第9話 お祭り騒ぎ
三人で雑談しながらの帰途は思いの外に時間を要し、プリメロに辿り着いたときには完全に日が暮れていた。
「こいつはギンイロオオカミじゃねーか! なんて珍しいものを狩ってきたんだヨ」
「確か結構な報奨金が掛かっていたのでございまし。ああ、オオカミの体は毛皮ごと万年処女にくれてやるのでございまし」
「その分の代金はと払ってんだろーがヨ。まるで施しているような口ぶりはやめろヨ」
「おーい、オオカミ入ったからバラすぞ。誰か手伝えーっ」
体毛の色はバラバラで銀色と言えるのは大きめの白い個体と灰色の個体くらいなのだが、十二頭中の八頭がギンイロオオカミに分類されるらしい。
見分けるポイントは目の周りが白色に見えるものがギンイロオオカミで、そうでないものが普通のオオカミということだ。
よく観察すると白色というより透き通った銀色にも見え、なるほどこれが由来なのかと納得する。
連れてきた十二頭のオオカミは区別することなくまとめて赤レンガの建物前に放置し、ベアトリクスとアンジェリカにその後の処理を委ねた。
ベアトリクスが属する冒険者協会が取り扱う報奨金は魔物の首、もとい命に掛かっているため死体は副産物である。
凶暴ででかいだけの草食獣である牛とかイノシシとかカンガルーとかならば食べてしまうこともできるが、多くの場合魔物の死体はゴミとして扱われる。
草食の魔物でも大雑把な味でえぐ味があるものも多いし、肉食の魔物に至っては単純に不味いからだ。
一方アンジェリカが属する冒険者共同体は相応の金銭のやり取りにより、冒険者協会から魔物の死体の処分を引き受けている。
毛皮は言うに及ばず魔物から取れる素材は様々な用途の原料となるらしく、その調達販売のルートを取り仕切るのが共同体の主要事業の一つだそうだ。
調達した素材は商人に直接卸したり、必要とされる場所まで共同体の冒険者が運んだりしているそうだ。
この世界に来た日に聞いたことだが共同体の冒険者って探検家に近い性質だよね。
「晩ごはんの前にお風呂に入らないとね、ケイ君」
「そうだな、脂のベトつきと獣の匂いが染み付いて不快しかない」
お姉ちゃんがジャージの袖をパタパタと叩きながら言う。
実際にはお姉ちゃん本人とイチゴちゃんは足下の土汚れぐらいなものだが、俺は背負ってきたオオカミのアレコレが服や肌に付着している。
「お風呂なんてあるんだー。いいなー。あたしなんてー桶にお湯を貰って体を拭くぐらいですよー」
「あら。じゃあお姉ちゃん達のお部屋のお風呂に入るかしらぁ? それだとケイ君は後回しになっちゃうけど~」
「俺なら構わんよ。今更少し遅くなった位でなんてことはない。ただ……」
「いーんですかー、やったー! いつぶりのお風呂だろー」
ということで汗と土埃で汚れた体を綺麗にするため、お風呂に入るべく赤レンガから宿屋へと向かう。
お姉ちゃんとイチゴちゃんの足は軽やかなのだが、重い荷物から解き放たれたはずの俺の足は少し重い。
イチゴちゃんの喜びの声に遮られたため言えなかったが、俺たちの部屋に入るということはイチゴちゃんにとって残酷な真実を知るということだ。
その真実を知ったとき、彼女に対してなんて言葉をかければ良いだろうか?
「ケイの旦那、今日は遅かったじゃないか。それに珍しく酷い有様じゃあないか。風呂なら既に用意できているよ」
「それはありがたい」
「ケイ君はお姉ちゃん達の後だけどねぇ」
「ケイさんもーしわけー」
宿屋に入ると主人に挨拶がてらお風呂の準備を依頼しようとしたが、既に準備は整っているらしい。
以前はお湯を用意して貰っていたためそれ相応の時間を要していたのだが、近頃はバスタブに水を張って貰うだけだから外出している昼の内に終わっていることが多い。
お湯を沸かす手段など幾らでもあることに気づいた今となってはバスタブに水が張られていれば良いのだ。
「さあ、入った入った。ここがお姉ちゃん達のお部屋よ~」
「あれー? ここってー……」
階段を登り部屋の前までたどり着いたところでイチゴちゃんの様子がおかしくなる。
隣の部屋のドアを確認し頷いたイチゴちゃんは、恐る恐る俺の顔を見上げる。
怯えが見え隠れする瞳から思わず目を背けてしまったが、彼女にはきちんと伝えなければならない。
「そういうことだ」
そう、イチゴちゃんはようやく知ることになったのだ。
このひと月の間、自分の安眠を妨げていた者たちの正体を。
俺に出来たことといえば、彼女の背中を押して部屋に入れてやることぐらいだった。
どちらかというと押し込んだっていうほうが正しいか。
今日丸一日かけてイチゴちゃんをおもちゃにしてきたお姉ちゃんのことだ、一緒にお風呂に入るだけで彼女を開放することはないだろう。
浴室から聞こえてくるイチゴちゃんの少女特有の甲高い悲鳴を無視し、長い夜になりそうなことを察知した俺はお姉ちゃんがかろうじて渡してくれた着替えの服に袖を通す。
体と髪の毛についた汚れは宿屋の井戸の水を被って落とした。
そうして身支度を整えた俺はそのまま赤レンガへとんぼ返りする。
建物に入るやいなやベアトリクスから精算されたお金ではなく、酒が入ったジョッキを受け取ることになったのには面食らったが、それはそれとして酒は一気に飲み干した。
「いよーっ! ケイの旦那さん。いい飲みっぷりなのでございまし」
「さあさあこっちはアタイからの奢りだから気にせずに飲んでくれヨ」
「なんだいこれは嫌に騒がしいが」
アンジェリカとベアトリクスが肩を組んで俺に絡んでくる。
ついさっきまで悪態を付き合っていた二人であり、仲が良いのか悪いのか分からないが、互いの利益が一致するときは協力するくらいの頭はあるというのが俺の見立てだ。
つまり現在はお互いに喜びを分かち合える状況にあるということのようだ。
二人の熱い吐息には多量のアルコールが感じられることから、相当酔っていることがわかる。
オオカミを引き渡した時には素面だったはずなので、この数十分の間に相当なピッチで酒を飲んでいるようだ。
いつもよりやたらと距離が近く、二人がかりで俺に体を押し付けてくる。
アンジェリカの胸板は固く骨ばっていて、ベアトリクスのお胸は柔らかく肉質的だ。
いや、お胸だけじゃなくてお腹もか。
栄養状態が改善した最近は段々とベアトリクスの肉付きがよくなってきているのだ。
この場にお姉ちゃんがいると俺の命に関わるところだが、今は俺一人なのでセーフだ。
「今日はお祭りなのでございまし」
「朝にはそんな気配はなかった記憶が……というか、さっき寄った時もいつもと変わらない感じだったんだが」
「ケイの旦那が良い物持って来てくれたんじゃねーか。アレみてみろヨ」
[登場人物紹介]
ケイ君 この作品の主人公。夜がすごいらしい。
マスコット・チアーズ お姉ちゃん。夜がすごいらしい。
イチゴ 女子高生。ケイ君とお姉ちゃんの夜の被害者。
アンジェリカ 冒険者共同体の人
ベアトリクス 冒険者協会の人




