第8話 想定外の乱入者
俺も起き上がると風の細剣を地面から引き抜いて、二人の元へと足を進める。
途中で気まぐれに剣を振るって見ると、実剣の割に思いの外軽いことに驚かされる。
興が乗ったので軽めの突きからの五十連撃、そして最後は突きで締める。
「ケイ君、今からフェンシングでも始めるつもりなの~?」
「いや? 試しに振ってみただけだよ。協会から貰った鉄の塊とは随分と感じが違うんだな。ほい、イチゴちゃん」
「ありがとうございますー」
お姉ちゃんが苦笑しているということは、俺のやったことが見えていたらしい。
視界の端に少し入っていた程度だろうに目はかなり良いみたいで、能力の限界は計り知れない。
イチゴちゃんは何も見えていなかったらしく、特に反応はなく俺から受け取った剣を空にかざしている。
刀身に反射する夕日が目に入って少し眩しい……結構日が傾いてきたな。
「そろそろ暗くなってくるし街に戻ろうか」
「そうねぇ……折角ここまで来たのに魔物を狩れなかったは勿体無いけれども~」
「今日はイチゴちゃんの剣の練習をしに来たんだから構わないだろ」
「それはそうだけれど~。いつもなら歩いてるだけで飛び出してくるのにぃ、今日はそんな気配が無いじゃない?」
ふむ、お姉ちゃんの言うことは一理ある。
人の気配を察しただけで飛びかかってくる魔物が今日は一匹も出てきていない。
山に住む魔物は恐れというものを知らないらしく、俺とお姉ちゃんに向かって一心不乱に向かってくる元気の塊なのだが。
そいつらが今日に限って全く出現しない。
それどころか辺りには動物の気配がなくとても静かだ。
静かすぎる――
「お姉ちゃん、すぐに帰るぞ。イチゴちゃんは俺の側から離れるな」
「えっ? 何ですか」
急に不穏な空気を感じ取った、というよりは付近に潜むものの攻撃的な気配をようやく感じ取れた。
藪の中に複数の魔物の気配があり、今更ながら数えてみると十二匹いる。
数の多さよりも潜み続けられる忍耐力、そしてそれを集団でやってのける統率力が恐ろしい。
普段であれば自分たちで自分の身を守れるくらいの冒険者たちしかいないので気にすることはないが、今はイチゴちゃんという足手まといが一緒だ。
「もう手遅れみたいね」
お姉ちゃんの平坦で冷たい声が聞こえるのと同じくして、藪から十二匹の魔物が一斉に飛び出してくる。
そして瞬きする間もなくお姉ちゃんを取り囲んでしまった。
イチゴちゃんは俺の体に隠れられているので平気であり、お姉ちゃんの様子を心配しているくらいだ。
これであれば少なくともお姉ちゃんの邪魔をするということはない。
さて、飛び出してきた魔物の正体はというと犬だ。
いや? オオカミかな。
協会の掲示板に貼られている手配書の一つに、ギンイロオオカミというものがあったからおそらくそれだろう。
それぞれ良い体格をしているが、色はそれぞれ異なっている。
赤茶けたやつ、黒い感じのやつ、灰色のやつ、特別体格が良い白色のやつ。
一体どれが手配書のギンイロオオカミだ?
「銀色ってことだからかろうじて灰色をしている奴が手配書のオオカミかな?」
「さあ? その子がリーダーさんには見えないし、白い子じゃないかしら。全部倒すから後で確認しましょう」
「でもさ、何匹かには逃げられるかもしれない。全部を倒せないかもしれないよ」
「ギンイロオオカミで無くても危険なら報酬が付いてるんじゃないかしら?」
「あのー、これってー絶対絶命のピンチってーやつなんじゃーないですかねー?」
俺の腕をギュッと握りながら足をガクガクさせているイチゴちゃん。
彼女はお姉ちゃんがオオカミに囲まれていることを危機的状況と理解しているようだ。
「そんなことはない。さっきお姉ちゃんが見本に剣捌きを見せただろ。キミには見えてなかったようだが、あれで十二回攻撃していたんだ。つまりこの程度の数の魔物なら一呼吸の間に全て倒せる」
「はい? いやー、だってマスコットお姉ちゃんの武器ってそこに落ちているじゃないですかー」
「うむ」
自分で頷いていて何だが、うむ。じゃないな。
そういえばお姉ちゃんの匕首は、俺がお姉ちゃんの尻を揉んだときに地面に落としてそのままになっている。
イチゴちゃんの剣と一緒に拾って渡しておけば良かった。
「大丈夫よイチゴちゃん。お姉ちゃんは剣が得意だけれど、おハジキはもっと得意なのよ」
「おはじき?」
おハジキの意味をイチゴちゃんは理解出来なかったようだが、お姉ちゃんがポーチから取り出したのは回転式の弾倉をその中腹に持つリボルバーだ。
なるほどこれなら魔物に対して距離を取って戦う事ができる。
しかしそんな旧式のリボルバーで戦って大丈夫な相手か?
握られた拳銃は無駄に年式が古くて骨董品みたいなシングルアクション。
45口径と威力については申し分ないが、弾数はどうやら六発のように見える。
敵の数は十二でありこれでは上手くいっても半分しか殺せない。
それも命中させた上に一撃で倒せた場合に限るという条件付き。
これは仮にオートマチックであったとしても銃の種類によって弾数が足りないのは同じこと。
実弾銃を使いたいのであれば、この場面での最適解は連射が効いて威力も期待できるアサルトライフルだと思う。
それでも拳銃にこだわりたいのならオートマチックの出来れば二丁拳銃で弾数を稼ぎたいところだ。
「すぐに終わらせるわ。イチゴちゃんはそのままケイ君に掴まっていて」
お姉ちゃんが言い放つと同時にババババババンッと、連続した銃声が山に響き渡る。
右手人差し指をトリガーにかけたまま、左手の掌の腹で撃鉄を叩くファニングを行うことで可能になる連続射撃だ。
まあここまではある程度予想出来た展開なので良いのだが、問題は弾を再装填しなければならないことにある。
何が起きたのか理解出来ていないのか、それともお姉ちゃんが攻撃を停止させたことをチャンスと見たか。
一瞬で半分の仲間を失ったオオカミ達は、なお戦意を失うこと無くお姉ちゃんに飛びかかる。
その牙と爪が届くまでに再装填しなければならないのだが、お姉ちゃんの銃は一発ずつ空薬莢を取り除いて弾を込めなければならない。
もっと時代が進んだリボルバーであればスピードローダーが使えて手早く再装填出来るのだが。
「甘いわよ」
お姉ちゃんは撃ち終えた銃をその場に取り落とすと、冷静にポーチから同じ型のリボルバーを取り出す。
その後は先程と同じくババババババンッと、連続した銃声が山に響き渡って残る六頭のオオカミが地面へとひれ伏す。
撃ち終えるとまたポーチから同じリボルバーを取り出して撃鉄を下ろす。
気を抜くのは全てが終わってからということだな。
「凄いですねー。一瞬で終わっちゃいましたよー」
「終わったみたいだな」
確実性を取るならばあと何発かはぶち込むべきではあるが、全て急所にヒットしたらしくオオカミの生体反応は虚弱だ。
ここからオオカミが動き出すという心配をすることはあるまい。
「さあて、ケイ君。どの子が銀色オオカミだと思う?」
「どれかは分からんが、この白いのがそうかもしれないな。月明かりに照らされると銀色に見えそうだ」
「うーん、それだとどのオオカミも銀色っぽく見えるんじゃないかな?」
「それもそうか。でも体格は良いのだし、コイツがリーダー格であることは間違いないだろう」
どれが手配書にあった銀色オオカミであるか、俺とお姉ちゃんには判別が出来なかった。
イチゴちゃんはなおさら期待できない、とあればどうするか。
「全部持って帰ってみましょうか。ハズレでも毛皮代くらいにはなりそうよ」
「馬車がないから手間はかかるがそうしよう。お姉ちゃんロープを頂戴」
一人一頭持ったところで九頭余ってしまうので、木の棒にぶら下げて持ち運ぶことにする。
森に入って真っ直ぐで固さのある木を選んで細めの丸太を二本仕立て上げる。
その二本の丸太にオオカミを縛り付ければ一度に持ち運ぶことが出来る。
十二頭のオオカミともなればとても重たく女性二人は持ちあげることが困難なので二本とも俺が持つのは自然なことだ。
お姉ちゃんなら絶対に持てるとか思ってはいけないし、幸いなことに人間の肩は二つあるんだから担げないことはない。
ただ一つ獣臭いのは難点ではあるがこの際仕方ない。
「そんな状態で良く動けますねー」
「重量バランスの配分が大事なんだ。でかい奴を内側に寄せるとモーメントが大きくならなくて良い」
「へー。そーなんだー」
「ケイ君はやる時はやる男なのよ。その気になれば――」
[登場人物紹介]
ケイ君 この作品の主人公。その気にならなくてもやろうと思えばやれる。
マスコット・チアーズ お姉ちゃん。おハジキが上手
イチゴ 女子高生。




