第6話 続・補習授業
イチゴちゃんには到底そのような場面が訪れることは予定されていないので知る必要はない。
しかしお姉ちゃんは軽く腕を組んで時折小首を傾げたりし、考える素振りを見せる。
そしていい案が閃いたかのように、顎に手を当てて語る。
「お願いがあるならあの世で神様に言ってね、って」
「プッ……そりゃそーですねー」
「ハハッ、そうだな。奴さん何だって叶えてくれるよ」
「でしょでしょ。言葉が通じる相手なら絶対言ってやりたい台詞よねぇ」
死ぬ前は神の存在など信じる余地がなかったが、死んで神の手で転移した結果この世界で暮らしている今では信じるに値する。
現に実物を見てきているのだから確信だな。
しかし、やっぱりお姉ちゃんも死んで神様に何かをお願いした結果、今こうしてこの場所にいる訳か。
何かが壊れるような気がするので怖くて自分から聞く勇気がないけれど、お姉ちゃんの神へのお願いの内容はいつか知ることがあるだろうか。
「それじゃあ気を取り直して、ちゃんとした練習を始めましょうかぁ」
「はい! どーいう風にー構えればいーんです?」
「お姉ちゃんのやるところを一回見て貰ってぇ、それの真似をしてみましょう」
お姉ちゃんはポーチから匕首を取り出し、鞘から引き抜く。
息を軽く吐いて大きく吸って呼吸を整えると、右足を一歩踏み出して匕首を振り回す。
斬る動作に突く動作を組み合わせた十二連撃。
一つもフェイントが入らない素直な動きによって構成され、美しさすら感じさせる。
これを一呼吸の内に難なくやってみせるのだから、お姉ちゃんがちょー強いわけである。
「あのー……何も見えなかったんですけどー……」
お姉ちゃんが示した見本は、イチゴちゃんの目に留まることはなかったらしい。
その流れるような美しい動きは、漠然と見るには余りにも速すぎた。
彼女自身は武術の心得など何一つ持たない一介の女子高生なのだから、当然といえば当然だ。
「そっかぁ。やり方を変えないと駄目ねぇ。じゃあイチゴちゃんはそのまま立っていてもらえるかしらぁ」
「はい!」
お姉ちゃんは威勢の良い返事をするイチゴちゃんに、背後から近づくと体を密着させる。
そのまま剣を持った彼女の右手の掌を取ると、ゆっくりと横に動かしていき丁寧に剣が空を斬る。
それは斬り払うという単純な動きを体に覚えさせるように見えた。
「こうやって――こうよ。わかったかしらぁ?」
「あっ、あのー……」
「何? 分からないところがあったかしらぁ?」
「いえ……さっきから背中にマスコットお姉ちゃんの胸がー当たっているのがー気になっちゃってー」
体が密着しているのだから、当然その接点というものは存在する。
イチゴちゃんの背中にはお姉ちゃんの豊満なおっぱいが押し当てられている。
その圧力たるや凄いもので、イチゴちゃんの上半身が反り返って歪みのないゼッケンがこれでもかと強調されている。
イチゴちゃんが顔を真っ赤にしているが女性同士でも照れるんだな。
柔らかい触感の上に良い匂いまでしてくるんだから、間違った気にもなると言うものだ。
俺だってされてみたいと思うし、それならばお姉ちゃんに剣技を教えて貰っても良いかもしれない。
もっとも俺には必要ないから教えてもらうことはないし、そもそも風呂の中やベッドの上で十分足りている。
「あらあら、恥ずかしかったかしらぁ。でも大丈夫。これから素振りをしてもらうから離れるわよぉ」
「いやーそれだけじゃなくてー、ケイさんの視線が……」
「ケイ君の視線?」
「……」
つい目を逸してしまったことが良くなかった。
いや、顔がニヤけていたことが良くなかった。
お姉ちゃんは俺と目が合うや否や、右足首だけをステップを踏むように素早く動かして足元の小石を蹴り飛ばしてきた。
ヒュンという風切り音を立てて飛んでくる石つぶては、すぐに俺の顔まで近づいてきた。
手で払いのける事は容易く出来るのだが、食らった振りをしてやり過ごすことにする。
ぶつかる瞬間に首を捻り、上半身をのけぞらせて受け流せば良いだけだ。
「痛っ!」
二人に微かに聞こえる程度の声で、かつ痛みに耐えているような声色で俺は悲鳴をあげる。
そしてダメージはないが鼻の頭を擦って彼女たちの方を向き直す。
「ケイ君! ぼんやりしてると偶々飛んできた石にぶつかっちゃうんだからねぇ!」
「ゴメンゴメン。ちゃんと周りに気をつけていないとそういう事もあるよな」
「石?」
ダメージを負った振りをしたものの、肝心のイチゴちゃんにはお姉ちゃんがやったことが分かっていないらしい。
それはお姉ちゃんが思っていた結果とは違っていたらしく、頬少し引き攣らせている。
あんな早業だと普通の女子高生には何が起きたかなんて分からないと思うな、俺。
[登場人物紹介]
ケイ君 この作品の主人公。
マスコット・チアーズ お姉ちゃん。
イチゴ 女子高生。




