第20話 ペットって
「それで帰ってこられたのでございましね」
「どっちにしろ昼飯は大事だから戻ってきていたよ。見た感じでも魔法を使うのにはかなり疲労するようだしな。お試しにしても体調は万全でなければいけない」
「またそんなこと言っちゃってぇ。ケイ君は魔法が使えないから体力の心配ないのにねぇ」
「魔法の内容に興味はあるけど俺には要らないものだよ。心配するのは皆の体調のことだって」
「分かってる」
赤レンガに戻ってきた俺たちは、ジェシカのところでの顛末をベアトリクスに報告した。
フロアには焼かれたオオカミ肉から放たれる、香ばしくもどこかクセのある匂いが充満していた。
厨房に煙突こそついているものの、換気扇という能動的に排気する設備がないため、調理時の煙や匂いがどうしてもフロアに流れてくる。
それが食欲をそそる場合もあるし、げんなりさせる場合もあるのだが、今回は前者が強いだろうか。
お姉ちゃんがジェシカに宣言した通り、串刺しにされたオオカミの肉が厨房で焼かれた先にチェルシーや手の空いた冒険者の手でテーブルに並べられていく。
昨晩とは違って真面目に調理がされており、十分に熱が通っていて肉に生の部分は無い。
昨日の丸焼きのやっつけさ加減は何だったんだよ。
「あたしも十五年生きてますけどー。オオカミの肉を食べるってーないですねー」
「ボクもこれが初めてです。正体不明の魔物肉は先月まで幾らか食べていましたけどね」
「それはウミガメのスープみたいなものじゃなくてぇ? いつの間にか街から人が少なくなってなかったぁ?」
チェルシーの不穏な発言についてお姉ちゃんが訝しんでいるが普通に魔物の肉だろう。
この世界に来た当日にお姉ちゃんが解体したヘビの肉を街人が集めていたの見かけたしな。
それが本当に食べても大丈夫な肉だったかは今日に至るまで正解が出ていないが、食料が少なく制限される状況下では魔物の肉も重要なタンパク源となる。
魔物といえども人に襲い掛かってくるだけの凶暴な動物に過ぎないのだから、美味い不味いはあっても食えないということはない。
じゃあなんで他所の街から家畜の肉が手に入る現状がある中でオオカミの肉なんてわざわざ食ってんだろうかという疑問はある。
気にしてはならないところかもしれない。
「だけどですねー、オオカミって犬みたいなものじゃないですかー。犬ってペットですよーペット。ワンちゃん食べるっておかしくないですかー」
「羊頭狗肉って言葉があるように動物なんて一皮剥けばどれも一緒よ~」
「犬か……そういえばこの街で見かけたことがないな。この世界では愛玩目的で動物を飼う文化が無いのかな」
ぶつくさ言いながら肉を口に運ぶイチゴちゃんをいなしてお姉ちゃんもオオカミ肉を口にする。
塩やスパイスでは誤魔化しきれず粗が残る味だが、この世界に特有の風味が感じられないやたらと濃い醤油やマヨネーズをつけると割りと食えてしまうから困る。
しかしイチゴちゃんの意見はもっともで、プリメロで犬を見かけないのは食糧難の際に食べてしまったからという可能性も考えられる。
「裕福な家であれば愛玩動物を飼うことはあるのでございまし。牧畜や狩猟を生業としていれば牧羊犬を飼いますが、プリメロは穀物農家が主体ですからサイロに鼠狩り用に猫がいるくらいでございまし」
良かった。
食糧難を理由に鍋にされてしまったワンちゃんは居なかったんだね。
「家計の余裕次第だったり役に立つなら飼うのか。それであれば懐具合は十分だし、隠れた魔物を探し出すために狩猟犬を使うのも手段として有りか」
「ゴブリン狩りに犬を使うという話は聞かないでございまし」
しかしここで問題がある。
街に犬がいないということは調達手段がないということである。
家畜ならともかく愛玩動物専門の行商人なんて儲かる商売とは思えないから存在が疑わしい。
あるいは存在したとしてこんな田舎街まで足を向けるとも思えないから、購入するには他所の街にまで赴く必要がある。
一番近い隣街でも行くのに半日かかるので、帰路も考えると一日と言わず二日は必要とする。
「手近な犬なんて山に棲むオオカミくらいだけど捕まえてきて調教するの~? 使い物になるまで時間も手間も掛かると思うわよ~。ちゃんと毎日散歩や餌のお世話と躾が出来るぅ?」
ビッグアイデアだよお姉ちゃん。
犬もオオカミも似たようなものだし、子オオカミから育てれば犬と言っても過言じゃない。
今食べているオオカミ以外にも山で探せば若いのくらい幾らでも見つけられるだろう。
ゴブリンを探すために使い物になるか分からないオオカミを探すって、その足をゴブリン探しに費やした方が早い気がするが気のせいだろう。
だって現にゴブリンを見つけられていないんだから。
「小さい頃から仕込めばあるいは……必要な手間ならば掛けるし。ゴブリンだって山を焼いちまえば一発だけど、そういう訳にはいかないんだしさ」
「そうです。山が焼けてしまうと料理に必要な炭や薪が手に入らなくなります。こんな田舎街にはアルコールストーブなんて高級品置いてある家なんて無いんですから死活問題です」
山を火の海に沈めてしまえばゴブリンを含めて魔物は一掃できるだろうが、それは報奨金が手に入らないので取り得ない案だ。
それでもゴブリンの殲滅が街に対して利益が出るのであればと、以前皆にこの案を提言した時にはとんでもない大馬鹿者を見るような目で見られた。
その理由はチェルシーの言葉に集約されている。
燃料がなければ人は生きていけないのである。
「理由は知らんが俺たちが砦に行くと姿を消すってことは、その時には何処かに潜んでいるわけだろ。その潜伏先が一向に見つからないが犬に匂いを追わせれば辿り付けるという考えだよ」
「ゴブリンが見つからないというのもおかしな話でのう。儂達だけで行くと万端の準備で待ち構えておるんじゃがな」
「何度返り討ちに遭ったことか……」
後ろのテーブルで昼から飲んだくれているフッサとディックは山でゴブリンに遭遇するタイプの冒険者だ。
彼らと一緒にゴブリンの拠点だと疑われる山の砦まで様子を見に行くとゴブリンは現れない。
しかし俺たちと彼らが行動を別にすると、すぐに彼らは襲われるほどゴブリンに愛されている。
助けを求める悲鳴に応じて俺とお姉ちゃんが救援に駆けつけた時にはすでにゴブリンは姿を消した後。
これではどうにもできない。




