第25話 戦闘の準備
「あっ、ケイ君。二人が決死の形相で外に出てきたんだけど何かあったかしら? 街の人たちに避難を呼びかけているけど」
「ゴブリンの集団が街に襲いかかってくるみたいだ。推定千体だってさ」
「あららっ! そりゃやけっぱちにもなるわね。それじゃあわたし達も準備をしようかしら。ほらイチゴちゃん起きた起きた」
「うーん……なんですかぁ……おやつ?」
おやつて……緊迫した状況の清涼剤だな……ってそんな訳あるか。
「あいつらが来るぞ……」
「ええ……」
「これまでのー訓練の成果の見せ所ですねー。って、何が来るんですかー?」
「「……」」
流れ的に何かを期待した俺たちが間違っていた。
今まで寝ていて話の一部始終を聞いていないんだからそうなるよね。
イチゴちゃんに悪いところはまったく無い。
「それでー何がくるんです?」
「ゴブリンさ」
「今年一番のゴブリンの大群が来るわよ」
「大量ってことですねー。それでどれくらいなんですかー? 十くらい?」
「「千!」」
「えっー……あたし宿屋に帰って寝てていいですか? あっ、そうだー剣を部屋にー置きっぱなしでしたー」
こどもオオカミのお世話に武器は必要がないからな。
武器を持っている必要性はここのところの日常にはなかった。
それに逃げようとするイチゴちゃんを責めようとは思わない。
だってこの女子高生ときたら魔物と戦ったことなんてないんだもの。
俺から命のやり取りを強いることは出来ない。が――
「いまからだと宿に辿り着くのも無理かもしれんので、諦めて戦う素振りを見せてくれ」
「そんなイチゴちゃんにはコレよ~。スタンガン!」
「警棒みたいですねー。どうやって使うんですかー」
「それはこうよっ!」
お姉ちゃんがポーチから警棒を取り出してイチゴちゃんに誇示する。
一見するとただの警棒なのだが、お姉ちゃんの言葉を信じるとスタンガンだ。
そして使用例を見せるため俺に向けて大きく振りかぶった。
「痛っ!」
尻に叩きつけれたその感触は痛いというよりは痺れる感じ。
スタンガンという名前相応の電気ショックを食らう。
「分かったかしらぁ」
「はい何となく」
「じゃあ試してみましょ~」
「はい!」
イチゴちゃんがお姉ちゃんからスタンガンを受け取り、当然のごとく俺の尻に向けて振りかぶる。
「痛っ!!」
「まあこんなものよねぇ」
「本番でもー上手くやれそうなー気がしまーす」
「人体実験は良いけど、俺の分はなんか無いかなお姉ちゃん」
イチゴちゃんが武器を持っていないことを咎めるつもりがなかったのは、自分も武器など持っていないからだ。
己の武器は己の身一つ。
ベッドの上でお姉ちゃんと鍛えた自慢のCQCだけだ。
「ハンデとしてコレくらいでどうかしらぁ」
そういってお姉ちゃんが渡してくれたのはオートマチックの拳銃だった。
お姉ちゃんの持つシングルアクションのリボルバーと同じ45口径で威力は申し分がなく、その昔大国の軍隊で制式採用されていたことから信頼度もある。
けど八発しか撃てないのは千体のゴブリンに対して申し分があるのではなかろうか。
「無いよりはマシかな」
「十分過ぎるでしょ」
「あー私もーそっちのつよつよなやつが良いな―」
「訓練を受けてないイチゴちゃんが使うととんでもないことになるよ」
「まーケイさんに当たっちゃう未来しかー見えないですかねー」
「そうよ。お姉ちゃんには当たらないけど何故かケイ君のお尻に当たっちゃうのよ~」
「ですよね―」
フレンドリーファイアするにしてももっとドラマチックな場所に当たって欲しいものだ。
◇
「あれーですかねー? 山のほうがー霞んでますよー」
イチゴちゃんが指差す山の方向を見ると土煙が朦々と立上っている。
「なんか絶対に多いっていう予感がするわよね」
「予感っていうか確信だよ。それも本当に千で済むのかっていう話だよな」
近づいてくる土煙はごっきぃが語っていた千という数の妥当性が怪しくなるほどのものだ。
そうこうしているうちに人型の魔物たちの先頭集団が俺たちの視界にも入るようになった。
「お前らァ! ゴブリンの糞ども来るぞ。構えろヨ」
アンジェリカの罵声にも似た怒声を受け他の冒険者連中が各々武器を構える。
一様に青褪めた顔をしているのはこれから来る魔物への怯えか、それともただ酒の酔いからくる気持ち悪さか。
後者だろうな。
「先手必勝でございまし」
集団の先頭が目に入ったところで、いつの間に民家の屋根に登っていたベアトリクスが矢筒から取り出した矢を弓につがえて打ち放す。
先手とは言うものの、山からここまでにある民家はすでに襲われているのではという疑問が頭をよぎるが、ベアトリクスからすると数に入らないらしい。
まあ該当する街人はおそらく大丈夫であると考えておこう。
心配しても時既に遅しだし、今はゴブリンを殲滅することが大切だ。
「やるじゃんヨ」
「まだまだこれからでございまし」
ベアトリクスの放った矢は的確に先頭の魔物の頭を射抜く。
それが二体、三体と続いていくのだが、あまりにも数が多すぎて勢いが止まることはない。
「そろそろわたしの出番のようね」
そう言ってお姉ちゃんが腰につけていたリボルバーを手に取り魔物に向けて撃ちつける。
全弾が魔物の頭部に命中し六体の魔物を倒したのは良いが、この数には焼け石に水とも言える。
「ケイ君はどうよ?」
お姉ちゃんは銃口から立ち上る硝煙に向けて息を吹き付けポーズを取る。
魔物も迫ってきておりそんなドヤ顔して煽ってる余裕はもう無くなってきているのだが。
「弾数分は倒してみせるが。こんな風にな」
「あら、お上手。これでケイ君の出番は終わりかしら」
八発全てを撃ち尽くして魔物を仕留めた俺に向かい、リボルバーを持った手でパチパチとお姉ちゃんが拍手をする。
「こっから先は近接戦だよ。弾があってもこれ以上近いと人に当たっちゃう」
「分かっているわよ」
「あとは身長差があると戦い難いから気をつけて」
「それは分かって無かったわね。ありがとさん」
お姉ちゃんがポーチから取り出した匕首を手に、飛びかかってきた魔物の首を刎ねる。
俺はハンデを課されているので自慢のCQCだけで戦わざるを得ない。
魔物との身長差があるので武術で戦うというよりはフットボールのように、相手を蹴り飛ばすことが主な攻撃手段となる。
俺もお姉ちゃんも魔物の命を奪う行為に躊躇がないので次々と処理していく。




