第24話 ある晴れた昼下がり
「お手。お座り。よく出来ましたぁ。おーヨシヨシ」
「マックはーお利口さんですねー」
お姉ちゃんとイチゴちゃんがこどもオオカミに芸を仕込むのがここ最近の日常だ。
マックという名前は、この白銀色の毛並みをしたこどもオオカミにいつの間にか付いていた愛称であり、本名を実のところマックイーンという。
皆が愛称でしか呼ばないのであれば、最初からマックという名前で良いのでは? という疑問を俺は持ってしまう。
ちなみにマックも目の周りの毛が白いので、オオカミの分類でも珍しい種であるギンイロオオカミということになる。
他に拾ってきたこどもオオカミが複数頭いて、それぞれを希望する冒険者連中が引き取って育てている。
それらも全てがギンイロオオカミだ。
オオカミの中でも珍しいというプレミアム感から、多くのオオカミの子供達から選別した結果得られた成果といえる。
ただ暇に任せて野山を縦横無尽に歩き回ったからできたこととも言える。
結果として野生のギンイロオオカミの数は減っただろうから、絶滅しないようにゆくゆくは繁殖にも力を入れていきたいところだ。
しかしオオカミの山狩りついでに並行して行ったゴブリンの捜索活動はというと、何の収穫もなく全て空振りに終わっている。
捜索と言いつつ途中からはマックの散歩にしかなってないところもあるが、困ったことにどこにもゴブリンの姿が見当たらない。
ゴブリンが集団で暮らしている形跡は何箇所か見つけることは出来ている。
しかし今のこどもオオカミたちにはまだ匂いを追って探し出すという芸当を期待出来ないために行方を追えないでいる。
「いつまでーこんな日が続くんでしょうねー」
「ずっとでいいんじゃないかしらぁ」
「目的があってやらないといけないことも無いしな」
膝に載せたマックをなでなでしながらイチゴちゃんがボケ―とした顔でつぶやく。
今は散歩も芸の仕込みも一段落したため、赤レンガの外にあるベンチに三人座って休憩中である。
太陽の日差しが暖かくて気持ち良い。
「ゴブリン……はお金目的ですもんねー」
「そうそう。急ぎの仕事って訳じゃないもの~」
急ぎで返済してもらうものではないとはいえ、イチゴちゃんは俺とお姉ちゃんに金貨千枚の借金があるのだが気にしていないらしい。
気にしていたらもっと必死に今を生きるだろうか? この娘の性格的にそうはならない気もする。
「いっそあの山にある関所だった砦跡をリフォームして住んじゃおうかな」
「山賊業を始めるのね。儲かる場所にはとても思えないけど?」
「いや、自然の中でスローライフでもやってみようかと」
「山である必要あるかしら。農業をやりたいなら街の外の空き地でも変わらないでしょ?」
「それもそうだな」
「言っちゃなんだけど~、畑の世話の分だけ忙しくなる生活のどこがスローライフなのよ~」
お姉ちゃんの言うことは一理ある。
自分で言い出しておいてなんだったが、昼間にオオカミと戯れるだけの生活以上のスローライフは無い気がする。
暇を潰せる手段があればと思ったが方向性を見失っているようだ。
「しかし本当にやることがないな……」
「そうねぇ……」
「……」
さっきからイチゴちゃんが妙に静かだと思ったら、お姉ちゃんにもたれ掛かるようにして気持ちよさそうに寝息を立てていた。
今日もこのまま日が陰るまで、日向ぼっこをして一日を終わらせることになるのかと物思いに耽ようとしたとき、語るに無残な姿をしたボロボロの男がこちらに向かって来ていることに気づいた。
「け、ケイの旦那……ドアを開けてくれない……だろうか……」
あまりにもボロボロ過ぎたので最初は誰か分からなかったが、よく見ると共同体の冒険者のごっきぃであった。
ここ数日見かけなかったけれど何をやってたんだっけな?
「ドアを開けると言わずアンジェリカを呼んでこようか? あ、でも話があるなら中のほうが良いか。肩を貸そう」
「これはありがたい……」
ごっきぃはボロボロではあるがそれほど肉体的なダメージを受けている訳ではない。
目立った外傷は転んだことで出来たと思われる擦り傷と打撲が見られる程度。
服が破れていることと土を被って汚れていることで酷い姿になっているだけのようだ。
「いやーしかしまたこっ酷くヤラれて帰ってきたナ。どこ行ってたんだヨ。チェルシー! 水と食い物持ってきてやってくれ」
「はい。何か用意します」
ごっきぃを椅子に座らせるとテーブルに倒れ込むような感じでぐったりとしていたが、チェルシーが水と食べ物を持ってくると起き上がりそれらをがっつき始めた。
どうやらとてもお腹を空かせていたみたいだ。
「はぁ……はぁ……。えーと、どっから話せば良いんだっけな」
「最後に会話したのが二日前だったはずだ。皆で山の砦跡まで行った時にこのまま北に渡るって言って別れたよな?」
「ああ、そうです……その後傷んだ道に苦しめられながら山道を進んでいたんですが――」
長くなった話を纏めるとこういうことだ。
俺たちと別れて一時間程経ったところでごっきぃが休憩を取っていると十体ほどのゴブリンが現れた。
前後を挟まれたことと相手の数が多いので戦うことを選ばなかったごっきぃは道を外れて山の中を逃げ回る羽目になった。
追われているうちに洞窟を見つけ隠れようと思い侵入すると、なんとそこがゴブリンの住処だった。
その結果追ってくる数が増えて状況が悪くなっただけというところ、二晩に渡って追いかけられ続けたということだ。
「通りでボロボロになっているわけだが……」
「つまりヨ。まだ追いかけられているってことじゃないかヨ?」
「私めも同じ判断でございまし」
アンジェリカが冷静に事実を話し、それをベアトリクスが肯定する。
言葉にしなかったものの、俺も同じことを思っていた。
逃げ切ったと言い切るには時期尚早と言える。
ゴブリンは街までごっきぃを追いかけてくると判断したほうが良い。
「で、最終的には千体は追いかけてきたような気がします」
「多いな!」
「えーと雌豚のところを合わせて使える数は三十って所か。領主の所への連絡は――誰か行ける奴いるか?」
アンジェリカの呼びかけに応える共同体の冒険者はいなかった。
ゴブリンの数に恐れをなして怯んだのではない。
ただ酔いつぶれていて意識が朦朧なだけだ。
「ほら、さっさと立ち上がって武器を手にするのでございまし!」
一方ベアトリクスは酔いつぶれた冒険者の頬をひっぱたきながら立ち上がらせていく。
どう見渡してもこちらの戦える人数は最大数の三十もおらず、良くてその半分以下の十数人というところだろうか。
ちなみに素面であるがイチゴちゃんはその戦力に含めてはいない。
どっちにしろ俺とお姉ちゃん、それにアンジェリカとベアトリクスの四人が主力となる。
「領主は無視して良いのか?」
「仕方がねーヨ。自分の身くらい自分で守れってこったヨ。こっちだってピンチなんだヨ」
「腹をくくるのでございまし。はい、貴方の槍!」
「助かる。では行くか」
アンジェリカはベアトリクスから槍を手渡され、弓を手にしているベアトリクスとともに外へと出ていく。
それを五、六人程の冒険者が自分の得物を手にして追いかける。
気合で酔いを覚ましたようだが、体を巡ったアルコールは抜けていないので足元はフラフラだ。
そのあとに続いて俺も外に出ることとする。




