第15話 遭遇
休憩後は俺に代わってご機嫌な四人組が先行して前を行く。
邪魔なものが取り除かれた足元は先程までとは違って安定している。
注意散漫な状態で進んでも転んで怪我をすることもあるまい。
「おっ! 第一モンタニア国民発見! 槍の錆にしんてやんヨ!」
「あー絶対ゾンビの奴でございまし! 私めの弓に任せるのでございまし!」
「発見即射殺」
「足止めしたら火葬です」
この距離だとゾンビとも生きているとも見分けがつかないのだが遠くに人影が確認出来た。
テンションがおかしくなっている四人組は既に臨戦態勢でとても手を付けられない。
これじゃあ仮に普通に生きている人でも不幸な事故で殺してしまいそうだ。
どう見てもゾンビだから問題ないんだけど。
現れたゾンビとの距離はまだまだ余裕がある。
先手必勝と駆け寄って囲んで殴るのも悪い戦術ではないが、距離を取って戦えるかは確認しておきたい。
俺は四人組を諌めるとお姉ちゃんに声をかけた。
「お姉ちゃん。頼み事がある」
「なあにぃ」
「銃で撃ってみてくれないか?」
「分かったわぁ。まずはどこかしら」
お姉ちゃんも一撃で仕留められるとは思っていないことが分かる。
腰のホルダーからリボルバーを抜き出して構える。
「まずは心臓かな」
動いていない心臓を撃ち抜いて効果があるとは思えない。
とはいえ真っ先に確認しておきたい箇所の一つである。
「りょーかい!」
お姉ちゃんの返答ともにバンッという音が森に響く。
45口径の弾丸が確実に心臓を撃ち抜いたのだがゾンビの動きは止まらない。
当然だが血が吹き出るということもない。
「あららぁ」
「そうだよね。じゃあ頭」
「はいよ!」
明らかに眉間に風穴があいているのだが、それでもゾンビの動きは止まらない。
これで脳が機能していないことが分かったのでヨシだ。
「肩、みぞおち、膝」
肩――期待していなかったがなんともなし。
みぞおち――突き抜けて背骨を破壊したのだが問題が無かったかのように振る舞う。
膝――ようやく地面へと崩れ落ちた。
「これだけやって終わりって感じじゃないなら銃はお預けねぇ」
お姉ちゃんの言う通り、ゾンビは地面に伏してはいるものの、腕を使ってこちらに這い寄り近づいてくる。
片腕を殺しているのでその速度はゆったりとしたもの。
「やっぱ関節だナ」
「そうでございましね。腕だけでも動くのかを確かめてみるのでございまし」
ようやく俺たちの前までやって来たゾンビの前に立ち塞がるアンジェリカとベアトリクス。
言動から察するに先程までのおかしなテンションはもうない。
臨戦体制がきちんと出来上がっていて頼もしい。
アンジェリカが槍でゾンビのお腹を突き刺すとそのまま持ち上げる。
ゾンビはジタバタするだけだ。
「目は見えていないようです」
「見えていたら槍を掴んで抜こうとするはずだしな」
「考える頭が腐っていて判断出来ねーんじゃねーかナ」
「どちらにしろ間抜けでございまし」
その姿はジェシカが言うように目が見えていないように見える。
一方アンジェリカが言うように目は見えているが適切な判断が出来ていないようにも見える。
「痛みを感じないのは厄介」
「人間の限界を超えちゃっているものねぇ」
「それではまず腕を頂くのでございまし」
ベアトリクスの鞭が銃で肩を撃ち抜かれたためにブラブラしていた腕を引きちぎる。
そして手元に引き寄せると、その腕を左手で掴み取る。
肘と手のひらが大暴れしていてお近づきにはなりたくない。
「ジェシィ」
「はいはい。ってこれ、全部にやっていくのかしら」
ベアトリクスから頼まれたジェシカが手をかざすと腕は動きを止めた。
どうやったか理屈までは分からんが、魔法を使ってなにか処理をしたのだろう。
「ソフィアと分担すりゃ半分だし、アタイに比べりゃ楽だろがヨ」
槍で人一体分の肉を持ち上げている意外に力持ちなアンジェリカは一番の重労働だ。
ゴブリンのときの働きぶりといい、さてはとても強いな。
「こっちには動いている方の脚を頂戴。イチゴちゃん、貰ったら練習してみましょう」
「かしこまりー」
「それいくのでございまし」
今更ながら鞭で人体を引き千切ることが出来るベアトリクスも驚愕に値する。
股関節から下を引き千切ってお姉ちゃんのいる方へと引き寄せる。
ゾンビの強度を考えると、これ生きている人間にも適用できるやつじゃん。
「わーあたし初めて人をー切っちゃいましたよー」
「お上手よ~」
イチゴちゃんもかなり肝っ玉が座った女子高生だこと。
ビクンビクンしているゾンビの脚をイチゴちゃんが関節単位に切り刻んでいく。
元々は人間のものだったのだから忌避反応があってもよいはずだが。
こうしてゾンビを部位ごとに切り刻み不活化を繰り返していく。
最終的に動く部位がなくなったことで完全に仕留めきることに成功する。
ただ仕留めるだけであればもっと楽な方法はいくらでもある。
今回はどうすればゾンビを倒せるのかという実験のために態々こういう手段を取ったわけだ。
先を進むにつれてまた何体かのゾンビが現れたが同じようにどうやれば倒せるのかを検証していった。
◇
「分かったことはというと――」
合計で十体程ゾンビを倒しただろうか。
俺たちは歩きながらゾンビの分析結果についてまとめを行うことにした。
・人間よりも力持ち。
・頭を切り離しても追いかけてくる。
・人間なら死ぬダメージを受けても動く。
・切り離した部分もゾンビとして活動する。
・魔力、聖なる力で不活化出来る。
・聖水はいかなる部分に掛けても一発で不活化できる
流石に試すわけにいかないので、ゾンビに噛まれたらゾンビになるのかという疑問は解消できずにいた。
要は相手の攻撃を受けなければ何も問題はない。
ゾンビ単体でならば俺達の相手にならないことは分かった。
後は大勢のゾンビを相手にしてしまったときのことを考えるだけだ
「どう考えても聖水が効果的過ぎるよな」
「農薬噴霧器を使うかしらぁ?」
「それだと俺たちも吸い込んじゃわないかな?」
「それは困るわねぇ」
舌を出して苦い顔をするお姉ちゃん。
俺だって同じ顔をしてしまうよ。
意外に飲めますよーとはイチゴちゃんの感想。
味に個人差はあるだろうがそれは知っていること。
「じゃあ高い所から大開脚黄金シャワーでもやるっていうのかしらぁ?」
「ちっちゃい子みたいですねー」
「羞恥プレイ」
「そいつは高度だナ」
「流石に倫理に反するのではと思うのでございまし」
「勝てるなら有りでは?」
ソフィアを道具として使うのはいかがなものだろうか。
それに絵面がゾンビ退治ではなく変態プレイだ。
これでは倒す方も倒される方も浮かばれない。
「じゃあじゃあ唾液にも聖なる力があるならぁ、水を口に含んで霧状に吹き付けるとかぁ」
「最初の一回だけで後が続かないのでございまし」
「持続性に欠けるのが問題かナ」
「肺活量限界無理」
「噴霧器との合せ技が良いかと思います」
「消毒やー農薬を撒くみたいですねー」
「結局俺達が吸い込む可能性は排除できてないな」
薄まった唾液でも綺麗とは言い難いので散布することはよろしくない。
薄めた聖水でも効果が得られるならそちらの方が量が取れるし。
まあ案として取り柄ないことは俺のコメントが全て。
「臭いに関してはゾンビの方がよっぽどだから問題にしないんだけどな」
「けど口に入る可能性は排除しておきたいのよねぇ?」
「それは当然でございまし」
結局聖水が極めて有効な攻撃手段であると分かっていながら、俺たちは使用方法について結論を出すことは出来なかった。
どう頑張っても口に入ってしまうという懸念を捨てきれなかったこと。
それと村にたどり着いたために話が打ち切りになったからだ。
つまり現時点ではゾンビが大量に出没した場合の対応方法は確立出来ていない。




