第6話 やっぱり違うんじゃねぇか
「で、これが聖水って……?」
赤レンガに遊びに来ていた魔法使いのジェシカが興味を持って蓋を開ける。
しかし即時に中身が何かを理解したようですぐさま蓋を閉じる。
すでに気温と同程度に冷えているため、当初の生暖かさはないが分かる人には分かるよね。
臭いだってあるし。
「何を驚いているのでございまし。そんなもの幼い頃から何度と無く口にしてきたのでございまし」
書類整理をしながら会話に入っているベアトリクスはジェシカの顔色など気にせず応答する。
そのベアトリクスの驚きの発言の前に俺とお姉ちゃんの顔は引き攣ってしまう。
「(この世界の人達って性癖が高度過ぎやしない?)」
「(子供のときからってぇレベル高すぎてドン引きよねぇ)」
しかしジェシカの反応とベアトリクスの言葉の間に違和感があって仕方がない。
ジェシカは現物を確認しての反応。
一方ベアトリクスは現物を確認していないのである。
「ほらー、やっぱり飲むんじゃないですかー」
「の……飲んだんです!? これを?」
「あー、ジェシカ先生も驚いてるー。ソフィアさんと一緒だー」
自分は薬物の入った水を飲ませようとするくせに他人が変なものを飲むことには驚くのか。
いや、自分が飲むものを勧めるのはそこまで悪い行為ではないか。
知らない人に説明しないってのは良くないことだと思うけれど。
「んー? 聖水って結局ただの水でございまし。何をそんなに驚くことがあるのでございまし」
「よく確認しなさいよ」
ジェシカから瓶を受け取ったベアトリクスは、瓶の蓋を開けると鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。
そして瓶をテーブルに置いてしばらく考える素振りを見せる。
最初は気づかなかったようだが、すぐに何であるかに思い至ったのか顔色がどんどん変わってくる。
「あのバカ女、なんてものを寄越してくれたんでございまし!」
「ベアトリクスさん、落ち着いてくださ―い。はいお水です」
イチゴちゃんが流れるような動作で聖水の入った瓶を怒れるベアトリクスの手に戻す。
そしてそれを一口、それも思いの外大量にベアトリクスは口に含む。
「ありがとうござい……ブハッ」
「ベアト……」
迂闊過ぎるにもほどがある。
ゴクリと飲んでしまったベアトリクスはジェシカに向かって盛大に吹き出す。
聖水にまみれてしまったジェシカは怒りで肩を震わせている。
「いや、コレはですね……流石にこんな物を持たせたソフィアが全て悪いと思うのでございまし」
「気が合いますね。私も同感です。いまから殴り……いや話し合いに行きましょう」
「当然でございまし」
「俺たちも同行しようか?」
「「結構!」」
ジェシカさんあんた肉体派じゃないって以前言っていた記憶があるんですが。
俺の提案を丁重にお断りした二人は、椅子から立ち上がるとそのまま建物を出ていった。
まずは顔、ちゃんと洗った方が良いと思うんだけどな。
「それでこれはーこれは一体何なんですかー?」
「聖水よ~」
「聖水には違いない。違いないし飲んでも害があるわけでもない。誰しも触れたことはあるはずだ」
「飲むというより出すのが適切かしらぁ……」
「……」
お姉ちゃんの言葉に首を傾げたイチゴちゃんは、そのままの姿で十秒考えた後に次の行動へと移すことを決断する。
「ケイさん、マスコットお姉ちゃん……あたしもー殴り込みに行ってきます!」
君には殴るだけの権利があるからね。
血相を変えて飛び出していったベアトリクスとジェシカを追って、イチゴちゃんも赤レンガから飛び出していった。




