第12話 魔法
「それでしたら魔法を覚えると良いのでございまし」
「魔法?」
ベアトリクスの提案に対して俺は思わず素の返事をしてしまった。
なにせ魔法なんてファンタジーの世界の話だと思っていたからだ。
昨晩倒したオオカミの金勘定をベアトリクスにさせながら、俺はクソ不味いパンをスープに浸し口に押し込む。
スープの主原料は余りあるオオカミの肉と骨でありとても獣臭い。
いつもであれば美味しいスプレッドをパンに塗ってくれるお姉ちゃんは今この場にはいない。
イチゴちゃんと一緒にお風呂に入ってからというもの赤レンガにやってくることもなかった。
お楽しみのお部屋にお邪魔するのも悪いので、俺もこの赤レンガで酔いつぶれた冒険者たちと一緒に寝る羽目になった。
話を戻そう。
魔法を覚えることを推奨されたのは俺ではなく昨日出会った日本の女子高生のイチゴちゃんだ。
多少剣を振り回せる様になったところで彼女の身体能力では魔物とやりあえると思えなかった俺は、妙案がないかをベアトリクスに相談することにした。
その件に対する回答が魔法である。
「一言で魔法と言われても、何が出来るってイメージが沸かないんだが?」
「魔法の適正というのでしょうか。人によって出来ることが違うのでございまし。人それぞれ得意な分野がありますし、持っている魔法力も違うのでございまし」
「ふーん……やってみないと分からない感じってことか」
「左様でございまし。幸か不幸かこの街には人が持つ魔法の素質を判定が出来る者がおりますから、連れて行かれると良いのでございまし」
イチゴちゃんが魔法を使って何が出来るかは、その人の所に連れていけば分かるようだ。
今日は訓練をする前にその人のところを訪れてみるとしよう。
それはともかくベアトリクスの含みを持たせた言葉遣いは気にするべきところか。
「幸はともかく不幸ってどういうことだ?」
「言葉通りの意味でございまし。ケイ様やマスコット様であれば問題にしないでしょうがイチゴさんでは――」
「あたしがどーかしましたかー?」
「おはようケイ君。今朝はいつになく酷い惨状ねぇ」
意味ありげに口に手を当て伏目がちになったベアトリクスの言葉は、お姉ちゃんとイチゴちゃんの登場によって中断される。
これでは聞いた意味がないが俺とお姉ちゃんの二人には関係ないということだし気にしないこととする。
連れ立ってやってきた二人の服装はある意味対象的であり、床に転がる意識が希薄な酔いつぶれ達の何人かの目に焦点を取り戻させた。
イチゴちゃんはブレザーにミニスカートで昨日出会った時と同じだが、隣のお姉ちゃんはセーラー襟がついた純白の半袖ワンピース。
お姉ちゃんの恐ろしく短いスカート丈にはどうしても視線が誘導されてならない。
マットブラック色のナローベルトが巻かれている位置がお姉ちゃんの骨盤の上であること考えると、この丈の長さでは少しのアクシデントで見えてしまうだろう。
「二人ともおはよう。昨晩は凄い騒ぎだったからな。最後はオオカミがラインダンスしてたんだぜ?」
「オオカミ? それがラインダンスて……。それより二人で何を話していたのかしらぁ?」
お姉ちゃんは俺の肩に手を置いて支えにしながら隣に引っ付くように座り、テーブルの上の皿に残っていた焼きリンゴを頬張る。
昨晩オオカミの丸焼きが口に咥えていたリンゴだ。
ひと噛りしたところで少し動きが止まったものの、すぐに食事を再開したのは食べられる味をしていたからだろう。
「ああ、イチゴちゃんが取るべき今後の選択肢についてだよ。剣が向いてないようなら魔法を習うのはどうかって話をね」
「……魔法?」
「ほらな、俺と同じ反応だ」
リンゴを咀嚼しながら小首を傾げるお姉ちゃん。
反芻した言葉から魔法が自分の理解の範疇の外にあるということが伝わってくる。
「いえね、そんな事を言われると思ってなくてぇ。あれよねぇ、カボチャを馬車に変えたりするのかしらぁ?」
「汚れた服をキラキラドレスにしたりとかですねー」
「その程度なら要らないかなぁ。午前0時に解ける魔法はロマンチックだけれど~」
「あれー、良くないですかー? そりゃーマスコットお姉ちゃんはーバッグから服が出せますけどー、あたしはー制服と体操服しか持って無いんですよー」
お姉ちゃんは服をポーチから取り出せるので、いつでも好きな服装を用意できるという点においてそんな魔法は必要がない。
実物の服は着替えるという行為が面倒くさいことを考えると魔法で服装を自由に出来ると便利に思える。
もっとも服飾マテリアルを使えば服装は任意に変えられるので、わざわざ魔法を覚えるまでもない。
俺にとってもお姉ちゃんが服を着替えるという行為にとても唆られるので今のままが良い。
「お二方がおっしゃることは魔法というより錬金術が近いのでございまし。形と色を自由に変えられる夢の素材。そういったものもいずれは作ることができるとも」
「錬金術ねぇ……その夢の素材っていうのに心当たりもあるかしらぁ。もっと時代が進む必要があるとも思うけど~」
「確かに」
俺はお姉ちゃんの話を肯定する。
塵芥よりも極小の汎用ブロックを組み上げて服を構成するのが服飾マテリアルだ。
それも科学技術の進歩の過程で生まれたが、今のこの世界の技術レベルでは作ることは無理だろう。
「錬金術という名前だと狂気とオカルトの代物を連想するのだけれど~、名前が示す目的が達成されたことはあったのかしらぁ?」
「金が作れたら大金持ちですよねー、金だけにー」
「実はねイチゴちゃん。欲しければ作らなくったってこう……」
「止めなよ。ちなみに高価な金属が大きく値崩れしたという話はあるのか?」
カジュアルにバッグから金色に輝く塊を取り出そうとするお姉ちゃんを諌める。
それがあれば大金持ちだろうが、世界を経済面で破滅に追いやりかねない事態を招く可能性がある。
スナック感覚でやって良いことではない。
「マスコット様の質問への回答はイエスであり、ノーでございまし」
「ノーっていうのは金の生成には成功していないということかしらぁ」
「金貨が通貨として価値があるのはそういうことだろうが、やはり値崩れした金属はあるってことだな」
「ええ。アルミニウムという金属で、錬金術師と魔法使いと冒険者が結託して精製に成功したのでございまし」
自然界でのアルミニウムは化合物の状態で存在することが多いと聞くし、その代表である酸化アルミニウムからの精錬には大量の電力を必要とする。
それをどうにかしたと考えると、お姉ちゃんのバッグのように無から有を生み出したのではなく、単純にアルミニウムの精錬を実現したということだろう。
化学変化に必要な工業的な設備を魔法で代替することに成功したと考えておこう。
まさか元素変換などできるわけもない。
いや、そういう能力を持った転生者がいればあり得るか。
しかしそれであれば錬金術師一人で成し遂げる事が出来るから否定される。
あくまでも皆で頑張って成し遂げた成果であろう。




