第30話 洞窟前にて
山道に入ったときはまだ夕日が赤く輝いていたが、今はもう夜の帳が降りてしまった。
これから先は月と星の明かりだけが頼りとなる。
走るマックを追いかけて今は誰も使っていない砦跡を過ぎて幾分か進んだ先。
ついにマックが立ち止まる。
山の斜面に向かい吠えてアピールしているのでその先を見ると何者かが踏みしめて出来た獣道があった。
「この先ってことだろうかヨ」
「時間も経っているので行くのでございまし」
「生贄として捌かれていた後だったら困るものね」
「磔にされてー下が焚き火のやつじゃないですかねー」
「手足を棒に括り付けられた豚の丸焼きスタイルかもしれないわ」
「弓矢の的にされている線もあるがヨ」
「ゴブリンは弓に弦を張れる器用さと頭がないのでございまし。良いとこナイフ投げの的でございまし」
「手足を別々の方向に引張るって方法もあるぞ」
皆、男の子の安否が心配で堪らない様子だ。
進む以外の選択肢はないので獣道を突っ切ることになるが、今まで走ってきた山道に比べると遥かに足元が悪い。
また木々も茂っており、より夜の暗さの影響を受けることとなる。
「その場のノリで来てしまったので得物以外何もないのでございまし」
「ちょっとコレは暗すぎるんじゃねーかヨ……松明の一つでも持ってくるべきだったな」
「向こうがー何も見えないですねー」
俺が目を光らせたりお姉ちゃんの道具に頼るのも悪くはないが、手持ちに良いものがあることを思い出す。
ズボンのポケットに入りっぱなしのお守り代わりみたいなもの。
十センチ長の長方体。
着ていた服を除けばこっちに来た時に唯一自分の持ち物だった。
取り出してスタンバイモードで起動させたあと、設定を調整してから実行モードにする。
すると先端が明るく光りだし、夜道を照らすライトの代わりに使える代物になる。
「ほい、イチゴちゃん。これを持って足元を照らしてくれ」
「わかりましたー。でもーなんであたしにくれるんですかー」
「それは簡単なことよ。ライト持ちながらだとゴブリンと戦えないじゃない」
「そりゃーそうですねー。頑張ってー照らすようにしまーす」
ライトは一つしかないが明るさに不自由することはない。
ひとまず暗すぎるという問題が解決したのでこのまま先を行くこととする。
獣道であり細く狭いため、自然と六人は縦一列で進んでいくことになる。
「あたしが先頭ってー危なくないですかー」
「危なくないようにすぐ後ろにお姉ちゃんがいるじゃない。何か来たら撃ち殺すわよ」
お姉ちゃんリボルバーをチラつかせて不安な声を上げるイチゴちゃんを励ます。
もっともイチゴちゃんの心配は長続きはしなかった。
なぜなら二分も歩けば洞窟の入り口にたどり着いたのだから。
「ということでこれがゴブリンの住居ってことかな」
「ワン」
本当にそうなのか判断する根拠は無かったが、マックが同意してくれたから正しいのだろう。
「自然にできたものだろうか」
「住居って言うより巣穴かしらね」
「住処、いや拠点かも?」
「呼び方はどうでもいいのでございまし」
「そうだな。突っ込む前に手短に持ち物の確認をしておこう。何が起きるか分からん」
皆で輪になってそれぞれの持ち物を手に取って示し合う。
「アタイは槍だヨ。ゴブリン相手に不足はねーヨ」
「私めは弓矢と鞭でございまし。中の広さによっては矢は使い途が無さそうでございまし」
「私は魔法でなんとかするので持ち合わせはないですよ。ああ、薬ならこの鞄の中に幾つかあります」
「わたしは短刀とこのシングルアクションね。匕首しか使うつもりは無いけど」
「あたしはですねースタンガンとライトでーす」
念の為確認こそしたものの、街で戦ったときと大きな違いはありはしない。
戦い終わってすぐに飛び出してきたようなものだからな。
だから俺の所持品も――
「俺はオートマチックだけか……打ち尽くして弾が入ってないや。お姉ちゃんこれ用の弾を貰っても良い?」
「ダメよ。洞窟内で跳弾したら怖いもの。今回はハンデなしでいきましょう」
45口径のフルメタルジャケット弾では威力が高すぎてゴブリン程度は簡単に突き抜けてしまう。
街でゴブリンを撃った時も同時に二、三体倒れていた位だ。
ゴブリンを突き抜けた弾丸が洞窟の壁で跳ね返った結果、俺の尻に刺さりでもしたら大事だ。
お姉ちゃんの許しも得たので必要とあらば全力で戦ってみせよう。
「幅があるんで横一列で進もうと思う。灯りを持ってるイチゴは真ん中でマスコットが守るって形で良いかヨ?」
「オーケー。頼まれたわ」
「あとは適当にということで、私めは右側でいくのでございまし」
「アタイはその反対側で」
「それでは私もその反対側で」
「俺もその反対側を取るので左端を行く。これで決まりだな」
戦術的に無意味な隊列が決まれば後は進むだけだ。
鬼が住むか蛇が住むか……ゴブリンが住んでいるだけだろうけど。
「それじゃあ行きましょう。イチゴちゃん私の腕に掴まっていてね」
「そーしまーす……」
お姉ちゃんがイチゴちゃんを左腕に捕まらせて歩きだす。
イチゴちゃんの足は声色以上に不安で震えている。
暗闇の先にゴブリンが待ち構えていると思うと怖いよね。
「あたしですねー暗いところがですねー怖いんですよー。肝試しとかー無理無理って奴でー」
「ゴブリンの方は問題ないのかヨ……」
「街で経験済みだからでしょ。でも違う種類が存在する可能性もあるのかしら?」
「ボスキャラってやつですねー」
「今までゴブリンの群れをぶちのめしたことは何度かあるが、リーダー格でも足らない頭が少し回るくらいだヨ」
「ゴブリンじゃなくてもっと別のが出てくるって可能性もありますね」
雑談を交えながら数分歩いているとすぐに開けた場所に出てきた。
自然に出来たのか、誰かの手によって掘り出されたのか分からないが広さも高さもある。
人間でも数十人が生活しようと思えば可能な空間が広がっている。
今いる場所が五、六メートルほど高台にあり、そばにある階段から降りられる造りになっている。
降りた先にはボロさの目立つ椅子やテーブルがある。
広い空間の端には何かが並ぶ棚や中身が入っていそうな木箱が乱雑に並んでいる。
暗闇に強いという訳ではないのか篝火が何箇所かで焚かれていて、そのことからゴブリンは火を扱うことが出来ることが分かる。
そして中央あたりにある石造りのテーブルを囲んで五十体ほどのゴブリンが蠢いている。
その五十体のゴブリンとの戦いが本日のクライマックスだ。




