしら存在しないかと探して回ったのだが――
「食料が見当たらないな。腐っているなら分かるが底をついているというのが正しそうだ」
「簡単な話です。この近辺であれば主食はプリメロとの交易で調達しますが、魔物の大量発生でそれが出来ないとなれば食べるものはありません」
「飢饉に倒れたか……にしては死体が見えないのは?」
「死霊魔術に使用」
「なるほど」
ジェシカの推測によると村人は既に亡くなった可能性が高いという。
村にはそれなりの数の家が軒を連ねているが、これら全ての住人がゾンビになっているとすれば結構な数に登るだろう。
仮に今日ここまでに倒したゾンビがかつての村人だったとしても、倒せた数はほんの一部でしかない。
「家を全部漁ると深夜になっても終わらねーだろーヨ。ひとまず今日の寝床を探そーゼ」
「そうするのでございまし」
アンジェリカの提案にベアトリクスが賛成する。
ここまで山道をひたすら歩き通してきた結果、皆は相当な疲労を抱えている。
さらにエナジードリンクで誤魔化しているがアンジェリカ、ベアトリクス、ジェシカ、ソフィアについては完徹からの強行軍だ。
休める体制をさっさと整えるべきだ。
幸運なことに人影は見えない――それはゾンビの姿もパッとは見当たらないということだ。
すぐにも戦闘になる要素が低いのであれば細かいことは明日考えればいいだろう。
「で、どこを寝所にすればいいんだ? 空き家しか無いから選り取り見取りで困ってしまうんだが」
「可能な限り大きな屋敷」
「村長の家あたりが良いかと」
「あれじゃねーかナ。客室もありそうなデカさだヨ」
「立派なのできっとそうでございまし」
「あれが一番ご立派なお屋敷みたいねぇ」
アンジェリカが指差す先に他の家より一回り大きい家、まさに屋敷と呼んで差し支えがない家があった。
丸太づくりのログハウスなのはこの村の家々の共通的な造りだ。
他より立派な分だけ頑丈そうだし、夜中にゾンビに襲われても他の家より耐えられそう。
「お邪魔しまーす」
予め全員に言い含めているが建物の中に生体反応が無いことは分かっている。
それでも一応声を掛けて屋敷の中に踏み入れる。
「返事はないのでございまし」
「使えないことはないって感じねぇ」
「広さは十分」
「ホコリがしていますねー」
「それだけ長く人が居ないということです。それでもひと月と少しくらいでしょうか」
「積もっているホコリを落とせば寝れるだろーヨ」
「それじゃあ掃除機でちゃっちゃとやっちゃいましょ~」
お姉ちゃんはポーチから自動掃除ロボットを取り出して床にセットする。
空気清浄機能付きの優れ物ということだ。
しばらく放っておくだけで床の汚れも全体的な埃っぽさもどうにかなるだろう。
実はゾンビが潜んでいるということもあるので、七人揃って家の中を見て回ることにする。
ダイニング回りはこの後で集まるのために後回し。
となると残るは寝室ぐらいしか見るところはない。
「寝室も問題なく使えそうです」
「部屋割というか人数割は昨晩が基本かな」
「それ以外あると思っているのかしらぁ?」
「無いと思ったから聞いてみたんだけど。当然だよね」
一部屋ずつ見て回ると各部屋にはベッドが二組ずつ置かれている。
寝室は四部屋あるので一人寂しくではあるが、今晩はベッドで寝られそうだ。
どの部屋も例に及ばず多少ホコリを被っているものの掃除機がなんとかしてくれるだろう。
あとは空気清浄機能の実力を信じるだけだ。
寝場所に問題がないことが出来たのでダイニングに集合する。
村の会議にも使っていたのだろうか十人用の大きなテーブルがあり、この人数に丁度よい広さでもある。
ホコリを被っているので拭かないとテーブルは使えないが、それくらいは自分たちでやろう。
皆で奥のキッチンに入ると食器や道具はあるが食料の類は見られない。
竈はあるが燃料が無いので今晩も明朝も使うことはないだろう。
いまから態々薪を集めるのは面倒だからであり、必要もないからだ。
「ここも食料は見当たらないのでございまし……が、パントリーにあるかもしれないのでございまし」
ベアトリクスがさらに奥のドアを指差す。
言わずとも勝手にドアを開けて調べれば良いにも関わらず、態々指を差し声に出してアピールしてくる。
これはベアトリクスがパントリーの中を警戒しているからだ。
他はというとイチゴちゃんにこの手の感覚は期待できないので無視するとして、お姉ちゃんはそっとその隣に位置しているから問題ない。
アンジェリカがごく自然にカトラリーを物色しているのは投擲武器として使えるからだろう。
ソフィアとジェシカは雰囲気を察してパントリーへの扉から遠い位置に立っている。
「何が出てくるか分からんが、この建物に俺達七人以外の生体反応はない。これだけは改めて言っておく」
一応ゾンビが潜んでいる可能性を考えて屋敷に入る前に皆には告げていることだ。
そして今、パントリーには生体反応がない何かが潜んでいることは気配から分かっている。
まあ、その何かの正体は十中八九ゾンビだろうね。
「それで誰がドアを開けるんだヨ?」
調理台にカトラリーを並べながらアンジェリカが確認する。
これらのナイフやフォークは何かあればすぐにでも投げられるように並べられているものだ。
「死なない自信があるケイ君がいいんじゃないかなぁ」
「そうか。ならば俺が行こう」
いきなり飛びかかって来られた結果、ドアを開けた者がゾンビにやられて命を落とすのは良くない。
お姉ちゃんの言う通りゾンビごときに遅れを取ることのない俺が行くのが適任だ。
「まあ何もないって。ゾンビも食料も」
イチゴちゃんですらパントリーに何かが居ることを、異様な場の雰囲気から察している。
よってこの言葉は完全に中で待ち受けている者に向けたものである。
そんなことする必要があるのかは不明だが、疑いを持たないことを装うことで得られるものがあるかもしれない。
「ほーら、何も……いた」
何か居るのは分かっていたが驚いた振りはする。
そこには十歳くらいの男の子と女の子が身を寄せ合って三角座りをしていた。
何が気持ち悪いって二人とも心臓が全く動いていないというのに、顔には一応栄養不足かなくらいの生気が見られるっていうところ。
これは今日見てきたゾンビとは明らかに違う特徴。
ゾンビとしての格が高いのだろうか。
生前に十分な徳を積んでいたりとか?




