第21話 続・ペットって
「犬が欲しけりゃココにいるトンデモねぇ雌犬を使うってのもあんぜ? どっちかってーと豚だがヨ」
「豚さんはートリュフを探すのに使ったってー話を聞いたことあるかなー」
「夜な夜なキノコを探してんだから丁度いいじゃんヨ」
よく焼けたシシカバブを溢れんばかりに乗せた皿をテーブルに置いて、アンジェリカがベアトリクスの右隣に着席する。
ベアトリクスの左隣に座っていたチェルシーは入れ替わるように立ち上がる。
どうやらキッチンに戻るようだが、仕事のためというよりは話の方向性が怪しくなりそうな空気を読んだ感が強い。
「なっ! 何を言ってるのでございましっ」
「それは良いアイデアだな。ゴブリンにもキノコ生えてるだろ」
「生えてるのかしらぁ? 性別があるなら生えているかしらねぇ」
「ゴブリンにも雌雄の区別がありますよ。生えているキノコがベアトにとってお使い物になるかは分かりませんが。ゴブリンは子供くらいの体格ですから」
「それだと収穫すると犯罪……ん?」
ベアトリクスに対する弄りが加熱していたところに赤レンガでは聞き慣れない女性の声がした。
それがジェシカのものだとすぐに気づけたのは午前中に聞いたばかりの声だからだ。
「ああ、ジェシー良いところに来たのでございまし。ゴブリンを誘引できる魔法があれば今の危機的状況を脱せるのでございまし」
目に涙を浮かべてブヒブヒとジェシカに縋るベアトリクスではあったが、その左隣に座ったジェシカの答えは期待するものではなかった。
「そんな魔法は……無いですね。ゴブリンを遠ざけるやり方を聞いたことがありますけれど。魔法ではありませんが」
「遠ざける事に反しなければ近づくことが出来るんじゃないかしらぁ?」
「ナイスアイデアだお姉ちゃん。習性に対して対策するというのであればいけそうだが?」
「難しい方法ではありません。こちらの存在を認めさせる。特に有効なのは武器を持ち力を誇示することですね。恐れたゴブリンは姿を見せないと言われています」
「熊かよ」
「狩られないための知恵ではないかしらぁ? それだとずる賢い方向に頭は回るみたいねぇ」
野生の感に頼るのではなく相手を分析して彼我の戦力差を計るのであれば頭を使っている。
いわゆる頭脳派集団だ。
俺とお姉ちゃんの力量を考えずに襲ってきたオオカミとは訳が違う。
「俺たちも剣を手にしとるんじゃがのう……」
「何がダメなんだろう」
「簡単に逃げる割に囲まれてボコボコにされているところじゃないですか? 毎日飲み過ぎでお酒が抜けてないしきちんと戦えるんです? よく何もないところで転けたりしてますよね。ボクは疑問です」
後ろから聞こえる冴えない冒険者連中のボヤキに対するチェルシーの辛辣なツッコミが恐ろしい。
チェルシーの言葉はプリメロの冒険者の殆どは武器を保有してなおゴブリンより弱いということを意味するが……きっとゴブリンが強いからであって、冒険者の多くはそういうものなのかもしれない。
いや、何もないとこで転けるのはやっぱ人間として駄目だろう。
「つまりー、弱さアピればーカモって思われてーヤラれちゃうってことですかねー」
「冴えてるわねイチゴちゃん。逃げるイチゴちゃんを追いかけてきるゴブリンを罠に掛けて一撃。これで決まりねっ!」
「えーっ! その役目ーあたしなんですかー? 昨日オオカミに襲われそうになってー死ぬかと思ったんですけどー」
昨日のオオカミは俺たち三人が弱いと判断したから襲ってきた。
俺もお姉ちゃんもろくに警戒をしていなかったため手頃な獲物と思われたのだろう。
彼我の戦力差に考えを巡らせる頭がないだけとも言えるが。
反対にゴブリンを探すときは相手から攻撃を受ける前提で警戒している。
手元に武器をチラつかせていれば知能がある魔物は相手の戦力を値踏みした上で襲う判断をするか。
「キノコの話をした後に少女にヤラせる仕事ではないと思うがヨ?」
「何かあっても蚊に刺されるようなものでしょうか」
「えー襲われるってそっちの意味なんですかー余計嫌なんですけどー」
「嫌なら似たようなところでチェルシーに任せてみてもよい」
「ボクだって嫌ですよ。そもそもケイさんとマスコットさんでなければ誰でも襲われるんですよね? ボク達である必要ないじゃないですか」
ちょうど配膳を終えたチェルシーが一人用の椅子を持ってイチゴちゃんの隣に座る所だったので推してみたが、そうだよな。
なんとなくそんな気はしていたんだ。
そこに気づくとは流石だぞチェルシー。
しかしゴブリンに襲われる少女とそれを助ける冒険者って剣と魔法のファンタジー感あって良いかなって思ってしまったんだ。
「チェルシーちゃんの言うことも最もよ~。でもね、お姉ちゃん思うのよ~。この連中じゃ絵面が良くないってぇ。逃げ惑うおっさん達を助けたいと思わないの~。折角なら可愛い女の子を助けたいわぁ」
お姉ちゃんが正直すぎて困る。なんで真顔でそんな台詞を吐けるんだよ。
「そんな……可愛いって……そんなのボク照れちゃいます……」
「それじゃーあたしたちーやりまーす!」
「えっ! 二人で?」
「できまーす!」
「じゃあ決まりね!」
チェルシーの思いとは裏腹にイチゴちゃんに勝手にゴブリンを引き寄せる餌に立候補させられる。
お姉ちゃんの思いはチェルシーに伝わったものの考えを変化させるまでには至っていないようだ。
一人だろうが二人だろうが変わったものでないし、一人のほうがコントロールしやすい気がするのだが。
「まあ囮が何であれ知能があるゴブリンにあからさまな釣り野伏せが通用するとは思い難いがヨ……ケイの言うとおりオオカミを躾けて使うのも悪くない案だろ?」
「獣の調教はベアトが得意とすることでしょ。試してみるのも一案では?」
「魔物を調教するのは動物を調教するのと訳が違うのでございまし」
「ん? ベアトリクスは動物の躾けが出来るのか?」
若者とお姉ちゃんが馬鹿みたいな話を進めている反対側で、お姉さん達によって意外とまともな話が進められていた。
ベアトリクスが動物の躾けを出来るのであればこれを利用しない手はない。
「ああ。昔からコイツは動物を手懐けるの上手いんだヨ。ポケットに食い物詰め込んでるってのもあるんだがナ」
「一言余計なのでございまし。まあ温厚な家畜や愛玩動物なら従えさせることは出来ますが、すぐに使い物にはならないのでございまし」
「人間の男なら一晩よね。良く鎖に繋いだ見知らぬ男に乗って登校してたもの」
「良くじゃありません! 一度だけ! それも若気の至りでございまし!」
「二、三回見かけた記憶もあるが……それはまあいい。全ての男は本質的にオオカミと聞く。それを調教できんなら本物のオオカミもなんとかなんだろーヨ」
「オオカミなんて牙の生えた野犬みたいなものでしょ」
「犬にも牙は生えてございまし……」
「それじゃあなおさら同じだろーがヨ。人間にだって犬歯くらいあるしヨ」
よくよく聞いているとやっぱりまともな話じゃなかった。
が、ベアトリクスが動物を調教できるのなら話は早い。
明日は山でオオカミの子供を拾ってこよう。




