第15話 魔力と魔法
「落ちついたところで本題に入りたいんだけれど良いかな」
氷水で喉を潤し、ひと心地ついたところでそろそろ魔法のことについて伺うことにする。
「そうでした。魔法のことを伺いに来られたんでしたね」
「魔法とは何かを聞きたいけれど、その前に俺たちに魔法の才能があるのかを知っておきたい」
「そこ大事よねぇ。話を聞くスタンスが違ってくるもの~」
自分が使う事が前提にあれば使い方を覚える方向に傾聴するし、使えないのであれば魔法使いへの対抗する方法がないかを探る方向で考えることになる。
俺は使えたとしても使う気はないので才能の有無に関わらず後者の考えだが。
「魔法の才能――素質というのは大きく二つ。魔法力、いわゆる魔力と扱える魔法の性質があります。私に分かるのはその人の魔力だけ。扱える魔法の性質は本人が使ってみて初めて分かることです」
「それじゃあ俺たちの魔力を教えて貰えますか。何かテストが必要で時間が掛かるものだったりするのかな?」
「いいえ、見るだけです。若い子二人は並の魔力で大人の女性はその半分。あなたはゼロ」
「ほう」
ジェシカのご宣託を受けた三人が揃って憐れみの目を向けてくる。
いや、笑いを堪えた顔をしているお姉ちゃんもその二人の半分しか魔力が無いんだからね、と口に出そうとした所に先手を打たれる。
「わたしがこの子達の半分っていうことだけど、魔力の大小が決まる要因があるのかしらぁ?」
「この世界で産まれたチェルシーだけが並ならともかく、別世界から来たイチゴちゃんも並ってのは納得しがたいな」
「あら、街で見慣れない顔だと思っていたけど三人は転移者なのですね」
同意の意味で頷くお姉ちゃんを見てジェシカが話を続ける。
「ある研究では生まれるまでに受けた愛情によるとされています。愛し合う両親の元から生まれた子供は並の魔力を持つことが多いです」
「それだと思い当たる節があるかも……ね」
「生まれた時に母親だけという境遇だと魔力が並の半分程度ということが多いです。例えば両親が離れて暮らしていたり父親が既に亡くなっている場合ですね」
「わたしの父はろくでなしだったみたいだけど。話に聞いたぐらいで顔も知らないけどね」
溜息混じりに呟くお姉ちゃんの瞳は曇っているように見えた。
生前の話とはいえ、思い出したくないことはあるだろう。
「つまりお母さんがいれば並の半分は持って生まれてくるってことですよね。でもそれだと魔力が無いというのは……」
「母親がいない人っていなくないですかー?」
ジェシカの説明の流れから疑問を持つことは自然なことだ。
俺が母親の胎内で育って産まれていないことは事実だから説明されたことの辻褄は合っている。
しかしどういう状況であればそれが起き得るか理解できないために、イチゴちゃんとチェルシーが首を捻って怪訝な顔をする。
一方お姉ちゃんが動じていないのはそれがあり得ることを理解しているからか。
二人が幸せな家庭に生を受けたから理解できないのではなく、恐らくは三人が過ごしてきた世界の科学技術の水準に差があることで生じているのだろう。
「確かにこの理論に拠ると母親不在で生まれたことになります。この理論自体、元々は純粋ホムンクルスが生体活動を開始できないことを研究の発端としているものですから……」
「ホムンクルスってーなんですかー?」
「錬金術が研究の対象としている人造人間のことです。人体を構成する要素から人の形を作り上げるのですが、研究が始まったばかりの頃は人の形をした肉の塊が出来上がるだけだったため、原因と対策のための研究があったのです」
「へー……」
質問をしたもののイチゴちゃんはホムンクルスというものに興味を持たなかったようだ。
この世界の生活水準を考えると、人間の形まで作り上げられた錬金術って凄いんですけど。
「しかし何事にも例外というものがあります。そう、私のように常人の何倍もの魔力を持って生まれてくる天才と呼ばれる存在がね」
この女は自分で自分のことを天才と断言してしまうか。
傲慢とも受け取れるで発言だが、口振りからはジェシカが持つ絶対的な自信からくるものであることが感じられる。
それだけの実力と経験から来るものだろうが、普段はその魔力を何に活用しているのかは気になるところだ。
「例外があるから全く魔力を持たずに生まれちゃう存在もいるってこと~?」
「逆に選ばれしものってー感じですねー。逆にー」
「理論的に存在すると言われていましたが、私も実際目にするのは初めてです」
出会った時に俺をやたらと舐め回すように見ていたのは理由に見当がついた。
魔力ゼロなんていう珍しいものをみたらそんな態度を取ってしまうことにも頷ける。
「魔力がないことは悪いことでもありません。魔力が無いということは魔法が効かないということですから」
「どういうことですかー?」
「魔力が強いということは魔法への干渉力が強いく敏感になるということです。魔力が弱ければ魔法に対して鈍感になります」
「つまりケイさんは魔法が使えない代わりに魔法が効かない。でも反対にジェシカさんには物凄く効くということですよね?」
「そういうことです」
「強みであると同時に弱みでもあるということねぇ。そんな脆さを抱えている割には余裕シャキシャキで話してるけど~、弱点が周知されることが怖くないのかしらぁ?」
「魔法に触れる者には常識ですし、魔力が高ければ相手の魔法に魔法で対抗出来ますから問題にならないのです」
「冷やされることが分かっているなら温めておけば良い。ということか」
魔法で発生した事象を魔法で打ち消すというのは、魔法が使えるから出来る対抗手段ということだ。
それでは魔法が使えなければどのように対抗すればよいか。
「そうなります。ですが魔力が弱く故に魔法が効きにくい体質であっても魔法によって発生した現象を防ぐことは不可能です」
「はっせいしたげんしょー?」
「魔法の力で体を燃やされなくても、魔法の力で燃やされたものを触ると熱いってことか」
「そうじゃなきゃこの氷水がケイ君にはただの水だものねぇ」
魔法で直接叩き潰せない相手には魔法で固くて重たいものを動かして叩きつければいい。
体を吹き飛ばして地面に叩きつけるのも、巨大な岩を飛ばして体に叩きつけるのも与えるダメージは同じだ。
そして両方とも喰らわなければ問題にならないので対応手段はいくらでもある。
「俺が魔法を使えないってことは分かったよ。それが原因で魔法が脅威でないとが分かっただけで今日の収穫だ。魔法使いと相対しても、発生した現象への対応の取りようは幾らでもあるしな」
「威力を考えなければそうねぇ。どんな魔法があるかを知っておけば足元を掬われることもないんじゃないかしら」
「強い人って凄いなー。魔法が使えないことをデメリットと思わないんですねー」
無いよりは有った方が便利と考えるのは自然なことだろう。
しかし生きていく上で必須要素ではないのだ。
事実この一ヶ月間、魔法の力なしにこの世界で生活してこられたことがそれを証明している。
「大丈夫よ~イチゴちゃん。ケイ君は両目からレーザーが出せるから魔法がなくても戦えるわぁ」
「両目からは出ないよお姉ちゃん。それだと前が見えねえ」
「見つめないでください……体が火照っちゃいますよー」
お姉ちゃんのフォローにならないフォローに呆れながらイチゴちゃんに視線を向ける。
視線に気持ちだけ遠赤外線を乗せてイチゴちゃんを見つめていると照れ始めた。可愛いなこの生物。
ブラウスの襟元を摘んでパタパタして外気を取り入れることで熱くなった上半身を冷やそうとするが、暑いならブレザーとカーディガンを脱げば涼しくなるのにとも思う。
[登場人物紹介]
ケイ君 この作品の主人公。魔力がない。
マスコット・チアーズ お姉ちゃん。半分くらいはある
イチゴ 女子高生。魔力がある




