第14話 いい性格の女
「俺がどうかしましたか?」
「これは失礼。とても珍しいタイプだからつい見入ってしまいました。魔法のことであれば説明しますから中にお入り下さい。ここでの立ち話ではお茶も出せませんので」
急な訪問にも関わらずすんなりと話が進むのはジェシカさんがベアトリクスの知り合いだからか。
案内されて建物に入ると、手前の方にはシンプルな丸テーブルと椅子が四脚、奥には戸棚が二面に配置されて用途が分からない品々がディスプレイされている。
どうも生活のスペースではなく商売のためのスペースといったところだ。
「支度がありますので、そちらの椅子に掛けて少しお待ち下さい」
「はい!」
庭いじりの服装は客をもてなすことに適していないからだろうか、ジェシカさんは奥のカウンター裏の扉を開けて引っ込んでいく。
一度は四人とも椅子に腰掛けて見たものの、イチゴちゃんとチェルシーはすぐに戸棚に並ぶ品々を観察しに立ち上がった。
「お姉ちゃんは見なくていいの?」
「説明されないと理解出来なさそうな物を眺めることに意味があるかしらぁ?」
「そりゃそうだ」
お姉ちゃんは何でも出てくるポーチを持っていることもあってかこの世界の品物に対する興味が低い。
今のところ自分の目で存在が確認出来ていない魔法を生業にしている者が商う品物は、説明を受けたとしても眉唾ものに見える気がする。
「まだ新しいし、かなり良い建物のようねぇ」
「そうだね、街の民家に比べて作りが良い。建材もそれなりの品質のものを使っているみたいだな」
床は板張りのフローリングになっていて壁には花柄の壁紙が張られている。
そのどちらも真新しく傷や汚れや日焼けによるくすみが少ない。
また外壁の漆喰も真っ白に近いことを考えると築数年程度の新しい家であるようだ。
要塞とも言える赤レンガのような重厚感は無いが、街の民家に比べるとしっかりとした造りをしている。
魔法が儲かる商売であるために資産を保有しているのか、それとは関係なくお金持ちなのか。
理由はさておきジェシカさんはお金に不自由しているということは無さそうだ。
「あら、どれか興味を惹かれるものがありますか?」
「なんか凄そうなものばかりですねー。使い途が想像できないですよー」
「見た感じ料理に使えそうなものは無いみたいですね」
奥から着替えを終えたジェシカさんが現れると、品物の数々を興味有り気に観察していた二人に声を掛ける。
着替えたといってもニットのジレをブラウスに重ねたことと靴が変わったくらいで、黒尽くめで仰々しいマントを羽織るとかはしていない。
ブラウスの第一ボタンが外れているのはちょっとした違いだろうか。
ジェシカさんの手には氷と水が入った透明なガラスのポットとガラスのタンブラーを五つトレイに載せ、俺たち二人が椅子に座るテーブルまで運んでくる。
ポットの中に植物の葉が数枚入っているのは香り付けのためだろうか。
こっちに来て見たことがない葉っぱであるので、どんな風味がするのか楽しみではある。
「どうぞお飲みになって下さい」
「任せてください。ボクがやりますよ。家の手伝いで慣れているんです」
「そういえばあなたは赤レンガでウェイトレスをしている娘さんだったわね」
戻ってきたチェルシーが受け取ったポットの中身を見るなり難しい顔をし、俺の顔色を伺うような目を向けてくる。
食堂で働いている彼女にそんな顔をさせる代物とは一体なんだろうか。
冷凍庫がないこの世界でどうやって氷を調達したかはともかく、氷水に問題は無かろう。
となると浮かんでいる葉っぱに問題があると見ていい。
水に風味を付けるためのハーブだと思ったが、そうでは無いということなのか?
「まずは俺に一杯貰えるかな。昨晩飲みすぎて二日酔いが酷いんだ」
「わたしにも頂戴」
「お客様にやらせてしまって悪いけれど私も頂けますか。朝からの作業で喉がカラカラなの」
「ではどうぞ」
チェルシーが三つのタンブラーに水を注いでそれぞれに手渡しをする。
彼女自身とイチゴちゃんの分を注がないということは、チェルシーの目には浮かんでいる植物の葉に不審な点があるということか。
知人の紹介で訪ねてきた者たちに毒を盛ることは考えづらいし、そうであればジェシカさんも一緒に飲もうとすることに説明がつかないのだが……
チェルシーから手渡されたタンブラーはほんのりと冷たい。
氷水を手にするのは久しぶりの感覚で、忘れていた感覚を少し思い起こさせるものだ。
飲んでみれば分かるのだからとグイッ、と一気に半分の量を飲み込むと冷えた水が持つ特有の喉越しの中に薄い苦味がある。
苦味は水の中に溶け込んだある種のアルカロイド系の物質からもたらされるものだ。
分量によっては毒にも薬にもなり得る代物で匙加減を間違えれば大変なことになるが、この程度の量で人体に悪影響を及ぼすものではない。
「どうケイ君? 飲んじゃって大丈夫だったかしらぁ?」
「俺に毒は効かんよお姉ちゃん。それよりこれはこの国で合法なんですか? 万人に勧めて良いものでは無いと思うんだけど」
「あら、毒かと思いました? 疲労や眠気などの倦怠感に効くんですよ。他にも高山病に効果があり健康効果が高いんです」
ニコニコ顔で答えてくれるジェシカから悪意を受け取ることは出来ない。
薬として使う場合の薬効であればジェシカが話す内容に間違いはなく、むしろこの分量では効果が実感できるか疑わしい位で毒にも薬にもならない。
この世界では生活の一部として嗜まれていますと言われたら信じる者が殆どだろう。
飲食店の娘であるチェルシーが訝しんでいることを考慮しなければの話だが。
「この葉っぱは初めて見ますが効き目を聞くと良いものに感じますね。毎日二日酔いで苦しんでる人達に飲ませてあげたいよ」
「合法かどうかってどういうことなんですかねー。アウトロー的なーやつだったりするんですかー?」
ジェシカの説明に関心しているチェルシーと俺の言葉を拾うイチゴちゃん。
お姉ちゃんは飲み口に鼻を当てて匂いを嗅いでいる。
小首を傾げるのは匂いではどういったものであるか判断がつかないからで、正体を見破れなかったため俺に答えを求めてくる。
「それでケイ君。これは何なの~?」
「言ってみればハーブ、ミント。つまり一種の薬草で適量であればジェシカさんが説明した通りの鎮痛効果が得られる。但しこの分量ではそこまでの効果は得られ無い。故に依存性も無いと思われる。後は法的な問題の有無だけかと思う」
「適量、鎮痛、依存性。成る程ね、薬にしても法律での規制次第ねぇ。けれど、この味だと飲む人を選びそうな気がするけど大人の嗜みの範疇かしらぁ」
お姉ちゃんはタンブラーの水を口に含み、舌で少し転がしてからごくりと飲み干した。
その後に少しだけ出された舌が艶めかしい。
「ここまで聞いておいて飲むんだね」
「ケイ君には敵わないけれどわたしにも毒は効かないのよ~」
「酒で酔うのは?」
「あれは雰囲気に酔っているだけぇ。ジェシカさん、これは子供に飲ませる物では無いと思うから何も入ってない水を頂けるかしらぁ」
「分かったわ。ご禁制の品ではないのだけれどお客さんの要望ですしそうしましょう」
ジェシカがポットを手に取り奥の方に引っ込んでいくが、思いの外すぐに出て来る。
すごく手際が良いのには関心してしまう、というよりこれはあれだ――
「中身を捨てたら一度洗いでくれるとありがたいな」
植物の葉を取り出しただけだということを看過した俺は一言釘を刺す。
するとジェシカは表情を変えることなくそのまま後退してドアの奥に引っ込んでいく。
その姿はまるで逆再生したかのようだ。
「中々骨のある女のようねぇ。見逃さないのは流石だわぁケイ君」
「ベアトリクスの言わんとしていたことが俺も分かってきたよ」
「えーと、つまり葉っぱを取り除いただけということですか」
「それだとーもう水に溶けちゃってるやつはーそのままですよねー」
今度は少し間を置いてジェシカが持ってきたポットの中身は水に微かなミネラル分が含まれるのみ。
この辺りの地下水と成分が一致しているし普通に飲めるただの井戸水だ。
残る二つのタンブラーにも水が注がれてイチゴちゃんとチェルシーに手渡される。
「冷たくっておいしー。この感じは久しぶりですよー」
「この氷は魔法で作ったやつですか? 今年は氷室が空っぽだからどこにもキープがないですよね」
「魔法だとサクっと作れますよ」
美味しそうに水を飲む二人に軽い口調でジェシカは言う。
プリメロでは冬場に氷を貯蔵して暖かい時期に利用しているようだ。
電気的な冷蔵、冷凍設備を持たないからこその知恵と言ったところか。
氷の需要があるのならば魔法で氷を作るとそれなりの商売になるだろう。
それが行われないのは労力に見合わないのか、できる人間が限られているのか。




