第13話 後片付け
「ケイ君、朝よ~。いい加減に起きなさいなぁ」
お姉ちゃんの声がして目を覚ます。
いつのまにやらもう朝らしく、周りも陽の光が差し込んでいて明るくなっている。
「夜中に何かあったみたいねぇ」
「見ての通りだけどゾンビが現れてね」
「あら大変。どうやって倒したのよ」
「それはこう……ソフィアの聖水を使って」
態々空になった瓶を見せつけるまではしない。
だってちょっと臭うもの。
「そういえばその瓶ってそうだったわね。それをどう使ったのよ」
「全部ブッカケたらその場で寝ちゃったよ」
「それで臭うってわけね……」
「一晩経って乾いたとは言え、いや乾いたからこそか」
「朝ごはんの前に見なきゃよかったかも」
「それで起こしてくれたんだ」
「向こうに準備できてるわぁ」
お姉ちゃんに連れられて行くと、座り込む四人組の周りでイチゴちゃんがうろちょろしていた。
食事を配膳して回っているようだが、四人組の顔色は著しく悪い。
何かあったのかな?
昨夜発生したゾンビは一体だけでその後は何もなかったのだが。
「あーケイさん。おはよーございまーす」
「寝不足……」
「原因が不満たれてるんじゃねえヨ……」
「テンションが上りすぎたのでございまし……」
「久しぶりとはいえはしゃぎ過ぎましたね」
何があったかは聞かないことにするが、色々とあったらしい。
その色々も平和的なものだったようだから気にする必要もあるまい。
深夜まで起きていたならゾンビを倒した後に声をかけておいても良かったか。
「ケイさんもー朝ごはんどぞー」
それで朝食は何かとイチゴちゃんから受け取ると、固形のビスケットのようなブロック栄養食。
栄養は満点だと思うが、味の方は……この世のパンの百倍美味しい。
口の中がモソモソするのが難点だが、それは不味いパンも一緒で味が格段に違うので比較にならない。
四人組もブロック食を疑いもせずにモソモソと食う。
その目は食事を口にしても変わらず死んでいて虚空を見つめている。
本当に一晩で一体何があったというのか、ここまで状態が酷いと気になってくる。
イチゴちゃんはひと囓りするとパッケージを見て首を傾げている。
何か思うところがあるようだが、味に不満でもあったのだろうか。
しかしすぐに全てを食べ終えてしまったので問題はないみたい。
「お姉ちゃん、飲み物は何があるの?」
「炭酸と水、あとはりんごジュースくらいかしらぁ」
「じゃあ炭酸で」
出そうと思えば他に出てくるのだろうが、口の中をスッキリさせればいいだけなので炭酸を選んだ。
シュワシュワ感が気持ちいいが謎の甘ったるさがあって後味が悪い。
どんな甘味料を使ったらこんな形容し難い味を作り出せるんだ。
「食い終わったら昨晩出たゾンビの確認をするのであっちに集合な」
「夜の内に出没していたのかヨ」
「確認……ということは倒せたのでございまし?」
「ちゃんと身体は無事そのものだぞ」
「それは助かります」
「どうやってー倒したんですかー?」
イチゴちゃんが質問してくる。
倒し方は重要だよね。
「ソフィアの聖水だが?」
「本当に効果あったんだナ……」
「聖水は邪を祓う。常識」
「出どころが常識ではないでしょう……」
皆が食事を食べ終わったため、俺達は連れ立ってゾンビの死体の元へと来た。
死体の死体ってなんだろう。
アンジェリカとベアトリクス、それにジェシカがゾンビを検める。
「何か分かったのか?」
ゾンビを検めていた三人が立ち上がり相談を始めたので声をかける。
「ここまでのことは想定してなかったのでございましが……」
「事態は深刻です」
「可能性ではあるが確かない訳もいくまいヨ」
「皆様聞いてくださいまし。このゾンビは服装からして北からの商人やその護衛ではなく、モンタニアに住む者たちのようでございまし」
三人を代表してベアトリクスが皆に説明を開始する。
しかし俺の頭の中にはモンタニアという単語が何であるか登録されていない。
「モンタニア?」
「知らねーよナ。モンタニアは――」
プリメロの北に見えている山は東西に走る南の山脈の東端で、その山脈の北側に並行して同じく東西に走る山脈がある。
その山脈と山脈の間の高地がモンタニアと呼称されており、そこに住む人々がいる。
モンタニアでは小規模の都市国家が乱立しており、国家間は常に領土の問題で争っている。
生計は林業と鉱業、牧畜によって支えられている。
プリメロとの関係は燃料となる炭を麦などの穀物と交換する取引があるといったところ。
国としてもセントロとモンタニア諸国家の間での外交関係は全くない。
またどちらの冒険者ギルドも関わっていないために、モンタニアについては実態が殆ど明らかになっていない。
ということだ。
「すごく近い割に何も分からない国ねぇ」
「プリメロと交流があるのは東端に位置する一部で、それですら友好的とは言い難いですから」
「戦争をやっている訳ではないんだよな?」
仲が良くなければそこは国家間、小競り合いに発展する可能性は高い。
プリメロは国境の辺境の街にあるにも関わらずのほほんとしすぎている。
駐在の兵も十数人という街でごくたまに発生する内部の揉め事を鎮められる程度の数しかいない。
「当たり前だヨ。プリメロなんて僻地だと分からないがセントロの軍事力はモンタニアを相手にしねーヨ。もっとも相手が一致団結して向かってきたら分からんがナ」
「平地に暮らす我々と山地に暮らす彼等では戦闘のドクトリンも違うのでございまし。こちらから向こうに攻める理由が無い以上、仮に向こうが攻めてきた場合、平地での会戦を得意とするセントロが圧倒的に優勢でございまし」
「分かった。それじゃあモンタニアの兵はどんな感じなんだ? これから行くというなら揉め事になることも想定しておきたい」
平地であればという条件をベアトリクスはつけていた。
であれば山地であればモンタニアが優勢ということだ。
「機動力を生かした小集団のゲリラ戦や、木々の影に潜んでの待ち伏せなどでございまし」
「森の中でじわじわ削っていく訳か」
「そう。地の利を生かした戦い方をされたら困るって訳だヨ」
道が整備されていない森の中では大軍は一塊で行動することは不可能。
見えない敵からの攻撃に惑い集団から逸れた者たちを削っていく。
気づいたときには仲間が大量に減っていましたとなるとやり難かろう。
「もっともゾンビになってしまっていたら戦術は使われないとは思うのでございまし」
「生身の人間とかち合って揉め事にならないことを祈るか」
「まあ生きている人間と出会えるならそりゃ幸せなんだがヨ」
「問題は村一つ、国一つ全滅している場合ですね」
「どうなるのかしらぁ?」
「数千あるいは一万のゾンビも夢じゃねーってこったヨ」
「ありえるんですかー?」
「ゾンビがいつから発生していて、またどうやって増えているか次第かと思います」
「大量生産だと困惑」
小国とはいえ国が一つ滅びていれば、昨晩お姉ちゃんが冗談で言っていた一万のゾンビも夢じゃないわけだ。
その後、目の前でソフィアが聖水の補充をしてくれるというハプニングがあったが、準備を整えモンタニアへと旅立つことにした。




