第2話 イチゴちゃんとの対面
クエストも受けずにどうやって二ヶ月近くも暮らせていたのかは、俺も不思議でならない。
今は現金に不自由しない俺でも、初日にお姉ちゃんが魔物を倒してくれなかったら資金不足で食べ物も宿も手配できないところだったのだ。
この世界に来る時に神に何を願えばお金に苦労をしないで済むのか、確かめておきたい気分ではある。
「お姉ちゃん。今日の山狩りは中止にして、これを何とかしてみてもいいかな」
「お姉ちゃんはケイ君がやりたいことをやればいいと思うわ」
「行かぬのであれば、儂らはこれから酒を飲むことにするかのう」
「それじゃディックにこれを渡しといてくれるかい。酒代にでもしてくれ」
馬車を準備してくれているディックに悪いので、フッサに銀貨二枚を渡しておくことにする。
ひと月前であればこれで酒が八杯はほど飲めたが、物価が上がった近頃ではその半分しか飲めない。
今日やろうと考えていたゴブリンの集団の拠点探しは明日以降にやることにしよう。
俺とお姉ちゃんは勿論、協力してくれている四人の懐も潤っているのだから急ぐ必要はない。
「一つ教えてもらってもよいかな、ベア。このイチゴさんがどこに寝泊まりしているのかってことなんだけど」
「それでしたらお二人と同じ宿に宿泊されてございまし。お部屋は宿の主人にお伺いされれば宜しいかと」
「そうなんだ。それらしい人物を見かけた覚えはないが……まあ主人に聞いてみるとして、また宿に逆戻りか。まあいい。行こうかお姉ちゃん」
「うん、分かったわ」
思い起こせば街で遊び歩いた後、宿の部屋ではお姉ちゃんとよろしくやっているだけなので、他の宿泊客と顔を合わせることがない。
だから同じ宿に寝泊まりしているからといって、顔見知りということもなければどの部屋に宿泊しているかも分からない。
まずは宿の主人に話を聞くことがいいだろう。
お姉ちゃんを連れて赤レンガから出ると、丁度入り口に馬車を回してきたディックに遭遇する。
「ようケイさん。こっちの準備はできているぜ」
「すまないディック。準備しておいて貰って悪いが、急遽別件の対応をすることにしたんで山へ行くのは無しだ」
「そうか。それは残念だ。それじゃあ馬車は返してきて良いか?」
「よろしく頼むよ。あと、これは迷惑料代わりに受け取って欲しい」
「これはありがたい」
先にフッサに銀貨を渡してはいるものの、ディックにも同じだけの銀貨を握らせることにした。
フッサは信頼に値する人物ではあるが、行き違いがあってはいけない。
どうせ既に酒を飲み始めているのだから万が一ということは想定される事態だ。
酔っぱらいほど信用出来ないものはない。
今朝歩いてきた道を逆戻りして宿屋へと向かう。
道中、街行く人々の服装を見ると、小奇麗になってきていることを改めて感じた。
ツギハギだらけの服を着ている人の姿はめっきりと減っている。
人々の金回りが良くなっただけでなく、街の商店に並ぶ商品の種類も増えてきており、服など布製品も手に入りやすくなったらしい。
それは隣街との街道に居座る魔物が減ったことから、隣街との間で人や物の行き来が増えたためである。
合わせて物価も上がっているが、手持ち資金に余裕があればさほど気にすることではない。
◇
「すまないマスター。イチゴっていう名前の客がこの宿に宿泊しているはずなんだが、どの部屋にいるか教えてもらってよいかな」
「ああ、あのお客さんか。それならあなた方の部屋の隣だよ。出掛けてはいないから今も部屋にいるだろうさ」
「もう一部屋ある方か。ありがとう、助かるよ」
宿に入るとすぐに、受け付けに座って休んでいた宿の主人に声をかける。
簡単に教えてくれたのは良いが、どうやらこの世界には個人情報を保護するという考えはないらしい。
今の俺たちにとっては都合が良いことではあるが、正直どうなのだろうかとは思う。
登り慣れた階段を登り部屋の前に辿り着くと、ドアをノックし部屋の中に居るであろう彼女に呼びかけた。
「冒険者協会に張り出されている紙を見たケイというものだが、少しお話させてもらってもよいだろうか」
「はい。いま開けますね」
ガチャリとドアが開いて出てきた人は非道くやつれた顔をした少女だった。
年の頃は十五、六といったところで、ある意味派手な出で立ちをしている。
パッツンに切りそろえられた前髪とサイドテールにまとめられた後ろ髪。
まつげにはマスカラが盛られ、頬に赤めの薄いチーク、唇はグロスが塗られており光沢がある。
上は白いブラウスに濃いグレーのニットカーディガンを重ね着し、エンブレムが付いた濃いネイビーのブレザーを羽織っている。
胸のところにはリボンが結ばれ、手のひらの半分はカーディガンの伸びた袖で隠されている。
下はベージュを基調とした明るい色のチェックのプリーツスカートで、そこから良く手入れされた生足が伸びる。
その足はワンポイントの紺色ソックスに包まれていて黒色のローファーを履いている。
つまりどう見ても二十一世紀初頭頃の日本の女子高生――JK。
「あらあら可愛いお嬢さんだこと」
自然、俺の感想もお姉ちゃんのものと一緒である。
大げさな身振りまでするお姉ちゃんと違い、一切顔には出さないけど……いや、出てないはず。
「ど、どーも……」
女子高生は少しおどおどとしていて困り顔だ。
ポロシャツ短パン登山靴という野外活動スタイルのお姉ちゃんと、その隣には冒険者に良くある服装をした男。
俺はともかくお姉ちゃんは異質の存在。
どういう組み合わせなのか、分からないといったところだろう。
自分の服装にこだわりがない俺だが、この世界に来た時に着ていた服はどうも目立ちすぎるのでやめた。
街で手に入るそこそこのお値段がする布で、この世界に合わせて仕立てた服を着ている。
重いだけだから防具の類は全く着装していないが、今のところ問題は起きていないしこれからも起きることはない。
初日にベアトリクスから貰った剣は使わないので部屋で置物となっている。
「ああさっきも名乗ったが、おれがケイで……」
「マスコット・チアーズよ」
「ケイさんに、マスコットさん……」
「呼び難ければお姉ちゃんって呼んでくれていいのよ」
「マスコットお姉ちゃん……よし覚えた」
お姉ちゃんの意図するところが伝わったのかは定かではないが、俺たちの名前は覚えてくれたようだ。
「ごめんなさい。あたしがーイチゴです。掲示板の張り紙をー見て来てくれたんですね? 良かったー、日本語が通じる人がいてー」
「それなら俺たちの前に……えっと昨日か。ハヤトって奴が来たはずだが」
「あー、そんな人来ましたねー。なまじ日本語が通じちゃうんで、あの人はちょっと何言ってるか分かんなかったです」
「分からんでもないな。あいつの言葉はどの時代のものか分からん」
「そーなんですよねー、本当に訳分かんなかったですー」
ハヤトは妙な言葉を話すのだが、何時の時代の日本から来たのかは誰も知らない。
本人から聞くほどの興味を持つこともない。
そもそも酔った勢いで自分から話し出す奴のことを除けば、転移者の転移前の情報など知ることもない。
[登場人物紹介]
ケイ君 この作品の主人公。日本語が喋れる。
マスコット・チアーズ 今回は名前が出た。日本語が喋れる。
イチゴ 女子高生。日本語が喋れる。
ディック、フッサ ただのモブ。日本語は喋れない。
ハヤト ただのモブ。日本語?が喋れる。




