第4話 最初の魔物
「やべーぞっ!」
俺の中で今夜の過ごし方について結論が出かけたとき、建物のドアが勢い良く開かれ男が飛び込んできた。
心待ちにしていたまともな冒険者ではないようで、何やらとても慌てた雰囲気だ。
「ほーら御覧なさい。その逃げ足だけが早いカモシカがお帰りになられましてよ」
「ごっきぃぁこっちにきらときから足ぁ早いんだヨ。オイッ! そんなに急いでどーしたんらヨ」
「どうもうこもねえよ! 凶悪な魔物に追われたからココまで逃げてきた……アイツぁやべぇぜ」
汗だくになって肩で息をするごっきぃを十二分に酔っ払った冒険者が取り囲む。
どうやら酒のツマミかなにかと思っているようなフシがある。
「分かっていただろうにのう。そんなこと外では日常茶飯事だと」
「ハハハ。凶悪じゃない魔物なんて見てみてーぜ」
「まあこいでも飲んで落ち着くでごつ」
「おお、これはありがたい。ぷはーっ、この喉越しが生きている喜びを味あわせてくれる」
ごっきぃは受け取ったジョッキの酒を飲み干すとテーブルに座り、そのままおかわりを注文する。
ヤバいヤバいと連呼する割に、意外と余裕があるようだ。
いや、ただの現実からの逃避か。
命の危機という極度の緊張から解き放たれた安心感がさせるのだろう。
何が起きたかを確認するためかアンジェリカが立ち上がってごっきぃに近づくと、彼の肩に手を回し顔を寄せて問いただす。
「でぇ、ナニがやべーってんだヨ」
「腰やって歩けなくなった婆さんのために山に薬草を取りに行ったのは知ってるよな……」
「話そっからかヨ、もっと手短にっ!」
ごっきぃの話はこの街を旅立ったところから始まるようで、話が長くなる雰囲気をさせていた。
そこから話す必要はないと思うのでアンジェリカの意見には賛成だ。
「ああ、だから薬草を集めた後に昼飯を食べていたら、岩陰から奴が出てきてだな。俺が食べられそうになったから逃げ続けて今に至るという訳だ」
「逃げられたんならそんでいーんじゃねーかヨ。そんな慌てて飛び込んでくんなヨ」
「いや、あのヘビの化物は街の中まで俺を追いかけてきて……」
「誰かっ! 助けておくれ!」
ごっきぃがようやく大事なことを喋り始めた時、またもや何者かが飛び込んで来る。
それは老婆であり、年に似合わず俊敏な身のこなしであった。
「婆さん、あんた歩けなかったんじゃないのか?」
どうやらごっきぃの知り合いのようで、話に出ていた腰をやった婆さんらしい。
薬草を必要としていた人がここまで俊敏に動けるとはよっぽどの危機に違いない。
「呑気なことを言っとる場合か! 化物が出たんじゃ、誰か始末しておくれ」
「あーはいはい。魔物退治は雌豚んところの仕事だからさぁ、あっちいってくれヨ」
アンジェリカは自分にすがる婆さんを引き剥がし、ベアトリクスの方へと追いやる。
アンジェリカ率いる共同体が行う仕事は冒険が主体で、ベアトリクス率いる協会が行う仕事は魔物退治や人の護衛が主体。
であるからにして、正しい方向に導くという行動自体は間違っていないとはいえ、酷いなとは思う。
「いらっしゃいましお客様。とりあえず銀貨五枚でお受けいたしまし」
「なんじゃい、善良な市民から金を取るのか! 街は今破壊されておるんじゃぞ」
「規則でございまし。冒険者協会は名誉ではなくお金に対して活動するのでございまし」
「あー分かった分かった。ホレ、銀貨五枚は入っとるじゃろう」
婆さんが懐から小さな袋を取り出すとアンジェリカに手渡す。
「婆ちゃんそれ、俺に約束した薬草代じゃないのか?」
「うるさいねぇ。命あっての薬草だよ。それに薬草代なんざ銀貨ニ枚がええとこじゃ。これでやっておくれ」
「ありがとうございまし。さあ協会員の諸兄、銀貨四枚のクエストでございまし。あ、お婆さまは手続きがあるので少々お待ちくださいまし」
ブツブツと文句を言うごっきぃを叱りつける婆さんをよそに、ベアトリクスがお金を確認して冒険者を扇動する。
さり気なく銀貨一枚分減ったのは協会の取り分があるからだろうか。
彼女はカウンターに向かうと、一枚の紙を取り出して持ってくる。
婆さんとが手続きを行うために記入する書類なのだろう。
しかし冒険者が連れてきた魔物の退治を有料で請け負うのはとんだマッチポンプだと思う。
「ふむ、酒代でも稼ごうとするかのう」
「二人で倒したら山分けだからな、間違えるなよ」
「折半しもす」
隣のテーブルに座っていたやたら髪の毛がフサフサしている男と、死ぬだの介錯するだの話していた二人組。
揃って右腕が左腕より一回り太い三人が立ち上がって外に出ていく。
あの感じであればすぐにケリが付きそうな頼もしさがある――
「やべーぞっ!」
「誰かっ! 助けておくれ!」
どこかで聞いたことのある台詞を吐きながら五秒で戻ってきやがった。
ごっきぃの言うとおり、本当にこの魔物はヤバいんだろう。
「入り口ふさぐぞ、テーブル持って来い」
「野郎ども得物を手に取れ、酔い覚ませ」
「ホレ、寝とる場合か。このままだと死ぬぞ」
とんぼ返りしてきた三人を見て、他の冒険者達は危険を認識したためかそれぞれに行動を開始する。
しかし魔物を倒しに行くという選択肢はないようで、自分たちの身を守ることに専念するようだ。
この建物はレンガ造りでそれなりに強固であるから立てこもるには良さそうではある。
もっとも、立てこもっているだけで状況が改善すればの話ではあるが……
「お姉ちゃん。俺、行ってくるよ」
名前も顔も知らない街人たちがどれだけ被害に合おうが興味はない。
しかしお金を稼がなければ食事もとれないという懐事情がある。
銀貨四枚にどれくらいの価値があるかは知らないが、フサフサの言う言葉を信じれば酒代にはなるのだろう。
「やめとけやめとけ」
「死ぬだけだぞルーキー」
「銀貨四枚は見合わんでごつ」
先輩冒険者たちが俺を引き止めるが、引き止められたところで俺の行こうという気持ちは揺るがない。
魔物を見ないことには勝てる相手かどうか判断出来ないからな。
しかし俺の身を心配してくれるとは、結構心優しい人達なのかもしれない。
「お行きになられるなら、こちらの剣をお持ちくださいまし。協会からの支給品でこざいまし」
ベアトリクスが放り投げた片手用の剣を受け取ると、ズシリとくる重さを感じる。
なんという重量、なんという粗雑な造り。
もっとグリップを長くすれば両手でも持てるだろうに、何だってこんな短いんだ。
これを片手で振り回していたら確かにシオマネキにもなろうといものだ。
「待ってケイ君、お姉ちゃんも行くわ。お姉ちゃんが強いってところ見せてあげるんだから」
いつの間にか白鞘の匕首を手にしているお姉ちゃんが俺に付いてくる。
あのポーチの構造は一体どうなっているんだろうかと思うが、今はその時ではない。
出入り口を塞ごうと画策している冒険者達を押しのけて外に出ると、そこには体長十メートル、太さ直径三十センチはあろうかというヘビが暴れていた。
ご丁寧にも街人をぐるぐる巻きにして締め付けており、このまま放っておくと食べられてしまうやつだ。
「でかいし長いな。さて……」
「そうねお姉ちゃんもびっくり。でも大丈夫よ」
「えっ?」
どうやって倒そうかと考える間もなくお姉ちゃんが飛び出していく。
そして匕首が光り煌めいたかと思えば、全てが終わっていた。
ストンッ、と匕首が白鞘に収まる音ともにヘビが幾つものサイコロミンチに変わる。
「ね、お姉ちゃん強いでしょ!」
ミンチになったヘビの側で自慢げにVサインして喜んでいるお姉ちゃんは可愛い。
強いというのが自称ではなくて、ここまで圧倒的に強いと実に爽快だ。
俺、これから戦わなくても良いんじゃないかな。
「なん……だと? これをお主達がやったというのか? オイ、皆の衆出てきてもよいぞ!」
俺たち二人が戻ってこないことを心配したのか、フサフサが建物から出てくるやいなや驚きの声をあげる。
その一声で臨戦態勢の冒険者達がぞろぞろと表に現れては驚いた顔を見せる。
反応が顕著だったのはベアトリクスとアンジェリカだ。
「アタリアタリ、大アタリでございまし!」
「チッ、ここまでヤるなんてヨ。逃した魚はデカかったか……」
遅れてやってきたベアトリクスは一際大きく喜びを表現し、アンジェリカは相変わらずの悪態をつく。
ベアトリクスの方が建物から出てきてくれたので、報奨金を貰う手続きの手間が省けたかもしれない。
「魔物の退治ってこれで良いんだよな?」
「ええ、今日はこの場で確認が出来ますから。通常の手配魔物は首をここまでお持ち頂いて確認することになってございまし」
「それは結構な手間になりそうだ」
魔物のサイズの基準がこのヘビみたいなのばかりであったら、持ち運ぶのは物凄く仕事が面倒臭いと思う。
それも街からの距離が離れれば離れるほど面倒臭さの割合は上がっていくのだろう。
「そういう規則ですので。では、早速ですが報奨金の銀貨四枚、ご査収くださいまし。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ。以上でございまし」
鈍く光る銀貨が一枚ずつベアトリクスから受け渡される。
俺はそれを軽く握りしめて労働の対価を感じてみる――が、お姉ちゃんが全部やったから何の感慨もない。
「これだけあれば何が出来るんだ?」
銀貨をくれたベアトリクスがそのまま建物に戻ったため、丁度良い所にいたフサフサに貨幣価値を確認する。
この人も転移してきて冒険者をやっているのだから、聞きたいところの意味を分かってくれるだろう。
「そうじゃのう。銀貨一枚で一日分の食事代にはなるし、酒が五杯は飲める。宿屋だって良い所に泊まれるぞ」
「飯が食えて酒も飲める。それに寝床の心配もしなくてい良いってことか」
「二人で一晩乗り切れるってことね、ケイ君」
「そうだねお姉ちゃん。明日のことはまあ、なんとかなるだろう」
明日からのことは明日考えるとして、これで今日を乗り切るために必要なお金の心配は無くなった。
まずは空腹を満たすことにした俺は、建物に戻るとチェルシーに二人分の酒と食事を注文した。
初めて食べたこの世界の料理の味は、お世辞にも美味しいとは言えない。
まあ、お酒の値段と一食分の値段がそれほど変わらないのだから、食事の質については察して然るべきだ。
お姉ちゃんがくれた調味料を付けると食べられる味にはなったので、ひとまず良しとしておこう。
隣では金貨五枚はいけたと吹っかけられなかったことを悔やむベアトリクスがやけ酒を煽っており、それをアンジェリカがからかう姿が見られた。
報奨金の設定具合を大きく誤っていたようだ。
そりゃあどんな魔物かも確認せずに金額を決めたらそういこともあるだろう。
聞けば銀貨五枚、冒険者が受け取るときには四枚という報奨金は冒険者協会の設定する報奨金の最低金額だったらしい。
「儂が来た時は一週間近く裏の馬小屋に寝泊まりして、水だけを飲んで暮らしておったよ。それに比べるとあんた達は幸先良いスタートじゃな」
「最初はどうやってお金を稼いだんです? やはり魔物を倒してですか」
「ああ、数人で集まってゴブリンを一匹倒して、それで報奨金の銀貨八枚を山分けだよ」
「あんときは大変じゃった」
「また死ぬかと思ったものな」
「お姉ちゃん、命があることは素敵なことだと思うわ」
「しかし今となってはもう一度死んだほうが……」
「介錯しもす」
先輩冒険者達との話はとても盛り上がり、楽しいひと時を過ごすことが出来た。
食事を取り終えたところで彼等にこの街で一番良い宿屋の場所を教えてもらい、俺とお姉ちゃんは暗くなりきらないうちにその宿屋へと向かった
そして宿屋ではお姉ちゃんと楽しい一晩を過ごした。
それが俺がこの世界で過ごした最初の一日の出来事だ。
次は4月。
[登場人物紹介]
ケイ君 この作品の主人公。
マスコット・チアーズ お姉ちゃん。主人公の名前を知らないぞ。
アンジェリカ 万年処女。安易なキャラ付けのために若干口が悪い。
ベアトリクス 淫乱雌豚。冒険者協会の冒険者はみんなが兄弟だ!(一人を除く)
チェルシー 食堂のウェイトレスさん。
ごっきぃ 他の世界からの転移者。足が遅いことでイジメにあっていたことから神様に足が速くなることを望んだネイティブカモシカ。この世界に来る前は幼稚園児であった彼は、幼稚園で同じ組の園児数人に取り囲まれて『のろま』であることをからかわれていた。耐えきれなくなった彼は幼稚園を飛び出したのだが、運悪くた送迎バスに引かれその若き命を失った。この世界に来てからは婆さんに引き取られ、その後めでたく冒険者となり今に至る。