第29話 マックの出番
「ははーん。ケイさんもーマスコットお姉ちゃんもー大事なことをー忘れちゃってますよー」
振り出しに戻った俺たちにイチゴちゃんが勿体振って話を持ってくる。
なんか忘れていることあったっけな? 女の子?
「ここにいるマック君にですね―匂いを追いかけて貰うんですよ―」
「けどそれ、訓練以前にゴブリンの匂いの元がないってことで訓練半ばで頓挫しちゃってるやつじゃん」
こどもオオカミの躾と世話をしているうちに判明した問題として、何を元に追跡させるのかという問題があった。
今は街中にゴブリンの血と肉の匂いが充満しているが、コレを追いかけさせるというにはあまりにも街中の匂いは酷い。
マックもどこを追いかけていいか分からないだろう。
それに男の子を捕まえたゴブリンの匂いなんてどう嗅ぎ分ければ良いというのだ。
「だからー男の子の匂いを追いかけるわけですよー。ほら、ここに男の子の帽子がー残っていますし」
そこに気づくとはイチゴちゃん……あんたって娘はなんだってそんなに頭が冴えているんだ。
幼い妹を見捨てるクズのお兄ちゃんも役に立つものを残していってくれたじゃないか。
「犬は嗅覚に頼って生きているので臭いを追いかけるのは本能。試す価値はあるかと思うのでございまし」
「打つ手が無いなら行くしかなかろうヨ。他の連中は引き続き街の探索をやらせるがアタイは同行するヨ」
「私も参加しましょう。一人でここで待つのモヤモヤしますので」
「じゃあ筋は見えてきたな。マックを使ってこの帽子についた匂いを追跡してゴブリンを叩く」
「お兄ちゃんを助けるためにお姉ちゃん達に協力してもらっても良いかしら?」
お姉ちゃんの問いに女の子は力強く頷く。
まあ、同意が得られようが得られまいが持っていくことに変わりはないのだが。
「マック! この匂いを追いかけてくれ!」
イチゴちゃんからマックを取り上げて帽子の匂いを嗅がせる。
そして地面にマックをセットして、さあGOだ……あれ? 駄目だ。
ハァハァ息してるだけで全然動かない。
「あのーケイさん……男の子が連れ去られた所からじゃないとー追っかけられないんじゃないでしょーかねー」
「……ついでに案内も頼めるかな?」
「うん。わかった。おねえちゃんたちこっちよ」
女の子はイチゴちゃんの手を引いて外へと駆け出した。
その後ろを遅れないように俺、お姉ちゃん、アンジェリカ、ベアトリクス、ジェシカの五人で追いかけた。
あと忘れずにマックも一緒にね。
◇
「おかーさーん」
女の子に案内された街の一角には数人の大人が困り果てた顔をして立っていた。
その中の一人が女の子の母親だったようで、イチゴちゃんの手を振りほどいて駆け寄っていく。
「さてここが現場だが、他と一緒で酷い有様だな」
街の路地という路地にかつてゴブリンだったものが散乱しており、この場所も例外ではない。
「ケイ君。さっさと始めてしまいましょうよ。時間が惜しいわ」
「そうですよー。マックも下に降りましょうねー」
イチゴちゃんの呼びかけに応じて、俺が小脇に抱えていたマックは地面へと飛び降りる。
そしてお座りをさせるとお姉ちゃんが持っていた帽子をマックの鼻に近づけて嗅がせる。
するとどうだろう、マックは鼻をヒクヒクさせて周りをうろちょろとし始めた。
そして山の方へと歩き始めたと思いきや立ち止まると、振り返るなりキャンキャンと鳴き始めた。
「わたし達に来いって言ってるんじゃないかしら?」
「付いてこいということでございまし」
「このワンコロ頭が良すぎね―かヨ?」
「躾がいいんですよー躾が―」
「二人の成果ね、イチゴちゃん」
「ですねー」
「まあ行くか」
いつまでも突っ立て駄弁っている訳にも行かないのでマックの後を六人で追いかける。
去りゆく俺達に向けて女の子が「がんばってね」と言ってくれたので手だけ振って返事をしておいた。




