第7話 まったりと
「ふぅ……まだ昼前だっていうのに今日はやたらと疲れたな」
「そうねぇ」
赤レンガの外に設置されているベンチに座りながら、今はこどもオオカミのマックとボール遊びで戯れている。
お姉ちゃんがボールを投げると、マックは尻尾を振りながら喜んで取ってきてはお姉ちゃんに再度投げることをせがむ。
まだ午前の内だというのにやることが無くてこんなことをやっているだけだ。
いつものようにこのまま一日が潰れるだろう。
「お姉ちゃん、膝借りていい?」
「そういうのは借りてから言わないの~」
俺はお姉ちゃんの太ももに頭を預けて寝転がる。
デニム地で固くザラザラの感触を持つ表面の下に隠れる柔らかさが心地よい。
するとどうだろうボールを取って戻ってきたマックの顔が近い。
興奮気味にハァハァする吐息が顔に当たる。
「マックもどうしようかねえ」
もともとマックはゴブリンを探し出し追跡するために飼い始めたこどものギンイロオオカミだ。
期待した役割は十二分に果たしてくれたが、ゴブリン討伐完了により飼っておく理由も無くなってしまったのも事実。
いまさら自然に返すわけにもいかないので飼う以外の選択肢もない。
毎日暇を持て余しているし養う金銭に不足はない。
つまり飼っておけない理由もない。
「毛皮は何かの素材として重宝されるのよねぇ」
「いきなりひん剥く話はちょっと……」
「そう思えるんならぁ、このままずっと飼い続けるってことなんでしょ」
「そりゃそうだけど」
この話題もすぐに終わってしまったので、マックばかり見ているのではなく上空を仰ぎ見ることにした。
姿勢を変えた俺の目に映り天気の良い空を遮るのはお姉ちゃんの豊満な南半球。
二つもあって見て良し、触って良し、吸って良しの一品だ。
「痛っ」
変なことを考えていたことがバレたのか、お姉ちゃんが肘で俺の鼻を殴打する。
お姉ちゃんにはこういうところがある。
「じゃあゴブリンと同じようにマックにゾンビを追いかけて貰おうか」
「腐った人肉をどう用意するのよ~」
「態々人を殺すわけにはいかないので誰かの葬儀待ちかな?」
「それだとマックも墓場を掘り返しに行っちゃうわよ~。そもそも死体の臭いそのままなのかしらぁ」
動く死体とは言うが、動いている以上は普通の死体とは異なる。
ただの死体であれ腐敗するし虫も湧く。
いずれは朽ち果てていき、やがて土に還る。
手配書が存在するということは、時間の経過によってゾンビが地に還って消え失せることがないということの裏返しだ。
使い物にならないように防腐処理でもすれば別だが、普通に腐るのとは理由が違うかもしれない。
「魔力で動くとはいえ、全てを魔力で動かすなら人体を操る必要がないよ」
「木人形とか粘土細工でも良いってことよねぇ」
「だから肉体からエネルギーを代謝して動いていると考えられる。それこそ生きている人間とは異なる方法でだ。だから腐っているんじゃなくて発酵しているんじゃなかろうか」
「食事ではなく発酵で体内物質を分解してエネルギーに転換するのねぇ。生きている人間に噛み付くのは食事に入らないのかしらぁ」
「それは仲間を増やす行為だろうから食事では無いのでは? けど映画じゃあるまいし噛まれて増えるのかな?」
「噛まれた人が持っていた魔力が下地になってコピーされるとかぁ? ウィルスではないけどウィルスみたいにさぁ」
ウィルスは自力での増殖は出来ず、宿主を使って増殖する。
ゾンビも死霊魔術だけでなく自己増殖でもコピー的に増えるとしたらウィルスと似たようなものか。
ソフィアも魔力を打ち消せば倒せると言っていたことだし。
まるでワクチンか特効薬のようだね。
「ということは俺はゾンビにならないということだね」
「ゾンビになる前の死を避けられるとは言ってないんですけど~」
「俺は死なないよ」
「知ってるわよ~」
お姉ちゃんの知っている、がどれほど本当のことなのかは分からない。
ただ、その場のノリで言っているだけかもしれない。
けど俺のことについて話してないことまで詳しい。
本当に知っていて言っているということもあり得る。
「じゃあお姉ちゃんは半分ゾンビになるわけだ」
「動きが自意識が残ろうのかしらぁ。まあ私もケイ君と一緒で死なないからぁ、ゾンビになることもないかなぁ」
「なにそれ。無敵ってことじゃん」
「二人が揃っていればねぇ……離れることは無いからずっと一緒よ~」
お姉ちゃんは俺の髪を手櫛でときながら語りかける。
遊び疲れたのかマックは俺の腹の上に乗ってあくびをかいている。
「お姉ちゃんが心配なのはゾンビそのものよりぃ、ゾンビを作り出している存在のほうかも~」
「死霊魔術を使った奴だよな。普通に生きている人だったら嬉しいんだけど」
「殺せるからぁ? でも自分の魔力で自分を不死にすることって出来るんじゃないかしらぁ?」
「そうなると不死者を殺すということは難しいかな。でも肉体があれば殺せると思ってるけど」
肉体がある、つまり物理的に存在してるのならばいくらでも対応がとれる。
要はその肉体を滅ぼしてしまえば良いのだから、煮るなり焼くなりというわけだ。
そうとは限らない可能性が残っている以上、危惧する事態というのはある。
「魔力は実体がないんでしょう?」
「ああ、俺が支配する理とは完全に別の理に存在しているからな」
「純粋な魔力が意思を持ってしまうとさぁ、ケイ君は手も足も出ないわけじゃない?」
「向こうも手も足も出ないけどね」
「ケイ君は問題なくても~、お姉ちゃんは危機に直面しちゃうってことだぁ」
「それが困るんだよねえ」
人並みとまではいかなくてもお姉ちゃんにも魔力があることは分かっている。
それは即ち魔力による干渉を受けてしまうということ。
人の精神に作用するような魔法があればお姉ちゃんの意識が乗っ取られてしまうことも可能性として存在する。
「他の全てがどうなろうとも俺はお姉ちゃんを守るよ」
「ありがと」




